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医療以外では、たとえばクラシック声楽のレッスンを受けるためには東京在住は好都合でした。そのために英語以外の外国語(ドイツ語、イタリア語、フランス語、スペイン語など)にも親しむことができ、各国語のスクールも至近距離にありました。

 

診療においてもこうしたバックグラウンドが外国語診療を可能としてくれたのです。今にして思えば、外国人の患者さんは、すべからく私の語学教師でした。いまでも外国人診療は個人レッスンのようなものでもあります。

 

今後私が声楽の修行を深めていくうえで大切なのは、声楽の師よりもむしろ優秀な伴奏ピアニストです。

 

地方にも優秀なピアノ演奏家はいますが、演奏家としての能力と伴奏家としての能力は必ずしも一致しません。

 

自分の表現を極めようとする声楽家は、ある意味で伴奏ピアニストを育て上げるくらいでなければならないのです。それを地方で一からやり直すのはとても骨が折れることですし、人生の時間切れが目に迫ってくるようでもあります。

 

外国語診療は東京でなくとも続けていくことはできるでしょうが、地方都市に転出するとすれば、おそらくは、特定の他の言語(たとえば、ポルトガル語やタガログ語など)に習熟する必要があるでしょう。しかし、近似性のある欧州の言語以外の外国語を新たに習得することは至難の業であるし、実用レベルには届かないことでしょう。

 

ただし、今後、東京でしかできないことを改めて考えてみると、殊の外限られてくることに気が付きました。

 

大規模な事業であるとか、大きな発信力や影響力を発揮させたいとか、そうした志を持っている様な方であれば、確かに、日本において東京は唯一無二の拠点たり得るかもしれません。その方の人生のスケールによっては、日本には収まりきらずに、たとえば米国、とりわけニューヨークを目指すこともあるでしょう。

 

私自身の医学生時代を振り返ってみると、研修医を終えて研究生活に入り、適当な時期に米国留学をすることを何となく漠然とではありますが想定していた時期がありました。実際にはどうだったかというと、ずっと東京暮らしだったわけです。平成元年に開業してしまってから気が付いたのは、今更、留学はできない身の上になってしまったということでした。

 

私は今に至るまで米国の地を踏んだことはありません。米国で開催される内科学会やそれに付随する研修会に参加することを考えていた時期もありましたが、それでさえも、世界的なコロナ禍に見舞われて、意欲が薄らいできました。思えば良い時期にオセアニア(オーストラリア、ニュージーランド)、中国(上海、杭州)、ベトナム(ホーチミン市その他南部地域)、欧州(ドイツ、オーストリア、リトアニア、フランス、イタリア)などを旅行できたものでした。

 

しかし、今後は島国で個人鎖国を続ける住民でいたいと思うようになりました。日本を愛し、日本人を必要とする人々に対しては、誠実に親切にお付き合いさせていただき、平和共存できるように心がけるのみです。

 


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厚生労働省は、

職場のメンタルヘルスに関するよくある質問と答えをまとめました

として、ホームページで、こころの健康に対してわかりやすいQ&Aを掲載しています。

それに私が臨床の立場からCとしてコメントを加えてみました。

 

 

Q.

自殺の原因は精神障害だというのは本当ですか?

 

A.

警察庁の統計では、令和元年中の自殺者総数は20,169人であり、自殺の原因・動機の内訳は、「健康問題」が9,861人、「経済・生活問題」が3,395人、以下、「家庭問題」3,039人、「勤務問題」1,949人、「男女問題」726人、「学校問題」355人、「その他」1,056人でした(複数回答)。

 

これらの原因の結果として、精神障害を発症し、自殺にいたった例も多いものと考えられます。自殺の動機そのものは、必ずしも一つの要因だけで説明できるものではありませんが、精神的に追い込まれた状態で自殺行為がなされることを考えると、うつ病をはじめとする精神障害が自殺の原因となっているとする報告が多数なされています。

 

また、失業や配偶者の死亡などの人生におけるストレスを伴う重大な出来事(ライフイベント)の際に、精神障害を引き起こし、自殺にいたることがあるので、周囲からの十分な注意や配慮が必要となります。

 


C.

