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こうして翻訳を試みているとフランス語に限らず、欧州の諸語は日本語より人称代名詞を用いる頻度が高いことに気付かされます。日常の会話においても、それが習慣的に体得されているはずなので取り違える可能性が少ないのではないかと思われます。

 

ただし、日本語話者である多くの読み手にとっては、代名詞の多い物語の翻訳文の読解は、なかなか至難の業になりがちです。とくに同性の登場人物が3人以上となると、なおさらではないでしょうか。

そのあたり、翻訳者も工夫しているようです。

 

またフランス人にとっては、フランス名は馴染みのあるものであるから簡単に登場人物のキャラクターに結び付け、それを保持しつつ読み進めていくことが可能ではあっても、日本人にとっては、なかなか厳しいものを感じます。

 

今回は、医師リウー、市職員のジョセフ・グランが自殺未遂を図ったコタールについて語り合います。

 

 

Quand il arriva, le commissaire n´était pas ancore là. Grand attendait sur le palier et ils décidèrent d’entrer d’abord chez lui en laissant la porte ouverte. L’employé de mairie habitait deux pièces, meublées très sommairement. On remarquait seulement un rayon de bois blanc garni de deux ou trois dictionnaires, et un tableau noir sur lequel on pouvait lire encore, à demi effacés, les mots « allees fleuris». Selon Grand, Cottard avait passé une bonne nuit. Mais il s’était réveillé, le matin, souffrant de la tête et incapable d’aucune réaction. Grand paraissait fatigué et nerveux, se promenant de long en large, ouvrant et refermant sur la table un gros dossier rempli de feuilles manuscrites.

リウー医師が到着した時、警部(註1)はまだ来ていなかった。グランが階段の踊り場で待っていたので、二人は先に彼の部屋に入り、扉は開け放したままにしておいた。市職員であるグランの住居は二部屋で、家具はごく簡素だった。辞書を2、3冊載せた白木の棚と、まだ読めるのではあるが、半ば消えかかった<allees fleuris>(註2)と書かれた文字が残っている黒板が目に止まっただけだった。グランによると、コタールは落ち着いた夜を過ごしていたらしい。しかし、その日の朝には頭痛を訴える以外は為すすべもない様子で目を覚ました(註3)。グランは疲れて緊張した面持ちで、部屋の中を歩き回りながら、食卓の上の、手書きの原稿用紙を分厚く束ねた大きなファイルを開いては閉じることを繰り返していた。

 

(註1)警部 le commissaire

警官(宮崎訳)、警察署長(三野訳)、警察の責任者(中条訳)

 

この訳は三者三様なので興味深いです。警官と訳してしまうと巡査(巡査長・巡査部長あたりまで)がイメージされます。これに対して、多くの辞書訳では、警視、警察署長の訳語が充てられていますが、いささか大げさに過ぎないのではないでしょうか。

これに対して、中条訳はより妥当のように思われます。ちなみに、ドイツ語でDer Kommissarは警部を意味します。そこで、私はここでは敢えて<警部>と訳することにしました。

 

(註2)<allees fleuris>allees fleurís 「花咲く小道」

黒板に残されたこの文字を、なるべく視覚的に直接感じていただくことも大切なのではないかと考えました。それから、何故、コタールがこの言葉を残したのか、心に留めおきながら物語の展開を追っていきたいと思います。

 

(註3)その日の朝には、しきりに頭痛を訴える以外は為すすべもない様子で目を覚ました

il s’était réveillé, le matin, souffrant de la tête et incapable d’aucune reaction

この部分の各氏の翻訳は、一見いずれも似たり寄ったりですが、重要な違いを見出すことができます。

 

「しきりに頭を痛がり、なんの反応も示す気力がなかった。」(宮崎訳)

「頭痛に苦しんでいて、どんな反応も示さなかった」(三野訳)

「頭痛を訴えるだけで、ほかにはなんの反応も示さなかった」(中条訳)

 

なかでも三野訳には矛盾を感じます。頭痛に苦しんでいるだけで、明らかな反応を示していることになるからです。これに対して、中条訳では、<ほかになんの>反応も、と訳しているので、この矛盾は一応クリアしています。

 

ここで、私が最も参考にしたいのは、草分けの宮崎訳です。まず、宮崎は、souffrantという語を丁寧に扱っています。宮崎訳の優れているところを二点あげることができます。

 

まず、第一に、動詞souffrir(苦しむ)が、~antとジェロンディフであることを見落としていないからです。日常生活でよく使うフレーズ「~しながら~する」を言い表しているのですが、ここでは<苦しみながら>目覚めることを意味し、一定の時間の経過を感じることができます。ですから、これを、「しきりに頭を痛がりながら」と訳せば、より伝わりやすくなったのではないでしょうか。「しきりに」という訳語は、すっきりと一瞬で爽やかに目覚めたのではなく、ズキン・ズキンという拍動性の痛みが続いているであろうことを想起させます。

 

つぎに、「気力」という訳語を巧みに用いていることです。「しきりに頭を痛がっている」とすれば、それに伴う典型的な姿勢や動作を観察することができるはずです。これに続いて「なんの反応も示さなかった。」と訳してしまいがちなところを「気力」という訳語を慎重に補っているあたりに、宮崎氏の優れた言語感覚が表れています。訳出に当っては、先人の業績から謙虚に学ぶべきだと思います。なお、こうした場合の「気力」は本人にしか感じ取れないものではなく、介護者等にも伝わるものであることを付言しておきたいと思います。
   
 

 

 

Il raconta cependant au docteur qu’il connaissait mal Cottard, mais qu’il lui supposait un petit avoir. Cottard était un homme bizarre. Longtemps, leurs relations s’étaient bornées à quelques saluts dans l’escalier.

