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自然免疫力を高めよう!

 

ノーベル賞受賞者の山中伸弥教授の啓発サイトを見つけました!

 

免疫とワクチン | 山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信 (covid19-yamanaka.com)

 

そこで、免疫とワクチンについて一般の方向けに解説がなされていますので、まずは、そのままご紹介いたします。

ただし、下線と(註X)については、私のコメントを加える都合上、私、飯嶋正広が施したことを、予めお断りいたしておきます。

 

免疫学者ではない畑違いの山中氏が、なぜ免疫とワクチンについてわざわざ言及されるのでしょうか。

しかも、タイトルは一般免疫学や免疫学総論ではなく、「新型コロナウイルス情報発信」であることに注意を払っておく必要があるものと思われます。


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免疫とワクチン


免疫とは

私たちが生きていくためには、外部から酸素や栄養を取り込む必要があります。その時、招かざる客であるウイルスや細菌も体内に侵入してしまいます。ウイルスや細菌が増殖すると感染症が発症し、最悪の場合死に至ります。

ウイルスや細菌と戦うのが免疫です。

免疫には自然免疫(註1)と獲得免疫(註2)があります。

自然免疫は生まれつき備わっており、ウイルスや細菌にはあるが人間にはない成分を認識して攻撃します。自然免疫のみで退治できる場合もありますが、多くの場合は不十分(註3)で、ウイルスや細菌は増殖してしまいます。

次に出動するのが獲得免疫です。侵入してきたウイルスや細菌だけを認識する免疫細胞が作られ、強力に攻撃します。ウイルスや細菌が初めて侵入したときは、獲得免疫が働くまで1,2週間程度かかります。しかしいったん獲得免疫が出来ると、次に同じウイルスや細菌が侵入したときは、速やかに攻撃を開始します(註4)。

昔から同じ病気に2回かからない(註5)、という現象が知られていましたが、これは獲得免疫によるものです。


ワクチンとは

同じ病気に2回かからない、という現象を人工的に作り出そうという発想で誕生したのがワクチン(註6)です。

ウイルスや細菌を何らかの方法で弱毒化、もしく無毒化してたもの(註7)を投与(接種)することにより、獲得免疫を誘導します。その後、同じウイルスや細菌が侵入しても、獲得免疫がすぐに攻撃するために増殖を抑えることが出来ます。


ワクチンは感染や発症を予防するためのものであり、感染症になってから使用する治療薬とは異なります。

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(註1)自然免疫:

わかりやすくいえば、ウイルスや細菌などの病原体(敵)が体内に侵入してくると、敵が振りかざしている旗印の種類に関係なく真っ先に駆けつけ戦ったり、食べて無毒化したりしてくれる生まれつき生体が備えている免疫反応や免疫機構のことです。

 

(註2)獲得免疫:

獲得免疫とは、感染した病原体を特異的に見分け、それを記憶することで、同じ病原体に出会った時に効果的に病原体を排除できる仕組みです。適応免疫とも呼ばれます。すでに同一の病原体に感染していたり、その病原体を目標としたワクチン接種したりして獲得できる免疫のことです。

 

(註3)自然免疫のみで退治できる場合もありますが、多くの場合は不十分

この部分の記述は実にあいまいです。わざとあいまいにしているのだとしたら、稚拙なレトリックです。そもそも主語は何なのでしょうか?前文からの流れからすれば、一般の「ウイルスや細菌」と読めなくもありませんが、病原性の高い病原体を除いては、ほとんどの場合、自然免疫のみで退治できています。退治できないとしたら、それは感染症による死亡を意味します。死亡しないで治癒しているのは、自然免疫が働いているからに他なりません。


また、この場合の主語を「新型コロナウイルス」と解釈した場合、令和4年4月5日現在での日本の感染者の合計数678万人、死亡者数28,396人ですから、死亡率は0.42%弱ということになります。逆に言えば、99.5%強の感染者は生存できている、つまり、「新型コロナウイルス」を退治できていることになるはずです。


それにもかかわらず、山中氏が自然免疫のみでは不十分であると説明する背景にはどのような意図があるのでしょうか?
その答えは簡単です。免疫を自然免疫と獲得免疫とに2分するならば、自然免疫を補完できる獲得免疫ということになるでしょう。


それでは、山中氏の意図する獲得免疫とは、いかなる方法で獲得できる免疫なのでしょうか?山中氏は、感染による免疫獲得を積極的に推奨されてはいないので、残る可能性としてはワクチンということになるでしょう。つまり、「ワクチン接種を推進しましょう」という彼の日頃の発言と結びつくことになります。


(註4)いったん獲得免疫が出来ると、次に同じウイルスや細菌が侵入したときは、速やかに攻撃を開始します

この一文にも、レトリックが仕込まれています。それは、「いったん獲得免疫が出来ると」という仮定から出発しているところです。医療系の専門学校の学生用の免疫学概論・総論、あるいは一般免疫学のテキストの叙述としてなのであれば問題はありません。しかし、一般の読者は、新型コロナウイルス感染症もしくはそのワクチン接種によって「獲得免疫が出来る」ことを当然のように誤解してしまうことになります。


これまでの状況を振り返ってみても、「獲得免疫」ができるのは簡単ではないことが明かです。現行のワクチンではいずれも「いったん獲得免疫ができる」としても、それが長続きしないことも明らかになってきました。ですから、仮に「いったん獲得免疫が出来る」にしたところで、その獲得免疫の効果は一過性であるために、「次に同じウイルスや細菌が侵入したとき」にも、「速やかに攻撃を開始」できないし、「攻撃を開始」しても、その効力は、またしても不十分である、と評価するのがまっとうな科学者の態度なのではないかと思われます。

 

(註5)同じ病気に2回かからない

「二度罹り無し」というフレーズが有名です。しかし、ここでも用語の使い方の曖昧さが露呈しています。それは、疾患の同一性についての定義です。わかりやすく言えば、以前に罹った病気と「同じ病気」かどうか、特にウイルス感染症の場合には、より厳密に議論をすすめていかなければなりません。新型コロナウイルス感染症においては、たとえば香港大学の学生が2度罹患したとの報告がありました。再保の感染は武漢株で、欧州への研修後に罹患したのは、それとは別の変異株であった可能性があります。とくに、新型コロナウイルスは一本鎖RNAウイルスであるため、変異し易いことが知られています。

 

「二度罹り無し」が「同じ(感染症の)病気」を前提とするならば、病名は同じ「新型コロナウイルス感染症」であっても、必ずしも「同じ病気」ではないという矛盾が生じます。この矛盾を解く鍵は、新型コロナ感染症は、複数の種類の変異株によってもたらされる複数の感染症の総称であって、それぞれが別の病気であるという理解の上に立つことにあるのだと思います。
     

この段階で、大いに気づいておかなければならなかったのは、武漢株とその後の変異株はまったく別物である可能性があるということであったはずです。現段階に至っては、英国株(アルファ株)、南アフリカ株(ベータ株)、ブラジル株(ガンマ株)、インド株(デルタ株)そしてオミクロン株はすべて異なる性質をもつウイルス株であるという認識を弁えておく必要があるのではないでしょうか。
      