「病気の悩み・影 響(うつ病)」を原因・動機とする自殺は、「健康問題」の 中で最も多くいことは確かです。しかし、自殺の原因は精神障害だと決めつけることは論外です。なぜならば、精神障害による自殺は、平成27年においては、原因・ 動機が特定されている自殺の約3割を占めているに留まっているからです。 

 

むしろ、自殺には多様かつ複合的な原因・背景を有するものであることが、自殺対策基本法や自殺総合対策大綱においても指摘されています。自殺対策においては、うつ病の早期発見、早期治療を始めとする心の健康問題に対する働きかけのみならず、心の問題に複雑に絡み合っている社会的要因を含めた様々な問題に対しての働きかけが必要であることがわかります。

 

近年、うつ病や身体の病気を原因・動機として自殺する者の割合は低下しているようです。

こうした「健康問題」による自殺死亡率の減少の背景には、これらの疾病の患者に対する医療の進歩や相談体制の充実が寄与している可能性が示唆されています。

 

それでは、精神障害を含む「健康問題」以外の自殺の原因・動機について、近年の傾向を概観してみたいと思います。

 

 経済・生活問題 「経済・生活問題」を原因・動機とする自殺については、その多くが男性によるもので あるという特徴があり、また、これまでも、 景気の動向の与える影響が示唆されてきています。

 

景気動向指数(CI一 致指数)の増減と「経済・生活問題」による男性の自殺者数の増減には、負の相関の関係がある事が指摘されています。

 

 

 

 勤務問題 「勤務問題」による自殺の原因・動機の詳細な内訳をみると、「仕事疲れ」についてはさほど大きく増減していない一方、「職場の人間関係」 や「職場環境の変化」の増減は「勤務問題」 全体の傾向と類似しています。

 

これらによる自殺が増加した時期は、ちょうど職場におけるパワーハラスメントの問題が顕在化した時期と重なることから、この問題に対する予防・ 解決に向けた取組の進展が、職場におけるメンタルヘルス対策の進展と相まって、「勤務問題」を理由とする自殺の減少につながった可能性があります。

 

労働安全衛生法の改正によって、平成27年12月から、職場におけるストレスチェック制度が導入され、集団分析の他、産業医による高ストレス者面談が実施されるようになりましたが、「勤務問題」を理由とする自殺の減少という具体的な成果を今後も引き続き挙げることが期待されています。

 

 

 

 学校問題 「学校問題」による自殺については、学生・生徒等の自殺に限ると、最も多い自殺の原因・動機です。学校の種類別では、大学生と高校生が多くを占めています。

 

一方、原因・動機の内訳では「入試に関する悩み」「その他進路 に関する悩み」及び「学業不振」といった学業や進路に関する問題が年毎の増減がある一方、「教師との人間関係」「いじめ」「その他学友との不和」等の学校における人間関係等 関する原因・動機はほとんど変化がありません。

 

学業や進路の悩みにせよ、学校における対人関係にせよ、学校において、スクールカウンセラー等も活用した児童生徒の日常の生活状況や心身の問題について理解を深めるとともに、児童生徒に対しても、困難を抱えたときに適切に助けを求める方法や相談先を把握しておくことや、つらい時の現実の受け取り方やものの見方を柔軟でバランスの良いものにすることなど、生活上の困難やストレスに直面しても適切な対処ができる力を身に付けるための支援を行うことが重要と考えられています。

 

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トレーニング理論における専門性の原則をより深く理解するためには、専門性の原則がトレーニングの理論と実践の体系の文脈の中で、他の原則とどのような相互関係にあるかを知っておくことが役に立ちます。

 

まずトレーニングは、適切な目標を設定することから始めます。

 

トレーニング目標を設定するには、現状を正確に把握するとともに、その後の未来を予測することが前提tなります。その際に考慮しなければならないのが、

①実現可能性、②時間資源、③個別性と専門性、④アスリート(水氣道においては稽古参加者)の発達段階です。

 

ここで示したように、専門性の原則は個別性の原則との相互関係、すなわち兼ね合いの中で位置づけなければならない相対的な原則であって、独立した絶対的な原則ではないということがいえます。
 

トレーニングにおける設定目標と現状との間には、必然的にギャップが生じることになります。

このギャップを総合的な課題として形成し、その原因をあらゆる視点から専門的に分析究明することがスポーツ界では試みられています。そのうえで、個々の原因を解決するための個別の課題を考慮しながら、それらの中での優先順位を決定して配列していくことになります。
 

スポーツパフォーマンスを向上させるためには、トレーニング手段や測定評価のためのテストにどのような運動を選択するかは大切なポイントです。その場合には、スポーツパフォーマンスの構造モデルに基づく専門的な考え方が必要になります。ただし、高度な医科学テストや、その他の各指標が先行し、この種の科学的な諸要素からトレーニングを組み立てる方法は誤りであるとの意見が主流です。

