東洋医学

 

<寒・熱の見分け方>

 

漢方でいうところの寒と熱とは、病邪に対して身体が抵抗するときに表わす反応様式を大別したものです。

 

 

漢方では、その人の体質・気質の特徴を証(しょう)といいますが、寒と熱は、それぞれ寒証熱証という用語が用いられています。

 

 

寒証では、熱を消費し、吸収する反応を呈します。これは、病邪に対して悪寒(さむけ)が生じるだけで発熱しないものです。

 

 

熱証では、熱を産生し、発散する反応を呈します。これは、病邪に対して発熱して反応するものです。これには、実熱と虚熱の別がありますが、別の機会に説明します。

 

 

実際の臨床の現場では、典型的な寒証(悪寒)や典型的な熱証(発熱)のいずれかではなく、

 

上熱下寒(上半身がほてり、下半身が冷える)や

 

表熱裏寒(体表はほてっているが、体内は冷えている)など

 

寒熱錯雑(かんねつさくざつ)といって、寒と熱が身体の部位によって互いに相反する症状を示すことが多いです。

 

 

健康人は上熱下寒とは逆に、頭寒足熱(頭部がスッキリしていて、足元が暖かい)状態にあります。

 

自律訓練法は第5公式(腹部温感訓練)と第6公式(額部冷感訓練)までを習得すると、自分でこの状態をもたらすことができるようになります。

 

水氣道では、上半身は室内空気(25~28℃程度)で下半身は微温水(30℃程度)で頭寒足熱型の温熱環境下で有酸素運動を行うため頭がスッキリし、下半身にリラックス効果をもたらします。

 

 

この寒熱に対する身体感覚が正常に働けば、心身ともに快適で健やかな日々を過ごすことや生産的でさらには創造的な活動を促進することが可能になります。

 

 

一般的には、風邪のひきはじめには、温かくて消化の良い飲食物を軽く摂取し、しっかり入浴し、早めに就寝することが大切です。

 

水氣道では概ね3級の初等修錬生以上になると、以前より風邪に罹りにくくなることでしょう。

 

そして、支援員以上の有段者になる頃には、仮に風邪をひいても初期の段階であれば、稽古を休むことはほとんどなくなることでしょう。

 

むしろ、しっかりと稽古した後で、体を冷やさないように配慮しながら早目に帰宅して養生するという選択をした方が自然な回復が早いことに気づくことができるようになるでしょう。

 

 

ただし、どの程度が風邪の初期症状であるかという見極めは熟練を要します。

 

ですから、体験生や訓練生の間は、無理をせずに稽古を休むことも大切です。

 

しかし、体調不良を最初に気が付くのは医師ではなく、本人自身なので、いずれ水氣道を続けることによって、その兆しを早めに気づけるようになればしめたものです。

 

 

水氣道で鍛えた心身は、イキイキ、のびのび、そして感度が高くて逞しいものとなっていくのです。

 

それは対外的な行動体力のみならず、対内的な防衛体力(病邪に対する抵抗力や免疫力)を高めることができるからです。

 

心身医学科(心療内科、脳神経内科、神経科を含む)

 

<脳梗塞の再発予防としての抗血小板薬について>

 

 

脳梗塞の後遺症で不自由な生活をしている方は少なくありませんが、高円寺南診療所の患者さんでの問題点は、むしろ、幸いにも後遺症を残さなかったがゆえに、再発に対して無防備な方です。

 

意識的に詳しい問診をしない限り、このような重要な病歴は聞き取ることができません。

 

 

有力な脳梗塞再発予防には、抗血栓療法があります。

 

これは脳梗塞の病型と病態に対して正しい診断のもとに、適切な抗血栓薬を選択することが大切です。

 

代表的な薬剤としてはアスピリン®とシロスタゾール(プレタール®)がありますが、どちらにも一長一短があるので、両者を比較して紹介します。

 

 

もっとも、抗血栓療法を開始する際には、いずれの薬剤を使用するにしても高血圧がある場合、血圧値を130/80mmHg未満を目標に管理することが推奨されています。

 

 

まず、アスピリンの利点としては安価であること、服用早期に血小板凝集抑制効果があること、アテローム血栓症の発症を抑制するエビデンスが豊富であることなどです。

 

これに対して欠点は、出血性脳卒中や消化管出血の発症が多いことに加えて、アスピリン喘息を誘導する可能性が指摘されています。

 

 

一方、シロスタゾールの利点としては、日本人の脳梗塞再発予防効果のエビデンスが確立していること、ラクナ梗塞やアテローム血栓性脳梗塞の再発予防効果を基地出来ること、血管拡張作用をもつこと、誤嚥性肺炎の予防効果がること、出血合併症が少ないことなどです。

 

ただし、良いことばかりではなく、欠点としてうっ血性心不全例には禁忌であること。

 

冠動脈狭窄例には慎重に投与する必要があること。頭痛や頻脈の発現率が高いことなどが問題になっています。

 