香港大学の学生が新型コロナ感染症に二度罹ったという貴重な報告は、ワクチンについても、武漢株用のワクチンでは、変異株による感染症の予防効果を期待できない可能性が高いという謙虚な予測を立てておくべきであるという教訓だったのではないでしょうか。

 

(註6)同じ病気に2回かからない、という現象を人工的に作り出そうという発想で誕生したのがワクチン

「同じ病気に2回かからない、という現象を人工的に作り出そうという発想は、「同じ病気」とは何か、という出発点の検証が不可欠だったはずです。この出発点が誤りだとすれば、その発想自体が成立しなくなるという厳然たる事実を謙虚に受け止めなければなりません。そうした適正かつ妥当なプロセスを踏むことに成功しなければ、必然的に欠陥ワクチンの開発に繋がってしまうことになります。

 

(註7)ウイルスや細菌を何らかの方法で弱毒化、もしく無毒化してたもの

門外漢である山中氏は、新型コロナウイルス感染症予防のための、いわゆる<mRNAワクチン>と従来の弱毒ワクチン等とを混同して説明しているのは如何なものでしょうか。「ウイルスや細菌」と書いていているので、これは一般的な感染性病原体を前提にした記述であるということは、大方の医療従事者であれば理解できるはずです。しかし、一般の方には大きな誤解を与え兼ねません。

 

mRNAワクチンについて理解したいと願っているであろう読者に対して、当該ワクチンが従来の弱毒ワクチンや不活化ワクチンと同程度に「病原体を弱毒化、もしくは無毒化
されているものと誤解を与えかねないことが懸念されます。

山中氏の意外な無神経さ、もしくは意図的な企ての可能性自体を残念に思います。

 

さて、専門外の山中氏はまだしも、免疫学者の大権威である大阪大学の宮坂昌之名誉教授も、弱毒生ワクチンとの比較で、この種の説明の仕方で周囲から嘲笑されたことは印象的です。そもそも、mRNAワクチンなるものが、果たしてワクチンの名に値する代物なのかどうかを、しっかりと吟味する必要があります。


有効性はもちろんですが、それ以上に、十分な安全性が検証されていない段階の代物を安易にかつ公然と「ワクチン」と呼ばせてしまっていることが全世界に大きな禍をもたらしていることを肝に銘じていただきたいと願わざるを得ません。

 

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臨床産業医オフィス

 

<高円寺南労働衛生コンサルタント事務所>

 

産業医・労働衛生コンサルタント・第一種作業環境測定士・衛生工学衛生管理者

 

飯嶋正広

 

 

産業医の企業の健康経営参加について(続々編)

 

今月の4月3日の記事のタイトルは「私が産業医活動を続けているわけ」で、書き忘れていたことが一つありました。

それは、私自身の健康維持のため、ということでした。毎日のほとんどをクリニックでの外来診療で過ごすとなると、必然的に「座りっぱなし」の時間が長くなるという問題が発生します。この「座りっぱなし」のライフスタイルが健康リスクを大いに高めることが注目されています。

 

「週5日間、1日3時間立つ時間を確保すれば、年に10回フルマラソンを走るのと同じくらいのカロリー消費量を得られる」と、英ユニヴァーシティ カレッジ ロンドンでスポーツ医学を専門とするマイク ルースモア氏は主張しています。こうしたライフスタイルを打破するために、「水氣道」や「聖楽院」の活動を継続することも役立っていますが、医師としての業務に直結する産業医活動は、クリニックを離れて企業を訪問することになるために、私自身が「座りっぱなし」となりがちな日常業務から解放されることに役立っています。

 

 

6.健康的な働き方をサポートする


オフィスづくりの取り組み方

オフィスでは、健康への影響の高い空気環境や騒音、照度などにはガイドラインが設けられています。(事務所衛生基準規則及び労働安全衛生規則の一部を改正する省令の施行等について)事務所衛生基準規則及び労働安全衛生規則の一部を改正する省令(令和3年厚生労働省令第188号。以下「改正省令」という。)が令和3年12月1日に公布され、一部の規定を除き、同日から施行されました。

 

また、労働基準法第34条で、労働時間が 6時間を超え、8時間以下の場合は少なくとも45分 8時間を超える場合は、少なくとも1時間の休憩を与えなければならない、と定めています。この規則も、『座りっぱなし』の解放のためにも積極的に役立てることができると思います。

 

こうした規則はデスクワーク中心の職場の増加と共に整備が進んできています。ここで、デスクワークとは、机に向かって作業をこなす仕事のことです。 事務仕事を意味して使用される場合が多く、特にパソコンで行う業務はデスクワークに該当します。

 

ほかにも、プログラマーやエンジニア、グラフィックデザイナー、ライターなど、机に向かってクリエイティブな作業をしている職種もデスクワークに含まれる仕事です。

しかし、身体の不調の原因のひとつと考えられる「座り過ぎ」については、近年ようやく関心が高まりつつあります。

とりわけ日本人は世界一の「座り過ぎ」大国という、望ましくない調査結果もあります。2012年にシドニー大学が実施した調査によると、世界20カ国の総坐位時間の平均が300分(5時間)/日、日本は420分(7時間)/日と平均より2時間、1.4倍も長いという結果でした。

そして日本は、20カ国中で座っている時間が、サウジアラビアと並んで一番長い国であることが示されました。問題になるのは、長時間座り続けることで血流や筋肉の代謝が低下し、心筋梗塞、脳血管疾患、肥満、糖尿病、がん、認知症など健康に害を及ぼす危険性が指摘されていることです。

 

1日に座っている時間が4時間未満の成人と比べ、1日に11時間以上座っている人は死亡リスクが40%も高まるといわれています。

 

WHO(世界保健機関)の発表では、喫煙は世界で500万人以上、飲酒は300万人以上の死因といわれています。2011年の報告では、座り過ぎも「世界で年間200万人の死因になる」という発表されました。いまや“座りすぎ”も喫煙や飲酒と同じように健康リスクを脅かす問題の一つであると認識する必要があるようです。

 

なお長時間机の上で作業をした後に肩や首、腰などが痛み、どっと疲れを感じるのは、長時間体を動かさなかったことで筋肉が縮小してしまうからといわれています。 筋肉の凝りや強い痛みが生じて体を動かしにくくなり、疲労感が倍増します。 また血液の流れが滞るのも疲労蓄積の一因でしょう。

 

1日の座位時間が4時間未満の人に比べ、座位時間が長くなるにしたがってリスクが高まるという調査があります。本来、人の身体は30分以上「不動」の状態に耐えられるつくりをしていません。 30分以上座った状態が続くと、血流が悪くなったり、血栓ができたり、不快に感じたりします。 そのため、30分以上同じ姿勢を続けないことが大切です。

 

そのほか、座り過ぎのために、ふくらはぎを動かす機会が減ることによる健康リスクが指摘されています。

 