 

その理由の一つは、実際にそのような方法を採用することが失敗を引き起こす原因となる場合が多かったこと、もう一つは、あるスポーツに必要不可欠なトレーニング手段や方法が、他のスポーツにはマイナスに働くことが頻繁に観察されたことです。スポーツにおける専門性の原則は、スポーツの種目によって、それぞれに求められる必要不可欠なトレーニング手段や方法が異なることを前提として、それぞれの種目に最適なトレーニング手段や方法を選択するための理論的な根拠にもなるものと考えられます。
 

そこで、理想的なトレーニングのモデルの設計のためには、具体的にはどのようにすれば良いのかということが重要な論点になってきます。これに関して、すべてのトレーニングの基礎となる指針として“初めに運動ありき”という標語が知られています。これは、トレーニングを効果的に推進するためには、目指すスポーツパフォーマンスの構造モデルに立ち戻ってトレーニングを開始することを意味しています。

 

ただし、これを実践して行くためには、自らが行うスポーツに関する高度な理解と知識だけではなく、スポーツ実践を通して体得した豊富な経験則と実践的な知恵が要求されます。ですから、初心者や若手で経験の少ないアスリートにとっては、高い成果を獲得している経験豊富な専門性の高いコーチによる指導が必要になってくるのです。
 

ここで、確認しておきたいことは、「高度な医科学テストや、その他の各指標が先行し、この種の科学的な諸要素からトレーニングを組み立てる方法は誤りである」との意見にもう一度注目しておきたいと思います。

 

一般に、高度な戦術や複雑な技術を要求されるような種目については、このような意見は妥当であるように思われます。しかし、体力の維持増進あるいは比較的シンプルな技術の組み合わせによってデザインされている水氣道のようなエクササイズに関してはこの限りではないと考えています。

 

季節ごとに実施されているフィットネス・チェックやメディカル・チェックなしに水氣道の発展は実現できなかったからです。ただし、“初めに運動ありき”という標語は水氣道においても高く評価できます。水氣道では、まず“水に委ねよ”という教訓が“初めに運動ありき”という標語の前提になっているということは、水氣道における専門性の原則の重要な柱であるといえます。
 

水氣道を実践して行くためには、参加者自らが行う水氣道の稽古に関して、徐々に高度な理解と知識を深めていくだけではなく、水氣道ならではの組織的な集団稽古の継続的な実践を通して体得した豊富な経験則と実践的な知恵が要求されます。

 

ですから、初心者(体験生)やまだ経験の少ない参加者(訓練生や修錬生)にとっては、高い成果を獲得していて、自らも長年の稽古を実践してきた経験豊富な専門性の高いコーチ(支援員、指導員、監督指導者)による指導が必要になってくるのです。

 

 

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骨粗鬆症の予防と効果的な治療の指針となる骨代謝マーカーについて(続入門編)

 

前回は、丈夫な骨のためには骨量の他に骨質が大切であることを説明しました。

次に骨粗鬆症は、骨形成が低下し、骨吸収が亢進すると生じるということを説明しました。

さらに、骨代謝マーカーとは、骨代謝の結果作られる物質であり、骨代謝の程度の指標となる物質である、ということでした。

 

骨代謝マーカーの中でも骨形成マーカーや骨吸収マーカーを調べることで、骨粗鬆症になるリクスや骨折リスクを知ることができます。また、その他の骨代謝マーカーに骨質マーカーもあり、骨質を評価することもできるのです。

 

 

骨代謝マーカーには以下の3つの群があります。

 

① 骨形成マーカー

骨形成で中心的な働きをする骨芽細胞と呼ばれる細胞が作り出す物質です。
代表的なものに、BAP、P1NP、OC と呼ばれる物質があります。

当クリニックではBAPを採用しています。

 

 

② 骨吸収マーカー

骨吸収で中心的な働きをする破骨細胞と呼ばれる細胞が作り出す物質、もしくは破骨細胞が骨を破壊するときに作り出される物質です。

 

代表的なものに、NTX 、TRACP-5b、と呼ばれる物質があります。
当クリニックではNTX を採用しています。

 

 

③ 骨質マーカー
骨の強さには、骨密度だけでなく骨質も関係しています。特にビタミンKの欠乏は骨質に悪影響を与え、その結果、低カルボキシル化オステオカルシン(ucOC)という物質の血中濃度が上がります。

 

