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臨床産業医オフィス

<高円寺南労働衛生コンサルタント事務所>

産業医・労働衛生コンサルタント・第一種作業環境測定士・衛生工学衛生管理者

 

飯嶋正広

 

 

産業医の企業訪問

訪問準備の例(2)

 

訪問準備をする際には、向かう先がどのような企業であって、自分がどのような役割を担うことができるかを毎度再確認することを習慣にしています。

 

どんな企業であっても、長いお付き合いの中で、必ず発展や成長が見られます。それは産業医としての私自身とて同様であり、報酬をいただきながら、またとない大人の社会勉強をさせていただいていることになります。

 

そのようにして社会的視野が広がっていくと、世の中の価値観(相場)というものが見えてくるようになります。そこまでになると他者に対してより寛容になることができ、同時に、行き過ぎたお人好しもときには害をもたらすことがあるので控えるべきであることがわかってきた次第です。まさに感謝の一言に尽きます。

 

 

そこで、今年一年間の産業医活動を総括してみることにしました。

 

1) 嘱託産業医としての外部企業での業務は杉並国際クリニックでの業務と重なり合う部分が大きい。今後は臨床経験の乏しい産業医の活躍の場は、義務的に嘱託産業医と契約しているような低レベルの企業に限られてくるであろう。

 

 

2) 産業医活動を継続することによって、実社会の動きや価値観がより鮮明にダイレクトに見えてくる。「当社には高ストレス者はいません」と誇らしげに表明する企業に限ってブラック起業である確率が高く、潜在的健康リスクが高い。

 

 

3) 診察室での患者と職場での労働者との間には連続性もあるが、全く別人のような側面も確認でき、総合的な人間観察力を養成できる機会となる。騙されやすい世間知らずの医師から脱却できる。ハゲタカの餌(カモ)にされないで済む検証力がもてるようになる。

 

 

4) 多くの企業が求めている産業医は、総合医である。
健康診断の評価は得意だがストレスチェックは苦手、あるいはその逆といった産業医は産業医業務での負担は大きくなりがちであることが理解できる。

 

その点、資格のある心療内科医は、一般内科医としての基礎があるため効率的に健康診断業務をこなすことができ、また高ストレス者の対応にかけても専門的な経験が豊富であることが強みとなっている。

 

 

5) レベルの低い産業医はレベルの高い企業に損害を与え、逆に、レベルの低い企業はレベルの高い産業医を消耗させてしまう。レベルの高い企業はレベルの高い産業医を求め、誠意が実を結ぶ。レベルの低い企業は従順なだけで無力で世間知らずな産業医を求める傾向があり、むしろ誠意があだとなりかねない。

 

 

6) 潜在的な成長可能性を秘めた企業はたとえ小規模零細企業であっても、熱心に人材を育成している。したがって、優秀な産業医は報酬以上の奉仕を喜んで続けることができる。また、企業の優秀性は資本額や従業員数などの企業規模とは無関係である。

 

 

7) 組織運営上の縛りばかりが多く、従業員に対する配慮が行き届かない企業、必要経費の相場や将来に向けての不可欠な投資を正当・適性・かつ妥当に判断し、改善に取り組もうとしない企業は、たとえ社会的に広く認知されていていても発展は望めない。

 

このようなタイプの企業は優秀で意欲的な産業医を酷使し、かつ搾取していることに対する認識にすら至らない。また同様のことを自社の従業員にも行って省みようとしないでいることが多い。産業衛生活動は年余にわたって実践を重ねることによって、はじめて実効性が証明される。

 

毎年の入札制度によってエージェントを落札するシステムから脱却できない官公庁まがいの企業においては、健全な産業医活動の展開を期待することは困難である。

 

 

 

8) 尊敬に値する企業は、明確な将来ビジョンを持っている。そのような企業は安全衛生委員会の活性化が、企業経営の上で大きく貢献できることを認識し、いわば「健康経営」委員としての役割に期待をかけている。そこでは、産業医は経営会議の重要メンバーとして喜んで迎えられている。

 

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他県に比べ観光地のPR戦略が不適!?

 


茨城県の観光目的を見ると、その目玉として主役を演じることになる自然や温泉の認知度が極端に低いことが分かります。相対的に評価が高いのは、行事・祭事・イベントとスポーツ・レクリエーションのようです。

 

旅行する機会に恵まれているのはシニア層です。そのシニア層にとって偕楽園の梅まつり(2月中旬から3月)には心惹かれることがあることでしょう。しかし、中年以下の若年層にファンが多いロックフェスティバル(8月)、竜神大吊橋のバンジージャンプ、大洗海岸のサーフィンに、シニア層は余り興味をもたないことでしょう。

 

それでも水戸市限定ではありますが黄門まつり(8月第一週の土・日)、水戸黄門漫遊マラソン(10月)などイベントやスポーツが盛りだくさんです。

 

しかし、これらはスポットのイベントであるため、日帰りや一泊のみの観光客が大半なのではないでしょうか。

 