ここからは、健康的な働き方をサポートするオフィスづくりについてご紹介します。

 

●回遊しながら自ら選べる多様な「場」を

オフィスの中に、従来の「執務デスク+会議室」という環境ではなく、業務や気分に応じて選べる多様な場を用意します。従業員は自律的に業務や気分に適した場を自ら選ぶことで、オフィス内を自由に回遊します。

 

●姿勢の自由度が担保されるようにひとつの姿勢に固定しないような選択肢があるとよいでしょう。

自ら選んだ場で、立ったり座ったり、チョイ掛けしたり、くつろいだ姿勢をとったりと、いろいろな姿勢をとることができる自由度を拡張します。また、様々な姿勢が意識的に取れるよう、高さや天板の角度が変えられるデスク、背もたれの角度が変えられるソファやハイカウンターなどの選択も有用でしょう。

 

●無意識に身体を動かすことができているように

同じ姿勢が長く続くことがないよう、集中作業しているときにも、無意識のうちに身体を動かすことができる事務機器や家具を選びます。

 

たとえば、集中したデスクワークにおいても、身体の動きを妨げずに前傾や後傾、左右の動きや身体のひねりに追随するグライディングチェアなら無意識に座っているだけで、筋肉が動くことをサポートし、座りながら運動できます。

 

 

7.まとめ

健康経営は働き方改革の推進とともに注目されており、将来的な収益性の向上に繋がる計画的な投資です。政府が取り組む健康経営制度に認定されることで、さらに効果を高めることもできます。とはいっても、健康経営の基本は、各人の自主的な自己健康経営がベースになりそうです。

 

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常陸國住人 

飯嶋正広

 

常陸国飯嶋氏のルーツ探訪(その4)

 

このシリーズの初回、常陸飯嶋氏のルーツ探訪(その1)で、飯島姓を名乗る文献上の初出は飯島七郎であり、明徳2年(1391年)に確認できることを述べました。これに対して、飯島七郎が勝倉城主になったのは応永年間(1427年)の頃なので、この間およそ36年の隔たりがあります。両者が同一人物であると推定することも不可能ではありませんが、七郎の名籍を嗣ぐ後継者である可能性も残されるのではないかと考えます。

 

そこで、「水戸市史(上巻)」第510頁に記載されている関連情報をそのまま書き写してみることにします。

 

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河和田と加倉井・赤尾関のほぼ中間にあたる飯島(市内)の地に、飯島・悉知(後世七字と書く)という一族のあったことが知られている。すなわち「熊野山願文」として「新編常陸國誌」に引かれるものに、

 

飯島七郎光忠・子息宗忠(明徳二・十二・二)飯島住人悉知左衛門尉宗忠・同七郎通忠(応永十・十一・二十二)等の名が見えていて、その資料の性質からかなり有力な土着の豪族であったと思われる。

 

飯島氏は、その本拠飯島の地理的な関係から、当然、加倉井・春秋らと共に早くから江戸氏とふかく結びついていたと考えられるが、明らかでない。

 

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上記の限られた記述の中で、歴史的に貴重な多くの手がかりを得ることができました。

 

1) 地名について

河和田・加倉井・赤尾関と同様に飯島は、水戸市の地名として現在でも残っています。ほぼ東西に走行する常磐線の赤塚駅(水戸市)と内原駅(水戸市)との間を常磐高速道路が南北に跨いでいる交点を目印にして4区分すると、北西部が加倉井、南西が赤尾関、南東が飯島、その東が河和田という位置関係になっています。

 

水戸市史の著者が、河和田・加倉井・赤尾関という一連の地名を挙げているのには根拠があります。それは、この一帯が江戸氏の所領だからです。江戸氏の通高は常陸守護の佐竹義篤の娘を妻とし、嘉慶二年(1388)には南朝方の難台城を攻略する軍功をあげました。しかし、通高はこの難台城攻めで戦死し、その賞として子の通景は鎌倉公方足利氏満から新領として河和田・鯉淵・赤尾関などを与えられています。これを機に江戸氏は父祖の地である江戸郷から河和田へ本拠を移し、その後の江戸氏発展の拠点としました。しかし、飯島という地名についての古文書記録がないため、私自身も永らく飯島の地名および氏族名の発祥に疑問に感じていたところです。ただし、ここで貴重なのは、飯島の地は江戸氏の新しい居城である河和田城と加倉井・赤尾関などの中間に位置することと、江戸氏の河和田進出が嘉慶二年(1388)以降であることです。

 

 

2) 年代について

飯島七郎光忠・子息宗忠の名は「熊野山願文」(明徳二・十二・二)に見られるのであるが、明徳二年とは、西暦1391年であり、中央では山名氏が室町幕府(足利3代将軍義光)に対して起こした明徳の乱のあった年の暮に相当します。ちょうど、この頃、江戸通景は河和田城主になっていることに注目したいところです。また通景は軍功のあった通高の子ですが、「通」の字が継承されていることにも着目しておきたいです。

 

なお飯島氏の熊野山詣は一度のみではなく、飯島住人悉知左衛門尉宗忠・同七郎通忠という名で再掲(応永十・十一・二十二)されています。応永十年は、西暦では1403年に相当するので、初出のときから12年を経ています。つまり、干支を一巡しています。なお、飯島七郎が勝倉城主になったのは、それからおよそ四半世紀後の応永年間(1427年)の頃なので、この間の飯島氏の動向についての手掛かりをつかみたいところです。

 

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前回の人物描写に引き続き、今回の対話や心理描写には、奥深い人間観が感じられてきます。私はあくまでも読者の視点で翻訳する立場を取りたいと考えていたため、作品全体を予め通読していません。つまり、プロフェッショナルな翻訳家とはあえて異なるアプローチを試みています。とりわけ、fataliste(運命論者)という思想性の高い硬い言葉が対話の中で鮮明に浮き上がってきます。

 

 

« Malgré ce bel example, on parle beaucoup en ville de cette histoire de rats. Le journal s’en est mêlé. La chronique locale, qui d’habitude est très variée, est maintenant occupée tout entière par une campagne contre la municipalité: “Nos édiles se sont-ils avisés du danger que pouvaient presenter les cadavres putréfiés de ces rongeurs?” Le directeur de l’hôtel ne peut plus parler d’auter chose. Mais c’est aussi qu’il est vexé. Découvrir des rats dans l’ascenseur d’un hôtel honorable lui paraît inconceivable. Pour le consoler, je lui ai dit: “Mais tout le monde en est là.

«-Justement, m’a-t-il répondu, nous sommes maintenant comme tout le monde.”

« C’est lui qui m’a parlé des premiers cas de cette fièvre surprenante dont on commence à s’inquiéter. Une de ses femmes de chambre en est atteinte.

«Mais sûrement, ce n’est pas contagieux, a-t-il précisé avec empressement.

« Je lui ai dit que cela m’était égal.

« ― Ah!Je vois. Monsieur est comme moi, Monsieur est fataliste.

« Je n’avais rien avancé de semblable et d’ailleurs je ne sui pas fataliste. Je le lui ai dit...»