オステオカルシン(OC)は、ビタミンKの作用により骨芽細胞で産生される蛋白で骨形成に関与します。骨中でビタミンKが欠乏すると低カルボキシル化オステオカルシン(ucOC)が生成されます。このucOCは,ビタミンK欠乏を伴う骨粗鬆症で増加するため、その病態診断や治療効果を判定する際に利用されます。

 

低カルボキシル化オステオカルシン(ucOC)は、骨粗鬆症におけるビタミンK2剤の治療選択目的で行った場合または治療経過観察を行った場合に保険診療で検査可能です。

ただし、保険が効くのは治療開始前においては1回、その後は6月以内に1回に限り、という制約があります。

骨質の評価に関しても骨代謝マーカーの中で骨質マーカーを調べることが有用なのですが、これまで杉並国際クリニックでは実施していませんでした。令和4年を迎えて、新たに骨質マーカーとして低カルボキシル化オステオカルシン(ucOC)を採用する予定です。

 

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臨床産業医オフィス
<高円寺南労働衛生コンサルタント事務所>

産業医・労働衛生コンサルタント・第一種作業環境測定士・衛生工学衛生管理者

 

飯嶋正広

 

 

いろいろな産業医面談

 

個人面談のための事前ガイダンス資料(その2)

 

企業の嘱託産業医をお引き受けすると、産業医として企業に定期訪問するだけでなく、スポットでの相談に乗らなくてはならない事例が発生します。その多くは、いわゆる総合臨床専門医としての相談です。広くかつ深い臨床経験がなければ、企業から信頼される産業医として活躍を続けることは、ますます難しくなってきています。

 

前回から、特定の企業名や個人名を伏せる形で、実際のやりとりを紹介しております。この間にも、相談者や職場からの貴重な情報が次々と到着し、対応に追われています。

 

以下は事前ガイダンスの続きです。

 

ステップ3【自分の痛みをわかりやすく人に伝える工夫をしてみましょう!】

 

伝える時は、相手にわかりやすく伝える工夫をしてみましょう。痛みのために、日常生活上で支障がある場合は、そのことも具体的に伝えましょう。
 

痛みがあることで、生活上困っていることを整理してみましょう!

具体例)家事ができない、食事が取りにくい、洗濯物を干すのが大変、布団を上げられない、パソコンを長い間打てない、体をひねると痛い、重いものが持てない、書き物がしにくい、など
 

長く続く痛みに対処するためには、毎日の生活の中で、痛みを和らげるための自分なりの工夫を取り入れることが有効的な場合もあります。
 

そのためには、

◎どのような時に痛みが楽になったり痛みを忘れたりするときがあるのか

◎どのような姿勢のとき、痛みが楽なのか

 

など『痛みの日記』をつけてみるのもよいでしょう。

 

 

 

ステップ4【痛みの状況の整理と人への伝え方のコツ】

 

以上のステップを踏むことによって、ご自分の痛みについてよく知ることができるようになります。そうすれば、医師や他周囲の人々などにも理解してもらえるような情報が整理されていきます。それに加えて、人にわかりやすく伝えるという、伝える時の工夫も必要です。
 

同じ痛みでも人によってその苦痛は異なります。また痛みに伴うさまざまな生活の支障(動くと痛いので、あまり動きたくない、体をひねると痛いので動作が制限される、手を使うと痛みがひびく、痛みのせいで集中して仕事ができない、など)なども、よく整理して確認したうえで医師に伝えましょう。

 

 

 

ステップ5【痛みのセルフケアをはじめてみる】

 

ステップ4までの過程で気づくことができた経験から、ご自分なりの工夫で痛みをやわらげられることもあります。自分の痛みと生活の過ごし方について、いろいろ検討し、よいと思われることは、生活の中に取り入れてみましょう。
 

具体的な方法は、痛みがやわらぐ状況は、時間帯、そのときしている活動、取っている姿勢など、人によっていろいろなきっかけがあります。『痛みの日記』をつけることで、“痛いところを温めたら楽になった”、“○○さんとしゃべっている時は痛みを忘れていた”、“よく眠った次の日には痛みが減った”、“お風呂で湯船に浸かり、十分温まったあとは楽だった”など、自分自身の痛みがやわらぐきっかけに気づくことができます。その中から、自分にとってよかった対処法を、日常生活に取り入れてみましょう。

 

それではお大事にお過ごしくださいますように。


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他県に比べ有力な観光地が少ない⁉

 

茨城県が雄大な自然景観を持っていないのは、土地が平坦で、山の高さが低く、海岸線の形状が単調なためです。

 