そんな中にあっても(註4)グランはリュー医師に、自分はコタールのことはよく知らないが、小金は持っていそうだと語った。コタールは奇妙な男だった。長い間、グランとコタールの二人の関わりは、ときおり階段で挨拶を交わす程度にとどまっていた。

 

(註4) そんな中にあっても cependant

cependantという副詞は、本来ce(その)+pendant(間に)という本来の意味ですが、<しかしながら、それにもかかわらず、>など口語でも逆説的な意味で頻繁に用いられています。宮崎訳のみが、これらの両方の意味を活かして訳しています。

 

「それでも(医師に語った)ところによると」(宮崎訳)

「そうしながら」(三野訳)

「そんな様子を見せながら」(中条訳)

 

三野訳では、そうしながらも、また、中条訳では、そんな様子を見せながらも、というように、文節の末尾に<も>を加えるだけで、訳文に深みが増してくるような気がします。

 

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聖楽院主宰 テノール 

飯嶋正広

 

今回は、音大での第3回目(4月26日)の報告です。

 

 第3回レッスン

 

通学も3回目になると、通学もスムーズになってきます。音大への入構手続きの煩わしさや構内での移動に要する時間的・精神的なロスも減ってきました。レッスン室は4階ですが、いつも早めに到着して、予め学内食堂インテルメッツォで昼食を摂るリズムも確立してきました。若い音大生の食欲は旺盛で、とても明るく、溌溂とした若さのエネルギーの御相伴をさせていただいております。

 

12:40開始のレッスンも概ね10分前に到着可能ですが、岸本先生はすでに在室されています。その10分間で、ご挨拶やレッスンのご報告、簡単な世間話などで、効率的なレッスンがスタートします。

 

いつ、どのようにして稽古を続けているのか等、心配してくださった上で、ささやかな努力をねぎらい励ましていただきました。

 

今回は、先生から3種類のCDを紹介していただきました。そのうちの1つは、直ちに購入させていただけましたが、後の2つは、在庫僅少のため、後日、先生から郵送していただいたものを特別にコピーを取らせていただく許可をいただきました。

60分のレッスンの最初に発声練習で歌唱の準備が整います。
 

 

今回のレッスン予定曲は、

#1.歌曲「отчего?...(何故?)」の歌唱

#2.歌曲「Cредь шумного бала.(騒がしい舞踏会の中で...)」の歌唱

#3.歌曲「Cеренада дон-жуана(ドン・ファンのセレナード)」の歌詞の発音チェック
 

 

#1.歌曲「отчего?(何故?)」の歌唱は、王さんのピアノ伴奏に助けられて、一応の形が整い、先生の見極めをいただくことができました。
 

#2.歌曲「Cредь шумного бала.(騒がしい舞踏会の中で)」の歌唱は、まだ歌詞が滑らかに繋がらない箇所が数カ所あり、レガートに歌えるようになるのには根気が必要です。来週までに心して稽古を重ねなければなりません。
 

#3.歌曲「Cеренада дон-жуана(ドン・ファンのセレナード)」の歌詞読みがスムーズに流れるようにするためには、日々のロシア語学習を並行して続けていく必要がありそうです。王さんは、初見曲であっても、短時間で伴奏をこなしてくれるので、とても素晴らしいレッスン環境にあります。

 

#4.歌劇「エフゲニー・オネーギン」第2幕から、「レンスキーのアリア(青春は遠く過ぎ去り)」
    

チャイコフスキー作曲のこのオペラ・アリアの楽譜はニューヨークの楽譜出版社から数年前に取り寄せたものを、コピーして使っていたのですが、原本を喪失して、複写譜も読みにくくなっていました。この楽譜は原本からして複写版らしく、歌詞のキリル文字が潰れて判読困難な部分の多いものでした。岸本先生に指摘されるまでは誤って発音していたところが相当ありました。幸いなことに、岸本先生のお師匠である小野光子先生編集の楽譜の写しをいただくことができました。この楽譜はとても読みやすく編集されているため稽古が捗りそうです。
    

楽譜を新たに一曲を通して歌いましたが、岸本先生のアドバイスによると、この曲はオペラ・アリアではあっても、歌曲を丁寧にレガートに歌うように歌った方が良い、とのことでした。この曲を張った声ではなく、柔らかな声で歌えるようになるためには、相当な修行を要するのではないかと思いました。

 

 

