前回はこちら

 


<多段階人生のために重要な無形資産とは?>

 

*リンダ・グラットン(ロンドン・ビジネススクール教授、人材論、組織論の世界的権威)

<リンダ・グラットンは、マルチステージの人生では、生涯学習、健康的な高齢化、良好な人間関係など、無形の資産が重要であると唱えている>

 

・And in terms of intangible assets, there are three that are very important. One of them is your health. One of them is your sort of learning and knowledge. And then the third is your social relationships.

 

そして、無形の資産に関しては大変重要なものが3つあります。一つは健康、もう一つは学習や知識です。そして3つ目は社会との関わりです。

 

 

・The assets are really about the amount of time you spend on things. I mean, it’s really about time allocation, fundamentally.

 

資産というものは実は、それにどのぐらいの時間をかけるかです。要するに基本的には時間配分が重要になってきます。

 

 

 

・It’s just that you have to be aware that, if you devote every moment of your day, to making money and to working, you are depleting your other assets. And if you deplete them too much over time, you’ll find it difficult to build them.

 

ただ、気をつけなければならないのは、1日の全ての時間をお金を稼ぐことや働くことに捧げていると、他の資産が枯渇してしまうということです。そして、時間をかけて枯渇したものは再構築が難しくなります。

 

 

<嘱託産業医からのコメント>

無形資産は時間(限られた寿命の有限の一部)という資源を消費して得られる、
消費が投資、浪費になるかどうか・・・

 

各地にて編纂された『風土記』は、現在ではわずかに五つしか残されていません。

 

『常陸国風土記』はその貴重な一つなのですが、残念ながら完本ではありません。

 

省略されたり欠落していたりする箇所も少なくありません。

 

『古事記』や『日本書記』とは異なり、たとえ中央との繋がりが深い官人の手によって編纂されたとはいえ『風土記』は、地方の伝承や物語が中心をなしているため、生き生きとした古代の世界を豊かに表現しています。

 

 

現在の茨城県といえば、首都東京から比較的近くに広がっているにもかかわらず、現在でも地方色が豊かで、どちらかというと地味な土地柄です。

 

長野県が都会人を大いに引き付けるアピール力をもった洗練された田舎であるとすれば、茨城県は地味で不器用で飾り気のない田舎ということが言えるかもしれません。

 

当時の常陸の国は、奈良の都からはるか遠くに隔たった東国の辺境にあったにもかかわらず、常世の国として美しく豊かに描かれていることにミステリアスなロマンを感じます。

 

 

ヤマトの最も優れた勇者とされてきた東国を彷徨された日本武尊(倭建命、倭武天皇とも)は、常陸国風土記の中でも物語を展開させています。

 

 

永遠の時を隔てて古代の姿を今日までとどめているものとしては、自然をおいて他にはないでしょう。

 

筑波山は常陸国の象徴であり続け、茨城県のシンボルでもあります。また建造物としては、常陸一之宮である鹿島神宮があります。

 

鹿島神宮は、天智天皇の時代に都から遥か東国の果てにあるにもかかわらず、国家の手で造営したのは、藤原鎌足に対する天智天皇の恩寵のためであるとか、東国鎮圧の願いのためであるとか、種々の説があるようです。

 

神護慶雲二年(768年)には、春日大社が創建され、鹿島の武甕槌(建御雷)神を筆頭に、下総香取の経津主神、河内枚岡の天児屋根神、比売神の四神が、その祭神とされました。

 

それは当時の都の程近くの畿内ではなく、遥かな東国であるにもかかわらず鹿島神宮、香取神宮を擁する常陸国、下総国の地位や重要性が決して低いものではなく、むしろ高く評価されていたことを意味します。

 

この事実を確かめることによって、私は、常陸国および下総国よりなる茨城の古代の姿を想像し、ロマンを感じずにはいられなくなるのです。

 

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第Ⅰ部(註:訳読者飯嶋が便宜的に区分した)

 

第1章(註:訳読者飯嶋が便宜的に区分した)

 

Les curieux événements qui font le sujet de cette chronique se sont produits en 194., à Oran. De l’avis général, ils n’y étaient pas a leur place, sortant un peu de l’ordinaire. À première vue, Oran est, en effet,une ville ordinaire et rien de plus qu’une préfecture française de la côte algérienne.