火山が少ないため温泉も豊かでなく、山の標高が低い一方で、平地がどこまでも続きます。そのため、山の裾野が海岸線に落ち込んでできあがるような美しい海岸線を作ることができません。

 

その例外が、福島県に接する五浦海岸です。10年前の東日本大地震がもたらした津波の影響で、岡倉天心が建立した六角堂が土台部分を残してすべて波にさらわれた、という報道を知って以来、随分気にはなっていました。

 

そこで10月22日(金)に福島県双葉の減容化施設の定期訪問の翌日に五浦を尋ねてみることにしました。

私の五浦訪問は、それが2度目で、初回は、小学校6年生の遠足だったと記憶しています。ちょうど半世を隔てて再訪した五浦は、記憶していた以上に美しい風景でした。

 

茨城県に人々を運ぶのは、常磐線の特急ひたちやときわ号です。

 

しかし、その車窓は、水戸まで海はほとんど見えず、平地の山林や田園や畑が広がるばかりです。

 

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Près de la sortie, sur le quai de la gare, Rieux heurta M.Othon, le juge d’instruction, qui tenait son petit garcon par la main. Le docteur lui demanda s’il partait en voyage. M.Othon, long et noir, et qui ressemblait moitié à ce qu’on appelait autrefois un homme du monde, moitié à un croque-mort, répondit d’une voix aimable, mais brève:

 

出口寄りの駅のホームで、リューは幼い男の子の手を引いている予審判事のオトン氏とぶつかった。医者は彼に旅行にお出かけかなのか、と尋ねた。長身で黒髪、半ばはかつての時の人、半ばは死体引き取り人、といった如き風貌のオトン氏だが、愛想よく、しかし手短に答えた。

 

 

__ J’ attends Mme Othon qui est allée présenter ses respects à ma famille.

__私の実家にあいさつに出かけていた家内を待っているのです。

 

 

La locomotive siffla.

機関車が汽笛を鳴らした。

 

 

__ Les rats...,dit le juge.

ネズミ共が...と判事は言った。

 

 

Rieux eut un movement dans la direction du train, mais se retourna vers la sortie.

リューは、汽車の方に向かって移動しようとしたが、出口の方に引き返した。

 

 

__ Oui, dit-il, ce n’est rien.

いやあ、何でもないことです、と彼はいった。

 

 

Tout ce qu’il retint de ce moment fut le passage d’un homme d’équipe qui portait sous le bras une caisse pleine de rats morts.

その時のことで記憶に残っているのは、ネズミの死骸が詰められた木箱を小脇に抱えた乗組員が通り過ぎたということだけだった。

 

 

L’après-midi du même jour, au début de sa consultation, Rieux reçut un jeune homme don’t on lui dit qu’il était journaliste et qu’il était déjà venu le matin. Il s’appelait Raymond Rambert. Court de taille, les épaules épaisses, le visage décidé, les yeux claires et intelligents, Rambert portait des habits de coupe sportive et semblait à l’aise dans la vie. Il alla droit au but. Il enquêtait pour un grand journal de Paris sur le conditions de vie des Arabes et voulait des renseignements sur leur état sanitaire. Rieux lui dit que cet état n’était pas bon. Mais il voulait savoir, avant d’aller plus loin, si le journaliste pouvait dire la vérité.

同日の午後、リューの診察の始めは若い男性で、ジャーナリストと名乗り、すでに午前中から来ていた。彼の名前はレイモン・ランベール。小柄で、肩はがっしりとした肩、しっかりしとした顔立ち、澄んで聡明な瞳のランベールは、スポーティな服を着て、生活に余裕があるように見えた。彼は端的に切り出した。パリのとある大手新聞社のためにアラブ人の生活環境を調査しており、彼らの衛生状態についての情報が欲しいというのであった。リューは、その方面の状態は良くないと言った。しかし、それ以上の話に踏み込む前に、そのジャーナリストは真実を伝えることができるのかどうかを知りたく思うと言ったのであった。

 

 

__ Certes, dit l’autre.

もちろん、と相手は言うのであった。

 

 

__ Je veux dire: pouvez-vous porter condamnation totale?

私があなたに言わんとすることは、あなたが全くの確信をもって臨むことができるのですか、ということなのです。

 

 

__ Totale, non, il faut bien le dire. Mais je suppose que cette condamnation serait sans fondement.

全く、ではないのですが、伝えなければならないのです。しかし、その確信には根拠がないように思います。
 

 

Doucement, Rieux dit qu’en effet une pareille condamnation serait sans fondement, mais qu’en posant cette question, il cherchait seulement à savoir si le témoignage de Rambert pouvait ou non être sans reserves.

