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Ils avaient poussé une porte et se trouvaient sur le seuil d’une chambre claire, mais meuble pauvrement. Un petit homme rond était couché sur le lit de cuivre. Il respirait fortement et les regardait avec des yeux congestionnés. Le docteur s’arrêta. Dans les intervalles de la respiration, il lui semblait entendre des petits cris de rats. Mais rien ne bougeait dans les coins. Rieux all avers le lit. L’homme n’était pas tombé d’assez haut, ni trop brusqument, les vertèbres avaient tenu. Bien entendu, un peu d’asphyxie. Il faudrait avoir une radiographie. Le docteur fit une piqûre d’huil camphrée et dit que tout s’arrangerait en quelques jours.

二人が一つのドアを押し開けてみると、そこは明るいけれども家具の乏しい部屋の入り口だった。真鍮のベッドには、小柄で丸々と太った男が横たわっていた。男は荒い息を切らせながら、血走った眼で二人を見ていた。医師は立ち止まった。その息遣いの合間に、ネズミどものかすかな鳴き声が聞こえてくるように感じられたからだ。しかし、隅々まで何も動いている気配はなかった。リウはベッドに向かった。男が転落したのは、さほど高い所からでもなく、勢いが強かったわけでもなく、椎骨は無事だった。もちろん、若干の窒息状態ではある。レントゲン写真を撮っておく必要があった。医師はカンフル注射をして、数日たてばすっかり良くなるだろうと言った。

 

 


・・・Merci, docteur, dit l’homme d’une voix étouffée. Rieux demanda à Grand s’il avait prévenue le commissariat et l’employé prit un air déconfit:

「ありがとうございました、先生」、と含み声で男は言った。リウはグランに、警察には知らせているかと尋ねると、狼狽気味に

 

 

・・・Non, dit-il, oh!non. J’ai pense que le plus pressé...

「いえ、それは、その、まだ。最も急を要するのは何かと考えたわけなので・・・」と彼は答えた。

 

 

・・・Bien sur, coupa Rieux, je le ferai donc.
「なるほど、それでは私がやっておきましょう」とリウが切り出した。

 

 

Mais, à ce moment, le malade s’agita et se dressa dans le lit en protestant qu’il allait bien et que ce n’était pas le peine.

しかし、その瞬間に病人は色をなし、ベッドで立ち上がり、「良くなったので、それには及ばない」と抗議した。

 

 

・・・Calme-vous, dit Rieux. Ce n’est pas une affaire, croyez-moi, et il faut que je fassee ma déclaration.

「落ち着いてください。大ごとにはしません。私に任せてください。ともかく私には届け出の義務があるのです。」とリウは言った。

 

 

…Oh!fit l’autre.
Et il se rejeta en arrière pour pleurer à petites coups. Grand, qui tripotait sa moustache depuis un moment, s’approcha de lui.

「ああ!」と、相手は折れた。
そして、仰向けにのけぞってさめざめと泣いた。しばらく前から口ひげを弄んでいたグランが、その傍らに寄ってきた。

 

 

・・Allons, mousieur Cottard, dit-il. Essayez de comprendre. On peut dire que le docteur est responsable. Si, par exemple, il vous prenait l’envie de recommencer...

「ねえ、コッタールさん。納得してください。医師にとっての責任といえるのですよ。万が一、あなたがまたやりかねないとしたら・・・」

 

 

Mais Cottard dit, au milieu de ses larmes, qu’il ne recommencerait pas, que c’était seulement un moment d’affolement et qu’il désirait seulement qu’on lui laissât la paix. Rieux rédigeait une ordonance.

しかし、コッタールは涙にまみれながら、自分はもう同じ繰り返しはしない、一時の気の迷いに過ぎないので、ただそっとしておいてほしいだけだ、と言った。リウは処方箋を書いた。

 

 

・・・C’est entendu, dit-il. Laissons cela, je reviendrai dans deux ou trois jours. Mais ne faites pas de bêtises.

「了解しました。そういうことにしておきましょう。二、三日したらまた来ます。でも、馬鹿な真似はしないでくださいね。」と彼は言った。

 

 

Sur le palier, il dit a Grand qu’il était obligé de faire sa déclaration, mais qu’il demanderait au commissaire de ne faire son enquête que deux jours après.

階段の踊り場で、彼はグランに、届出義務はあるのだが、取り調べは二日後までは行わないように警察に申し入れておく、と言った。

 

 

・・・Il faut le surveiller cette nuit. A-t-il de la famille?

今夜は彼を監視しておく必要があります。彼には家族がいますか?

 

 

・・・Je ne la connais pas. Mais je peux veiller moi-même.
Il hochait la tête.

家族のことは知りません。でも、私が代わりに付き添えますから。
彼は首を縦に振った。

 

・・・Lui non plus, remarquez-le, je ne peux pas dire que je le connaisse.

Mais il faut bien s’entraider.

彼のことさえも、それがですね、知り合いだとは言えないのです。でも、お互いに助け合わなければならないですから。

 

註:

この場面はコッタールという謎の人物の自殺未遂の顛末で、劇的で印象的な展開が繰り広げられました。ただし、それまで読者の関心を引いていた怪事件は異常なネズミ共に係るものでした。ところが、この場面ではそれらとの繋がりの有無がいっそう不鮮明です。ネズミ共との関わりが、ここでも全く無関係でないかもしれないという、意味ありげな描写があります。

 

 

Dans les intervalles de la respiration, il lui semblait entendre des petits cris de rats.