 

以上より、アスピリンの使用にあたっては、脳出血の予防のため、出血性脳卒中の既往の有無を確認する必要があります。

 

そして、脳出血リスクが高いラクナ梗塞では使用を控えること、消化管出血の予防のため、上部消化管潰瘍がある症例やヘリコバクター・ピロリ感染者には使用を控え、どうしても使用しなければならない場合はプロトンポンプ阻害剤を併用することが推奨されています。

 

 

これに対して、シロスタゾールの使用にあたっては、脈拍数の増加により虚血性心疾患や心不全、頻脈性不整脈が発症する場合があるので注意が必要です。

 

頻脈や頭痛が懸念される場合には、少量から開始して、慎重に漸増させていくことが推奨されています。

 

 

このように、脳梗塞再発予防のためには、脳血管系のみならず心臓循環器系、消化器系、呼吸器系やアレルギーなど複数の専門的な観点からの見当が必要になってくることをご理解いただければと思います。

 

診察の際に、医師の専門性を狭く受け止め、素人判断で限られた情報しか提供しないケースが少なくないのですが、

 

<体は一つ、心も一つ、部分は全体と繋がっている>ということを忘れないで、相談してくださいますように。

 

総合リウマチ科(膠原病、腎臓、運動器の病気を含む)

 

<皮膚エリテマトーデスおよび全身性エリテマトーデスに対する

ヒドロキシクロロキン使用のための簡易ガイドラインの紹介>

 

 

高円寺南診療所は内科を軸としているのに、永らく皮膚診療をしてきました。

 

それは、内科の中でもアレルギー・膠原病(関節リウマチ、全身性エリテマトーデスなど)を専門にしていると、皮膚の診察が必須になってくるためです。

 

つまり、皮膚を内科の立場から診ているということです。

 

ですから、「こちら(高円寺南診療所)では、皮膚科もやっているのですか?」という御質問を受ける場合には、

 

<皮膚科もやっているのではなく、皮膚症状を内科の立場から診させていただいています。>とお答えするようにしています。

 

信頼関係さえあれば、そこから効率的な診療をスタートさせることができます。

 

 

今回のタイトルである、全身性エリテマトーデスという病気は、関節リウマチと並んで、代表的な膠原病の一つです。リウマチ内科医が専門とする病気です。

 

この病気は、多臓器を障害する慢性の全身性炎症性疾患で、妊娠可能な若い女性に多く発症します。

 

皮膚所見としては顔面の蝶形紅斑が有名です。痙攣や精神症状を伴うことがあります。

 

意識障害、気分変調、幻覚妄想など多彩な精神症状を伴うものは中枢神経性ループスと呼ばれる脳器質性症候群がもたらされることがあるため、心身医学(心療内科を含む)によるアプローチも有用です。

   

 

さて、全身性エリテマトーデスにはヒドロキシクロロキン(プラケニル®)が有用です。

 

海外では数十年前より使用されていましたが、本邦では2015年に使用ガイドラインが出されました。

 

女性に多い病気のため妊娠の問題が議論されていましたが、催奇形性や胎児毒性は認められておらず、妊娠期の疾患活動管理のため治療継続が重要であることが示されています。

 

ただし、副作用として網膜症が指摘されているため、投与開始前に眼科的なスクリーニング検査(視力・視野・眼底・眼圧・色覚・細隙灯顕微鏡など)が必須となります。

   

 

このように、リウマチ内科の専門医は、内科の枠組みを超えて、皮膚診療を行うと同時に、眼科や精神科など他の専門医との連携を組む上で、患者さんの全身状態を把握しておかなければならない立場であるといえます。

 

その場合、もしリウマチ内科の多くが心身医学に精通していたならば、より多くの患者さんに適切な対応をすることが容易になると思います。

 

総合アレルギ‐科(呼吸器・感染症、皮膚科・眼科を含む)

 

<以外に多い、口腔アレルギー症候群>

 

 

未調理の生の果物や野菜を食べて、口の中が痒くなったり、口唇・口腔内が腫れたりしたことはありますか?

 

この病気は、ときに重症化して呼吸困難やアナフィラキシーショックを起こすことがあります。

 

多くは花粉症発症者やラテックスアレルギー患者に起こるとされています。

 

これは即時型食物アレルギーの特殊型で、口腔アレルギー症候群と呼ばれます。

 

この症状を経験してる人は10%にも登るという報告があります。

 

 

日本では、すでに全人口の約3分の1がスギ花粉症を発症しています。

 

それだけ口腔アレルギー症候群が発症しやすい背景があると考えられます。

 

花粉症発症者で口腔アレルギー症状のある人は70%である他、気管支喘息、食物アレルギー、薬物アレルギー、ラテックスアレルギーなど何らかのアレルギーを有する人に発症しやすいようです。

 