リューはゆっくりと、そのような確信は根拠のないことだろうと言ったのだが、この質問をすることで、ランベールの証言がしがらみのあるものなのかどうかを確かめたかっただけなのだ、と言った。

 

 

__  Je n’admets que les témoignages sans réserves. Je ne soutiendrai donc pas le vôtre de mes renseignements.

私はしがらみのない証言だけを認めるのです。ですから、私があなたに提供する私の証言を私は支持することはないでしょう。

 

 

__ C’ est le langage de Saint-Just, dit le journaliste en souriants.

これはまさにサン‐ジュストの言葉ですね、とジャーナリストは笑みを浮かべながら言うのであった。

 

 

Rieux dit sans élever le ton qu’il n’en savait rien, mais que c’était le langage d’un homme lassé du monde où il vivait, ayant poutant le goût de ses semblables et décidé à refuser,pour sa part, l’injusitice et les cocessions. Rambert, le cou dans les épaules, regardait le docteur.

リューは声の調子を上げることなく、自分はそのことは何も知らないが、自分の住む世界に飽き飽きしながらも、同胞たちには心を砕くが自分自身のために不正や強制を拒もうとした男の言葉だったのだと言うのであった。ランベールは首をすくめて、医者を見た。

 

 

__ Je crois que je vous comprends, dit-il enfin en se levant.

彼は最後に、立ち上がりながら、あなたのお考えがわかるような気がします、と言うのであった。

 

 

Le docteur l′accompagnait vers la porte:

医者は彼に付き添ってドアに向かった。

 

 

__ Je vous remercie de prendre les choses ainsi.

あなたがそんな風に受け止めてくださって、私もうれしく思います。

 

 

Rambert parut impatienté:

ランベールは気が急いているようだった。

 

 

__ Oui, dit-il, je comprends, pardonnez-moi ce derangement.

___はい、わかっています、お邪魔してすみませんでした、と彼は言うのであった。

 

 

Le docteur lui serra la main et lui dit qu’il y aurait un curieux reportage à faire sur la quantité de rats morts qu’on trouvait dans la ville en ce moment.

医者は彼の手を握り、今しがた街で発見された大量のネズミの死骸の件は話題の記事になることでしょう、と言った。

 

 

__ Ah!s’exclama Rambert, cela m’intéresse.

ランベールは、ああ、それには興味がそそられますね、と声をあげた。

 

 

註1:

Je n’admets que les témoignages sans réserves.宮崎嶺雄の訳では、「僕は留保のない証言しか認めないんです。」となっています。sans réservesを「留保のない」と訳しているわけです。réserve(s)には、「留保」という意味もありますが、「条件」と訳した方がわかりやすいかもしれません。

 

すなわち「条件のない=無条件の、無制約の=制約を受けていない=しがらみのない」と解釈するのはいかがでしょうか。

 

日本国憲法でも表現の自由とか報道の自由を保障していますが、各種メディアの報道の自由が濫用されることがある反面、権威の前では恣意的に自粛したり、権力に脅かされたり、スポンサーの意向を忖度したりすることがまかり通っています。私自身も可能であれば、しがらみのないニュースを聴いたり、記事を読んだりして日々の生活をおくってみたいものだと考えています。

 

註2:

Saint-Just宮崎嶺雄の訳注では(フランス革命当時の熱狂的な正義論者)とあります。

 


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東京へのこだわりN02:過去編<東京でしかできなかったこと>

 

東京でしかできないことを考えるより、東京でしかできなかったことを振り返ってみることの方が容易であることに気づきました。
 

東京でしかできなかったことというより、地元の水戸、しかも交通の便が芳しくない市のはずれの住人のままではできなかったことはたくさんありました。

 

水戸市とはいえ、バスで水戸駅に向かう時間と、水戸駅から特急で東京駅に向かう時間がどっこいどっこいだったのですから。

 

それでも中学校から高等学校までの6年間は、自転車で自宅から学校まで、聞く人とていない、折々の歌を歌いながら、山や谷を越えていったものでした。これで今に至るまでの私の足腰と喉は大いに鍛えられることになりました。

 

関東地方の県庁所在地で医学部がないのは、埼玉県の浦和市は別としても、栃木県宇都宮市と茨城県水戸市です。

 

埼玉県には国立防衛医科大学校と私立埼玉医科大学の2校があります。

 