(その息遣いの合間に、ネズミどものかすかな鳴き声が聞こえてくるように感じられたからだ。)

リウ医師にとってはまさに「声はすれども姿は見えず」であり、次々に発生する怪事件という姿には、まざまざと遭遇させられる一方で、病気の原因がさっぱりわからない、という不穏な状況を象徴しているかのようです。

 

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聖楽院主宰 テノール 飯嶋正広

 

武蔵野音楽大学別科声楽コース受験(2月11日・12日)

突然のご報告になりますが、私は音大を受験することになりました。


私は、バス歌手の岸本力先生とコンタクトを取り、昨年の12月12日に、はじめて個人レッスンを受けました。

 

なぜ、岸本先生かというと、先生が日本声楽コンクールで1位、チャイコフスキー国際コンクールでも日本人初の最優秀歌唱賞を受賞、ロシア大統領(当時)メドヴェージェフ氏から直接プーシキン・メダルを授与されたからではありません。

 

先生と初めて出会ったのが、二期会の夏季講習でしたが、その最初のレッスンで私が、ふとしたことで先生を怒らせてしまったことに端を発しています。先生はご記憶にないようですが、私はそのとき、雷の直撃を受けて、先生の魂の熱さは本物であることを実感したのでした。先生がなぜ、わが国でのロシア声楽の第一人者なのか、理屈抜きで腑に落ちたと瞬間ともいえるでしょうか。

 

先生は失意のどん底にあった若かりし日に、畑を耕しながら「ヴォルガの舟歌」というロシア民謡を口ずさんでたんですが、その歌が自分をすごく元気づけてくれた経験をお持ちです。歌いながら、「こんなにも自分を元気づけてくれる歌はない」と思ったほどだったとのことです。

 

そして、「非常に素朴で単純なメロディなんですが、力強く、土の匂いがする。そこにすごく熱いものを感じました。」と、さるインタビューで述懐されています。

 

そして、さらに

<私には、「本来のロシア民謡のニュアンスを伝える使命感」、「日本で知られていないロシア音楽を日本に伝えるという使命感」の二つの使命感あるんです。「自分がやらなければ誰がやる」という思いがあります。

『私は、ロシアの音楽はもちろん、暖かい心、耐え忍ぶ心を持ったロシア人が大好きですし、ロシアの風土も大好きです。私はロシアを心から愛してます。』>と表明されていました。これ程の迫力のある情熱的で真摯な声楽家のメッセージがあるでしょうか。

 

私はいずれ改めて岸本力先生の個人レッスンを受ける日が来ることを待ち望み、どうにかこうにか独学でロシア語のアルファベットが読めるようになって数年の後、ようやく時期が到来したわけです。

 

その初回レッスンの直後のことですが、岸本先生は、何としたことか私に武蔵野音大別科の受験を熱く勧められたのでした。これにはさすがに動揺しましたが、これも一種の有難い運命と観念して、決断した次第なのでした。

 

 

岸本力(きしもと-ちから)先生のプロフィール:

 

バス・声楽家。東京藝術大学卒業、同大学院修了。

昭和48年に日本フィル「第九」、大阪フィル「森の歌」でバス歌手としてデビュー。

昭和59年文化庁芸術祭優秀賞。平成22年文化庁長官表彰賞受賞。

平成24年当時、ロシア大統領であったメドベージェフ氏より、日本人歌手として初の「プーシキン・メダル」(ロシア文化勲章)を受章。

日本・ロシア音楽家協会副会長。

「二期会ロシア歌曲研究会」及び「二期会ロシア東欧オペラ研究会」代表。

日本におけるロシア音楽の第一人者。

 

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認定内科医、心療内科指導医・専門医、アレルギー専門医、リウマチ専門医、認定痛風医


飯嶋正広

 

「死亡診断書」と「死体検案書」のお話No2

 

 

主治医であっても死亡診断書を発行できないケースがあります。

たとえば、異状死は死亡確認後24時間以内に警察に届出る義務があります。

 

 

人はすべて、いずれ死を迎えることになり、医師も例外ではありません。自分自身の死亡診断書や死体検案書を書ける医師も存在しません。私自身もどなたか他の医師の御世話にならない限り、死亡診断書は発行されず、したがって埋葬許可も得られないということになるということを、改めて認識しなおしている次第です。

 

患者の死亡確認を行った後の対応の6つのケース

 

ケース1:

特段の基礎疾患の無い夫が、居間で死亡しているのを、帰宅直後に発見した医師である妻が発見し、救急車を呼ぶこともなく、所轄警察署に連絡した。〇

 

⇒医師法第21条は、「医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異常があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」とあります。この事例の情報では、死体を検案したかどうかは不明です。

 

しかし、厚生労働省(平成31年2月8日医政医発0208第4号)はこれに対して、「医師が死体を検案するに当たっては、死体外表面に異常所見を認めない場合であっても、死体が発見されるに至ったいきさつ、死体発見場所、状況等諸般の事情を考慮し、異状を認める場合には、医師法第21条に基づき、所轄警察署に届け出ること」としています。

 

このケースでは、死亡者の妻は救急車を呼びませんでした。外観から明らかに死亡していると判断できるとき以外は、救急車を呼ぶことが基本となります。

 

ただし、明らかに死亡している場合、結論から申し上げれば「呼んでもいいが、出来れば呼ばない方が良い」です。なぜなら、救急車が自宅に到着したとしても、死亡していると判断されれば病院に救急搬送されることはなく、救急隊員から警察に連絡が行われ、警察が介入することになるからです。死亡者の妻は医師であるため、適切な対処行動をとったことになります。

 

 

ケース2:

熱射病のため入院していた患者が死亡した。熱射病の診断名で死亡診断書を交付した。✖

 

⇒ 診療中の患者の院内死亡例です。診療中の疾患による死亡もしくは内因性死因が確定できれば、熱射病は外因病です。したがって、熱射病での死亡は外因死です。

 