また、口腔アレルギー症候群はシラカバ花粉症で多いことは知られています。

 

シラカバは山岳性の樹木であるのに対して、シラカバと同じカバノキ科のハンノキは日本に広く生息しているので、ハンノキ花粉症が口腔アレルギー症候群に大きく寄与している可能性があるでしょう。

 

 

シラカバ花粉のPR蛋白であるBet v1は、リンゴ・モモ・サクランボ・キウイ・大豆・ナッツなど多くの果物・野菜のPR蛋白と類似しているため、

 

シラカバ花粉症では、これらの食物を摂取することによって口腔アレルギー症候群をきたすことがあります。

 

 

口腔アレルギー症候群には、以下の診断基準があります。

 

① 必須条件:特定の食物を摂取時に口腔・咽頭粘膜の過敏症状を示す

 

 

②さらに①の食物によるプリックテストが陽性を示す

 

 

③または血清中に①の食物特異的IgEが証明される。

 

 

この診断基準により、口腔アレルギー症候群の診断は、高円寺南診療所でも容易です。

 

 

 

 

口腔アレルギー症候群の治療

 

原則は予防。原因物質を摂取しないこと!

 

ただし、どうしても摂取したいときには、加熱処理をすると経口摂取が可能になることがあります。

 

その際は、摂取前に抗ヒスタミン薬内服が勧められるが、これまでのところ確たる証拠はありません。

 

 

実際の症状に見舞われた場合。

 

口腔内掻痒感が軽度であれば、そのまま30分以上観察して、症状が消失するのを確かめます。

 

 

症状が進行する場合。

 

口唇や口腔粘膜腫脹が目立つ場合は、第二世代抗ヒスタミン薬を内服していただきます。

 

もやもやした前駆症状から、全身皮膚症状、呼吸症状、消化器症状が現れた場合には、アドレナリン0.3~0.5mLを大腿部外側に直ちに注射するなど、アナフィラキシーショックに備えた対応をします。

 

一般内科(循環器・消化器・内分泌・代謝・栄養関連の病気)

 

<胸痛への対処の仕方>

 

毎年この時期になると、胸が痛む、という症状の訴えが多くなってきます。

 

 

胸痛を訴える患者さんに対しては、まず緊急処置を必要とする状態かどうか、という判断が大切です。

 

ただし、近年では日本全体が超高齢社会となり、また糖尿病患者も増えているため、痛みの程度が軽かったり、通常であれば明確な痛みが出現するようなレベルの病態であっても痛みに気が付かなかったり、というケースも増えてきたため、軽い胸痛でも油断はできません。

 

 

胸痛をきたす可能性のある病気は、症状経過を丹念に聴取すると鑑別できることが多いです。

 

そのため、痛みの部位の他に、強さ、持続時間、随伴症状、誘因など細かな情報収集が必要です。

 

急激に発症した激痛であれば、心筋梗塞、狭心症、急性肺動脈塞栓症、急性大動脈解離などを念頭におきながら心電図、心エコー検査、胸部X線検査などを迅速に行っています。

 

 

高血圧や虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)などの家族歴、これらの病気の原因となる冠状動脈硬化症の危険因子の問診、喫煙歴などの情報が特に大切です。

 

 

また、定期健康診断の結果を持参していただくこともあります。

 

高血圧、脂質異常症、糖尿病の有無や治療歴の確認も不可欠です。

 

動脈硬化が原因となる脳梗塞、閉塞性動脈硬化症などの病気の有無のチェックも大切です。

 

頚動脈エコー検査も不可欠な検査になりつつあります。

 

 

それでは、高円寺南診療所で対応している胸痛の原因疾患として多いものは何かをご紹介します。

 

第1位:

神経・運動器疾患(変形性頚椎症、胸郭出口症候群、肋間神経痛、骨粗しょう症、リウマチなど)

 

第2位:

心身症性疾患(不安発作、心臓神経症、うつ病)

 

第3位:

消化管疾患(消化性潰瘍、逆流性食道炎など)

 

第4位:

肺疾患(胸膜炎、気胸など)

 

第5位:

心疾患(重症高血圧、狭心症、重症貧血による心不全など)

 

 

このように振り返ってみると、胸痛=心臓病⇒内科・循環器内科といった単純な図式でないことがわかります。

 

ちなみに第1位は内科・神経内科、リウマチ科もしくは整形外科

 

第2位は内科・心療内科もしくは精神科、

 

第3位は内科・消化器内科、

 

第4位は内科・呼吸器内科もしくは呼吸器外科

 

第5位になってはじめて内科・循環器内科の登場です。

 

 

つまり、胸痛のために最初から循環器内科専門クリニック、もしくは総合病院の内科循環器科を受診したとしても、多くの場合、

 

<心臓には問題はありません>というコメントを貰うだけで、適切な診断、ましてや治療に辿り着けないまま、呼吸器内科を受診して・・・、ということになるのではないでしょうか。