栃木県にも自治医科大学と獨協医科大学の2校があります。これに対して茨城県には国立大学である筑波大学医学群(特殊な名称です)が1校のみです。

 

国立大学であれば入学のための財政事情が許されるのでが、水戸の自宅から通学するのは困難でありました。ですから、そもそも医学部に進学するには水戸の自宅を離れざるを得なかったということです。

 

もっとも私の亡父は、自宅から自転車でも通学可能な地元の茨城大学教育学部に進学し、小学校か中学校の教諭になって地域の基礎教育に貢献することを盛んにすすめてくれていました。

 

幸い医師となることができましたが、厳しい現実と理想とのギャップという矛盾の間で翻弄されるようになると、父の勧めてくれた人生行路も、それなりに充実した人生になっていたのではないかと思うことも、しばしばありました。

 

一方、地元の小学校の教諭であった私の叔父(亡父の末弟)は、60歳の停年を迎えて、退職した後、しばらくの間、目標喪失のためか鬱状態に陥っていたことが思い出されます。生徒から愛され、教室で子供と過ごすことに大きな生き甲斐を感じていた叔父は、生徒と共にある教壇を離れたがらず、そのため教頭にすらなろうとしなかった草の根教師でしたが、幸いに今も健在です。

 

かくいう私もすでに62歳を迎え、世間でいうところの定年を過ぎていることに気が付かされます。私の場合、立場上、公的な停年はないのですが、私的な定年は自分で決めることができるし、いずれ決めなくてはならないことになります。あらかじめ強制的に与えられている停年が良いか、自分の裁量と責任で決定すべき定年が良いか、一概には言えないと思います。いずれにしても、定年(停年)が、その人の人生において持つ意味は小さいものではなさそうです。

 

医師になってからも東京はすこぶる便利でした。研修医を過ごした虎の門病院は、レジデントクオーターといって病室を改造したような研修医宿舎(2人部屋)がありました。地方出身者として居住費がかからないということがとても有難かったことを思い出します。

 

医師になってからの自己研鑽の場として、東京は非常に有利であったと思います。学位取得のための通学(杉並区高円寺⇔文京区本郷)や複数の専門医等の資格取得および資格更新のための業績を確保することができたのも東京在住でなければ困難であったものと思われます。

 

開業医として勤務し、水氣道を続け、聖楽院の活動をしながら博士(医学)の学位を取得することなど無謀極まりないとまで意見されたこともありましたが、それはすべての活動圏が東京23区内であったことが、それを何とか可能としてくれました。そもそも、各種医学会は東京で開催される頻度が高いばかりではなく、地方の中核都市等で開催される各種の医学会に参加するにしても、東京からのアクセスは良好だからです。

 

私が水戸市在住を続けていたとしたら、上記のいずれも実現できなかったであろうことは想像に難くないといえます。

 

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厚生労働省は、
職場のメンタルヘルスに関するよくある質問と答えをまとめました

として、ホームページで、こころの健康に対してわかりやすいQ&Aを掲載しています。それに私が臨床の立場からCとしてコメントを加えてみました。

 

 

Q.

夫がうつ病で休職中です。小学生の子どもがいるのですが、仕事をしないで家でゴロゴロしている状況や、日によって優しかったりイライラしやすかったりする夫の様子が、子どもに悪い影響を与えているのではないかと心配です。何か気を付けた方がいいことはあるでしょうか?

 

 

A.

うつ病は、自分自身の感情をコントロールできず、思うように行動できなかったり、イライラしたりする病気です。

 

症状の改善のためには、自宅でゆっくり過ごすことが必要で、見守ってくれる家族の存在はとても大きな意味があります。「ご家族にできること」を参考に、お子様と共に、病気への理解を深めて温かく見守っていただくのが理想です。

 

ただし、うつ病の方と一緒にいることで、ご家族自身の負担も大きくなりますので、ご自身やお子様の感情にきちんと向き合うことも必要かもしれません。時にはご主人と距離を置く時間を設けたり、誰かに相談したりすることも検討しましょう。

 

身近に相談相手がいなければ、お住まいの地域の「精神保健福祉センター」にご相談いただくことも一つです。「精神保健福祉センター」では、こころの健康やこころの病気について電話や面談で相談ができ、ご家族からの相談にも対応しています。

 

 

C.