外因死の場合は、所轄警察署に届けることを要します。

外因死とは、外傷・中毒・窒息など、外部で生じた原因による死亡を意味します。その他、交通事故・火災・中毒・ 自殺・他殺 などの他、暑熱・寒冷などの物理的な環境作用による死亡もこれに含まれます。⇔内因死。

 

 

ケース3:

縊頸(首吊り)で心肺停止状態の患者が来院し、蘇生術に反応なく死亡を確認した。死亡診断書は交付せず、所轄警察署に連絡した。〇
    

⇒ 縊頸(首吊り)による死亡は、窒息による死亡ですから、明らかな外因死であり、しかも異状死です。したがって、所轄警察署への届け出を要します。

 

異状死とは、外因死、外因の後遺症(外因に関連して発症した肺炎、DIC、 蘇生後脳症などで、入院の有無、期間の長短問いません)、内因か外因か不明の死(診断のつかないCPA-OA症例 ・診療行為中の予期せぬ死)がこれに含まれます。

 

CPA-OA症例とは、新規患者の院内死亡などです。たとえば新型コロナワクチン接種による死亡が疑われる場合は、因果関係が明かでない場合であったとしても、内因か外因か不明の死ということになり、所轄警察署への届け出を要することになるはずですが、実際の運用については、私にはよくわかりません!

 

 

ケース4:

重症慢性心不全で通院中の患者を診察した。翌日に自宅で死亡していた。死後診察なしで慢性心不全の診断名で死亡診断書を交付した。〇


⇒ これは、診療継続中の患者の院外死亡例です。最終診療以後24時間以上経過していても遺体を診ることで診断書を発行できます。(医師法20条但し書き) また、死亡時の情報から内因性の死因の診断のついた例も死亡診断書を発行できます。

診察中の患者が受診後24時間以内に死亡した場合、死亡の際に立ち会っていなかったとしても死亡診断書を交付することができます。

 

ところで、医師法第20条は「医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方箋を交付し、自ら出産に立ち会わないで出産証明書若しくは死産証書を交付し、又は自ら検案をしないで検案書を交付してはならない」としています。

これに対して厚生労働省(昭和24年4月14日厚生省医務局長通知医発第385号)は、「死亡診断書は、診察中の患者が死亡した場合に交付されるものであるから、その者が診察中の患者であった場合は、死亡の際に立ち会っていなかった場合でもこれを交付することができるが、この場合においては法第20条の本文の規定により、<原則として死亡後改めてしなければならない>としています。

ただし、例外として<診察中の患者が受診後24時間以内に死亡した場合に限り、改めて死後診断をしなくても死亡診断書を交付し得る」としています。

 

 

ケース5:

来院時心肺機能停止患者が救急外来で死亡した。画像検査の結果から急性大動脈解離による死亡と考えられた。急性大動脈解離の診断で死亡診断書を交付した。〇

 

⇒この事例は、新規患者の院内死亡(CPA-OA症例を含む)例に相当します。救急外来に搬送されてきた心肺機能停止患者も診察中の患者に含まれます。

 

そして、診察中の患者が病死であり、かつ異常がないと判断すれば、死亡診断書を交付することができます。画像などの検査所見やその他の診療情報から内因性の死因が確定できる例は、初診から24時間以内の死亡でも死亡診断書を発行できます。

 

 

ケース6:

肺癌末期状態で往診対応中の患者の様子がおかしいと家族から連絡があり、訪問したところ、患者は死亡していた。体表面に外傷痕が見られた。死亡診断書は交付せず、所轄警察署に連絡した。〇

 

⇒「体表面に外傷痕が見られた」ということは、外因による外傷ということです。

医師が往診時に、すでに「患者は死亡していた」場合の体表面の観察を検案といいます。

検案によって異状を認めれば、所轄警察署への通報が必要です。

 

ここで「検案」とは、いわゆる東京都立広尾病院事件の東京高裁判決にあるように「医師が、死亡した者が診察中の患者であったか否かを問わず、死因を判定するためにその死体の外表を検査すること」をいい、簡単に言えば、死体の体表面を観察することです。

また「診察中の患者であっても、それが他の別個の原因、例えば交通事故等により死亡した場合は、死体検案書を交付することになる。死体検案書は、診察中の患者以外の者が死亡した場合に、死後その死体を検案して交付されるものである」としています。

 

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水氣道実践の五原理・・・集団性の原理(起論)

 

(教習不岐・環境創造の原則)

 

水氣道における段級位制度の特質とその意義

 

段位及び級位はそれぞれ武道や芸道、スポーツ、遊戯において現在の技能、過去の実績などの段階を示すものとされています。

たとえば、将棋の奨励会などのように能力(勝率)などが上がれば昇級し、下がれば降級する制度の場合、段級位は現在の実力の目安といえます。

 

しかし、将棋のプロ棋士の段位をはじめ多くの段級位制はタイトル奪取、大会優勝、試験合格、経験年数、勝数、授与者の裁量などで昇級するが、能力が衰えても基本的に降級しません。この場合は、段級位は現在の実力というより、過去の実績や、その世界での序列を示していると認識することができるでしょう。

 

水氣道においても、段位及び級位は現在の技能、過去の実績などの段階を示すものなのですが、組織における役割の種別を示すものでもあるということがより重要になってきます。

 

一般的に、段位は級位の上位にあり、初級者は級位から取得し、段位の認定を目指すことになります。段位は、例外もありますが、初段(「一段」という表記は慣例的に用いられていません)にはじまり、十段を最高位とする10段階で構成されていることが多いです。

たとえば剣道はかつて十段までありましたが、2000年に九段、十段は廃止され現在では八段を最高段位としています。

 