 

 

高円寺南診療所は、決して総合病院の替りはできません。

 

しかし、統合医療を実践することにより、初診の段階で何らかの方向性と治療に関する何らかの有益な示唆を患者さんに提供することにより、不必要なドクターショッピングを減らすための努力を続けてきました。

 

この点に関しては、すでに30年近い実績があります。

 総合医療・プライマリケア

 

<総合医療とは寄せ集めの医療である!?>

 

 

先週末の2日(土)は、千代田区一ツ橋(地下鉄神保町駅近く)の日本教育会館にて開催された

 

<日本疼痛心身医学会 第30回記念大会 テーマ:慢性の痛みの原因を考える>に出席してきました。

 

 

メインテーマの<慢性の痛みの原因を考える>90分のシンポジウムではNPO法人線維筋痛症友の会理事長の橋本裕子さんと共同座長をつとめてきました。

 

テーマ慢性の痛みの代表格として、線維筋痛症を中心にレクチャーとディスカッションが行われました。

 

 

4人のシンポジストの一人は歯科口腔外科医で「薬物療法なしに初回面談だけで寛解に至った咬合異常感症」というタイトルで外来森田療法での診療実例を紹介してくれました。

 

大会事務局のある千代田国際クリニックからは「痛みの音楽の嗜好性について」など、またNPO法人線維筋痛症友の会からは「元医療者・線維筋痛症患者が考える痛みの原因とアプローチ」という発表がありました。

 

 

このシンポジウムの座長を経験することによって、新たに改めて気付いたことは、慢性的な痛みの治療は、病気による苦痛のみならず苦悩とともに生きていく人間そのものについての支援が必要だということです。

 

それから、日頃、患者さんと接している家族、友人あるいは職場での人間関係が決定的に大きな意味をもっているということもあるということです。つまり、

 

 

痛みというものを身体症状として、その患者さんの人格と切り離して対応するのではなく、心理的、社会的、さらには実存(生きる意味)の課題にまで意思疎通をはかっていかなければならないということを再確認しました。

 

病気の原因として社会性も大きくかかわってくるため、単独ではなくグループでのケアやサポートも大切です。

 

この実存は、一人一人が異なる個性を持っているのと同様に個別的なものであるため、診療ガイドラインのような十把一絡げの対応には限界があります。

 

つまり、病気の治療と病気とともに生きている個人のサポートを同時に行っていくためには、個別性が重要なカギを握っています。

 

これは個人としての人格を尊重した医療の提供に繋がります。

 

このような全人的医療を実施するためには、多職種でのチーム医療が有用ですが、そのチームの専門メンバーがバラバラで相互のつながりを欠くようなものであれば、それは人材の寄せ集めに過ぎません。

 

 

日本の総合病院での医療の多くは、身体疾患と精神疾患に二分し、総合病院を名乗っていても精神疾患を除外、かつ身体疾患については、内科系と外科系に二分しています。そのようにして、専門領域の細分類を徹底的に行い、患者を病院や専門医の都合だけで振り分けていくのが通例です。

 

そして、もし、病気が単純でありふれた病気であれば、そもそも総合病院を受診しなければならない必然性は乏しいですし、

 

複雑多岐で複合的な難病であれば、各科を回された挙句、病(やまい)の全体像は判らずじまい、ということになりがちです。

 

ひとたび分類に成功すれば、効率的な大量生産的医療サービスの実施が可能ですが、そこから漏れてしまった患者さんの扱いは惨憺たるものと言わざるを得ません。

 

 

現に<大学病院や大きな総合病院で、いろいろな検査をしてもらいましたが、どこに行っても異常なしで、別の科にいって欲しい、といわれて困っています>

 

あるいは、<いろんな病気にかかって、いろんな病院に通っていますが、病気の数が増える一方で困っています。>ということで高円寺南診療所に辿り着いたという患者さんが後を絶ちません。

 

これは、いわゆる大病院とされるところが、多数の細分化専門医療(島)の寄せ集めに過ぎないため、その島と島の間の大海にはまってしまった患者さんを救い上げることが難しくなっているということが実情なのだと思います。

 

また、総合病院的医療によって<多数の病気にかかってしまうような情けない自分>と思い込まされていた患者さんが少なくありません。

 

そうした患者さんの不健康の根本原因を、ともにたどっていく作業を丁寧に行うことによって、多数の病気がバラバラに無秩序に発生したのではなく、それらは相互に関連しあっていること、

 

それにもかかわらず<肝心な核心の病気の治療が手つかずであった>ため症状が増え続けているということを説明し、納得していただけると、無駄な病院巡りから解放させて差し上げることができます。

 

 

そうして、このような患者さんの多くは、決して特別な方々ではなく、ごく普通の常識的な人々なのいのであって、総合病院では、何らかの病気が見いだされたとしても、必ずしも重要な問題点のすべてが見いだされる仕組みにはなっていないことを、しっかりと認識しておく必要があると思います。