 

この年代記の主題となっている不思議な出来事は、194x年にオランで起こった。 誰が見ても、それは場違いで、ちょっと普通ではなかった。 オランは、一見すると普通の町で、アルジェリア沿岸のフランスの一県に過ぎない。

 

 

La cité elle-même, on doit l‘avouer, est laide. D’aspect tranquille, il faut quelque temps pour apercevoir ce qui la rend différente de tant d’autres villes commerçantes, sous toutes les latitudes. Comment faire imaginer, par exemple, une ville sans pigeons, sans arbres et sans jardins, où l’on ne rencontre ni battements d’ailes ni froissements de feuilles, un lieu neutre pour tout dire? Le changement des saisons ne s’y lit que dans le ciel. Le printemps s’annonce seulement par la qualité de l’aire ou par les corbeilles de fleures que des petits vendeurs ramenent des banlieuses; c‘est un printemps qu’on vend sur les marchés. Pendant l’été, le soleil incendie les maisons trop sèches et couvre les murs d’une cendre grise; on ne peut plus vivre alors que dans l’ombre des volets clos. En automne, c’est, au contraire, un déluge de boue. Les beaux jours viennent seulement en hiver.

 

街自体が、みすぼらしいと言わざるを得ない。外観は静かで、あらゆる緯度にある他の多くの商業都市と何が違うのかを理解するには時間がかかる。例えば、ハトのいない、木や庭のない、羽ばたきも葉っぱのざわめきもない、いわばニュートラルな街を想像してみてはどうだろうか。季節の移り変わりも、空でしか見ることができない。春を告げるのは、空気の質や、幼い売り子たちが郊外から運んでくる花籠だけではなく、市場で売られている春もある。 夏になると、太陽は乾燥しすぎた家屋を焼き、壁を灰色の灰で覆い、人々は閉じた鎧戸の日陰でしか生きられなくなる。秋になると逆に泥の洪水になる。良き日は冬にしか訪れない。

 

 

 

Une manière commode de faire la connaissance d’une ville est de chercher comment on y travaille, comment on y aime et comment on y meurt. Dans notre petite ville, est-ce l’effet du climat, tout cela se fait ensemble, du même air frénétique et absent. C‘est-à-dire qu’on s’y ennuie et qu’on s’y applique à prendre des habitudes. Nos concitoyens travaillent beaucoup, mais toujours pour s’enrichir. Ils s’intéressent surtout au commerce et ils s’occupent d’abord, selon leur expression, de faire des affaires. Naturellement ils ont du goût aussi pour les joies simples, ils aiment les femmes, le cinéma et les bains de mer. Mais, très raisonnablement, ils réservent ces plaisirs jours de la semaine, de gagner beaucoup d’argent. Le soir, lorsqu’ils quittent leurs bureau, ils se réunissent à heure fixe dans les cafés, ils se promènent sur le même boulevard ou bien ils se mettent à leurs balcons. Les désirs des plus jeunes sont violents et brefs, tandis que les vices des plus âgés ne dépassant pas les associations de boulomanes, les banquets des amicales et les cercles où l’on joue gros jeu sur le hazard des cartes.

 

ある都市のことを知るには、その都市で人々がどのように働き、愛し、死んでいくのかを知るのが手っ取り早い。 私たちの小さな都市では、気候の影響なのか、これらすべてが一緒になり、おしなべて熱狂的でありながら放心した空気が流れている。つまり、退屈で惰性的な場所なのだ。私たち市民はたくさん働いているが、いつも金持ちになろうとして働いている。彼らは主に取引に関心があり、彼らが言うところの「事業をすること」に主眼を置いている。もちろん、女性や映画、海水浴など、素朴な楽しみも大切にしている。しかし、非常に合理的に考えれば、彼らは、一週間のうちの楽しい数日を確保するために、たくさんの金銭を稼いでいる。夕方、仕事場を出た彼らは、決まった時間にカフェに集まり、同じ大通りを歩いたり、自宅のバルコニーに座ったりする。 若者たちの欲望は強烈で束の間なものだが、年配者たちの悪癖とて、ボーリングゲームの集まりや懇親のための宴会、賭けトランプの危険性を冒して大勝負をする集まりの域を超えるものではない。