 

「こんな立派な手本があるにもかかわらず、街ではこのネズミの話題でもちきりになっている。新聞社もそれに巻き込まれてきた。いつもはバラエティに富んでいる地方記事も、今ではすっかり自治体に対する論評で占められている。『うちの市の幹部職員たちは、このネズミの腐乱死骸がもたらす危険性に気付いているのだろうか?
ホテルの支配人は、もはや鼠のこと以外、何も語れなくなっている。しかし、それは彼も当惑しているからなのだ(註1)。格式のあるホテルのエレベーターの中でネズミが見つかるなどということは、彼にとっては受け入れがたいことなのであろう(註2)。そんな彼を慰めるために、自分はこう言ってやったのである。「でも、どこへ行っても目に入ってくるものなのだから。

「まさにそこなんですよ。それこそ、このホテルとしたことが、いまや、世俗並みの体たらくになってしまっているということなのです。(註3)

と彼は答えた。

世間がようやく懸念し始めたこの突発性の熱病の最初の事例を私に話してくれたのは、彼だった。この支配人の配下の客室係の女性従業員の一人がその熱病にかかったのである。

『しかし、伝染性のものでは断じてございませんよ』と支配人は慌
てて力説した(註4)。

自分にとってはどうでもいいことだということ彼に言った。

『なるほど、おっしゃるとおりです。お客様も私共と同じで、宿命論者(註5)でいらっしゃるんですね。』

自分はそんなことは言ってないし、宿命論者などではない。自分はその旨を支配人に言った。

 

註1:Mais c’est aussi qu’il est vexé.

宮崎訳では、「しかし、それはまた彼が腹立たしい気持ちになっているからでもある。」フランス語のvexerという動詞は、ロワイヤル仏和中辞典によると、❶気を悪くさせる、傷つける;(感情を)害する、などを意味し、また⦅過去分詞で⦆の用例では、Vexée par cette plaisanterie, elle se tut brusqument.を挙げて、<その冗談がかんに障り、彼女は急に黙ってしまった>といった使われ方を示しています。この語に対応する英語はvexであるため、ジーニアス英和大辞典でvex英語の《やや古》い使われ方も参考になると考えます。そこには、a〈人〉を〔人に/物・事について/…して/…ということで〕いらだたせる、やきもきさせる、怒らせる、b〈人〉を悩ませる、困らせる、苦しめる(distress);〈人〉を当惑させる、まごつかせる(puzzle)という意味が示されています。登場人物の支配人の心理は、腹立たしさ、いらだたしさ、という方向よりも、悩ましさ、当惑、といった方向に近いのでは、と読者の私は感じ取っています。

 

註2:Découvrir des rats dans l’ascenseur d’un hôtel honorable lui paraît inconceivable.

宮崎訳では、「れっきとしたホテルのエレベーターの中に鼠が発見されるなどと言うことは、彼には考えられぬことのように思われるのである。」

と素直に翻訳されています。名誉ある高級ホテルの支配人であるという誇りと責任感が、ネズミの出現で彼の心を大きく悩ませています。ここでは、望ましくない突然の事態の出現を、自分とのかかわりのある実際の事実であると受け入れたくない拒否的な様子が描かれているのではないでしょうか。

 

註3:nous sommes maintenant comme tout le monde.

宮崎訳では、「われわれも、今じゃ、世間みんなと同じなんです。」

この訳は原文と比較するとその通りであり、この支配人は、世間みんなと同様であってはならないと考えていることも伝わります。しかし、それでは彼が、なぜ自分のホテルが月並みであってはならないのか、というニュアンスが分かりづらくなります。彼の優越感や誇りが傷つけられている、その思いが読者に通じる必要があります。

 

註4:Mais sûrement, ce n’est pas contagieux, a-t-il précisé avec empressement.

<『しかし、もちろん、これは伝染性のものじゃありません』と、彼はとり急いで補足した。>支配人にはホテル管理上の重責が課されています。従業員の熱病の発生は、支配人の管理責任の一環である可能性があり、宿泊客に対する安全配慮義務も必然的に伴います。それと同時にホテルの信用を維持し、顧客を減らしたくないという、より優先的な思考が支配していて、彼にこのような根拠の乏しい断言をもたらしているように読み取れます。

 

註5:fataliste(宮崎訳では運命論者)

運命論者/宿命論者とは、運命論/宿命論(fatalisme)を支持する人です。そこで、ラルースのフランス語辞書で、この語の定義を検索してみました。

fatalisme

1. Doctrine qui considère tous les événements comme irrévocablement fixés à l'avance par une cause unique et surnaturelle.

すべての事象は、単一の超自然的な原因によってあらかじめ不可逆的に固定されていると見なす教義。

 

2. Attitude de quelqu'un qui s'abandonne passivement aux événements.

出来事に受動的に身をゆだねる人の態度

支配人が意味するfatalisteとは、2.の意味のようです。ただし、支配人の心理としては、出来事に受動的に身をゆだねるというよりは、自分には責任はない、という保身的な考え方のように読み取れます。もし、責任感のある人物が、保身のための宿命論者と同一視されたならば、きっぱりとそれを否定しておかなければならなくなるのではないかと考えます。

 

 

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聖楽院主宰 テノール 

飯嶋正広

 

 

武蔵野音大別科レッスン事始め

 

4月に入ったとたんに、慌ただしくなってきました。

 

1日(金)江古田キャンパスで入学式がありました。

 

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式はパイプオルガンが備わっているベートーベン・ホールにて執り行われました。

式にはパイプオルガンによる前奏があり、講師の石丸由佳さんによるJ.S.バッハ:幻想曲ハ長調BWV570を厳かかつ華麗な演奏を楽しむことができました。

 

石丸さんは、東京藝大をオルガン専攻で卒業後、同修士課程修了、デンマーク王立音楽院ソリスト科修了(オルガンソリスト・ディプローマ)、ドイツ国立シュツットガルト音楽大学ソリスト科修了(その後、ドイツ国家演奏家資格取得)という華麗な経歴の持ち主です。

さすが音大の入学式の華麗さは、医学部のそれとは決定的に違っていました。私は、そもそも儀式は苦手な口なのですが、彼女の演奏が聴けただけでも、音大の入学式に出席した甲斐がありました。

 

2日(土)身体検査とオリエンテーションに出席しました。

身体検査で、身長が2㎝近く縮んでいたのはショックでした。

仕事を持つ身としては年間スケジュールの把握は一大事です。また、コンサート・リサイタル出演やオーディション・コンクール参加の際には「演奏会等出演許可願い」などの手続きが必要となることの説明がありました。つまり、在籍中に音楽活動を行う際にはすべからく武蔵野音楽大学の看板を背負っていることを自覚せよ、とのことのようです。

 


4月4日(月)岸本力先生からの電話をいただきました。私は岸本先生のオリエンテーションをすっぽかしてしまっていたことに気が付きました。

確認事項は、初回個人レッスンが4月12日(火)で、レッスン室情報、伴奏者として博士課程在学中の王氏(中国留学生)が担当してくださること、レッスン曲の再確認などでした。