 

 

個性をもつ個人の初期対応として大切なのは、個性を持つ個人としての人格を尊重した全人的医療に則った医療の実践にあると思います。部分の寄せ集めで全体像が見えにくい総合医療から、体系的で全体像がみえやすい統合医療への転換が望まれるところです。

統合医学(東西医学、代替・補完医療)

 

<総合病院VS統合診療所>

 

Q1.総合病院とは何か?という質問に答えることは、意外に難しいと感じます。

 

かつては許可病床数100床以上で主要な診療科(最低でも内科、外科、産婦人科、眼科、耳鼻咽喉科の5科)を含む病院であることが、医療法で規定されていました。

 

しかし、1996年の医療法の改正によりこの規定は廃止されているようです。

 

 

なお、医療法では削除されたにもかかわらず、現在でも総合病院の名称を残す民間病院は多いです。

 

それらは一般的に、多数の診療科を有している、その地域の中心的な病院である、二次救急以上に対応する救急病院としての機能がある、などの理由によるものらしいです。

 

 

 もっとも、総合病院を考える前に、そもそもQ2.「病院」と「診療所」の違いは何か?

 

という質問には明確に答えておく必要があるでしょう。

 

病院」とは、医師又は歯科医師が公衆又は特定多数人のため医業又は歯科医業を行う場所と定義され、

 

病床数20床以上の入院施設(病棟)を持つものを指します。

 

無床もしくは19床以下のものは診療所(入院施設を持つ場合は有床診療所)ということになります。

 

つまり、病床数の有無あるいは規模のみによって病院と診療所が区分されているに過ぎないということです。

 

 

さらに、Q3.「診療所」と「医院」、「クリニック」との違いは何か?という質問を受けることがあります。

 

診療所は医療法で定義付けされた名称ですが、医院やクリニックは医療法上の名称ではなく通称です。

 

医療機関であれば、一般的には、診療所と同じ意味で使用されることが多いです。

 

ただし、「医院」という名称は「医を司る所」という意味で、その名の通り「医療を提供する施設」という意味を持ち、古くから存在していたといわれ、医療機関の規模の大小にかかわらず用いることは可能なようです。

 

ただし、医院と名乗る病院はとても例外的であり、私の知る限りにおいては順天堂大学医学部付属順天堂医院の他には知りません。

 

 

クリニックというカタカナ名称は、モダンで最先端の医療を提供してくれそうな印象を一般患者に与えるためか、現在では流行りのようです。

 

しかし、それはまったく根拠のないことであり、あくまでも開設者の思い入れや趣味の問題であり、実質的な違いは無いと思います。

 

 

Q4.総合と統合の意味の違いは?

 

総合という言辞について一般論を展開するのが、ここでの目的ではないので、総合医について大辞泉に掲載されている興味深い記載をご紹介します。

 

<(総合医)とは、性別・年齢・疾患を問わず、幅広く診断と治療を行う医師。⇒家庭医とほぼ同義で使われることが多い。

◆「総合医構想」を進める厚生労働省は、地域の⇒開業医を総合医と認定することで、地域の中核病院への過度な集中を緩和し、初期治療と専門医療との役割分担を明確にすることを目指しているが、開業医の負担が増大するだけで⇒地域医療の再生にはつながらないとする反論もある。>

 

 

私は、この反論に賛成します。その理由は、総合医は総合病院にこそ必要だと考えるからです。

 

総合医のいない総合病院の総合とは、「専門医の寄せ集め」医療を提供している病院であることを公言しているようなもの、といっても過言ではないと思います。

 

最近、病院総合医に期待がもたれていますが、相当な努力と工夫とともに、試行錯誤が繰り広げられていくことでしょう。

 

 

 

これに対して、統合はどうでしょうか。総合医という言葉はあっても統合医という言葉は確立していません。

 

<(統合)とは、二つ以上のものを合わせて一つにすること。>

 

(大辞泉より)ですが、私はこの定義に不満です。

 

たとえば人間の存在は本来一つの統合体であって、それを医学や医師の都合で縦割りに分割して専門領域を構築しているに過ぎません。

 

統合が意味する内容の方向性が真逆であるということです。

 

 

厚生労働省に提言したいことは、開業医を総合医にするのではなく、現場での統合医養成を支援していただきたいということです。

 

一人の診療所の開業医が総合病院のような仕事をしようとしても、とうてい患者さんの信頼は得られないでしょう。

 

このことは、平成元年以来、高円寺南診療所での医業を実践してきた医師として、はっきりと断言できます。国の思惑(国策)と民の希望(対策)の方向性には、如何ともしがたい隔たりがあります。

 

 

私の提唱する<統合医>とは、たとえば、複数の専門医を受診していて、自分自身の健康状態の全体像が把握できなくなって途方に暮れている患者さんに羅針盤を提供し、安心して健康管理を続けていくことができるように支援する存在です。