 

 

 

On dira sans doute que cela n’est pas particulier à notre ville et qu’en somme tous nos contemporains sont ainsi. Sans doute, rien n’est plus naturel, aujoud’hui, que de voir des gens travailler du matin au soir et choisir ensuite de perdre aux cartes, au café, et en bavardages, le temps qui leur reste pour vivre. Mais il est des villes et des pays où les gens ont, de temps en temps, le soupçon d’autre chose. En général, cela ne change pas leur vie. Seulement, il y a eu le soupçon et c‘est toujours cela de gagné. Oran, au contraire, est apparemment une ville sans soupçons, c’est-à-dire une ville tout à fait modern.
Il n’est pas nécessaire, en conséquence, de préciser la façon don’t on s’aime chez nous. Les hommes et les femmes, ou bien se dévorent rapidement dans ce qu’on appelle l’acte d’amour, ou bien s’engagent dans une longue habitude à deux. Entre ces extrêmes, il n’y a pas souvent de milieu. Cela non plus n’est pas original. À Oran comme ailleurs, faute de temps et de reflexion, on est bien obligé de s’aimer sans le savoir.

 

これは私たちの都市に限ったことではなく、同時代の都市は皆そうだと言われるに違いない。朝から晩まで働いて、残った生活時間をカードゲームやコーヒー、ゴシップに費やすことが当たり前のようになっているのではないだろうか。しかし、人々が時折、何かの疑念をいだく都市や国がある。一般的には、これで彼らの生活が変わることはない。しかし、疑念をもったからこそ、常に得られるものがあるのだ。一方、オランはどうやら疑念が生まれない街、つまり完全な近代都市のようだ。そのため、ここでは人の好き嫌いを明記する必要はない。男と女は、いわゆる愛の行為としてすぐにお互いを貪り求めるか、あるいは長い間一緒にいる習慣ができるかだ。この両極端の間の中途の点はないことが多い。これも目新しいことではない。オランでも他の場所でも、時間と内省の不足のために、人は知らず知らずのうちに愛し合うことを余儀なくされる。

 

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前回、カミュの『ペスト』の冒頭には、デフォーの引用が載せられていることについて触れました。

 

そのデフォー(Daniel Defoe)の英文の作品のタイトルはA Journal of the Plague Yearであり、直訳すれば「ペストの年の日誌」ですが、一般的な邦訳では「ペスト」や「疫病流行記」とされています。

 

2020年9月のNHKテキストEテレ「100分de名著」で採りあげられていて、英文学者であり、東大准教授の武田将明による「デフォー ペストの記憶」という番組が放映されています。

 

テキスト表紙には、<見えざる恐怖に立ち向かう><先が見通せない不安を支え得るものは何か?>という象徴的で示唆的なメッセージが書かれています。

 

カミュの『ペスト』を訳読していくうえで、興味深いヒントを与えてくれそうなテキストなのではないかと期待しているところです。

10月15日(金)

 

銀座・王子ホールでのリサイタル

 

日本を代表するオペラ歌手の一人であるテノール上原正敏さん。一昨年前、杉並国際クリニックがオフィス・アミーチからリリースした2組のCDの第2弾:「芸術歌曲集⁻小倉百人一首No2.トスティ50番(高声)で歌う」では、その才能を遺憾なく発揮してくれました。

 

日本の代表的な和歌を、邦楽ではなく、イタリア歌曲のメロディーで歌う、などという試み自体が、保守的なクラシック界では異端とされ、また忌避されるであろうことを、私は予め覚悟していました。上原さんから「合うはずがない」と一笑に付されることも覚悟でした。ところが、彼は何と「合わないはずがない」とまで言ってのけてくれたのです。そのときの彼の頼もしさが印象的でした。しかも、その時は、私がどの和歌とどの曲をマッチングさせているのかを御存じない段階でのことだったのです。