水氣道の段位は、十段を最高位としますが、現段階では正七段が最高位で、それ以上は空位になっております。

その理由は、水氣道が発展途上であり、組織規模も小さいものだからです。

 

それにもかかわらず、段の階級が細分化されていることが特徴になっています。

たとえば、初段も4階級あり、少初段下⇒少初段上⇒大初段下⇒大初段上というふうに昇格していくことになります。その理由は、水氣道の段位は、後で詳しく説明しますが、現行の一般的な段位とは異なる独自の意味があるからです。

 

武道における段位制は、柔道(講道館柔道)を興した嘉納治五郎が明治時代に講道館を設立する際に囲碁・将棋を参考として導入しました。その際、段位を帯の色で表すことにしました。

 

水氣道では稽古帽の色と階級条線であらわしていますが、これは柔道の帯の色というよりも、直接的には冠位十二階の古式を参考にしたものです。

 

その他の武道にも段級制度が広まったのは、講道館や警視庁が採り入れたのが契機となっています。また古武道においては、示現流が古くより初度、両度、初段、二段、三段、四段と段階を呼称しています。これは段階的な修行が行われ各段階で学ぶ内容があることから他流での切紙・目録などの修得段階を示すものと同じですが、一般的な段位制とは異なる内容になっています。

 

水氣道でも修行が行われる各段階で修得する技能があり、これらを「航法」と呼びならわしています。そして、定期的に「航法」の習得状況を見極めたうえで、認定証を発行しています。これは古武道における切紙・目録に相当するものです。こうした実績が昇段のための必須の基準の一つとしています。

 

現在では多くの武道で段級位制が使われていますが、これは戦前の日本において、武道の振興、教育、顕彰を目的として活動していた財団法人大日本武徳会が各武道を段級位制で統一したためです。

 

ただし、水氣道の段位制には水氣道独自の役割と機能をもたせているため、現代社会で一般的に普及しているこれらの段位制とは区別しています。水氣道の段級制は日本古来の位階制(冠位制や律令における階位制)や軍隊の階級制に倣っています。これは、水氣道が集団性の原理に基づき、<教習不岐の原則>を打ち立てていることと密接な関係があります。

 

水氣道の<教習不岐の原則>とは、教育者と学習者とを二分割しないという水氣道独自の哲学に基づく原理です。これは、教え導くことと、学び習うこととは、一貫した修行であるという考え方です。単に個人としての能力(勝率)などが上がれば昇級し、下がれば降級する制度とは本質的に異なります。

 

大小の稽古集団において、その階級と能力に応じて、学び習うことだけではなく、他者を教え導く経験と技能を、水氣道は重視しているからなのです。つまり、その階級にふさわしい能力の評価は、教え導くことと、学び習うことの両方の能力が調和しているかどうか、ということに掛かってくるということになります。

 

上級者から十分に学び習うことができなければ、下級者を適切に教え導くことができないことは明らかですが、逆に、下級者を適切に教え導くことができていなければ、その人の学びや習い方は未熟である、と水氣道では判断しているからなのです。

 

 

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内科認定医、心療内科指導医・専門医 飯嶋正広

 

血液病学と循環器病学の接点

 

<抗血栓療法の微妙な戦略>No1

 

アスピリンが使いにくくなったわけ!

 
近年、杉並国際クリニックで処方されることが少なくなった薬剤の一つに、アスピリンがあります。アスピリンというと風邪(急性上気道炎)などの際の解熱・鎮痛薬というイメージが浮かびやすいですが、代表的な抗血小板薬として、心血管疾患の一次予防(そもそも病気自体にかからないようにするためのもっとも初期の段階での措置)として用いられてきました。

 

しかし、アスピリンは血栓予防効果という利点だけでなく、出血リスクが伴うために推奨されなくなりました。とくに消化性潰瘍(胃潰瘍・十二指腸潰瘍)をもつ患者さんに対しては禁忌とされています。

 

さて、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)によって引き起こされる重度のウイルス性呼吸器疾患であるとされます。

 

この病態では、過度の炎症、血小板活性化、内皮機能不全、およびうっ血などにより、動脈系・静脈系の両方で血栓性疾患を起こしやすくなるとの報告が蓄積されてきています。

また、現在血栓性疾患の抗血栓療法を受けている患者においてもCOVID-19を発症する可能性があり、これは抗血栓療法の選択や薬剤投与量に影響を与える可能性があります。

 

厚労省からも「新型コロナウイする感染症診療の手引き第2版」において、血栓リスクに関する項目が追加され、「D ダイマーが正常上限を超えるような場合には,ヘパリンなどの抗凝固療法を実施することが推奨される.」と記載されています。

 

血液凝固には、血液中の凝固因子と血小板が関与します。もし血液凝固が亢進すると血栓が形成され易くなります。

 

ですから血液の凝固を抑制するためには、血栓の形成を抑制すればよいのですが、そのためには凝固因子の作用を抑制するか、血小板の作用を抑制する対応をします。それぞれに対応する治療薬を、抗凝固薬および抗血小板薬といいます。

 

また、血液凝固の過程で形成された血栓(フィブリン塊)は、しばらくすると線維素溶解(線溶)という現象によって溶解されます。血栓が形成された段階で、この血栓を溶解する薬剤を血栓溶解薬と呼びます。

 

そして、抗凝固薬、抗血小板薬、血栓溶解薬を総称して抗血栓薬と呼びます。
冒頭に述べたアスピリンは、非ステロイド系消炎鎮痛薬(NSAIDs)の一つですが、わが国の100年前の多くの名医たちは、スペイン風邪に対して解熱剤は用いるべきではないと警告していました。

 

現在の厚生省の当局(米国医学主流)は、前身の内務省厚生局(ドイツ医学主流)が残している記録をあまり尊重していないようですが、わたしは、大先輩である彼らの貴重な忠告を真摯に受け止めるべきと考えました。