それでは観光地としての定常的な魅力度の向上には繋がりません。このような特定のイベントやスポーツを推し過ぎると、もともと関心のない人には、かえって自分とは無縁だと思わせ、足を遠ざけてしまう要因となりうるという指摘があるそうですが、もっともな指摘だと思います。

 

日本の観光PRは、自然と温泉を全面に押し出すイメージ戦略をもって上策とされています。今後もこうした傾向ばかりが続き、しかも茨城県がこうしたPRポイント無関心であり続けるに限り、魅力度の低さを克服できそうにはないものと思われます。

 

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本日はクリスマスなのですが、これから大きく展開していく物語の内容が、果たしてクリスマスにふさわしいものかどうかは保証の限りではございません。その点、予めお許しあれ。

 

 

Rieux telephona cependant au service communal de deratisation, don’t il connaissait le directeur. Celui-ci avait-il entendu parler de ces rats qui venaient en grand nombre mourir à l’air libre? Mercier, le directeur, en avait entendu parler et, dans son service même, installé non loin des quais, on en avait découvert une cinquantaine. Il se demandait cependant si c’était serieux. Rieux ne pouvait pas en décider, mais il pensait que le service de dératisation devait intervenir.

リューは、それでも地元自治体のネズミ駆除担当課に電話をかけた。彼はそこの課長を知っていたのだ。その課長は、野外で大量に死んでいくネズミのうわさを聞いていたのだろうか。課長のメルシエもその話は聞いていたし、波止場から遠くない彼の部署でも、それが50匹ほど発見されていた。しかしながら、彼はそれが深刻な事件なのかどうか思いあぐねていた。リューも判断しかねてはいたが、ネズミ駆除業務を稼働させるべきだと考えていた。

 

 

__ Oui, dit Mercier, avec un ordre. Si tu crois que ça vaut vraiment la peine, je peux essayer d’obtenir un ordre.

そうだ、指令があれば、本当にそれをするに値すると君が思うなら、その指令が貰えるように働きかけてみることはできる、とメルシエは言うのであった。

 

 

__ Ça en vaut toujours la peine, dit Rieux. Sa femme de menage venait de lui apprendre qu’on avait collecté plusieurs centaines de rats morts dans la grande usine où travaillait son mari.

ともかく、そうするだけの価値はあるのでは、とリゥーは言うのであった。自分の夫が働いている大工場から何百匹ものネズミの死骸が収拾されたと、彼の家政婦から聞いたばかりだったのである。
 

 

C’est à peu près à cette époque en tout cas que nos concitoyens commencèrent à s’inquiéter. Car, à partir du 18, les usines et les entrepôts dégorgèrent, en effet, des centaines de cadavres de rats. Dans quelques cas, on fut obligé d’achever les bêtes, don’t l’agonie était trop longue. Mais, depuis les quartiers extérieurs jusqu’au centre de la ville, partout où le docteur Rieux venait à passer, partout où nos concitoyens se rassemblaient, les rats attendaient en tas, dans les poubelles, ou en longues files, dans les ruisseaux. La presse du soir s’empara de l’affaire, dès ce jour-là, et demanda si la municipalité, oui ou mon, se proposait d’agir et quelles mensures d’urgence elle avait envisagées pour garantir ses administrés de cette invasion répugnante. La municipalité ne s’était rien proposé et n’avait rien envisagé du tout mais commença par se réunir en conseil pour délibérer. L’ordre fut donné au service de dérastisation de collecter les rats morts, tous les matins, à l’aube. La collecte finie, deux voitures du service devaient porter les bêtes à l’usine d’incinération des ordures, afin de les brûler.

ともかく、この頃になると、同市の住民たちは心配になってきた。というのも、18日以降、工場や倉庫には何百ものネズミの死骸で溢れかえってていたからだ。苦痛が長引くため、死なせてやらざるを得ないケースもあった。しかし、市のはずれから中心部まで、リュー医師が通りかかる、市民が集まる至るところで、ネズミはゴミ箱でごった返していたり、側溝で長い列をなしていたりして待ち受けていた。その日の夕刊では、この問題をさっそく取り上げて、果たして地元自治体が出動するかどうか、また、この忌まわしい襲来から市民を守るためにどのような緊急措置を講じたか否かを問題にしていた。自治体は何らの意向も示さず、また検討もしていなかったが、まず議会を開催して審議を始めた。ネズミ駆除担当部署には、毎朝夜明けとともに死んだネズミを収集するように命じた。収集が終わると、それらを課の車2台で汚物焼却処理場に運んで焼却することになっていた。

 

 

註:

Ça en vaut toujours la peine, dit Rieux. 宮崎嶺雄の訳では、<「そりゃ、やればやるだけのことはあるさ、いつだって」と、リウーはいった。>になっています。

toujoursという副詞を外してみると、Ça en vaut la peineという単純な文になります。la peine は英語のpainと同源の語で、苦労、骨折りの意味なので、<それは苦労に値する>ということになります。

 

宮崎氏の<やればやるだけのことはあるさ>という訳に対応します。しかし、<やればやるだけ>苦労が報われるという意味であるように誤解しかねないのが難点です。

 