 名盤CDの到着そして複製
   

間もなく、岸本先生から名盤CDが2枚届きました。

それらを紹介いたします。
  

 

#1.ドン・キホーテのセレナーデ
     

<岸本力 ロシア音楽シリーズNo.1>(全21曲)

ピアノ:塚田佳男

CDジャケットのたすきより、

<ロシア音楽の第一人者 岸本力 初のソロアルバム、海外の賞を総ナメにしたバス界の俊英が贈る珠玉の名曲集>


#2.シェイクスピアの10のソネット 

ロシア歌曲傑作集/ 岸本力バス・リサイタル

ピアノ:村上弦一郎/小笠原貞宗、ギター:毛塚功一

CDジャケットのたすきより、

<日本を代表するバス歌手・ロシア音楽の第一人者岸本力のライブ録音によるソロアルバム>

 

とても貴重なCDを郵送していただいたことに感謝です。そこで、さっそく、4月30日に音響の専門家であるオフィスアミーチの西松朝男氏によってコピーCDを作製していただきました。

 

実は、ここでも、いろいろな出会いと御縁があるのです。西松氏の今は亡き夫人は、アルト歌手の畑和子さんでした。畑さんは福島県出身で武蔵野音大のピアノ科を経て東京藝大の声楽科に入学されたときの同期に岸本夫人でソプラノ歌手の大倉由紀枝さんがいらしたとのこと、しかも大倉先生(国立音大特任教授)も福島県いわき市のご出身とのことで、かつてお二人はいわき市でのリサイタルにてしばしば共演されたとのことです。

 

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認定内科医、認定痛風医

アレルギー専門医、リウマチ専門医、漢方専門医

 

飯嶋正広

 

 

腎疾患の治療について(No2)

 

残念なことに腎臓病向けの単独の特効薬はありません!

 

第119回日本内科学会講演会(2022年)の教育講演5.慢性腎臓病治療の新たな展開(菅野義彦:東京医大)によれば

「慢性腎臓病の概念・・早期発見早期治療介入が可能になった。・・一つの治療法で解決できるわけではないが、効果のそれほど強くないいくつかの治療法を総合的に組み合わせて行うことで、腎機能を一定期間維持することは可能になりつつある。また腎保護は腎臓のみならず関連する他の臓器の機能保持にもつながると考えられ・・ようやく他領域での治療レベルに近づいてきたと考えている。」と述べられている通りです。


それでも、具体的な治療の手立ては、すでにあります。

それは、

1)弱った腎臓を助ける他の臓器の支援を受けやすくすること、
2)腎臓病に合併する病気の手当てをすること、
3)腎臓に負担をかける薬剤を減量したり、見直したりすること、です。

 

モデルとなるのは、慢性腎臓病(CKD)における治療原則です。

 

まず、慢性腎臓病の治療目標としては、末期腎不全(ESKD)心血管疾患(CVD)を抑制することです。漢方、とくに中医学の考え方では「心腎不交」に相当しますが、これを未然に防ぐことに通じます。


具体的に必要な治療は、❶集学的治療(慢性腎臓病の原因となる病態の是正)、❷生活習慣改善、❸食事療法、❹高血圧治療、❺脂質異常症治療、❻糖尿病-耐糖能異常治療、❼貧血治療、❽骨・ミネラル代謝異常(CKD-MBD)治療、など多岐に及びます。

 

腎不全が進行すると、血清カリウムや血清リンが増加し、代謝性アシドーシスや尿毒症をもたらし、二次性副甲状腺機能亢進症、貧血(腎性貧血)が進行していきます。


脂質異常症は、慢性腎臓病(CKD)における心血管疾患(CVC)の発症を高めるため、慢性腎臓病においては脂質異常症の治療は必須です。

 

糖尿病-耐糖能異常について、まず糖尿病は糖尿病性腎症の原因であり、慢性腎臓病の悪化因子でもあります。また糖尿病はそれ自体で心血管病の強力な危険因子です。また、腎機能が低下すると低血糖の危険も増加するため特に留意して血糖コントロールを図る必要があります。

 

骨・ミネラル代謝異常は、骨病変だけではなく、血管の石灰化なども促進するので、生命予後を悪化させる、つまり寿命を縮めてしまう全身性疾患です。私のクリニックでは、半年に1回を目安にして、頸動脈超音波検査で経過を確認をしています。

 

血液透析中の方であれば、高リン血症である場合が多いため、食事療法や高リン血症治療薬で血清リンをコントロールしてから活性型ビタミンD₃を用います。

 

当クリニックでは、高リン血症が見られない25OHビタミンD欠乏症や骨量低下の場合でも、活性型ビタミンD₃の投与は低用量から開始するようにしています。

 

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声楽の理論と実践から学ぶNo.1

 

私が水氣道を創始したのは、平成12年(2000)でしたが、同16年(2004)には、本格的に声楽を始めるようになりました。

 

これは、私に限ってのことではなく、水氣道は自然に姿勢を矯正し、呼吸を深くし、動作を円滑にするため、発声や歌唱を容易にしてくれるのです。

 