新型コロナ感染症に対してもアスピリンをはじめとする解熱鎮痛剤の処方は控えていました。

 

私は、その代わりに動物性生薬の「地竜」を勧めることにしました。臨床経過を観察したり、報告を受けたりすることによって、効果を検証することができました。結果的に、この選択は、正解だったようです。

 

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臨床産業医オフィス

 

<高円寺南労働衛生コンサルタント事務所>

 

産業医・労働衛生コンサルタント・第一種作業環境測定士・衛生工学衛生管理者

 

飯嶋正広

 

 

 

働き方改革関連法での変更点と産業医の役割

 

(その選任方法、重要性)について(第4回)

 

 

今回ご紹介する産業医の役割を、心療内科(心身医学)医の立場から振り返ってみることは実りの多いものです。

実際に産業医としての経験を積んでいくと、医療機関内での保健診療のみでは十分に活用できにくい予防医学、環境医学、社会医学をはじめとする様々な視点や視野が広がり、それがまた日常診療に役立っています。

 

昨今では、全人的医療(身体・心理・社会・実存)の実践者としての心療内科医にとって、産業医としてのフィールド活動を継続することは不可欠な柱であるとさえ認識するまでに至りました。

 

 

産業医の役割について

 

事業所での産業医の役割は多岐に渡ります。

今回は産業医の主な役割について、ご紹介します。

 

 

衛生委員会の出席・衛生講話

従業員50人以上の事業省は、必ず衛生委員会を設置しなければなりません。それに伴い同時に産業医は衛生委員会への出席が求められます。衛生委員会は毎月1回程度開催することが望ましく、産業医は構成員として意見を述べます。

また、産業医は健康管理や衛生管理を目的とした社員向けの講習である衛生講話を行います。

衛生講話では従業員の健康管理・衛生管理における職場の課題に応じた内容が講習内容となります。

 

 

職場巡視

産業医は毎月1回職場を巡回し、従業員が働く職場環境の安全性が確保されているかを確認する職場巡視を行います。

企業の事業によって、内容は異なりますが、主に「整理・整頓・清掃・清潔」の環境の維持、適切な温熱環境、照度、トイレの衛生環境、休憩室の確保、AED・消火器の場所、室温などがチェック項目となります。

 

 

健康診断結果のチェック

産業医は実施された健康診断結果に基づいて、就業判定を行い、就業制限・休職が必要な社員への意見書を作成します。また、事業主は産業医の押印がされた「健康診断結果報告書」を管轄する労働基準監督署に速やかに提出しなければいけません。

 

 

健康相談、休職・復職面談の実施

産業医は健康相談を希望する社員への健康相談や、休職希望または欠勤・遅刻・早退が続く社員への休職面談、職場復帰を希望する社員への復職面談を実施します。復職面談では病状の回復程度を把握し、職場復帰の判断を行います。

 

 

ストレスチェック制度の実施・高ストレス者への面接指導

 

ストレスチェック制度とは、2015年12月から対象の事業所において義務付けられた制度です。産業医は労働者に自分が抱えているストレスの度合いを知るテストを実施します。

また、ストレステストの回収や、任意で「医師による面接指導が必要」とされた労働者に対する面接指導を行います。

面接指導後は必要に応じて事業者に就業上の措置に関する意見を述べ、労働環境の改善を促します。

 

長時間労働者への産業医等による面接指導とは

2019年4月の働き方改革関連法では、長時間労働者に対する面接指導等が強化されています。

今回の法改正により、医師による面接指導の対象となる労働者は以下の内容に変更されています。

時間外、休日労働時間が1カ月当たり80時間を超えた労働者
高度プロフェッショナル制度対象労働者(1月当たり100時間を超える場合)
上記に該当する労働者は、産業医による面接指導を実施します。

 

 

 

今月のまとめ

2019年4月に施行された働き方改革関連法では「産業医・産業保健機能の強化」と「長時間労働者に対する面接指導等」が強化されている。

 

事業者には産業医を選任する義務がある。

 

産業医の職務は「労働者の健康管理」を目的としており、主に「衛生委員会の出席・衛生講話」、「職場巡視」、「健康診断結果のチェック」、「健康相談、休職・復職面談の実施」、「ストレスチェック制度の実施・高ストレス者への面接指導」、「長時間労働者への産業医等による面接指導」の6つの役割を担う。

 

産業医活動は、全人的医療の担い手である心療内科医にとっては不可欠の課題である。

 

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「知られざる茨城の名湯・秘境」シリーズ


第二弾:常磐うぐいす谷温泉 竹の葉(北茨城市)その3

 

<常磐うぐいす谷温泉は、本当に温泉なのだろうか?>

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はじめに、簡単な復習をしておきましょう。温泉法(昭和23年制定)の条文の定義では「地中から湧出する温水、鉱水および水蒸気、その他のガス(炭酸水素を主成分とする天然ガスを除く)で、湧出口での温度が摂氏25度以上のものか、鉱水1㎏の中に定められた量以上の物質が含まれるもの」ということになるます。つまり25℃以下でも、規定物質を一種以上含んでいれば「温泉」といえることになります。

 

「常磐うぐいす谷温泉竹の葉」の泉温は15.4℃(調査時における気温の記載なし)であり、25度未満でした。ちなみに「友の湯温泉」の泉温が15.3℃でほぼ同じですが、そちらの温泉分析書には調査時における気温が記載されていました。

 

そこで次に「常磐うぐいす谷温泉竹の葉」の鉱水1㎏中の成分を確認してみると、遊離成分(非解離成分)が40.2(㎎)含有され、温泉法第二条の別表に規定される基準である50(㎎)以上という条件を満たしておりません。