 

なお、王さんはロシア歌曲のピアノ伴奏に意欲的な方なのだけれども、現在、武蔵野音大で本格的にロシア歌曲の研鑽を積もうと志しているレッスン生は、私、飯嶋一人だけなので、是非にも、というお勧めでした。

 

むしろ、私としてはロシア声楽の権威である岸本先生を音大で独り占めすることになる恐縮さと、私が専攻するジャンルの楽曲を共に意欲的に取り組んでくれる仲間がいることの感謝の気持ちでおります。

 

そこで、私は自己研鑽による進捗状況をメールで報告しました。

 

4月4日(月)18:51

おせわになっております。御連絡ありがとうございます。
以下は、来週以降の初レッスンに向けてのご報告です。

最初に私自身が、持参した曲はレンスキーのアリアですが、お陰様で、少しずつ歌いやすくなっております。

私が、これまでレッスンしていただいたロシア歌曲の一覧は、以下の通りです。

 

#1.нет,только тот,кто знал...(憧れを知る者のみが...)

この曲は、岸本先生から見極めていた抱き次第、最初に王さんのピアノ伴奏を御願いできる曲なのではないか、と存じます。

 

その他、今後のレッスンの予習のためにいただいた楽譜は、以下の通りです。

 

#2.отчего?...(何故?)

この間に、独習しておりましたので、音大での初回のレッスンで、ご指導いただけることを楽しみにしております。

 

#3.средь шумного бала...(騒がしい舞踏会の中で...)
まだ、歌詞の読み込みの段階で、ようやく何とか歌えそうな段階です。

 

#4.серенада дон-жуана(ドン・ファンのセレナード)
声部がへ音記号なのですが、まだ先生のご指導を受けていないため、そのままト音記号に読み替えて自主稽古しています。

そうすると、最高音がハイCになってしまいますが、チャレンジしております。

なお、コンクールに参加するためには、予め大学に報告することのガイダンスを受けました。事前に、岸本先生に相談にのっていただければ幸いです。

 

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その後、間もなく、先生から返信をいただきました。

バス・バリトンの楽譜を、適切に移調して歌う技術のない私がやみくもに稽古を始めていることを知って、哀れに思われたのか、先生がテノール用の楽譜を準備してくださるとのこと、とても有難く、励みになります。

 

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認定内科医、心療内科指導医・専門医、アレルギー専門医、リウマチ専門医、認定痛風医

 

飯嶋正広

 

糖尿病治療薬(総論)

 

治療薬の進歩は、新薬の開発ばかりではなく、従来から知られていたが、再評価されて広く使われるようになったものがあります。

 

糖尿病治療薬では、何といってもSGLT2阻害薬の再評価および糖尿病以外の病態への適応拡大が大きな話題になっています。

 

フォシーガ®は、すでに海外で広く用いられていて、わが国でも糖尿病の他に、慢性心不全の補助療法、末期に至っていない慢性腎臓病も適応となっています。

 

糖尿病患者は、慢性心不全や慢性腎臓病のリスクも高いため、食事療法や運動療法だけでは十分に血糖コントロールができないケースで、肥満傾向で非高齢者である場合などは、この薬剤の使用を検討します。ただし、尿中に糖を排出するため、尿路感染症を引き起こすことがあるので注意を要します。

 

また、既存の糖尿病薬を組み合わせた配合剤は、単剤では十分にコントロールできない患者の服用錠数を減らせるため服薬の継続が容易になります。


インスリン抵抗性を改善するチアゾリン誘導体であるピオグリタゾンが共通し、以下の配合訳が使われています。

 

+メトホルミン配合(メタクト®)

+グリメピリド配合(ソニアス®)

+アログリプチン配合(リオベル®)

 

糖尿病の薬物治療の問題点は、1)血糖改善効果持続性の欠如(効果が長く続かない)、2)低血糖リスク、3)消化器系をはじめとする副作用が多い、4)注射薬しかないものが少なくない、5)投与頻度が多く、しかも長期に及ぶ、6)薬価の高いものがある、などが挙げられてきました。

 

しかし、近年では、新たな作用機序をもつ治療薬が登場し、個々の患者の病態に応じた治療選択が次第に容易になってきました。その代表的なものについて検討してみます。

 

 DPP-4阻害薬

国産のDPP-4阻害剤であるテネリグリプチン(テネリア®)を私は処方しています。糖尿病患者は腎機能が低下しやすく、場合によっては透析が必要になるケースもあるため、そのような状況に至っても同用量で使用が可能な薬剤であることも選択理由の一つです。多くの患者で血糖コントロールが改善し、血中半減期が長く効果も持続性であり、副作用が少ないというメリットが重なっています。

 

 GLP-1受容体作動薬(インクレチン関連薬)

この薬は、以前は注射薬であったことと、消化器系副作用が問題とされていたために採用が難しいものでした。その後、経口剤が登場し、肥満症や心血管病に対する効果も期待されているため、徐々に使用されるようになってきました。経口薬のセマグルチド(リベルサス®)が有望だと思われます。

 

 ミトコンドリア機能改善薬イメグリミン(ツイミーグ®)

ミトコンドリアを標的にするといった新しい作用機序の薬剤です。インスリンの分泌促進(膵作用)と、肝臓、骨格筋での糖代謝改善(膵外作用)により、血糖降下作用を発揮します。今後は糖尿病専門医による症例の集積データが楽しみです。

 

 GIP/GRP-1受容体作動薬

週1回投与ですむことが魅力的です。2型糖尿病/肥満または併存症を有する過体重に対する効能が期待されています。実用化はまだ先です。

 

 新しいインスリン製剤

次々と開発されていますが、現在、当クリニックでインスリン製剤使用者はいないため、紹介は省略いたします。

 

糖尿病治療薬(各論)については、機会を改めて紹介させていただきます。

 

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懸垂理論から学ぶNo2


懸垂のパラドックス<総論>フォームを重視する

 

簡単な運動ですが、正しく行うには時間と努力が必要です。

文責:クリスティ・アシュワンデン
The Pull-up paradox
It’sa simple exercise,but getting it right takes time and efforts
By Christie Aschwanden

 

<総論>

フォームを重視する

 

まず理解すべきは、懸垂は全身運動であるということです。「多くの人が懸垂を純粋に上半身の運動として考えていて、胸から下がどうなっているのかを軽視しています」とキャラウェイさん。身体は硬く、たるんではいけません。硬い板と、同じ重さのペラペラのサンドバッグとでは、どちらが動かしやすいでしょうか?胴体、腰、下半身が硬ければ、自重よりもずっと楽に持ち上げることができます(足を振って勢いをつけて行うキッピング懸垂は別の運動です)。

 