声楽は、長年にわたる訓練によって鍛えられた発声、音楽解釈、ディクション(註)等によりなる複合的な芸術です。そして、プロの声楽家は音楽解釈の時間、ディクションの時間と同じくらい、発声について研鑽しなければなりません。
 

(註)ディクション:

朗読、演劇、声楽などにおける言葉の発音法を指します。劇場など一定の広さを持つ場所においては、朗読、演劇、歌唱を行う場合、聴衆に言葉が明瞭に聞き取れる発音、すなわち「舞台発音法」が必要となります。

 

 

しかし、私たちアジア人は普段から顎の位置、肩の位置が習慣的に前に重心が倒れやすく、結果的に、本来十分あるはずの喉の空間が狭くなっています。

そのため、気づかないうちに、喉に負担をかけて、過剰に筋肉を疲弊させています。
 

 

水氣道の稽古を続けていると、習慣的に前に重心が倒れやすくなっている顎の位置、肩の位置が自然に矯正されていきます。

自然に、というのは意識せずに、無意識のうちに、ということです。水氣道の稽古理論には<意識性の原則>がありますが、これには無意識のうちに体得できることの意義も含まれています。

意識して稽古したものは、絶えず意識し続けなければならないことでもあるといえるでしょう。

 

これに対して、無意識のうちに修得した技は、日頃、特段の意識をもったり、注意を払ったりすることなく身についている状態に達することができます。

もっとも、意識せずに身に付いたものは、稽古を中断してしまえば、気づかぬうちに忘れてしまいかねないので、いずれにしても稽古の継続は必要です。

 

 

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認定内科医、認定痛風医

アレルギー専門医、リウマチ専門医、漢方専門医

 

飯嶋正広

 

 

なぜ病気が長引くのか…発作性の症状対策

 

<痛風発作編その2>

 

・・・発作消失=治癒ではない!・・・ 

 

「痛風発作の初診問い合わせの方」のおよそ80%以上の方は、ズバリ、速やかに返信を送り、場合によっては、有益と思われる情報提供を添付しても、残念ながら返信がありません。おそらく、即座に優先的な受診を希望し、同時に多数の医療機関に問い合わせをしていたものと思われます。

 

予約制のクリニックが、信頼関係の構築が未だできていない問合せのために時間を確保しておくことのコストを認識できないような方は、当クリニックの会員として歓迎することは難しいと判断いたします。

 

おそらく、このタイプの方は、急性発作のときだけ自身を患者であると認識し、発作が寛解後は、「治った」と自己判断されているのではないか、と推測しています。

 

症状があれば「病気」、症状が治まれば「治った」という素人判断が、令和時代に至っても蔓延しています。この謝った認識が、ご本人にとっても、家族や社会、医療機関にとっても、どれだけ大きなデメリットになっているか、改めて考えていただきたいと思っています。

 

なお、痛風発作時に、慌てて自家用車を運転して来院されようとする方もいらっしゃいますが、足の拇趾(おやゆび)の関節が腫れて激痛を伴っている状態でアクセルやブレーキを踏むのは危険極まりないため止めていただきたいと思います。

 

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<高円寺南労働衛生コンサルタント事務所>

 

産業医・労働衛生コンサルタント・第一種作業環境測定士・衛生工学衛生管理者

 

飯嶋正広

 

企業の禁煙推進戦略 No.2

 

「タバコの無い社会」が持続可能な開発目標に!

 

「タバコの無い社会」が持続可能な開発目標(SDGs)に貢献します。

 

まずはそういった情報を企業と従業員のそれぞれが知っておくことが大切になります。

 

註:持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)とは,2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)の後継として, 2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標です。

17のゴール・169のターゲットから構成され,地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを誓っています。SDGsは発展途上国のみならず,先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり,日本としても積極的に取り組んでいます。

 

 

 

Q1.職場の受動喫煙対策で、企業はどのような対応が必要でしょうか?

 

一昨年(2020年)は、改正健康増進法の施行により、行政機関等は原則敷地内禁煙、一般企業は原則屋内禁煙、と大きな変革が求められていますので、企業でも「喫煙」に関する考え方と対応を変える時期に突入しています。

 

取組みをすすめるポイントとして、ハードとソフトの両面から受動喫煙の対策を行っていくことが重要になります。

施設・設備といったハード面ですが、一言でいえば「分煙」や「喫煙室を作る」という考えはもう捨てて「完全禁煙」にするべきでしょう。

 

その理由は、新たにオフィスに喫煙室を作ったり、既存の喫煙室を改善したりしたところで、根本的な受動喫煙の問題解決にはならないからです。

 

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常陸國住人 

飯嶋正広

 

常陸国飯嶋氏のルーツ探訪(その6)

 

4)文献について

①『水戸市史』水戸市のオフィシャルサイト(最終更新日:2022年3月26日)によると、「水戸市史上巻」の閲覧が可能となっているとのことです。書籍での取り扱いはない、とのことですが、私が入手したものは、絶版になっている貴重な書籍と言えるでしょう。


「「水戸市史」上巻(原始古代・中世編)