 

さらに、「常磐うぐいす谷温泉竹の葉」の<温泉の成分と使用説明>の記載によると、

当該温泉の泉質・泉温の欄には メタほう酸 15.4℃
とあります。

 

メタホウ酸(HBO2)は温泉法第2条別表中の指標物質の一つですが、含有量(1㎏中)で5㎎以上、という基準が定められています。

 

しかし、「常磐うぐいす谷温泉竹の葉
の<温泉の成分と使用説明>にはメタほう酸の含有量は表示されていません。したがて、「常磐うぐいす谷温泉竹の葉」は温泉法の定義に基づく「温泉」かどうかは、判定不能ということになります。

 

なお、これ以降の議論は「常磐うぐいす谷温泉竹の葉」を温泉に準じるものと仮定してすすめてみることにします。そもそも温泉は湧出口(源泉)での泉温によって次の4つに分類されます。たとえば、25℃未満の「常磐うぐいす谷温泉竹の葉」は、「冷鉱泉」に相当します。

 

また、温泉水の液性(酸性、中性、アルカリ性)がpH値(水素イオン濃度指数)によって記されています。一般的にpH7が中性とされ、血液のpHは7.4で弱アルカリ性ですが、温泉の場合はpH6以上から7.5未満の範囲を中性とし、「中性泉」と呼びます。また、pH7.5以上から8.5未満の範囲は「弱アルカリ性泉」と呼びます。
「常磐うぐいす谷温泉竹の葉」のpHは8.0なので弱アルカリ泉に相当します。分類されます。弱アルカリ性泉は、肌の角質をとる美肌効果があります。 

 

さらに、温泉水の密度についての記載は、「常磐うぐいす谷温泉竹の葉」の<温泉の成分と使用説明>には示されていませんでした。


通常、温泉分析書には、温泉水の溶存物質総量が記載されています。溶存物質総量とは、鉱水(鉱泉)1kg中に含まれているガス性以外の物質の総量のことであり、陽イオンと陰イオンと非解離物質の総合計の値をさします。1978年に改正された環境庁鉱泉分析法指針で療養泉の基準のひとつとなり、総量1,000㎎以上は塩類泉に分類されます。「常磐うぐいす谷温泉竹の葉」の溶存物質計(ガス性のものを除く)は784mg/㎏mなので、塩類泉に相当する基準は満たしていません。また、浸透圧による分類では「常磐うぐいす谷温泉竹の葉」は、「低張泉
(8g=8,000㎎未満)に相当することになります。

 

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Après le déjeuner, Rieux relisait le télégramme de la maison de santé qui lui annonçait l’arrivée de sa femme, quand le téléphone se fit entendre. C’était un de ses anciens clients, employé de mairie, qui l’appelait. Il avait longtemps souffert d’un rétrécissement de l’aorte, et, comme il était pauvre, Rieux l’avait soigné gratuitement.

昼食の後、リューは妻が到着したことを知らせる療養所からの電報を読み返していると、電話が鳴るのが聞こえてきた。彼に電話をかけてきたのは、以前患者だった市役所職員であった。長い間、大動脈狭窄に悩まされていたが、貧乏だったのでリューが無料で治療を施していた男であった。

 

註:

un rétrécissement de l’aorteは、直訳すると「大動脈の狭窄」ということになります。実際には、弁膜症といって大動脈弁狭窄症を指している可能性があります。実際のモデルが存在していたのではないかと思われます。

 

動脈弁狭窄症とは、心臓の弁のひとつがきちんと開かず、心臓から全身に血液が送り出しにくくなってしまう病気です。進行すると、狭心痛や心不全などを起こします。また、安静時でも息切れの症状が現れ、最終的には突然死にいたることもあります。無症状の時期が長く続き、症状が現われるようになってからは、一般に予後が不良です。

 

この病気の原因として考えられるのは、当時の時代では溶血性連鎖球菌(溶連菌)による咽頭炎が引き起こされるリウマチ熱という全身性の自己免疫疾患の心臓弁膜合併症であった可能性が考えられます。

 

この物語の中で、貧乏だった男が若いころリュー医師の治療を受け、現在は受診していないということから、市役所職員のこの男性は、症状が不安定なリウマチ熱の急性期あるいは亜急性期にのみ受診していたらしい記述との整合性があります。

 

 

 

・・・・Oui, disait-il, vous vous soivenez de moi.
Mais il s’agit d’un autre. Venez vite, il est arrivé quelque chose chez mon voisin.

・・・・ 私です。それに気づいてくださったのですね、とその男は言うのであった。実は私ではなく別の人のことなのですが。急いで来てください、私のお隣さんに何かあったようなのです。

 

 

Sa voix s’essoufflait. Rieux pensa au concierge et décida qu’il le verrait ensuite. Quelques minutes plus tard, il franchissait la porte d’une maison basse de la rue Faidherbe, dans un quartier extérieur. Au milieu de l‘escalier frais et puant, il rencontra Joseph Grand,l’employé, qui descendait à sa rencontre. C’était un homme d’une cinquantaine d’années, à la moustache jaune, long et voûté, les épaules étroites et les members maigres.