 

その上原さんは、緊急事態宣言解除以前から、積極的かつ創造的な音楽活動を展開していました。音楽のパートナーであるピアニストの北村晶子さんと共に「大人のための芸術歌謡集(ポプラシック:Poplassic)を今年の3月25日にオフィス・アミーチからリリースしています。ポップスとクラシック音楽のマリアージュです。このような自由な発想のもとに、新たな音楽づくりを開拓し、しかも成功を収めてしまうあたり、上原さんの器量や度量の大きさというものが顕著に表れているといえるでしょう。

 

上原さんは、信州諏訪のご出身。そこで、私は是非とも彼に歌っていただきたい曲を準備しているところです。その曲の歌詞は、万葉集の巻14に収められている東歌(あずまうた)中の信濃国の和歌です。作曲は私自身が担当しています。私自身が伴奏ピアニストのK.Mさんの助けを借りながら試演して、一連の吟味を済ませた後、上原さんに提案したい企画なのです。

 

そうしたテノールの上原さんから、コンサートのお知らせが届きました。11月9日(火)銀座王子ホールにて19:00開演(18:30開場)、タイトルは、Interpretare(インテルプレターレ)と銘打ち、エンターテイメント・クラシック(特別編)と紹介されているチラシが入っていました。

 

出演は他にソプラノ天羽明惠、ピアニスト大須賀絵里、しかも女優の壇ふみ、

とかなりの豪華版です。

 

 

火曜日の夜は、白鷺プールで水氣道に参加していますが、偶々、この日は、プールの施設の側の調整日であるため、ためらうことなく銀座王子ホールへ直行できそうです。

 

 

チラシの表と裏を添付しておきます。

 

おもて 31591

 

 

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複雑性PTSDとは、感情などの調整困難を伴う心的外傷後ストレス障害(PTSD)です。組織的暴力、家庭内殴打や児童虐待など長期反復的なトラウマ体験の後にしばしば見られるとされます。

 

 

Q2.複雑性PTSDはどのように診断されるのですか?

 

A2.世界保健機関 (WHO) が発行する疾病及び関連保健問題の国際統計分類 (ICD) では、第11版において初めて診断基準として記載が行われました。

 

ICD-11における複雑性PTSDの診断基準とは、

「否定的自己認知、感情の制御困難及び対人関係上の困難といった症状が、脅威感、再体験及び回避といったPTSDの諸症状に加えて認められること」とされています。 つまり、自己評価が低下し、感情のコントロールが困難となるため、対人関係においてさまざまなトラブルが生じやすくなる病気であるといえるでしょう。

 

複雑性PTSDの主症状は解離です。解離とは意識に上る前にある心理内容と、他の内容との連結を無意識的に断絶することを指します。

 

ただし、人間は通常、広い意味での経験を解離しています。日常生活においての人間の行動の大部分は言語化されないのですが、これは非防衛的なものであり「整理されていない体験」と呼び「広い意味で」解離されているものです。そして、解離の能力は人間の人格発達においての構成要素の一つで、通常の人間は「非自己」に対し「厳密な意味で」解離現象を起こし、一貫した自己感覚を確立します。

 

外傷的解離は心理的外傷を生み出す圧倒的状況に対する精神的適応反応です。それらは日常体験としての白昼夢等の解離現象の一端の解離連続体とされます。

 

解離状態は精神的苦痛から自己を守ろうとする自己誘発性催眠により発生します。

別々の心理内容は接点を持たず並存し、精神的な不調和を警告する繋がりが消滅し、同じ対象に対する自己内部の異なる感情は全くの矛盾なく並存しえます。

そのため、過去の心理的外傷を混乱した感情から分離することが可能となります。

ただし、その混乱した感情自体は意識に表出せず、言語にも象徴化されません。

 