昭和38年に刊行された「水戸市史」上巻を多くの方に御利用していただけるよう、デジタル化(PDF版)して公開しています。

水戸地方の原始・古代、律令制の時代、その後支配者となった常陸大掾(ひたちだいじょう)氏、江戸氏、佐竹氏の盛衰など、慶長7(1602)年の佐竹氏の秋田移封までの古代、中世を記述しています。

※「水戸市史」上巻につきましては、書籍での取扱はございません。

 

②「新編常陸國誌」茨城県立歴史館のサイトの記載を掲載します。

本書には静嘉堂文庫所蔵の「常陸編年」巻31~43(41と42は合本)、計12冊を収録しました。「常陸編年」は、「新編常陸国誌」を編纂したことで知られる近世後期の国学者中山信名の遺稿です。全43巻からなっていたと思われますが、自筆稿本として残存が確認されているのは静嘉堂文庫所蔵の13巻(巻4も含む)のみです。本書の内容は、天正2年(1574)~寛永20年(1643)という常陸国における戦国末期から近世初頭の編年史です。本史料は、豊富な収集史料や考証等の書き込みがあり、戦国末期から近世初頭の茨城県域における歴史の空白を埋めることのできる貴重な史料です。

 

 ③「熊野願文」「水戸市史(上巻)」によると、(熊野願文は)その資料の性質から(飯島氏は)かなり有力な土着の豪族であったと思われる、と記述しています。

そこで、権威のある文書とされる熊野願文とは、如何なる文書であったのでしょうか。そもそも、願文(がんもん)とは、「神仏に願を立てる時、その趣旨を記した文。また、仏事の時、施主が願意を記した文とされます。」

 

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『ペスト』という作品は、五部構成で、各部は番号のない数章に分かれています。そこで、訳出にあたっての都合上、便宜的に章立てに番号を振っていることは、すでにお断りした通りです。今回から、第一部の第4章が始まりますが、第1部は8章構成であり、まだまだ長い道のりが続くことになります。

 

訳読については、宮崎嶺雄訳(新潮文庫、1969年10月30日)のみを参考にしていましたが、その後、新型コロナウイルス感染症の蔓延に触発されてか、三野博司訳(岩波文庫、2021年4月15日)、中条省平訳(光文社古典新訳文庫、2021年9月20日)が相次いで刊行されました。

 

そこで、今後は、上記の三者を参考にして、訳読を勧めていくことにしました。今後は、必要に応じて、それぞれ宮崎訳(新潮版)、三野訳(岩波版)および中条訳(光文社版)と表記して比較研究することにしました。

 

 

第一部 第4章
 

Les chiffres de Tarrou étaient exacts. Le docteur Rieux en savait quelque chose. Le corps du concierge isolé, il avait téléphoné à Richard pour le questioner sur ces fièvres inguinales.

- Je n’ycomprends rien, avait dit Richard. Deux morts, l’un en quarante-huit heures, l’autre en trois jours. J’avais laissé le dernier avec toutes les apparences de la convalescence, un matin.

― Prévenez-moi, si vous avez d‘autres cas, dit Rieux.
Il appela encore quelques médecins. L’enquête ainsi menée lui donna une vingtaine de cas semblables en quelques jours. Presque tous avaient été mortels. Il demanda alors à Richard, président de l’ordre des médecins d’Oran, l’isolement des nouveaux malades.

- Mais je n’y puis rien, dit Richard. Il faudrait des mesures préfectorales. D’ailleurs, qui vous dit qu’il y a risqué de contagion?

- Rien ne me le dit, mais les symptômes sont inquiétants.

Richard, cependant, estimait qu’ « il n’avait pas qualité ». 
Tout ce qu’il pouvait faire était d’en parler au préfet.

 

タル―の挙げた数字は正確だった。(註1)リュー医師も、それについては幾分知っていた。管理人の遺体を隔離したあと、リシャールにこの鼠径部の炎症について電話で尋ねていたのだ。

 

- 「まったく見当もつかないんですよ」とリシャールは言った。「死亡は2例。1例目は48時間以内、もう1例は3日目でした。その2例目は、朝診たところでは、すっかり回復してきた様子だったので(註2)、そのままにしておいたのですが

 

-「他にも症例が出てきたら知らせてください」とリュー医師は言った。
彼はさらに何人もの医師に電話した。こうして調査したところ、数日間で20件ほどの類似の症例報告が得られた。そのほとんどが死亡例だった。そこで彼は、オラン市医師会会長であるリシャールに、新たな患者を隔離するように要請した。

 

- 「でも、私にはどうしようもないのですよ」とリシャールは言った。「それには県が対策措置を講じる必要があるのですよ。それに、感染の危険性があるなんて、あなたは何をもってそう考えるのですか。

 

- 「何もありません。ただし、諸症状は憂慮すべきものです。

しかし、リシャールは「自分には権限がない(註3)」と考えていた。

彼にできることといえば、その件を県知事に伝えることが精一杯なのであった。

 

 

(註1)タル―の挙げた数字は正確だった。

Les chiffres de Tarrou étaient exacts.