単純に意訳するならば、<それをやれば、報われる>ということになるでしょう。

むしろ<それをやりさえすれば>くらいに訳しておいた方が無難な気がしました。

 

つぎに、toujoursという頻用語の扱いですが、toujours=tous(すべての)+jours(日々)であることから、日常的には、いつも、絶えず、いつまでも、という意味で頻用されています。ですから、<いつだって>という訳は、ほぼそのままの意味です。

 

しかし、リウーはそこまでの確信に至っていたでしょうか?文脈からすれば、そうではなかったはずです。そこで、toujoursには、とにかく、とはいえ、それでも、と言う意味で用いられることに注目したいと考えます。そこで、私は<ともかく、そうするだけの価値はあるのでは、とリゥーは言うのであった。>と訳してみたのです。

 

医師というのは確かな証拠をもとに医療を実践するように教育訓練されます。その傾向は昨今ますます顕著になってきています。

 

しかし、実臨床の現場は、それほど生易しい、単純に割り切れる数学の世界とは程遠いものであることは、現場で苦労を重ねてきたベテランの臨床医であれば誰もが否定できない事実です。

 

確実な証拠が集まらない限り、自己保身のために一歩も先に進むことができない医師や、危険が迫ることを敏感に感じ取って、警告を発することができない医師ばかりになってしまうとしたら、以下が相成りましょうか?

 

今後もさらに恐ろしいパンデミックが世界中を繰り返し襲ってくるようになるとしても何ら不思議はありません。

 

今回は、クリスマス・イブです。この日に相応しい宣言を公開させていただきたいと思います。

 

来年は「聖楽院」再興を期して、11年振りに声楽コンクールにチャレンジします!
新型コロナパンデミックというピンチをチャンスに転換するための一つが芸術活動であることに思い至りました。

 

現在、音楽界、とくにクラシック声楽界は活動の条件が厳しく、有能で才能あふれる音楽家・声楽家の演奏活動の展開が大きく阻まれています。

 

そこで音楽愛好者の一人として、どのようにして、音楽芸術の危機を克服していったらよいのか、私なりに思いついたのが、受け身ではなく、能動的な音楽活動に参画することでした。

 

これまでは、年間に8つのコンクールに参加することは、多忙で責任の思い開業医に許されることではないと思い込んでいました。しかし、8つのコンクールのうち、6つまでが音源審査(CD・ビデオ・youtube動画など)で審査が行われます。

 

指定の期日にコンクール会場に向かわなくてよいので、日常診療を犠牲にせずに済むことも大きなメリットです。しかも、すべて自由曲。予選を音源審査で行うことは、新型コロナ禍を経験する以前から実施されていましたが、昨年から大幅に増加しています。

 

8つのコンクールといっても、自由曲ではなく、それぞれに別の課題曲が課されているとしたら、すべてに参加することは困難です。実質的には2ないし3つのコンクールに出場する程度の負担で済むことになる訳です。しかし、すそ野が広がった分だけ、その後の鬩(せめ)ぎ合いは激しくなることを想定しての準備ということになります。

 

私自身は、音源審査を必ずしも好ましいとは考えていませんが、すでに本選入賞経験をもつ立場からすれば、予選は手続きに過ぎないものと割り切ることができます。本選こそが舞台上での一発勝負なのです。

 

 1月14日:

第7回日光国際音楽祭 声楽コンクール(予選)
      

音源審査(CD)
      

自由曲(本選では10分以内、複数曲可)
      

伴奏ピアニスト:未定

 

 

 

 3月10日:

第2回バーゼル国際声楽コンクール(予選)
     

音源審査(youtube)
     

自由曲(6分以内)
     

伴奏ピアニスト:未定

 

 

 

 4月1日:

第2回伊勢志摩国際声楽コンクール(本選)

 

動画審査:ビデオカメラ等で演奏を録画し、YouTube等にアップロードすること
     

自由曲(1曲:1分以上、15分以内)
    

伴奏ピアニスト:未定

 

 

 

 6月17日:

第8回「春の声」声楽コンクール(予選)
     

動画審査(Video)
     

自由曲(歌曲1曲+オペラアリア1曲、又は歌曲2曲 計7分以内:曲間を含む)
      

伴奏ピアニスト:未定

 

 

 

 6月23日:

第8回なかの国際声楽コンクール(予選)

 

音源審査(Video)
     

自由曲(1曲歌曲又はオペラアリア 計7分以内)
     

伴奏ピアニスト:未定

 

 

 

 7月17日:

第7回K声楽コンクール(予選)
     

動画審査(動画をyoutubeにアップする)
     

自由曲(複数曲可、10分以内)
     

伴奏ピアニスト:未定

 

 

 

 7月下旬(未定):

第24回日本演奏家コンクール(1次予選)
     

会場審査(都内未定)
     

自由曲(複数曲可、本選8分以内)
     

伴奏ピアニスト:森嶋奏帆

 

 

 

 8月上旬(未定):

第30回茨城の名手・名歌手たち出演者オーディション
     

会場審査(水戸芸術館)
     

自由曲(複数曲可、5分以内)
     

伴奏ピアニスト:未定


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厚生労働省は、

職場のメンタルヘルスに関するよくある質問と答えをまとめました

として、ホームページで、こころの健康に対してわかりやすいQ&Aを掲載しています。それに私が臨床の立場からCとしてコメントを加えてみました。

 

 

Q.