しかし、解離状態の体験が意識化された際は本人の苦痛は激しいものになります。

 


次回からは運動するときに必要な技能と体力の関係について学習します。技能や体力を高めるときに気をつけるべき点などスポーツを行ううえでとても大切なことを学びます。今後の学習を踏まえ、実際に水氣道の稽古をはじめてみることによって、あらゆるスポーツにも通じる、より良い気づきが得られることでしょう。

 

連載中断の最後の記事は、水氣道稽古の12の原則(10)周期性の原則(その2)でした。次回は、水氣道稽古の12の原則(11)意識性の原則(その1)から再開する予定です。
 

解説再開の準備として、まず、水氣道の稽古理論体系の一覧を掲載いたします。

 

 水氣道の神髄(太極観)
<融通無碍(ゆうずうむげ)の自然愛>

 

 水氣道の三徳

 

 分析と企画(特異性の原理)

 

 進歩と調和(過負荷・集団性の原理)

 

 自己超越と自然回帰(統合性・可逆性の原理)

 

 

 水氣道実践の五原理

特異性,可塑性,適時性

 

 

〇 統合性の原理(心身統合・心技体の原則)

 

〇 集団性の原理(教学不岐・環境創造の原則)

 

〇 過負荷の原理(漸進性・全面性・反復性の原則)

 

〇 可逆性の原理(周期性の原則)

 

〇 特異性の原理(意識性・個別性・弱点優先・専門性の原則)

 

 

 

 水氣道稽古の12原則

・ 心身統合の原則
・ 心技体の原則
・ 教修不岐の原則
・ 環境創造の原則
・ 漸進性の原則
・ 全面性の原則
・ 反復性の原則
・ 周期性の原則
・ 意識性の原則
・ 個別性の原則
・ 弱点優先の原則
・ 専門性の原則

 

以上の理論体系に対して、たとえば、わが国の高等学校保健体育の教科書「現代高等保健体育」では、「練習やトレーニングによって技能や体力を向上させるためには、それまでにおこなっていた運動より難度や強度が高い運動をおこなう必要があることを採りあげています。

 

これをオーバーロード(過負荷)の原理といいます。脳や筋肉は環境の変化に適応して自分をつくり変える能力(可塑性)が高く、「この適応のしかたは動作パターンや負荷条件に対応した性質(特異性)を示すことをふまえ、練習 やトレーニングを考えることが重要です。」 と記しています。

 

そこでは「過負荷」を基本原理とし、「意識性」「個別性」「全面性」「反復性」「漸進性」を5原則として紹介しています。

 

水氣道においては、この5原則の位置づけは、過負荷の原理のもとに、「全面性」「反復性」「漸進性」の各原則を、そして特異性の原理のもとに、「意識性」「個別性」の原則ならびに「弱点優先」「専門性」の原則を置くものとしています。



スウェーデン、若年層へのモデルナワクチン接種停止

 

スウェーデン保健当局は6日、1991年以降に生まれた人に対する米モデルナ製の新型コロナウイルスワクチン接種を停止すると発表した。


[ストックホルム 6日 ロイター] - スウェーデン保健当局は6日、1991年以降に生まれた人に対する米モデルナ製の新型コロナウイルスワクチン接種を停止すると発表した。ワクチンを接種した若年層の間で、心筋炎や心膜炎などのまれな副反応の症例が増加している可能性を示すデータを受けた措置。

 

当局はリスクが極めて低いとしつつも、「とりわけモデルナ製ワクチン2回目接種後の相関関係は明白」とし、今後は米ファイザー・独ビオンテック製ワクチンの接種を推奨するとした。

 

デンマークも、年齢18歳以下に対するモデルナ製ワクチン接種の停止を発表した。
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同ニュースを受け、米株式市場ではモデルナの株価が4%超下落した。

 

モデルナの株価は年初来205%超値上がりしているものの、米製薬メルクが1日、開発中の新型コロナ経口治療薬が入院や死亡リスクを約50%低減する効果があるという中間臨床試験結果を公表してからは、17%下落している。

 