 

この部分は、訳出の問題ではなく、何故、タル―が正確な数字を挙げることができたのか、という疑問を提示しました。読者は、この疑問にこたえられるほどタル―の人物像を把握していないので、事前の伏線として、今後の展開を待つほかないのではないでしょうか。

 

 

(註2)すっかり回復してきた様子だったので

toutes les apparences de la convalescence
    

la convalescenceは、回復期にあることを意味するのであって、治癒までをも意味しません。以下の中では、中条訳は適切ではないと考えます。

「すっかりなおりかけてるようにみえたんだが」(宮崎訳)

「すっかり回復の兆しを見せていたんで」(三野訳)

「治っているように見えたので」(中条訳)

 

 

(註3)自分には権限がない il n’avait pas qualité

avoir qualité(権限[資格]がある)
    

これは、オラン市医師会長のリシャール氏の判断内容です。宮崎、三野、中条のいずれも<資格>と訳しているのが気になるところです。「自分にはその資格がない」と訳してしまうと、適性がなく能力不足であるとか、倫理的にふさわしくない、などのニュアンスを帯びてしまいます。その<権限>を持っているのはオラン県の知事であり、リシャールは知事ではないから、その<権限>を持っていない、ということになるのではないでしょうか。

 

 

 

Mais, pendent qu’on parlait, le temps se gâtait. Au lendemain de la mort du concierge, de grandes brumes couvrirent le ciel. Des pluies diluviennes et brèves s’abattirent sur la ville ; une chaleur orageuse suivant ces brusques ondées. La mer elle-même avait perdu son bleu profonde et, sous le ciel brumeux, elle prenait des éclats d’argent ou de fer, douloureux pour la vue. La chaleur humide de ce printemps faisait souhaiter les ardeurs de l’été. Dans la ville, bâtie en escargot sur son plateau, à peine ouverte vers la mer, une torpeur morne régnait. Au milieu de ses longs murs crépis, parmi les rues aux vitrines poudreuses,
Parmi les rues aux vitries poudreuses, dans les tramways d’un jaune sale, on se sentait un peu prisonnier du ciel. Seul, le vieux malade de Rieux triomphait de son asthma pour se réjouir de ce temps.

 

しかし、彼らが話あっているうちに、天気が崩れ出してきた。管理人が亡くなった翌日には、濃霧が空を覆っていた。大洪水のような雨がこの都市の上に降り、この突然の驟雨の後、雷雨の前触れとなる熱気が襲ってきた。海までもが本来の深い青さを失い、霧にむせぶ空の下で、銀色や鉄色のまばゆい光を放ち、目が痛むほどだった。この春の蒸し暑さときたら、夏の猛暑を願う程だった。高台の上にカタツムリ型の螺旋状に建設された(註4)市街は、海に向かってはほとんど開かれてはおらず、どんよりした無気力状態に支配されていた。漆喰の長い壁に取り囲まれて、埃まみれのショーウインドウのある街路にはさまれ、うす汚れた黄色の路面電車の中に入ると、人々は空の下に閉じ込められた囚われ人のような気分になった。ただひとり、リウーの患者の老人だけが、喘息にひるむことなく(註5)、この天候を喜んでいた。

 

 

(註4)カタツムリのような螺旋状に建設された

bâtie en escargot
   

「螺旋状に作られ」(宮崎訳)、「らせん状に建てられた」(三野訳)、「螺旋状に建設され」(中条訳)いずれも、<らせん状>と訳していますが、(市街が全体として)エスカルゴ型に建設されているという視覚的にわかりやすい表現を活かした訳が望ましいと考えます。

 

 

(註5)喘息にひるむことなく 

triomphait de son asthma

 

「喘息を征服して」(宮崎訳)、「喘息に打ち勝って」(三野訳)では、喘息もちの老人の喘息が治癒してしまったかのような誤解を与えかねない直訳です。しかし、この文脈でいえば、この老人が喘息に苛まされてきた精神状態を克服したことを意味しているに過ぎません。そうした理解の上で中条は「喘息をものともせず」と的確に訳しています。

 

 

 

Ça cuit, disait-il, c’est bon pour les bronches. Ça cuisait en effet, mais ni plus ni moins qu’une fièvre. Toute la ville avait la fièvre, c’était du moins l’impression qui porsuivait le docteur Rieux, le matin où il se rendait rue Faidherbe, afin d’assister à l’enquête sur la tentative de suicide de Cottard. Mais cette impression lui paraissait déraisonnable. Il l’attribuait à l’énervement et aux préoccupations dont il était assailli et il admit qu’il était urgent de mettre un peu d’ordre dans ses idées.