 

統合医が不在であるということは、素人である患者さんやご家族に彼ら自身の健康状態の全体像を統合的に把握させることを強いることに等しいのではないでしょうか。

 

大多数の医師ですら担いきれていない高度な判断を、インフォームドコンセントあるいは自己責任の原則を大義名分として患者さんに背負わせ、ややもすれば押し付けているような現実に、現代医療のグロテスクでいびつな側面を感じざるを得ません。

 

患者さんの臓器という部分ではなく、全人的健康の視点から患者さんの人格を基盤とする人権を擁護できる統合医こそが真の主治医であり、必要に応じて複数の臓器別専門医との間で治療方針を巡って調整したり、患者さんの真のニーズを代弁したり、意見を提案することなど高度な専門性が統合医には求められることでしょう。

 

 

そうした統合医としての機能を身につけるための具体的なカリキュラムを私は具体的に提供することができます。

 

それは、まず予防医学や救急を含む内科医としての基礎研鑽を積むこと、

身体面と精神面の両面からアプローチできる心療内科の研鑽を積むこと、

さらに、家庭とともに生活環境の場である職場での健康管理、つまり産業医学の研鑽を積むことによって、全人的医療を実践できるようになること、

また、超高齢社会であることを踏まえて、西洋医学の限界を謙虚にわきまえ、東洋医学(漢方・鍼灸医学)を併用して、養生法や鍛錬を法を指導し、無理や無駄の少ない、より安全で有効な医療を提供することによって、持続可能な保険医療システムを支えていくことができるようにすること、

以上のカリキュラムは最低でも10年以上あるいは生涯学習として研鑽を続けていかない限り、身につけることはできません。

 

 

僭越ながら、私の知る限りにおいて、上記のレベルに到達しているわが国の医学部教授は皆無に等しいのではないか、と考えます。

 

特定の領域の特定の分野の指導医に過ぎない我が国の医学部教授であっても、チームを編成することによって総合医の教育までは可能であると考えますが、統合医の育成に至っては、到底望めません。

 

 

統合医になるためには、自称総合病院ではなく、現に統合医療を実践している統合診療所統合医療指導医(未制定)の下で研鑽を積む以外に方法は無いと思います。

 

もう少しツボの世界を見ていきましょう。

 

 

今回は「少商(しょうしょう)」です。

 

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場所は親指の爪の根本の内側から数ミリのところにあります。

 

 

「扁桃炎」「耳下腺炎」「発熱」「気管支炎」「肺炎」「上肢の運動障害」等に効果があります。

 

 

<参考文献>

このツボが効く 先人に学ぶ75名穴       谷田伸治 

 

 

経穴マップ イラストで学ぶ十四経穴・奇穴・耳穴・頭鍼      監修  森 和

                                      著者  王 暁明・金原正幸・中澤寛元 

 

 

高円寺南診療所 統合医療部 漢方鍼灸医学科 鍼灸師 坂本光昭

東洋医学(漢方・中医・鍼灸)

 

<表と裏の見分け方>

 

 

漢方医学は「の医学」であると言われます。証とはその病状に対応する漢方処方名とします。

 

たとえば、葛根湯が最適処方である病状である場合は、葛根湯の証、と呼びます。

 

これに対して現代中医学の立場では、個々の病人の臨床症状、病理変化、病因あるいは体質的特徴までを総括した現時点での治療上の問題点となる証候を表現したものとしています。

 

 

いずれにしても、患者の証を知るための最初のステップは、の鑑別です。

 

 

表・裏は、病変部位の①位置や②深浅に加えて③病状の経過の早遅および④病状の軽重を相対的に区分する複合概念です。

 

そして表と裏との移行部を半表半裏(ハンピョウハンリ)といいます。

 

 

表の領域(皮膚、関節、筋肉)に現れる初期(三陽病期経証)の病状を表証、裏の領域(心肺などの胸腔内臓器、消化管などの腹腔内臓器)に現れる進行期(三陽病期腑証以降)の病状を裏証といいます。

 

三陽とは太陽・陽明・少陽という三つの病期を意味しますが、今回は説明を省きます。

 

 

表証は、悪寒(寒気)、発熱、発汗、疼痛(頭痛、関節痛、筋肉痛)など、

 

裏証は、腹部症状(腹満、便秘、下痢、腹痛など)など、

 

半表半裏の領域(口腔から横隔膜付近までの器官)が病むことによって生じる症状は、口苦、喉の乾き、咳嗽、食欲不振、嘔気、胸脇苦満、などです。これも裏証に属します。

 

 

一般に病邪が外から人体に侵入して惹き起こされる病気を外感病といいます。

 

 

ところで、人体は経絡という気・血・水(津液)が運行する際の通路である経絡(ケイラク)を通じて一つの有機体としての調和を保っているとされます。

 