夫がうつ病で通院中ですが、うつ病の人は自殺しやすいと聞きとても心配です。    何に気をつければいいでしょうか?

 

A.

自殺をほのめかす言葉を口にする、遺書を書く、自殺の道具を準備するなどの具体的な自殺への準備は当然ですが、自分の身の回りを整理する場合も危険なサインといわれています。

 

うつ病で治療を受けている場合には、気分が沈む、涙もろくなる、仕事の能率が悪くなるなどの症状の悪化がみられ、「生きていても仕方がない」という自殺をほのめかす言葉のほかに、「皆さんに申し訳ないことをした」などと自分を責める言葉が聞かれた時も注意が必要です。

 

また、酒量が増えたり、糖尿病を患っていてもそれまでは自己管理がきちんとできていたのに、食事療法や運動も止めてしまうなどという変化も危険なサインです。

 

これらのサインを感知したときの対処としては、相手に対して心配していることを伝え、死にたいと考えているかと尋ねてください。そして相手の話によく耳を傾け、絶望的な気持ちをまず受け止めるために聞き役に徹してください。

 

そして、主治医によく相談し、場合によっては入院治療を考慮したほうが良い場合もあります。

 

うつ病の経過の中で自殺の可能性は常にあるといえますが、特に注意が必要な時期としては、病状が非常に悪くなった時、病状が少し改善してきた時が危険であるといわれています。病状が悪い時は自殺を考えていたとしても実行できないですが、少し良くなってくると行動力が少し戻ってくるため、そのような状態のときに自殺を考えると実際の行動に至りやすいといわれています。

 

また、病状がかなり回復して環境が変わる時期、例えば仕事を休んでいた人が再び職場に戻るような時期、も危険であるといえます。このときは、環境の変化とともに、いったん回復した病状が不安定になり自殺が起こりやすいといわれています。

 

 

C.

このような質問を家族から受けたときに、私がいつも心掛けていることがあります。それは、「いま、ここで」どなたの相談を受けているのかについて再認識することです。

 

大切な家族の一人が心を病むと残りの家族もそれなりの影響をうけるであろうことは仕方のないことです。このご相談の主である妻がうつ病である夫を心配することも已むないことです。

 

しかし、その心配の程度が大きくなりすぎると、妻自身も心を病んでしまいかねないことへの注意を喚起しておくことが大切だと考えています。

 

しかし、不安の訴え方が明かに病的水準に達したとしても、直ちにその家族を患者として対応しようとすると誤解が生じかねないので慎重な配慮が必要になります。つまり、一言で言えば、目の前で相談を求めている妻の心のケアをさりげなく行いながら、相談内容に一緒に取り組むことが望まれます。そこで、この妻の質問を序・破・急の3段階に構成し直してアドバイスする方法をご紹介いたします。

   

そこで、

 

序の段:

自殺防止のため、家族はどのように見守ればよいでしょうか?
自殺行動を助長する危険性を高めるものに飲酒があります。飲酒習慣がある場合には、まずアルコールを遠ざけましょう。

 

「死にたい」という気持ちが高まるのは、およそ1~2日間とされています。この間は、アルコールを手の届く範囲から遠ざけることとともに、患者さん自身が自殺のために何か準備をしていないかを見張ることが重要です。

 

アルコールは中枢神経系を抑制するはたらきがあります。そのため、飲酒によって判断力が弱まる⇒行動がコントロールができなくなる⇒自殺行為、という危険性を高めます。

 

破の段:

自殺の危険性が高まると、どういうサインがあらわれますか?

 

強いイライラや、もどかしそうな素ぶり、身辺整理行動には要注意です。

 

具体的に自殺を企てている患者さんには、手紙や写真の整理を始めたり、記念となるような大切なものを人にあげるといった行動がみられるようになります。

 

また、実際に自殺未遂を経験した人の多くが、行動を起こす直前に強いイライラ感やもどかしさを抱いているとされています。これらの行動がみられたら、自殺の危険性が非常に高まっていると捉えるべきです。

 

 

急の段:

「死にたい」といわれたら、まずはどう対処すべきですか?