その声は息切していた。リューは、管理人のことを考えていたが、そちらの往診は後回しにすると決めた。数分後、彼は周辺地区のフェデルブ通りにある軒の低い建物の門扉をくぐった。ひんやりとして悪臭がたちこめる階段の途中で、市職員のジョセフ・グランが彼を迎えに降りてくるのに出会った。彼は五十がらみの男で、長く垂れ下がった赤みがかった口ひげを生やし、肩幅が狭く、手足が細かった。

 

註:

1)Sa voix s’essoufflait.について、市役所職員のこの男性が、とてもショッキングな事件に遭遇して救命活動をし、リュー医師の助けを取り付ける場面で、「その声は息切していた。」としても不思議はないのですが、この男性は大動脈(弁)狭窄症という持病を抱えていることを思い出してイメージしていただきたい部分でもあります。この男性は、少なくとも軽度の心不全の状態であった可能性があるため、わずかな精神的・身体的ストレスによっても呼吸困難を来しやすい可能性があります。

 

2)la moustache jauneは、直訳すると「黄色い」口ひげということになります。宮崎嶺雄訳でもそのように訳されています。しかし、私は「赤みがかった」口ひげ、と訳すことにしました。それは、le cien jauneの直訳が黄色い犬ではあるが、いわゆる赤犬を指しているという例があるからです。色彩の感覚は言語や文化によって様々であるため、柔軟に訳し分ける工夫を施したいと思いました。

 

 

 

・・・Cela va mieux, dit-il en arrivant vers Rieux, mais j’ai cru qu’il y passait.
Il se mouchait. Au deuxième et dernier étage, sur la porte de gauche, Rieux lut, trace a la craie rouge: « Entrez, je suis pendu.»

「良くなってきました」と、リューの方にやって来ながら彼は言った。「しかし、もう逝ってしまったかと思いました」。彼は鼻をかんでいた。最上階となる三階の左側のドアに、「お入りなさい、私は首を吊っています」と記されている赤いチョークでの筆跡をリューは読んだ。

 

 

註:

初歩的なことですが、Au deuxième et dernier étageの箇所で、deuxième étageを直訳すると二階になりますが、実際には三階を意味するので、三階と訳しました。これに関しては、フランス語の入門書でも再三解説されています。

 

 

Ils entrèrent. La corde pendait de la suspension au-dessus d’une chaise renversée, la table poussée dans un coin. Mais elle pendait dans le vide.

二人で入っていった。ロープは倒れた椅子の上に吊るされ、テーブルは片隅に押し追いやられていた。しかし、そのロープには何も掛かってないまま垂れていた。
 

註:

Mais elle(=la corde)pendait dans le videの部分の訳について、宮崎嶺雄訳では、「しかし、その綱はただぶらんと宙に垂れていた」とされています。問題は、dans le videの解釈なのですが、「空っぽの空間の中に」という風にとるのか、それとも、綱には「何も掛かっていなかった」ことを表そうとしたものかが気になるところです。

 

宮崎訳では、その両方の意味を取り込んでいます。私は、「そのロープに人の首が掛かっているかもしれない、しかし、何も掛かってはいなかった」ということにアクセントを置いて訳した方が読者の理解に役立つと考えました。その場合、文頭の接続詞のMais(しかし)が、より効果的に働いてくるのではないでしょうか。

 

 

 

・・・Je l’ai décroché à temps, disait Grand qui semblait toujours chercher ses mots, bien qu’il parlât le langage le plus simple. Je sortais, justement, et j’ai entendu du bruit. Quand j’ai vu l’inscription, comment vous expliquer, j’ai cru à une farce. Mais il a poussé un gémissement drôle, et même sinisitre, on peut le dire.
 

Il se grattait la tête:
・・・À mon avis, l’opération dôit etre douloureuse.
Naturellement, je suis entré.

間一髪で外しましたと、グランは最も端的な話し方ながら、まだ言葉を探しているようであった。私が外出しようとしていた、ちょうどそのときに、物音がしたんです。あの書置きを見たときは、なんと説明したものか、悪ふざけなのかと思いました。ところが、彼は妙な呻き声をあげ、不気味にさえ感じられるくらいでした。
 

彼は頭を掻いた。
私が思うには、この作業をするのは辛いことに違いありません。
もちろん、私は入って行きましたよ。

 

 

註:

l’opération dôit etre douloureuse.の解釈について、宮崎訳では「こいつをやるときにはきっと苦しむんでしょうね。」としています。つまり、<縄で首つりをするのは苦しいに違いない>と解釈しているようです。しかし、そのように解釈してしまうと、その後の一文に繋がりにくくなります。

そこで、私は<首吊りをしている人を縄から降ろすという救助作業をするのは大変な作業になりそうだ>と、一瞬たじろぎたくなった市職員のグラン自身のことと理解しました。

すると、Naturellement, je suis entré. それでも、(もちろん、私は中に入って行きましたよ!)と、文頭のNaturellement(もちろん)の意味が活きてくることが感じ取れるのではないでしょうか。

カミュの文体において、文頭に置かれた接続詞(Maisなど)や副詞(Naturellementなど)は、一文全体の解釈や、前後の脈絡を繋げるうえで巧みに用いられていることを、今回は貴重な発見することができました。

 

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第8回なかの国際声楽コンクール応募準備を始めてみたら・・・No2

 

第8回なかの国際声楽コンクールの募集要項をネット検索してみました。


参加資格 18歳以上の男女。

声楽に興味のある方どなたでも

 

演奏曲目 オペラアリア、歌曲

演奏条件 原語で歌唱すること

 

審 査 員 岸本力 (バリトン 二期会ロシア東欧オペラ研究会代表) 他

 

 

懐の広いコンクールですね。しかし、なぜ私が10年間の沈黙を破って、このコンクールに参加する気になったかといいますと、それは審査員の聴く耳に注目したからです。

 

日本歌曲、ドイツ歌曲、イタリア歌曲それにフランス歌曲あたりまではたいていの審査員は適切な判断をしてくださることでしょう。しかし、ロシア歌曲となるとそうは問屋が卸しません。ロシア語とロシア声楽曲の専門家が審査員の中にいなければ難しいのではないかと考えた次第なのです。

 

ですから、私は本選ではロシア声楽曲でチャレンジするつもりなのです。

 