『コメント』
キャラウェイ女史は、「身体は硬く、たるんではいけません」といいますが、水氣道では身体を硬くすることは、もともと筋肉が過緊張状態の人には健康維持上、望ましくない結果が生じたり、動作や呼吸を妨げたりするので推奨していません。しかし、だからといって身体をたるませることを目指すのではありません。水氣道の目指すリラックスとは緊張と脱力の間の中庸なポイントを起点とするものだからです。


なお、この記事の筆者は、厳格な(ストリクト)懸垂を推奨していることが読み取れます。ストリクトとは、反動をつけないで体を持ち上げるという意味です。大抵の人がイメージする懸垂です。あえてストリクトという場合には、キッピングやバタフライ式の懸垂と区別をつけるためです。ストリクト式では、完全に肘を伸ばしてバーからぶら下がり、そのまままっすぐ上に、顎がバーの上に来るまで体を持ち上げます。


これに対してキッピングでは大きく反動を利用し、足を振り上げて勢いをつけます。反動使用のため、広背筋強化のためには効果が低くなります。ストリクト懸垂が広背筋や肩など上腕の筋力のみを使うのに対し、キッピング懸垂では体幹の部分を多く使います。ただし、同じ回数の懸垂をこなすのに、キッピングの方がはるかに速く、そして楽にできるでしょう。キッピングの眼目は筋肉を肥大させることよって体の連動性を高め、実用的な体の動きを会得することにあります。この場合でも、筋肥大の効果が期待できないわけではありません。


水氣道のトレーニング体系は、懸垂にたとえれば、キッピング式のように容易に達成できる技法を訓練し、段階に応じて工夫を加えながら、徐々に練度を高めることによって、最終的にストリクト式を目指すような方式であるといえるでしょう。


懸垂も水氣道も全身運動であるということにおいては同じですが、水氣道では、完成形の習得という成果を得るまでの間に経験し、修得していくプロセスそのものの価値を高く評価しているという特徴があります。


肩幅よりやや大きめのバーを、手のひらを向けて握ります。体は比較的直線になるようにし、足は体の少し前に出し、少し弧を描くようにします。バーはつま先立ちで手の届くところにある方が良いのですが、玄関先で行う場合は、膝を曲げて足を後ろに出しても大丈夫です、とキャラウェイさんは言います。

 

 

懸垂を始めるには、肩甲骨を背骨の方へ動かし(肩をすくめるのとは逆だと考えてください)、同時に肘を肋骨の方へ打ち下ろします。腹筋と大腰筋をしっかり鍛え、体の硬い部分を維持します。引き上げるときは、あごを伸ばさず、ニュートラルな姿勢で、目線はまっすぐ前を見てください。

 

『コメント』

「あごを伸ばさず、ニュートラルな姿勢で、目線はまっすぐ前を見てください。」というキャラウェイ女史のアドバイスは、そのまま水氣道の指導内容に一致します。

 

ところで、キャラウェイ女史は、懸垂で大腰筋をしっかり鍛えることが可能であると述べていますが、大腿以下の下半身の自重による伸展は、直立姿勢を保持することには役立ちますが、大腿を引き上げるための筋力強化には繋がりません。

 

大腰筋は、大腿骨と背骨をつないでいる筋肉で、直立姿勢を保持するときや大腿(太もも)を引き上げるときに働くものです。

 

水氣道では、無理なく大腰筋が訓練されます。なお、この筋肉が衰えると、重い足を十分な高さまで上げることができなくなります。 つま先も下がってしまい、「すり足」気味になります。 すると、ちょっとした段差にもつまずきやすくなり、転倒・骨折が起きやすくなります。水氣道の会員が実感する実益の一つは、つまずきやふらつきが以前より少なくなっていくということです。そして、たとえ段差等でつまずいても、容易に点灯しなくなること、したがって、打撲や骨折のリスクが低下することを期待することができます。

 

 

以下、原文

I’ve always loved pull-ups, partly out of spite. There is a common fitness refrain that women can’t do them, and I don’t like to be told I can’t do something- especially if the reason is my gender. As a teenager, I pushed lawn-mowers and hauled rocks just to show that being a girl didn’t mean I was weak.

 

I love how pull-ups make me feel- powerful, strong. There’s nothing like the feeling of lifting yourself up. Pull-ups are also beautiful for their simplicity. They require nothing more than a bar, and engage at least a dozen muscles, from the lats all the way to the glutes. Experts say they improve upper-body strength, shoulder mobility and core stability, while helping to hone coordination, too.

 

Doing a pull-up is “an amazing feeling”, said Chilas King, a powerlifter and coach at LiftedMBK in New York. The exercise boosts confidence and turns heads at the gym, she said. “It’s a simple exercise that’s really hard to do.”

 

Therein lines the pull-up paradox: pull-ups are simple, but hard, and many people who think they can’t do one really could, if they put in the effort and time.

 

Everubody has a good chance of achieving a pull-up if they train for it, said Meghan Callaway, a strength coach based in Vancouver, Canada, and creator of The Ultimate Pull-Up Program. Most people who fail to master the pull-up struggle not because they are physically incapable, but because they are not training in the right way, she said.

 

FOCUS ON FORM

 

The first thing to understand is that pull-ups are a full-body exercise. ”A lot of people think of a pull-up purely as an upper-body exercise and they neglect what is going on from the chest down”, Ms. Callaway said. Your body should be rigid, not slack. What would be easier to move, Ms. Callaway asked, a stiff board, or an equally weighted floppy sandbag? If your torso, hips and lower body are rigid, it makes it a lot easier to lift them than if they’re dead weight.(Kipping pull-ups, done by swinging your legs for momentum, are a different exercise.)

 

Grab the bar slightly greater than shoulder width with your palms facing away. Your body should be aligned in a relatively straight line with your feet slightly ahead of your body so you’re in a slight arc. It’s better for the bar to be just within reach on your tiptoes, but if you’re doing them in a doorway, it’s OK to bend your knees with your feet out behind you, Ms.Callaway said.

 

To initiate the pull-up, move your shoulder blades toward your spine(think of it as the opposite of shrugging) while simultaneously driving your elbows down toward your ribs. Keep your abs and glutes tight to maintain rigid body position. As you pull up, don’t reach up with your chin, Ms.Callaway said, but in a neutral position and your eyes looking straight ahead.