外感病は体表より経脈を通って、それらに連なる臓腑(五臓六腑)に侵入する、という進行の経過を示します。

 

病邪が経脈上にある間は表証、臓腑に至れば裏証です。

 

ここで経脈とは、経絡の中の主幹であって、一定の巡行経路を持つものとされています。

 

経穴(いわゆるツボ)のほとんどは、この経脈上にあります。これは針治療の反応点でもあります。

 

 

なお、病変部位が表にあっても、その原因部位が裏にあるものは裏証とします。

 

たとえば、はしか(麻疹)の発疹は表証であるのに対して、アトピー性皮膚炎の皮疹は単なる表証ではありません。

 

ですから、ステロイド軟膏による治療は表証に対する対症療法に過ぎないので、原因療法を併用しない限り完治は難しいと考えるのが東洋医学(漢方、中医学)の見方です。

 

また、線維筋痛症の病変部位は、表証、半表半裏証、裏証のいずれにも及んでいますが、その原因部位は表にあるとすれば、表証と考えます。

 

 

表証に対する治療法は発表の法であり、裏証に対する治療法は和、瀉、消、清の各法を選択して用います。

 

それぞれの治法に対応する漢方処方があります。

 

 

高円寺南診療所では、患者さんの一定の病状に対して、現代西洋医学的病名による診断とともに東洋医学的な証の見立てを行うことによって、表面的な症状の緩和にとどまらず、より本質的で根本的な有効治療を心掛けています。

心身医学科(心療内科、脳神経内科、神経科を含む)

 

<森田療法>

 

心身医学の学会誌の最新号を手に取ってみると<皮膚とこころ>という特集が組まれていました。

 

<皮膚と心>といえば、太宰治の作品を想起します。太宰の研ぎ澄まされた感性が、すでに皮膚と心の相関を見事に描いています。

 

なお2000年以降、心身医学的アプローチをとる皮膚科のエキスパートが、皮膚科心身医学を立ち上げ心療皮膚科学というべき世界を開拓しつつあります。

 

 

2000年といえば、水氣道の骨格が定まった年でもあります。

 

水氣道は、紛れもなく日本発祥の心身医学の実践体系ですが、森田療法に通じるものがあります。

 

以下は、細谷皮フ科院長、細谷律子氏の掲載論文<皮膚疾患に対する森田療法>を抜粋・引用して私見を加えてみます。

 

 

森田療法は森田正馬が創案した心理療法です。

 

西洋医学的心理療法とは異なり、不安を取り除くことを治療目的とせず、ありのままを受け入れる生き方が大切であることを説きます。

 

この立場は、水氣道にも受け継がれています。

 

ゆえに、水氣道は森田療法的な心理療法ともいえますが、水中での団体的運動療法をベースにしていることが特徴です。

 

なお、温泉に身を委ねることでの森田療法として永田勝太郎博士の『温泉森田療法』があります。

 

 

森田療法の考え方の根底にあるものは、すべては自然の因果関係により保たれるという東洋的思想があります。

 

人生は川の流れのように、心は絶えず流動し変動します。

 

水氣道は、まさに水中の団体運動なので川の流れのような水流を発生させます。

 

その流れは絶えず流動変動し、心ばかりでなく体も絶えず流動し変動します。

 

 

自分中心に組み立てられた考えで自己の感情や他人をもコントロールしようとする生き方を捨てて、ありのままを受け入れ、本心の指し示すところに向かって行動していこうという考え方です。

 

 

水氣道は競技スポーツや個人でのスポーツジムトレーニングと決定的に異なるのは、自分という個人中心に組み立てられた考えで自己をコントロールしたり、

 

自分の欲求中心に組み立てられた考えで目標を達成しようとしたりすることから離れて、自分と自分を取り巻く環境としての水氣道のありのままを受け入れ、

 

作為的で不健全な個人の表層意識ではなく、自然で健全な集団の潜在意識(深層心理)の指し示すところに向かって、団体での身体活動を味わい楽しもうという考え方です。

 

 

以下に、細谷氏がまとめた森田療法のエッセンスを私なりに再構成し、水氣道の特徴の説明を試みます。

 

 

1.感情は操作不可能である

 

しばしば難治化したアトピー性皮膚炎の患者に見られるのが、かゆみ掻破行動にみられる<精神交互現象>です。

 

これは不安、恐怖、観念、身体的感覚などに注意を集中すると、その結果さらに注意が集中してしまう現象です。

 

感情は注意をそれに集中するとますます強くなりますが、放任すれば、いったん強まってもその後ついに自然消失します。

 

 

水氣道ではアトピー性皮膚炎で長年苦しんできた会員が活躍していますが、水氣道によって、かゆみによる不安を取り除こうとする感情を取り除くことができるので、かゆみも、掻破行動も同時に緩和することによって、<精神交互現象>による悪化の悪循環を強力に断ち切ることができます。

 

 

2.“はからい”と“とらわれ”