メルクのニュースが重しとなり、ファイザー、ビオンテック、ノババックスも月初から2.3─19.6%下落。

 

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Användningen av Modernas vaccin mot covid-19 pausas för alla som är födda 1991 och senare

 

1991年以降に生まれたすべての人を対象に、モデルナ社のCovid-19ワクチンの使用を中止する

 



Lyssna
Publicerat 06 oktober 2021
2021年10月06日発行

 

Folkhälsomyndigheten har beslutat att pausa användningen av Modernas vaccin Spikevax, för alla som är födda 1991 och senare, av försiktighetsskäl. Orsaken är signaler om ökad risk för biverkningar som inflammation på hjärtmuskel eller hjärtsäck. Risken att drabbas är dock väldigt liten.

公衆衛生局は、予防的措置として、1991年以降に生まれた人を対象に、モデナのスパイクバックス・ワクチンの使用を一時停止することを決定しました。その理由は、心筋や心膜の炎症などの副作用のリスクが高まるという信号です。しかし、影響を受けるリスクは非常に小さいです。

 

 

<コメント❶>
このような状況で、「影響を受けるリスクは非常に小さい」という見解を述べるのは、スウェーデン政府に限らず、米国や日本も同様だと思います。その理由は、すでにワクチンを接種してしまった自国民が不安に駆られ、混乱を来すことが無いようにするための政治的配慮です。しかし、大切なのは、むしろその後ではないかと思います。

 

わが国では、「影響を受けるリスクは非常に小さい」という見解を公表すべきときに、その公式見解が独り歩きしてしまい、その結果、しかるべき措置をとらないでしまう、ということです。その点、岸田首相は「最悪の事態を想定して対策を講じる」という姿勢を打ち出している点については、これまでの政府の立場以上に大いに評価したいと思います。杉並国際クリニックで、これまで防護服で重装備して診療に当たらなくて済んでいるのは、とりもなおさず昨年から最悪の事態を想定して、前倒しで備えを固めていた成果だと考えているからです。そして、そのために最も貢献してくださったのは、患者の皆様の積極的な取り組みであり、私共との相互理解こそが肝要であることを、改めて認識することができます。

 


Hjärtmuskelinflammation (myokardit) och hjärtsäcksinflammation (perikardit) går oftast över av sig självt, men symtomen behöver bedömas av läkare. Tillstånden är vanligast bland unga män, i samband med exempelvis virusinfektioner som covid-19. År 2019 vårdades cirka 300 personer under 30 år på sjukhus med myokardit.

心筋の炎症(心筋炎)や心膜炎は、通常は自然に治りますが、症状を医師に見てもらう必要があります。この症状は若い男性に多く見られ、covid-19などのウイルス感染に関連しています。 2019年には、30歳未満の約300人が心筋炎で入院しました。

 

<コメント❷>

段落の冒頭に「心筋の炎症(心筋炎)や心膜炎は、通常は自然に治ります」
という見解をまず示して読者をまず安心させ、冷静に読んでもらえるように、という配慮に富んだレトリックが見出されます。

 

しかし、大切なメッセージは、その後です。1)症状を医師に見てもらう必要、2)若い男性に多く見られる、3)covid-19などのウイルス感染に関連、4)2019年には、30歳未満の約300人が心筋炎で入院、これらのいずれの情報も、決して軽視できない内容です。

 

なぜならば、スウェーデンの総人口は約1,022万人(2018年11月,スウェーデン統計庁)程度に過ぎず、日本の総人口1億2,622万7,000人(総務省2021年6月25日、総務省)の一割にも満たず、また東京都の人口14,049,146人(令和3年7月1日現在推計)よりも少ない小国での発生件数だからです。 

 

このデータをもとに単純比例計算をすると、日本国内で約3700人、東京都だけでも約350人が心筋炎で入院することに相当します。この数字が実際のものとなれば、さすがに日本のメディアも大騒ぎするほどのインパクトがあるはずです。逆に言えば、スウェーデンの政府やメディアは私たちより冷静な見方をしている、と解釈することも可能かもしれません。