 

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遷延する症状を訴える方に対応する診療体制の構築について

 

本日のタイトルは、厚生労働省健康局健康課長が各都道府県衛生主管部(局)に向

 

けて発せられた通知をそのまま引用したものです。

 

ただし、下線部に関しては私が施したものです。

 

最後にコメントを加えました。

 

 


健健発 0324 第 11 号

令和4年3月24日

各都道府県 衛生主管部(局) 御中

厚生労働省健康局健康課長

(公 印 省 略)

 

遷延する症状を訴える方に対応する診療体制の構築について

 

予防接種法(昭和 23 年法律第 68 号)附則第7条第1項の規定に基づく新型コロナウイルス感染症に係る臨時の予防接種に用いることとなったワクチン(以下「新型コロナワクチン」という。)接種後の副反応を疑う症状に対する診療体制については、「新型コロナウイルスワクチン接種後の副反応を疑う症状に対する診療体制の構築について」(令和3年2月1日付け健健発 0201 第2号厚生労働省
健康局健康課長通知。

 

以下「令和3年2月通知」という。)において、身近な医療機関が新型コロナワクチン接種後に副反応を疑う症状を認めた場合、必要に応じて専門的な医療機関に円滑に受診できるよう、専門的な医療機関への協力依頼を行うこと等についてお願いしたところです。

 

今般、新型コロナワクチン接種後に遷延する症状を訴える方が存在すること、また、そのような症状の相談先や受診先について悩んでいる方が存在すること等について指摘がなされていることを踏まえ、当該症状とワクチンとの因果関係の有無にかかわらず、受診を希望される方が必要な医療機関を受診できるよう、令和3年2月通知に基づき各都道府県が構築した診療体制について、下記のとおり状況の確認等を行っていただくようお願いします。

 

なお、公益社団法人日本医師会に対し、本件に関する協力を依頼していることを申し添えます。

 

 

1. 各都道府県にあっては、令和3年2月通知に基づき構築した診療体制について、次に掲げる事項を改めて確認するとともに、必要に応じ、体制の見直し等について検討すること。


新型コロナワクチン接種後に遷延する症状を訴える方からの  
相談について、対応が可能な窓口体制が確保されていること。

 

新型コロナワクチン接種後に遷延する症状を訴える方につい 
て、対応が可能な医療提供体制が確保されていること(遷延する症状に対応できる医療機関の新規追加や、既存の専門的な医療機関における役割の追加を含む。)

 

新型コロナワクチン接種後に遷延する症状を訴える方に対応するための関係機関の連携体制が構築されていること。

 

なお、上の①~③に基づき見直し等に伴って必要となる医療体制の確保のための経費についても、従前のとおり新型コロナワクチン接種体制確保事業(都道府県実施分)の対象となること。

 

 

2. 各都道府県において1による確認や見直し等を行った結果、遷延する症状に対応可能な診療体制が確保された場合には、各都道府県にあっては、受診を希望される方が必要な医療機関を受診できるよう、住民や各都道府県内の関係者に対し、相談窓口の連絡先や受診の方法について適切に周知すること。

 

 

3. 各都道府県における1に掲げる①~③に係る対応状況等については、追って確認させていただく場合があるので留意すること。

 

コメント 

今回の厚労省課長通知(令和4年3月24日)は前回の関連通知(令和3年2月1日)より1年以上を経過しての通知であることを念頭に置いて検討すべき文書です。厚労省は昨年の段階で、「新型コロナワクチン接種後に遷延する症状を訴える方が存在すること」を認知していたことは文書内容より明らかです。

すなわち、『新型コロナウイルスワクチン接種後に、副反応を疑う症状を認めた場合、当該被接種者は、まずは、身近な医療機関を受診』云々と表記されています。

 

これに対して、今回は、微妙に言い方を変えていることに気が付かされます。『新型コロナワクチン接種後に遷延する症状を訴える方が存在すること、また、そのような症状の相談先や受診先について悩んでいる方が存在すること等について指摘がなされていることを踏まえ、当該症状とワクチンとの因果関係の有無にかかわらず、受診を希望される方が必要な医療機関を受診』とあります。

 

診療以前に、「新型コロナワクチン接種後に遷延する症状を訴える方」の諸症状が「ワクチンとの因果関係があるかどうか」を判断することはほぼ不可能であるばかりでなく、診療したとしても医師が因果関係の証明は困難を極めることは周知のとおりです。ですから、「ワクチンとの因果関係があるかどうか」という挿入句の意図を理解することは困難です。


厚生労働省は昨年の立場から後退して、患者がワクチン後遺症を訴えるのは自由だし、医療機関を受診する機会は確保するが、基本的にワクチン接種による遷延する副作用の存在は認めない、という立場に接近している可能性は否定できないのではないかと、私は危惧しています。

 

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臨床産業医オフィス

<高円寺南労働衛生コンサルタント事務所>

 

産業医・労働衛生コンサルタント・第一種作業環境測定士・衛生工学衛生管理者

 

飯嶋正広

 

産業医の企業の健康経営参加について(続編)

 

4.健康経営のデメリット

健康経営の導入には、メリットばかりでなくデメリットもあります。

 

1)わかりにくい効果の実感

健康経営は、導入計画を立てる段階で、長期的な取り組みであることを認識し、施策によっては効果が分かりにくい面もあるということを、予め十分に認識してから導入することが大切です。

 

なぜならば、健康経営は①長期的かつ②全社的に少しずつ計画的に取り組むべき業務だからです。そのため、①⇒導入当初は取り組みという投資効果が見えにくいかもしれません。しかも、②⇒個人では効果を感じにくい点もあります。

 

 

2)困難な効果検証のためのデータ収集

健康経営を導入して、投資した資金の効果検証をするためにはデータが必要です。このデータ収集の際にのデメリットは①負荷が大きくなりやすいこと。また、②収集したデータの信頼性や妥当性の検証や集計が難しい作業となりがちであること、また、③効率よくデータを収集し分析するためシステムを導入する場合は、その費用も予め見積もっておく必要があることです。

 

 

3)従業員が感じる負担

健康経営を導入する際には、予め経営計画を周知させ、従業員が受けるメリットを浸透させることに加えて、特定の個人の負荷が大きくなり過ぎないよう組織内の協力・支援体制を確保しておくことが大切です。

 

従業員が取り組む課題が増えると、従業員の中には、課題が増えることでストレスを感じる人もいるかもしれません。従業員の負担が増え、ストレスを増加させてしまっては、健康経営の趣旨に反する結果を招いてしまします。

 

 

5.健康経営の導入方法の4段階

健康経営を導入するためには、導入方法を検討する必要があります。

 

ステップ1:健康経営プロジェクトチームを作る

 

健康経営に取り組むには、経営者はもちろん、産業医や健康保険組合、労働組合、従業員など、さまざまなメンバーが関わることになります。

そのため、健康経営の計画を立て実施するには、組織横断プロジェクトチームを設置したり、人事部門など既存の組織に担当者を任命したりするなど、ある程度チームを組成して取り組む必要があります。              

 

チームメンバーには、要所要所に任務を遂行できる意欲と能力のある人材をリーダーとして任命しましょう。専任者が難しい場合は、一定程度の裁量権を与えたうえで、兼任として所属させることも検討しておくのが良いでしょう。

 

またふだんから職場内勉強会を開催したり、外部研修や外部の成功事例などで資料を集め、健康経営についての知識を深めたりしておくことも有意義です。必要に応じて、産業医など専門家の協力も視野にいれておきましょう。

 

 

ステップ2:課題を確認する

 

健康経営を進める上で、まず従業員の健康上の課題を把握することが必要です。課題の把握のためには、企業が保有しているデータを活用しましょう。

 