岸本先生は、武蔵野音楽大学声学科の講師です。

 

私は数年前の二期会愛好家クラスの夏季スクールで、はじめてバリトンの岸本力先生のクラスでレッスンを受けました。

そして昨年末の12月12日(日)に、久しぶりに、個人としては初めてのレッスンを受けました。

 

それは、ロシア歌曲やロシア・オペラの専門家である岸本先生が審査員を務める<中野国際声楽コンクール>であれば、ロシア語の歌をきちんと審査していただけると考えたからです。

 

私は、チャイコフスキー作曲、オペラ『エブゲニー・オネーギン』第2幕第2場でレンスキーが歌うアリア「青春は遠く過ぎ去り」の楽譜をもってレッスンを受けました。

 

 

まずは、発声練習からお願いしました。独自のスケールでのレッスンでした。     

 

「もう少し高音がだせれば・・・」

というご評価でした。

 

次にロシア語の歌詞の音読ですが、岸本先生が音読するのを聴かせていただく方法と私自身が音読して直していただく方法のいずれかの選択を与えていただきました。

 

私は後者の方法を選択しました。発音方法が微妙な箇所がいくつかあったのですが、すべてわかりやすく教えてくださいました。私の事前準備の努力を評価してくださいました。

 

その後、アリアを通して歌いました。「声のきれいなテノールです。発声練習の時には出せていなかったA(五線譜の上のラ音)が、歌っているときにはしっかり出ています。」とのコメントをいただきました。

 

2回目を通して歌ったあと、「言葉を明確に発音しようとするあまり、メロディーラインが途切れがちで流れていません(レガートに歌えていない)」とのご注意を受けました。そして3回目を通したところ、「今度は、しっかりと歌えていました。」というご評価をいただきました。

 

そして、このアリアは難度が高い曲であるため、この曲を上達させるために、同じくチャイコフスキーの歌曲「憧れを知る者のみが」をレッスンすることを勧めていただきました。

 

二日後には、私の自宅に、この曲の楽譜を郵送してくださいました。この曲の作詞者はドイツの文豪・詩人ゲーテです。
  

 

参考音源1)

Nur wer die Sehnsucht kennt

作曲:チャイコフスキー「ただ憧れを知る者だけが」

作詞:ゲーテ(ドイツ語歌詞)

エリーザベト・シュヴァルツコップ(ソプラノ)

 

 

参考音源2)

НЕТ, ТОЛЬКО ТОТ, КТО ЗНАЛ...

 

作曲:チャイコフスキー「いいえ、知っているのはただ一人だけ...」    

 

訳詞:ミェーイ(ロシア語歌詞)

 

ガリーナ・ヴィシネフスカヤ(ソプラノ)

 

 

よろしければ是非聴き比べてみてください。

ドイツ語やロシア語の歌詞の意味はわからなくとも、言語によって歌の印象が大きく異なって感じられるでしょうか。ゲーテの詩はドイツ語ですから、ドイツ語で歌う方が良いにきまっている、と考えるのは私の理性です。

 

しかし、実際にロシア語版を聴いてみると、私の感性はロシア語の歌詞の方がチャイコフスキーのメロディーに馴染んでいると言っているのです。もっとも、タイトルからしてニュアンスが大きく違っていることに気づいた次第です。

 

私は、第8回なかの国際声楽コンクールの本選に出場できたとしたら、チャイコフスキーの次の2曲(ロシア語)とすることで岸本先生のご了解を得ました。

 


#1.チャイコフスキー作曲

歌曲「いいえ、知っているのはただ一人だけ...」

 

#2.チャイコフスキー作曲

オペラ『エブゲニー・オネーギン』第2幕第2場より

レンスキーのアリア「青春は遠く過ぎ去り」 

 

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認定内科医、心療内科指導医・専門医、アレルギー専門医、リウマチ専門医、認定痛風医


飯嶋正広

 

 

「死亡診断書」と「死体検案書」のお話No1

 

医師法第20条は「医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方箋を交付し、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証明書を交付し、又は自ら検案をしないで検案書を交付してはならない」としています。

 

そこで、今回は、皆様に対してクイズを出題させていただくことにしました。

 

患者の死亡確認を行った後の対応として適切でないのは、以下の6つのケースのうち、どのケースでしょうか?

 

ケース1:

特段の基礎疾患の無い夫が、居間で死亡しているのを、帰宅直後に発見した医師である妻が発見し、救急車を呼ぶこともなく、所轄警察署に連絡した。

 

ケース2:

熱射病のため入院していた患者が死亡した。熱射病の診断名で死亡診断書を交付した。

 

ケース3:

縊頸(首吊り)で心肺停止状態の患者が来院し、蘇生術に反応なく死亡を確認した。死亡診断書は交付せず、所轄警察署に連絡した。

 

ケース4:

重症慢性心不全で通院中の患者を診察した。翌日に自宅で死亡していた。死後診察なしで慢性心不全の診断名で死亡診断書を交付した。

 

ケース5:

来院時心肺機能停止患者が救急外来で死亡した。画像検査の結果から急性大動脈解離による死亡と考えられた。急性大動脈解離の診断で死亡診断書を交付した。

 

ケース6:

肺癌末期状態で往診対応中の患者の様子がおかしいと家族から連絡があり、訪問したところ、患者は死亡していた。体表面に外傷痕が見られた。死亡診断書は交付せず、所轄省察所に連絡した。

 

 

さあ、いかがでしょうか。あまり身近なケースではないようにお感じの皆様。

 

これは、いつでも起こりうる類型です。もし、それがあなたの大切な方々の身に起きたとしたら、その時の医師はどのように判断して、どのように行動することになるのでしょうか?

 

 

 解説と解答は、次回(来週)行う予定です。