 

- 「こんな焼け付く暑さも、気管支には悪くないのさ。」とその老人は言っていた。確かにうだるような暑さではあったが、熱病もそれに負けず劣らずだった(註6)。 

街全体が熱病にかかっていた。少なくともその日の朝、コタールの自殺未遂の調査に立ち会うためにファイデルブ通りに向かったリュー医師は、そんな心証を引きずっていた。しかし、こうした心証は彼には無分別であると思えた。彼は、こうなっているのは自分を襲っている苛立ちと取り越し苦労のせいであると判断し、自分の考えをいささか整え直すことが先決だと思い直した(註7)。

 

 

(註6)熱病もそれに負けず劣らずだった。

ni plus ni moins qu’une fièvre

 

「熱病といささかも変わるところがなかった」(宮崎訳)と

「熱病と似たりよったりだった」(中条訳)は、いずれも的確ですが、熱病の勢いが暑熱気象のそれよりも勝っていた、というニュアンスは ないので、厳密に訳出するならば三野訳「熱病のほうもそれに勝るとも劣らなかった」は、いささか行き過ぎの嫌いがあるものと考えます。

 


(註7)彼は、こうなっているのは自分を襲っている苛立ちと取り越し苦労のせいであると判断し、自分の考えをいささか整え直すことが先決だと思い直した。

Il l’attribuait à l’énervement et aux préoccupations dont il était assailli et il admit qu’il était urgent de mettre un peu d’ordre dans ses idées.

 

「街全体が熱病にかかっている」という心証を形成しかかっていたリウー医師は、自分がその様な心理状態に陥った原因を思い起こし、早急に自分の頭を冷やさなければならないと、我に返っています。つまり、自分が取り越し苦労をし過ぎていることに気付いたのでしょう。私は、impressionを情緒的で修正困難な「印象」ではなく、理性的で修正可能な「心証」と訳し、また、préoccupationsを「心労」や「心配」ではなく「取り越し苦労」と訳してみました。各翻訳者も内容に大差はありませんが、すっきりとした平易な日本語にするのは容易ではなかったようです。


「彼はそれを目下神経疲労と種々の心労に悩まされているせいだと思い、まず緊急に自分の考えを少し整理する必要があると認めた。」(宮崎訳)、

 

「彼はそれを、自分を襲ういらだちと心配のせいだと判断して、急いで考えを少し整理する必要があると認めた。」(三野訳)、

 

「それは、目下悩まされている心配事と神経の苛立ちのせいであり、自分の考えをすこし整理することが早急に必要だと思い直した。」(中条訳)。

 

前回はこちら

 


聖楽院主宰 テノール 

飯嶋正広

 

 

武蔵野音大別科レッスン事始め


飯嶋 正広

 

今回は、音大での第2回目(4月19日)の報告です。

 

第2回レッスン

入構時の関門で、初めて学生証をし、スムーズに喚問を突破。ようやく学生の一人として認知されました。ただし、滞在予定時間のチェックを受けました。

 

今回は12:15頃には音大に到着できたため、学食のインテルメッツォで予め昼食を摂ることができました。プレートと名つけられた定食は3種類あり、大の食券が売り切れ、中プレートにしましたが、丁度良かったようです。学生で溢れかえっていましたが、屋外でのどかに食する学生もあり、何とか席は確保できました。

 

それでも時間があったため、構内の書店で楽譜を購入。

 

岸本力先生編による歌曲集に目が留まりました。

 

#1.ムソルギー歌曲集(1995,全音楽譜出版社)

 

#2.ラフマニノフ歌曲選集2(2017,edition KAWAI)

 

レッスンに向かう途中で岸本先生と合流。岸本先生は常に早めに来場されているという情報通りです。さっそく、楽譜に記念のサインをいただいたのは言うまでもありません。

 

私は、岸本先生と王さんのために、芸術歌曲集小倉百人一首No1(コンコーネ50番)およびNo2(トスティ50番)のCDを持参してきたので、お受け取りいただきました。

 

 

定例の発声練習の後、すぐに歌曲のレッスン開始

 

#1.歌曲「нет,толькотот,ктознал...(憧れを知る者のみが...)

 

私は王さんと共に合格をいただきました。

 

 

#2.歌曲「отчего?...(何故?)

 

はじめて歌唱しました。王さんのピアノ伴奏に助けられ、滑り出し良好。

私は王さんと共に、予めよく「さらってきてある」ことを評価していただいた。来週も引き続き稽古でブラッシュアップしていただく予定。

 

 

#3.歌曲「Cредь шумного бала...(騒がしい舞踏会の中で...)

 

はカタカナ表記をはずして、原語のみの楽譜上の歌詞を朗読。

なかなかスムーズに読めず、途中で幾度も躓き、発音やアクセントを訂正していただきました。

それでも、試唱の許しをいただいて、初回チャレンジとなりました。

王さんは、伴奏の予定ではなかったのですが、所見で伴奏をしてくれました。

岸本先生は、王さんに演奏上のポイントを指導され、それのおさらいも兼ねて、もう一度、通して歌い、時間となりました。

 

 

次回のレッスン予定は、歌曲「отчего?...(何故?)

とCредь шумного бала...(騒がしい舞踏会の中で...)

とオペラアリア「レンスキーのアリア」となりました。

 

前回はこちら

 


認定内科医、認定痛風医

アレルギー専門医、リウマチ専門医、漢方専門医

 

飯嶋正広

 

新型コロナウイルス感染症蔓延によるライフスタイルの変化によるものなのか、最近、腎機能が急激に低下する方が増えてきました。

そこで、今月は腎臓病の治療対策をテーマとしました。

 

腎疾患の治療について(No1)

 

残念ながら腎臓病向けの単独の特効薬はありません!