 

実行することはむずかしいかもしれませんが、可能な限り冷静な対応をすることです。

「死にたい」と告白して直ちに目の前で自殺行動を取ることは稀です。

 

そのことを心に留めておくだけで、慌てないで対応し易くなることでしょう。家族としてもその場に居合わせた責任を過剰に感じてしまうと、相手より自分自身の保身に走ってしまいがちになります。そうした態度をうつ病者は、自分が相手から強く疎外されているという印象として心に深く刻み込まれてしまいます。つまり、悪意として敏感に感じ取ってしまうのです。

 

可能な限り冷静な対応をするためには、「いま、ここで」はまだ緊急事態に至っていないことを心に留めておくことが役に立ちます。そうすることでとても大事な相手に対して「共感」することが可能な状況に戻すことができるのです。 

 

ですから、このような心の準備が必要です。心の準備が無いと、突然のことにあわててしまい、「バカなことをいわないで」などと口走ったり、叱責したり、叱咤激励したりしてしまいます。

 

本人は、なぜ死にたいほどつらいかを受け止めて理解して欲しいだけなのかもしれません。その気持ちを受け入れずに否定し、そんなことは「いわないで」という拒否の言葉に聞こえてしまいます。

 

「あなたの言うことなんか聞きたくない」と拒絶してしまうことと同様に受け止めてしまうため、患者さんは更に落ちこみ、孤独を感じるようになります。

 


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今回も、実践的なトレーニングにおいて専門性の原則がどのように活かされているのかについて解説を続けます。そこで改めて、そもそもトレーニングとはどのようなことを指しているのかについて振り返ってみたいと思います。
 

一般的にトレーニングとは、スポーツパフォーマンス向上のために行う思考や行為、作業の総称であるとされます。そして、トレーニングの概念は体力要素のみに限定したものではないとされます。そして、トレーニングについてのこのような理解は水氣道においても共通しています。

 

もっともスポーツの種目は多様性に富んでいます。特にパフォーマンスが数値記録として現れる競技スポーツ(陸上競技、競泳競技、水上のカヌーやボート、氷上のスピードスケートなど)の場合は、種目ごとに異なる競技特性に専門的な配慮をしながらも、跳躍種目やスプリントの場合と同様に、技術、体力の各段階における階層構造関係を保持しつつ専門性と一般性に配慮しながらトレーニングの設計をすることができます。

 

これに対して、球技スポーツや対人スポーツの場合には、個々のアスリートだけではなく、対戦相手との関係、同じチームのアスリート間の関係、異なるチーム間などの関係などをも考慮する必要があります。

ですから、球技スポーツのパフォーマンスの設計に当っては、戦術の要素が加わってきます。つまり、戦術、技術、体力の各段階における階層構造関係を保持しつつ専門性と一般性に配慮しながら行うことが大切になります。

 

そこで、トレーニングの手段化も、以下のように、いくつかの種類に分類されています。

 

① 試合そのものの手段化(国内外の重要な試合など)

 

② 限定的な試合の手段化(練習試合やテスト試合など)

 

③ 専門的な運動の手段化(パフォーマンス構造に直結した要素を抽出した運動)

 

④ 一般的な運動の手段化(基礎運動技能を高めるための各種運動や体力要因を高めるための各種運動)
 

 

 

将来に向けて発展を続けている水氣道においての現在の段階では、試合や競技の要素は意図的に排除しています。

 

ですから、トレーニングの手段化としては、上記のうち③および④を中心として実践を続けています。①および②のような試合や競技の要素が乏しいということは、競技専門性(競技専門的手段)には乏しく、戦術を習熟することを目的とするトレーニングではないということになります。

 

一方、③および④に比重を置くことによって、日常生活の動作に直結するような一般的手段としての特性が顕著となり、体力強化を主たる目的とするトレーニングになっています。

 

これらの各種のトレーニングの手段化の間にも相互関係があります。たとえば、④一般的な運動の手段化は③専門的な運動の手段化の基礎を成します。また、異なるスポーツの種目間においては、その特性や目的の違いによって、同一のトレーニング内容であっても、一方のスポーツにとっては専門的トレーニングの手段になり、他方にとっては一般的トレーニング手段として位置づけられることがあります。


さらに③専門的な運動の手段化には、②限定的な試合の手段化、および①試合そのものの手段化の部分的要素を形成しているため、これら4つの手段化はすべて相互に関連し合った構造体を形成しています。これらのいずれかが欠如すると世界水準での高いレベルでのパフォーマンスを継続的に向上させることはできません。


しかし、トレーニングの概念の中核をなす体力要素に焦点を当てている現時点での水氣道では、当面の間は、4つの手段化の中でももっとも基礎をなす④一般的な運動の手段化によって③専門的な運動の手段化の充実を図ることに意を注ぐことになるため、とても手堅い稽古プログラムを提供することができるのです。

しかも、将来的には、個人の形(航法)試合や団体競技としての要素を取り込んでいくことで、②限定的な試合の手段化、さらに①試合そのものの手段化までを取り込んでいくことを計画しています。

 

専門性の原則を、トレーニングの手段化の中で理解していただくうえで、混同しがちだと思われることがあります。それは、③の<専門的な運動の手段化>における専門性と、<競技専門性>における専門性とは、異なる内容であるということです。

 

水氣道における「専門性の原則」は、これらのいずれのケースにおいても用いることになるため、その場合は、どのような文脈の中で用いているのかを予め了解可能となるように配慮して用いていきたいと考えます。

 

 

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骨粗鬆症の予防と効果的な治療の指針となる骨代謝マーカーについて(基礎編)

 

Q6.