 

しかし、このような状況で、「影響を受けるリスクは非常に小さい」
という見解を述べるのは、政治的配慮の上での報道レトリックと考えざるを得ない、と判断するのが私の立場です。

臨床産業医オフィス

 

<高円寺南労働衛生コンサルタント事務所>

 

産業医・労働衛生コンサルタント・第一種作業環境測定士・衛生工学衛生管理者

飯嶋正広

 

 

 

NHKテキスト ラジオ ビジネス英語 10月号(2021 9.27-10.30)から学ぶ、

これからの労働衛生と産業医学

 

NHKテキスト ラジオ ビジネス英語 10月号(2021/9.27-10.30)より抜粋および編集

 

リンダ・グラットン*から学ぶ臨床産業医学の展望No1.

 

<3段階人生から多段階人生へ>

 

*リンダ・グラットン(ロンドン・ビジネススクール教授、人材論、組織論の世界的権威)

 

 

 

You know, if you think about a traditional life, it has three stages:

 

伝統的な人生を考えてみると、3つのステージがあります。

 

 

 

Full-time education, followed by full-time work, followed by full-time retirement.

 

フルタイムの教育期間、続いてフルタイムの仕事期間、それに続くフルタイムの引退期間です。

 

 

 

For many of us, we’re going to live longer,・・・and at the same time, enormous technological changes.

 

私たちの多くは、昔より長生きすることになります。・・・それと同時に、大きな技術の変化が起きています。

 

 

And so that becomes an impossible way of running a life.

 

そうすると、今までの3ステージの生き方は不可能になります。

 

 

And so what we suggest instead, is what we call the multi-stage life, where you have more stages, so you do more things.

 

私たちが代わりに提案するのは「マルチステージ(多段階)の人生」と私たちが呼ぶものです。

 

 

 

<臨床産業医からのコメント>

 

フルタイムの教育(full-time education)期間について言及されていますが、生涯学習の推進が推奨されています。私は、生涯学習の実践によって3段階人生を突破し、実りの多い多段階人生に向かうことができると考えています。

 

それから、フルタイムの仕事(full-time work)期間についてですが、家事や育児、豊かな趣味やボランティア活動などへの参画によって、豊かな多段階人生を構築できると思います。

 

最後に、フルタイムの引退(full-time retirement)期間は、定年をいつに定めるかによって多様性が生まれます。雇用延長や再雇用など、高齢者にとっても生産性を維持しつつ生涯現役を目指そうとする方も決して少なくはありません。その場合に決定的なのは生産性ですが、それを下支えするのが心身の健康ということになるのではないでしょうか。

 

高齢になっても健康であり続けるためには、これまでフルタイムの教育期間やフルタイムの仕事期間とみなされてきた人生の時期の過ごし方の見直しが必要になってくるのではないでしょうか。私たちの暮らしの場は家庭や学校のみならず職場も忘れてはなりません。それぞれの場において、健康に対する関心を持ち、積極的に学び、有益な時間の過ごし方を工夫していくことが大切だと思います。その場合、個人レベルでできることだけでなく、共同体あるいは組織体(企業体)として取り組んでいくことによって実現できる可能性が残されているのではないかと思います。

 

 

私が還暦を越えてから、故郷(茨城)に興味を持った理由は、両親の家系が古くから茨城の地に代を重ねてきたことも大いに関係しています。

 

私の家系にかかわらず、地元においていわゆる旧家と呼ばれるほどの家の祖先を遡っていくと、事実としてはともかくとしても、たいていは天皇や藤原家などの有力な豪族にまで辿れてしまうようです。

しかし、関東においては、旧い家でも平安時代の後期まで辿ることができる家はそれほど多くないことでしょう。

 

水戸界隈では、江戸時代より以前からの系譜を持つ家もありますが、そうした家は、水戸徳川家以前の歴史をもつ家ということになります。その多くが士分ではなく、庄屋とはいえ農民の身分で江戸時代を経過していたようです。

 

 