 

第119回日本内科学会講演会(2022年)の教育講演5.慢性腎臓病治療の新たな展開(菅野義彦:東京医大)によれば、<「腎機能低下を防ぐことはできない. 治らないし、悪くなったら透析すればいい」に転機が訪れたのは、慢性腎臓病(chronic kidney disease: CKD)の概念と普及であろう.」と述べているとおり、最近に至るまで、腎機能低下を有効に防ぐ手立ては存在しませんでした。

 

その理由の一つは、腎臓はおおまかにいっても4つ以上の重要な役割を同時に担っているからです。

 

その役割として、たいていの方がご存じなのは、

 

1)尿を作る仕事<機能1>

 

その他、以下の3つは、あまり理解されていないようです。

 

2)体の中のバランスを整える<機能2>

 

3)血圧を調整する<機能3>

 

4)ホルモンを作る<機能4>

 

以上をまとめて理解し、具体的なイメージを描くことは、医師にとってもなかなか骨が折れることなのです。そこで、私にとっては、「腎」に関する漢方の考え方が役に立ってきました。

私が2000年に発足させた「水氣道」は、稽古組織の構成上、五色の帽子で役割と階級を大まかに区分しています。これは五臓になぞらえたものです。そして最高位は黒で、これは「腎」を象徴しています。

 

さて、漢方では、成長・発育・生殖などに関わる泌尿器・生殖器・腎臓などの機能を「腎」と呼びます。「腎」の機能が低下したり、不足したりしている状態は「腎虚」と呼ばれています。「腎」は、身体の様々な機能に密接に関わっており、「腎虚」になると心身の両面において様々な衰えの症状が現れるようになると考えております。

 

また、漢方の源流となる中医学の五臓(肝・心・脾・肺・腎)の働きは相互に促進したり、抑制したりして全身のバランスをとっていると考えるのですが、この発想の妥当性が現代医学においてますます裏付けられてきています。

 

20220506

たとえば、上記のモデル図で、

腎は骨と密接なかかわりがあることを示しています。

 

腎は肺によって強められ⇒ますが、現代医学においても、腎不全で体液が酸性に傾く(代謝性アシドーシス)と肺での換気を増やしてアルカリ化をはかる(呼吸性アルカローシス)ことによって、酸・アルカリのバランス(酸塩基平衡)が維持されます。これは、上記の腎の<機能2>に相当します。

 

そもそも心と腎は相互に影響を受け、古くから、生理学的メカニズムとしては「心腎相関」、それが破綻した病理現象としては「心腎不交」といった概念が東洋医学理論にはありました。近年に至って現代医学においても、病気で身体機能に異常が起こる場合、心臓と腎臓の間に深い関係がある状態を「心腎連関症候群」と呼ぶようになってきました。


そこで、これらの働きについて、少し掘り下げて学習しておきたいと思います。

 

1)腎の<機能1>尿を作る

尿(おしっこ)を作るのは、よく知られている腎臓のおしごとです。

腎臓は血液中から、体に「必要なもの」と「不要なもの」を分別し、不要なものは尿と共に排出するので、解毒(デトックス)作用をもちます。ですから、腎臓の働きが損なわれると、体液が貯留して浮腫(むくみ)を招いたり、尿毒症になったりします。中医学では、腎の働きの低下による水毒と考えます。

 

 

2)腎の<機能2>体の中の体液のバランスを整える

腎臓は尿を作ることで、体の中のバランスを整える働きもしています。

腎臓は体調や気候によって、排出する水分やミネラル(電解質)の量を調節します。
体の中のバランスをとるために、汗をたくさんかいた時は、濃い尿を少量作って体の外に排出します。汗をかかない時は、薄い尿をたくさん作って体の外に排出します。

 

 

3)腎の<機能3>血圧を調節する

血圧というと心臓のイメージが強いかもしれませんが、実は腎臓も血圧の調節に関わっています。

腎臓は血圧を安定させるために、血圧が高い時は下げるように、低い時は上げるようにコントロールします。血圧のコントロールのためには東洋医学では常識とされていた「心腎相関」の考え方が有用であることが明らかになってきました。

 

 

4)腎の<機能4>ホルモンを作る

腎臓は、いくつかのホルモンを作ります。

1 赤血球を作るホルモンーエリスロポエチン(EPO)

腎臓は赤血球を増やすために、エリスロポエチン(EPO)というホルモンを作ります。血液中の赤血球が減ると、貧血になります。東洋医学では「血虚」に相当します。

 

2 骨を強くする
骨や歯を作るためにはカルシウムが必要です。カルシウムは歯や骨を強くするミネラルですが、「活性型ビタミンD」の働きが欠かせません。腎臓は、そのビタミンDを活性化させる働きを持っています。そして「活性型ビタミンD」は骨の代謝に係るホルモンのような働きをしています。東洋医学では、古来、腎は骨の健康を司るものと考えられてきました。