骨代謝マーカーの測定値は、年齢や性別によっての推移というのはあるのでしょうか?

 

A6.

性差に関しては各マーカーであります。各マーカーの基準値も性差別に示されています。骨代謝マーカーの評価をするときは基本的に性別ごとの基準値をもとに評価することになります。

 

 

Q7.

骨代謝マーカーの測定は、どのような役にたつのですか?

 

A7.

骨代謝マーカーにはいろいろありますが、これまでの研究結果から、こういった骨代謝マーカー値が上昇した場合には、骨折の予測因子になることや、あるいは骨密度とは独立した骨折の危険因子であることも判明しています。また、骨代謝マーカーと骨吸収抑制薬による骨密度上昇効果との関連性や、非椎体骨折(註)抑制効果との関連性についてもこれまで明らかにされています。

 

註:

骨粗鬆症性の骨折では椎体骨折が最も多く, また薬剤の骨折予防効果の標準的指標であるため, それ以外の骨折を非椎体骨折と呼びます。この非椎体骨折の代表は, 橈骨遠位端骨折, 上腕骨近位端骨折, 骨盤骨折, 大腿骨頚部, 転子部骨折です。

 

骨代謝マーカーを調べる目的には以下の5つが挙げられます。

 

①  骨密度の低下を予測する。

骨代謝マーカーの上昇と骨密度の低下には負の相関があると、複数の研究結果が報告しております。
つまり、マーカーが上昇すると骨密度が低下する可能性があるということができます。

 

② 骨折の発症リスクを予測する。

骨折予測因子(骨折しやすいかどうかに関わる要因)には、年齢、骨密度、既存骨折の有無、が独立した因子として挙げられます。
つまり、年齢が高くなればなるほど骨折しやすくなる、同年齢でも骨密度が低い方は骨折しやすい、と言うことができます。
そして、骨代謝マーカーも(特に女性では)独立した骨折予測因子です。
つまり、骨代謝マーカーの上昇は、骨折リスクを上げることになります。

 

③ 治療効果を調べる。

実際の臨床で骨代謝マーカーを測定する一番の目的は治療効果判定、つまり、現在使用中の薬剤が本当に効いているのかどうかを調べることです。
例えば、亢進した骨吸収を抑制する治療を検討した場合、治療前の骨吸収マーカーの値がどの程度で、治療開始後にその値は正常範囲内に低下したのか、などの検討に用います。

 

④ 患者さんの治療継続に繋がる。

骨粗鬆症の治療において、骨代謝マーカー計測も同時に行いその結果を患者さんにフィードバックすると、特にマーカーが低下した人(=治療効果が出ている人)では、しっかりと治療を継続してくれる患者さんが増えるという報告があります。
このように、骨代謝マーカーで骨代謝回転を評価することによって、治療の必要性や有効性をある程度理解することが可能になります。また、この骨代謝マーカーの値を患者さんに直接示すことで患者さんの病識が高まることになり、服薬アドヒアランスの向上につながるのではないかと考えられています。  
また、しっかりと治療を継続することで骨折予防に繋がり、入院・手術加療が減るため医療費削減効果もあるといわれています。

 

⑤ 休薬後の経過を観る。

治療が効果を発揮し、一時期的に内服などの治療を中止する場合があります。その際に骨代謝マーカーを定期的に計測することで、正常範囲を超えた場合に治療を再開するなどの指標として利用することもあります。

 

 

Q8.

骨代謝マーカーの測定は保険診療で認められているのですか?

 

A8.

骨粗鬆症と診断された患者さんでは、治療開始時と、治療を開始してから6カ月以内と、2回、骨代謝マーカーの測定が保険上は認められています。

 

 

Q9.

実際に治療薬を選択されるとき、 骨代謝マーカーはどのように使われるのですか?

 

A9.

治療薬の選択を行う際には、骨代謝マーカーを測定し、もし骨代謝マーカー、特に骨吸収マーカーが高値であれば、これは骨代謝回転が亢進している、すなわち、骨吸収が亢進していることを意味しています。こういった場合にはビスホスホネートとか、選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)、あるいは最近ではデノスマブ、そういった骨吸収を抑制する薬を選択することが理にかなっていると考えることができます。

 

 

Q10.

骨粗鬆症診療における骨代謝マーカーの臨床的意義についてご教示ください ?

 

 

A10.