私は水戸の出身であるというと、せいぜい「水戸黄門、水戸納豆、偕楽園」の三点セットで事足れり、とされてしまうのが残念でなりません。

 

そのわけは、江戸時代より前の常陸の国の姿こそが、未来の茨城を映し出す鏡であり、原点であるという思いが、私にはあるからなのかもしれません。

 

 

父方の墓碑の記述内容を確かめてみて、我が家の先祖を奈良時代にまで遡らせようとする作為があることを感じざるを得ませんでした。

 

我が家計の古老らは藤原不比等の流であるとしていますが、私は一種の貴種ロマンであると受け止めています。

 

しかし、それでもなお私は「常陸国風土記」に大いに親しみを感じています。

 

『風土記』の進選を全国に命じた藤原不比等や、『常陸国風土記』の執筆者と伝えられる藤原宇合にとっては、一族の発祥が常陸の国にあると考えていた模様です。藤原家にとっては、常陸の国こそが、常世の国なのでした。

 

 

常世の国とは、古代日本民族が、はるか海の彼方にあると想定していた国であり、常の国とも呼ばれました。

 

常陸という地名の由来は様々ですが、私にとって、常陸の国とは常世の国です。そこに住むものにとっては、まさに地上の楽園であるということです。そして、茨城は、まだまだ知られていない秘められた魅力に満ち溢れた土地である、と私は次第にそう感じるようになりつつあるのです。

 

 

現在の茨城県の大部分は、かつて常陸国と呼ばれていました。そして、県南から県西にかけての一帯は下総の国の一部です。

 

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アルベール・カミュ(1913~1916)の『ペスト』の冒頭には、ダニエル・デフォー(1660頃?~1731)からの引用文が読者の注意をひきつけます。

 

デフォーは「ロビンソン=クルーソー」
で有名な英国の小説家で、1722年には『ペスト』を発行しました。

 

これはデフォーによる観察録風の小説です。のちにロンドンの大疫病として知られるようになる1665年のロンドン最後のペストの大流行について、一人の男の経験談がつづられているようです。デフォーは週刊誌「レビュー」を主宰するジャーナリストとして政治評論においても活躍しました。

 

 

Il est aussi raisonable de représenter une espèce d’emprisonnement
par une autre que de représenter n’importe
quelle chose qui exist réellement par quelque chose qui n’existe pas. 
DANIEL DE FOE

 

とある一種の監禁状態を他の一種のもので表現することは、
それが何であるにせよ、現存するものを現存しないもので表現するのと同様に理に適っている。 
ダニエル・ド・フォ

 

 

・・・・・・・・・・・
 

 

この原文について、私はカンヌ出身の新進気鋭の若手写真家で、現在日本で活躍しているJeremy君に感想を求めたところ、「現存しないものを表現するなかに現実がある。さらには、現実とはあ現存しないものである。」というニュアンスを感じるといったような印象を受けるとのことでした。

 

カミュによるデフォーの引用は仏文で紹介されていますが、もとは英文だったと思われます。英・仏の異なる時代で『ペスト』という同じタイトルの小説が世に残されているということは、興味深いことです。デフォーによる作品がすでに知られているため、カミュとしては同じタイトルの小説を書くにあたって、冒頭に先輩であるデフォーの警句を引用したことは十分に理解できることです。

 

そこで、私としては、のっけから少々困ったことになりました。それは、まずデフォーのこの警句の出所が気になりだしたというこです。もとの英文にたどり着きたいというこだわりです。ひょっとすると、デフォーの『ペスト』の中に見出せるかもしれません。次に、デフォーの『ペスト』がカミュの『ペスト』よりおよそ200年も以前に書かれた作品だとしたら、まず、デフォーの『ペスト』を呼んでおくべきなのではないか、というこだわりです。カミュの冒頭のこの引用も、それを勧めているかのような暗示に満ちているからです。

 

ともあれ、カミュのペストを訳読していくことは決定事項なので、デフォーのペストも並行して読んでいく、ということで自分自身を納得させた次第です。
それでは、来週から、いよいよ物語を読み始めていきたいと思います。