家族の一人がうつ病になると、他の家族も抑うつ傾向になることはしばしば発生します。
 

特にもっとも身近な夫婦間においては、いささか深刻な問題になりがちであるため、回答者も慎重に対応しなければならないと思います。

 

夫がうつ病であるために妻の不安が大きくなることは誰もが理解できることでしょう。

 

父親の精神状態や行動パターンが不安定な場合は、たしかに、子供たちも不安になりがちではあることでしょう。また母親として「子どもに悪い影響を与えているのではないか」と心配するのは、ごく自然なことです。

 

しかし、実際に明らかな悪影響が表れているのであれば「子どもに悪い影響を与えているのではないか」といぶかることはないはずです。

 

実際に両親が子どもに及ぼす影響の程度は千差万別です。たとえ父親の精神状態が不安定であっても、母親が普段通りに接していれば子どもたちにとってはどれだけ救いとなることでしょうか。
 

ですから、「何か気をつけることがあるでしょうか?」とたずねられたら、私であれば

 

1) 夫がうつ病であるため、自分は不安であるという気持ちはそのまま受け止めておくこと。

 

2)その不安な気持ちを子どもたちに投影させていないかを振り返ってみる心の余裕はを保つこと。

 

3) 子どもたちに対しては、なるべく今まで通りの母親として接すること。

 

4) その場合、立派な母親として振る舞う必要はなく、不安を抱えたままのありのままの母親として自然に接すること。

 

5) そのうえで、自らの楽しみを見失わず、また必要に応じてカウンセリングを受けたり、公的なサービス等を積極的に外部資源を活用すること。

 

以上のようにお答えすることになるのではないかと思います。

 

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専門性の原則とは、スポーツトレーニングにおける理論上の概念です。

簡単に言えば、現代において高度の競技成績を達成するためには、スポーツトレーニングを専門化する必要があるという原則です。

 

専門化とは何かということについては、ひとまず脇に置いておいて、そもそも専門性の原則にのっとって専門化したトレーニングをすることの目的や期待できる効果とは、どのようなものかについて先に紹介します。

 

専門化したトレーニングによって個々のスポーツの種目の特異性に関連した形態的および機能的変化が引き出し易くなります。つまり、種目に固有の技術、戦術、心理的特徴を獲得し易くなるということです。

 

なお、競技レベルの向上に伴いトレーニングの全体量が増える傾向にあるばかりでなく、増加した全体量に占める専門的トレーニング自体の割合も増加していきます。これは水氣道においても同様のことが言えます。なぜならば、水氣道の稽古を継続し、技術が向上するにつれて、稽古全体において専門的稽古の比率は加速度的に増加することになるからです。


さて、人類の普遍的な営みとして、世界各地で様々なスポーツ活動や競技活動がありますが、それぞれの運動様式や評価尺度や目的は多様性に富んでいます。

 

そのため、個々のスポーツなり競技には、それぞれに固有な特徴があります。他とは異なる特徴のある運動ほど、身体的あるいは精神的な負荷も固有な性質を帯びてきます。

 

つまり、トレーニングの内容もそれにともなって、より専門的になっていくのです。このことが、専門性の原則を理解する上で大切な事実的背景となるのです。

 

専門的なトレーニングと対比できるのが一般的トレーニングです。多くのスポーツ種目の間で共通して要求される基礎的な訓練であるほど、より一般的なトレーニングになります。

 

専門的トレーニングの実際も、スポーツにおける筋力トレーニングの理論にしたがって対象とする運動群に着目して説明することが可能です。

 

これには大きく分けて3段階があります。

 

 

 第1段階(関節可動性レベル):
  

身体のあらゆる動きは骨格筋が原動力となり、運動力学的には筋肉が関節を跨いで骨と付着する起始と停止という2カ所の間の距離の変化によって起こります。身体の目的とする各関節に着目して、関節可動域を確保するための運動群をプログラムする
  

(これは水氣道に特有の専門的なトレーニングであって、各種の航法がデザインされています。イキイキ体操、五航法など)

 

 

 第2段階(動きの全体レベル):

 

動き全体がそのスポーツに類似した運動群をプログラムする
(ボート競技のためのローイング用のエルゴメーター、親水航法、のびのび体操、ヨガの動作になぞらえた理気航法・太極航法、クラシックバレーの動作になぞらえた舞踊航法、空手や弓道の動作になぞらえた水拳航法など)。

 

 

 第3段階(動きの要素レベル):

 

1つのまとまりを持ったそのスポーツの動きの中から一部分だけを取り出した運動群をプログラムする

(単独あるいは複数の筋群を活性化させる筋力トレーニング、調血航法、 活水航法、経絡航法など)