基本的には①定期健康診断や②ストレスチェックの受診率や結果をデータ化しておきましょう。それを達成することができれば、徐々に有給休暇の消化率や残業時間の累計・月平均・週平均についても洗い出してデータ化できるとよいです。このように整理された定期的な情報は、健康経営の課題を把握する上での基礎データとなります。それにより、医療費を下げる、メンタル不調者を減らす、生活習慣病の罹患を予防するなど、具体的な目標に向けた施策を検討することができます。

 

 

ステップ3:計画の実行と評価

 

健康経営の課題が把握できたら、課題克服の計画を立てて実行に移しましょう。実行スケジュールは明確にすることが大切です。また、楽しみながら気軽に取り入れられる施策にすると、従業員の参加率も高まります。

 

取り組みやすい計画の例)

・ラジオ体操・社内分煙・アプリでの歩数計測・食後のウォーキング推奨

・リモートトレーニング・休憩室の設置

 

 

ステップ4:社内外へ告知する

 

まず肝心なことは、健康経営に本気で取り組むという会社トップの姿勢と言動です。
健康経営を計画し実施する際には、まず会社トップが内外に健康経営の重要性や自社の取組方針を宣言しましょう。そのメッセージがプロジェクトチームを筆頭に全従業員に伝われば、健康経営は成功への軌道に乗せやすくなります。

 

その後、社内広報などで全従業員に周知しプレスリリースで社外に告知することによって同時に、取引先や顧客へも健康経営に対する姿勢が伝わり、大きな信用を獲得することに繋がって行くことでしょう。

 

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常陸國住人 飯嶋正広

 

常陸国飯嶋氏のルーツ探訪(その3)

水戸城主というと、徳川御三家の水戸徳川家、そそて、水戸徳川家というと、義公(光圀)、烈公(斉昭)さらにはその七男で御三卿の一橋家の養子に入り最後の将軍となった慶喜公が全国的に有名です。しかし、水戸城主は江戸時代の徳川氏の前は佐竹氏(関ヶ原以降秋田に転封)、それ以前は江戸氏でした。
飯島の家系は、本家の古い墓碑銘には、藤原秀郷流と刻まれていますが、没落氏族にありがちな家系伝承に対して私はこれまで半信半疑でした。ところが、詳細に調べていくと、常陸江戸氏は藤原秀郷流那珂氏の一族と伝えられていることに加えて、飯島氏は江戸氏の一族であることが判明することにより、にわかにその信憑性が高まってきました。
藤原秀郷とは、平将門追討の功により従四位下に昇り、下野・武蔵二ヶ国の国司と鎮守府将軍に叙せられ、勢力を拡大した人物です。源氏・平氏と並ぶ武家の棟梁として多くの家系を輩出しました。なお秀郷の子孫は、中央において源高明に仕え、官職を得るなどした。そしてその結果、鎮守府将軍として陸奥国に勢力を伸ばす奥州藤原氏や、関東を支配する武家諸氏が現れました。常陸江戸氏もその一族です。
さて、台城城主飯島氏について「勝倉、台城、飯島」を検索ワードとして、ネットやアメブロで情報を検索してみたところ、以下の情報を得ることができました。
勝倉城 ちえぞー!城行こまい (ojaru.jp)
「嘉禄2年(1226)、平井越前守明綱が築城した。その後、水戸城主・大掾吉田一族の俊幹が勝倉台館に土着し、その子孫が南北朝期に勝倉城を改修して居住した。江戸氏が水戸城主となると勝倉城主は飯島七郎に替わった。天正18年(1590)12月、佐竹義重・義宣父子による水戸城攻略の際、義重軍が勝倉に迫ったので江戸氏の臣谷田部通直らが佐竹勢を支えるため勝倉台で激戦したが全滅し、勝倉城主・飯島縫殿も討死して落城した。」
この記載でわかりにくいのは、「江戸氏の臣谷田部通直らが佐竹勢を支えるため」という箇所です。江戸氏の家臣が敵である佐竹勢を支えるというのは不自然です。その通り読めば、主家を裏切る、つまり寝返ったことになってしまいます。そこで、「江戸氏の臣谷田部通直らが佐竹勢を抑えるため」と書くべきではなかったのかと思われますが、確証はありません。なぜなら、飯島が佐竹氏の軍師として、常陸に侵入してきた相馬氏を撃退した記録があるからです。ただし、これは主家の江戸氏の許しを得たものでなかったため、飯島は没落することになったものとされています。これについては、改めて検討してみたいと思います。

図1


また、別のネット情報である「古城盛衰記」にも記載がみられます。
勝倉城 - 古城盛衰記 (google.com)


「鎌倉時代、嘉禄二年(1226年)平井越後守明綱が築城した。その後、常陸大掾(だいじょう)氏系の吉田一族が入った。南北朝時代には江戸氏の家臣飯島氏が城主となった。文禄三年(1594年)佐竹氏の水戸城江戸氏攻略に際し、逃れた江戸氏勢が勝倉城で佐竹勢を迎え討ったが大敗し、飯島氏も討死し落城した。」

 

その他のネット情報としては
こちらです


<築城は「日本城郭体系」によると「鎌倉時代初期 嘉禄2年(1226)平井越後守明綱が築き、その後、大掾一族俊幹の子孫が居城した。」とあり、新編常陸国誌でも「吉田太郎広幹の第四子、勝倉四郎俊幹が居城した。」と記されている。その後、江戸氏の水戸城奪取により、江戸氏の家臣飯島氏が城主になったが、天正18年(1590)佐竹氏の江戸氏攻撃で落城し、廃城となった。> 

 

その他、興味深いアメブロ情報 

勝倉城 | Pの、遺跡侵攻記 (ameblo.jp)
にもアクセスできました。
「・・・その室町期以降に那珂川流域を支配したのが、藤原一族の”江戸氏”で、浮の館を中心に大きく改変した水戸城の支城として、この勝倉城も一帯を含めて改修されていったものと思われる。戦国期の永禄年間頃に、江戸氏の家臣である”飯島氏”がこの城に住んだとされており、当時の佐竹氏の資料には”飯島七郎”といった名が見られるという。しかし、天正18年、その佐竹氏による水戸城侵攻による猛攻を受けて短時間で落城し、廃城になったという。」
 これらの記述を信用するならば、水戸城主江戸但馬守通房が「地蔵坂の上に、台城を築いた」という台城は、新規の築城ではなく、城主が替わっただけであることになります。もっとも、その際に改修が行われた可能性はあるでしょう。
この勝倉城は、嘉禄2年(1226)、平井越前守明綱が築城した後、ほぼ200年の後に、飯島七郎が城主となったことになります。飯島七郎について佐竹氏の資料にあるとすれば、地元の伝承も文献的な裏付けの存在により信憑性が高くなるといえるでしょう。ただし、この情報は、先の「勝倉今昔抄」に掲載されている地元伝承との食い違いがみられます。それは、飯島城主の没落(1562年頃)と勝倉城主飯島縫殿の戦死(1590年頃か?)の間の30年近くの年代的隔たりです。氏族の没落が直ちに滅亡を意味するものではないため、勢力が振るわなくなった後も30年近く城主として統治を支配していた可能性はあるのではないかと考えます。