薬物の投与前に骨代謝マーカーを測定することによって、骨代謝回転の状態を知ることができます。そのデータに基づき、理論上は合目的的な薬物の選択が可能になります。

 

 

治療薬の選択と骨代謝マーカーのまとめ

 

選択する治療薬の特徴に合わせて、計測すべきマーカーを選択します。

 

骨吸収を抑制する治療薬:

カルシトニン製剤、ビスホスホネート製剤、イプリフラボン製剤(オステン®)、選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)、抗RANKLモノクローナル抗体(デノスマブ)

➡︎ 骨吸収マーカー(NTX)

 

骨形成を促進する治療薬:

活性化型ビタミンD₃、副甲状腺モルモン製剤(テリパラチド) 

➡︎ 骨形成マーカー(BAP)

 

 

骨質を改善する治療薬:

ビタミンK₂製剤(グラケー®)

➡︎ 骨質マーカー(ucOC)

 

のように計測を行なっています。

 

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臨床産業医オフィス
<高円寺南労働衛生コンサルタント事務所>
産業医・労働衛生コンサルタント・第一種作業環境測定士・衛生工学衛生管理者

飯嶋正広

 

 

産業医の企業訪問

 

訪問準備の例(1)

 

嘱託産業医が顧問契約をしている企業を訪問して業務を行うに際して、仲介のマネージメントをしてくれるエージェント企業があります。この仲介エージェントの支援によって、産業医は本来の専門的業務により集中できるというメリットがあります。そのため、産業医が業務を引き受けるに際しては、信頼のおける優秀なエージェントの紹介を通した契約を選択することが大切だと私は考えています。

 

今回は、隔月で訪問をはじめたばかりの企業様のための事前準備の内容を確認するためのエージェントとのやり取りの一例をご紹介いたします。

 

・・・・・・・・・・・・・

 

飯嶋先生 御侍史
お世話になっております。
株式会社MのAでございます。
ご連絡をお待たせしており恐れ入ります。

 

12月訪問では以下内容を想定されているとのご連絡を頂きました。

・ストレスチェック結果のご共有

・健康診断結果の確認方法についてご相談

・衛生委員会の設置に関するご相談

 

お忙しいところ恐れ入りますが、上記内容に関して先生のご経験から
アドバイス等を頂けるようご準備をお願いできますと幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

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今回は、茨城に人気がない理由(その3)の予定でしたが、先週の記事を読んだ方から、是非、五浦訪問のレポートを書いて欲しいというリクエストがありましたので、急遽、番外編を組むことにしました。

 

五浦海岸(いづらかいがん)は、茨城県最北端の海岸で、花園花貫県立自然公園に属し、「関東の松島」の異名を持つ景勝地です。

 

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タイトルの数は将棋の若手ヒーローの藤井聡太さんに負けないくらい多数を数えます。

 

日本の渚百選、日本の音風景100選、茨城百景、日本の白砂青松100選、日本の地質百選、等々。「名は体を表す」と言いますが、五浦に限っては嘘ではありません。

 

名といえば、五浦の名称の由来について、私は今回初めて知ることができました。すなわち、南から「小五浦」「大五浦」「椿磯」「中磯」「端磯」の五つの浦を称して五浦というのだそうです。

 

そして、「浦」というのは「磯」を意味していることも初めて知りました。茨城県には、霞ケ浦や北浦があるため、淡水湖の岸辺や湖のイメージが定着していたため、これも意外な発見でした。

 

 

さて、なだらかで単調である茨城の海岸の中では、ここだけが例外的に複雑怪奇です。大小の入り江や磯、高さ約50mの断崖絶壁などが続くのですが、この地形は、海食崖といって、波による浸食で形成されたものとのことです。

 

この辺りの波だけがとくに強烈なエネルギーを持っている訳ではなさそうに思えます。

そうだとすれば、注目すべきは崖を成している地質にあるのではないかのかと考えた次第です。

 

亀ノ尾層(珪藻質砂岩、珪藻質砂質頁岩)、多賀層群などの地層が見られるのですが、要するに五浦海岸を特徴づけている奇岩を成しているのは炭酸塩コンクリーションであることを現地で確認することができました。

 

これは、海底油・ガス田の硬成分から形成された地層なのですが、こうした地層が波に侵食されて崖の侵食や奇岩が形成されたのではないかと、一応は納得したつもりになりました。それに目をつけて、五浦海岸の沖などで掘削を始めようとする輩が出現しないことを祈ります。

 

崖の上に自生するクロマツも独特の風情を与えてくれているのですが、こうした地層と海辺という環境条件がクロマツを幸せに育んでくれているのかも知れません。
岡倉天心ゆかりの六角堂や茨城県天心記念五浦美術館の素晴らしいさについてもご紹介したいのですが、どうしても話が長くなってしまうので、年明け以降に、改めてご紹介させていただきたいと思います。

 

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<今回も、新たな登場人物があらわれます。Jean Tarrou (ジャン・タル―)というまだ若い男とRieux(リウー)医師の母親です。リウー医師のファーストネームがBernard(ベルナール)であることは、母親の呼びかけで明らかになります。>

 

 

À dit-sept heures, comme il sortait pour de Nouvelles visites, le docteur croisa dans l’escalier un homme encore jeune, à la silhouette lourde, au visage massif et creusé, barré d’épais sourcils. Il l’avait rencontré, quelquefois, chez les danseurs espagnols qui habitaient le dernier étage de son immeubles. Jean Tarrou fumait une cigarette avec application en contemplant les dernières convulsions d’un rat qui crevait sur une marche, à ses pieds. Il leva sur le docteur le regard calme et un peu appuyé de ses yeux gris, lui dit bonjour et ajouta que cette apparition des rats était une curieuse chose.