 

皮膚症状が重症・難治化してしまうアトピー性皮膚炎の患者は、何らかの現実の課題(不安要因)を持っていて、その原因が皮膚症状にすり替り、<症状さえなければ何でもできる>と訴えることが多いです。

 

患者は、現実の不安(課題)から免れようと“はからい”、激しく発作的に、あるいは反復・除属的に皮膚を掻破します。

 

これを断ち切るために、森田療法では、症状や行動に対して不問に付すことが大切であるとします。これを一般の外来診療で行うのが『外来森田療法』です。

 

 

しかし、アトピー性皮膚炎を治す目的で受診してきている患者さんに対して、症状や行動に対して不問に付す、というのは実際の外来診療ではなかなか受け入れていただけないのが現実です。

 

 

水氣道は、アトピー性皮膚炎の患者であることさえ忘れ、本来の自分に戻れる居場所あるいは健全で自然なコミュニケーションおよび団体的身体活動の場を提供することができます。

 

それによって、症状や行動に対して不問に付しつつ行動を共にすることが促進されることになります。

 

 

3.不安と欲望は表裏一体

 

欲望が強いほど不安は大きくなります。

 

その理由は、不安は、こうありたいという欲望(生の欲望⇒より良く生きたい思い⇒生きる力)と表裏の関係にあるからだとされます。

 

水氣道でも、不安は生きる力のエネルギー資源と考え、不安を取り除くのではなく、生命力に転換する訓練や修錬を実践しています。

 

 

4.不安はそのままにして、今やるべきことを行う

 

森田療法は、不安を取り除こうとせず、不安はそのまま放置して、今必要な行動を促していくことを、<あるがまま>のモデルとしています。

 

すなわち、行動することによって心理的変化が生じるという理念が背景にあります。しかし、<あるがまま>を実行することは一朝一夕にはできません。

 

 

そこで水氣道では、まず参加者の今やるべき日常からの解放をはかります。

 

これは、現実逃避ではなく、むしろ有意義な活動に積極的に取り組む切っ掛け作りになります。

 

水氣道において<今やるべきこと>は、稽古に参加する予定の日に、確実に稽古会場へ赴くことだけです。

 

なぜならば、稽古会場に到着してしまえば、その後は、水氣道の稽古環境に心身を委ねるだけで良いからです。

 

その際には、<今やるべきこと>という義務感は薄れ、気が付いてみると稽古が終了しているはずです。

 

水氣道で<今やるべきこと>を実行するということは、決断して最初の一歩を踏み出すだけのことに過ぎません。それだけで不安の大半は軽減されていくことを実感できることでしょう。

 

 

5.考え方の転換

 

森田療法では<観照>(起こっている事実そのものを観る)が習慣となるように指導します。

 

そして、<不安があるから頑張れる>などのポジティヴ・リフレーミング(肯定的な考え方の枠組みを提供する)を行い、事象のすべてに肯定的な側面があることを認識させていきます。

 

行動本位に生活することを指導するとともに、患者の人生観の転換を促します。森田の言う<思考の矛盾>の改めです。

 

 

これは、私たちの中の自然なもの(感情、身体感覚、欲望など)を、言語を中心とした知識、概念、思想で操作しようとする認知あるいは心の在り方によって生じる矛盾を改めるということです。

 

森田療法では、私たちの中の自然なもの(感情、身体感覚、欲望など)をあるがままとして操作を加えないように指導しますが、この点が、認知行動療法とは大きく異なるポイントではないかと思います。

 

認知行動療法は、ときには人生観の転換を迫るような侵襲性をもつことは否定できないと思います。

 

 

水氣道の立場は、私たちの中で不自然に歪められているもの(感情、身体感覚、欲望など)を、私たちを取り巻く治癒環境(水環境、水氣道の団体環境)に委ねて運動することによって、私たちに本来備わっていた自然で健全なもの(感情、身体感覚、欲望など)を取り戻そうとするものです。

 

言語を中心とした知識、概念、思想で操作するのではなく、言語は、あくまで補助的、補完的な示唆に留まるものと位置づけています。

 

 

6.あるがままの体得

 

森田療法によって、アトピー性皮膚炎の患者さんは、いつの間にか、自分の気分や皮膚症状に執着した自己中心的な意識は外へと広がり、かゆみや掻破行動のとらわれから解放されていくとされます。

 

 

行動本位の生活を続けていくうち、自己肯定感が生まれ、自己を受容できるようになり、他人に対する思いやりも養われるといわれます。

 

 

水氣道では、水という生命の本質を支える自然環境と団体組織という人的環境に心身を置くことによって、自分の内にあるものと、自分の外にあるものとの健全な関係性を再構築していきます。

 

それは、単に自己実現をはかるにとどまらず、自己超越をも希求するものといえます。

 

患者さんに<あるがまま>を体得していただく上で、水氣道は卓越した本質を備えていると考えています。