17時に医師が新しい往診先に出かけようとすると、階段で、まだ若い男と出くわしたが、その男は重々しい体格、重厚で彫の深い顔、棒のように太い眉毛をしていた。その男とは、ビルの最上階に住んでいるスペイン人舞踊家たちのところで、時々出会っていた。ジャン・タルーは盛んにタバコをふかしながら、足元の階段で瀕死のネズミの断末魔の痙攣を眺めていた。彼は穏やかだが幾分見据えるような灰色の瞳のまなざしで医師を見上げ、挨拶の言葉を述べ、このネズミどもの出現は不思議なことだと付け加えた。

 

 

__ Oui, dit Rieux, mais qui finit par être agaçante.

そうですね。でも、ここまでくると迷惑な話ですよ、とリウーは言うのであった。

 

 

__ Dans un sens, docteur, dans un sens seulement. Nous n’avons jamais rien vu de semblable, voilà tout. Mais je trouve cela intéressante, oui, positivement intéressant.

ある見方をすればということですよ、先生、ただある見方をすれば、と言う意味です。こんなのは皆がまだ見たことない、というだけのことです。でも、私はこれは面白い、そう、本当に面白いことだと思います。
 

 

 

Tarrou passa la main sur ses cheveux pour les rejeter en arrière, regarda de nouveau le rat, maintenant immobile,puis sourit à Rieux:

タルーは髪に手をかけて後ろに流し、動かなくなったネズミをもう一度ながめてから、リューに微笑みかけた。

 

 

__ Mais, en somme, docteur, c’est surtout l’affaire du concierge.

でも、要するに先生、それはもっぱら管理人の仕事なんですよ。
 

 

 

Justement, le docteur trouva le concierge devant la maison, adossé au mur près de l‘entrée, une expression de lassitude sur son visage d’ordinaire congestionné.

ちょうどその時、医師はアパートの前で管理人を見かけたが、入口近くの壁にもたれかかり、いつもであれば血の気の多い顔に疲れた表情を浮かべていた。

 

 

__ Oui, je sais, dit le Michel à Rieux qui lui signalait la nouvelle découverte.  C’est par deux ou trois qu’on les trouve maintenant. Mais c’est la même chose dans les autres maisons.

はい、知っていますよ、新たな発見を指摘したリューに管理人のミシェルは言うのであった。それが今では2、3匹ずつで見つかるんですよ。でも、それは他の建物でも同じことなんです。
 

 

 

Il paraissait abattu et soucieux. Il se frottait le cou d’un geste machinal. Rieux lui demanda comment il se portait. Le concierge ne pouvait pas dire, bien entendu, que ça n’allait pas. Seulement, il ne se sentait pas dans son assiette. À son avis, c’était le moral qui travaillait. Ces rats lui avaient donné un coup et tout irait beaucoupe mieux quand ils auraient disparu.

管理人は打ちひしがれて心配そうな面持ちであった。彼は無意識的な仕草で首をこすっていた。リューは、彼の体の具合はどうかを尋ねた。管理人は、体調不良だとはもちろん言えなかった。ただ、彼は気分が優れなかったのだ。彼の意見では、それは気力の問題だった。ネズミ共のために彼は参ってしまったが、ネズミさえいなくなれば万事めでたしなのである。
 

 

Mais le lendemain matin,18avril, le docteur qui ramenait sa mère de la gare trouva M.Michel avec une mine encore plus creusée: de la cave au grenier, une dizaine de rats jonchaient les escaliers. Les poubelles des maisons voisines en étaient pleines. La mère du docteur apprit la nouvelle sans s’étonner.

しかし、翌4月18日の朝、母親を駅から連れてきた医師は、ミッシェル氏の表情が一層冴えなくなっているのがわかった。地下室から屋根裏まで、十数匹のネズミが階段に散乱していたのだ。近所の家々のゴミ箱には、それらでいっぱいだった。医師の母親は、その話題を耳にしても驚かなかった。
 

 

__ Ce sont des choses qui arrivent. 

__ こんなことも起こるものなのね。

 

 

C’était une petite femme aux cheveux argentés, aux yeux noirs et doux.

銀髪の小柄な婦人は、黒い優しい目をしていた。
 

 

__Je suis heureuse de te revoir, Bernard, disait-elle. Les rats ne peuvent rien contre ça.

ベルナール、また会えて嬉しいわ、と彼女は言った。ネズミたちだろうが邪魔だてはできないわ。

 

 

Lui approuvait; c’était vrai qu’avec elle tout paraissait toujours facile.

彼は頷いて納得した。たしかに、彼女と一緒にいると、いつでも万事が丸く収まっていくように思えるのであった。

 

 

註:

多数のネズミ共の出現に対して、人々の受け止め方や行動は各人各様です。リウー医師は、実際のところどのように受け止めているのか、どのような行動を取るのかは、この段階ではよくわかりません。

 

もっとも、人の感じ方や考え方は、直接の体験、周囲の人々の様子や意見、メディアによる事件の扱い方や進展の仕方によって大きな影響を受けてしまうものです。

それは医師とて例外ではありません。