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認定内科医、認定痛風医

アレルギー専門医、リウマチ専門医、漢方専門医

 

飯嶋正広

 

 

腎疾患の治療について(No4)

 

腎臓病の専門的治療薬

 

第119回日本内科学会講演会(2022年)の教育講演5.慢性腎臓病治療の新たな展開(菅野義彦:東京医大)によれば、「従来の腎機能保護の中心は血圧と血糖値の管理であり、これはRAA(renin-angiotensin-aldosterone)系抑制薬等多くの薬物によりエビデンスが示されてきた。病態としては糸球体過剰濾過からの解放である・・・」と述べています。

 

また同氏は「近年は腎機能低下に関する他の機序についての介入が可能になりつつあるが、患者の高齢化に伴い治療における様々な注意点も生じている。」との問題提起をしている。

 

その一つは、おそらくポリファーマシーであると思います。これは、多剤併用のことで、多種類の医薬品が処方されていることです。俗に「薬漬けともいわれますが、専門分化し過ぎた現代医療において、医師の好むと好まざるとを問わず、特に高齢者の医療で発生しがちな問題です。腎疾患治療用の主な薬剤としては、大まかに言って以下の種類があります。」

 

私のクリニックで使用している薬剤は、安全性の高い、限られた薬剤のみを使用しています。これらの薬剤の多くは、腎不全が進行してから使用することになるなるため、腎不全が進行しないように早期に対応することが望ましいことは言うまでもありません。そういう意味においても、腎臓病には特効薬はないのです。
 

しかし、朗報としては、近年有力な糖尿病治療薬として注目されているSGLT2阻害薬であるダパグリフロジン(フォシーガ®)が、慢性心不全(慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る)に加えて新規に、慢性腎臓病(末期腎不全、透析施行中の患者を除く)にも適応拡大が承認されたことを挙げることができます。

 

この薬剤は、当クリニックでは糖尿病の方のために処方して良好な成績を得ているのですが、糖尿病患者の3大合併症である糖尿病腎症の進展防止に期待できるばかりでなく、高血圧・心不全の治療にも役立つことが期待されます。

 

1) 高カリウム血症治療薬:

この薬剤中には陽イオンが含まれていて、腸内のカリウムイオンと好感させることによって、カリウムを体外に排出させることで、血中で高値となったカリウム濃度を低下させます。

 

この薬剤を使用する前にカリウム接種制限が行われます。

 

急性及び慢性腎不全に伴い高カリウム血症を来した場合は、ポリスチレンスルホン酸ナトリウム(ケイキサレート®)などのほか、2020年3月に新規の高カリウム血症改善薬として、非ポリマー無機陽イオン交換化合物のジルコニウムシクロケイ酸ナトリウム水和物(ロケルマ®)が登場しました。しかし、私のクリニックでは、これまでのところ、これらの薬剤を使用せずに対応できています。
 

 

高カリウム血症治療薬に関する情報そのものよりも大切なのは、高カリウム血症の原因や悪化因子となる薬剤です。
 

降圧薬として頻用されているACE阻害薬、ARB、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬、ベータ遮断薬は、いずれも高カリウム血症の原因となるため注意が必要です。また、消炎鎮痛剤(NSAIDs)も高カリウム血症の原因となり得ます。

 

 

2) 高リン血症治療薬

この薬剤はリン吸着薬である陽イオンであり、消化管内で陰イオンであるリンと結合して、その吸収を妨げます。

 

この薬剤を使用する前にリン接種制限が行われます。

 

透析中の慢性腎不全患者の高リン血症の治療薬として、セべラーマ塩酸塩(レナジェル®、フォスブロック®)が使われますが、私のクリニックでは、現在、透析中の方は通院されていないため使用していません。むしろ、透析に至らないための対策に力を注いでいます。

 

 

3) 代謝性アシドーシス治療薬

この薬剤はアルカリ性物質である重曹(NAHCO₃)であり、経口内服すると胃酸と反応して分解され、その結果、膵液の重曹の消化吸収を促進することによって、血中のアルカリ予備を増やして代謝性アシドーシスを改善します。
 

炭酸水素ナトリウムは、制酸剤として、あるいはアシドーシスの他、尿酸排泄促進と痛風発作の予防が適応になります。私のクリニックでは、高尿酸血症や痛風の専門診療を行っているため、酸性尿改善薬としてクエン酸カリウム・クエン酸ナトリウム配合剤(ウラリット®等)を用いています。尿路結石の再発を抑制することができ、尿酸排泄促進と痛風発作の予防が主目的ですが、同時に腎機能の保護を図っています。

 

 

4)尿毒症治療薬

腸管内で尿毒素物質あるいはその前駆体を吸着し糞便中への排泄を促進します。この薬は進行性慢性腎不全における尿毒症症状の改善や透析導入を遅延(時間稼ぎ)のために使用される炭素微粒体です。私のクリニックでは使用経験はありません。

 

 

5)カルシウム受容体作動薬

副甲状腺のカルシウム感知受容体に直接作用し、過剰な副甲状腺ホルモン(PTH)の分泌を抑制します。
 

腎透析を受けている腎不全の合併症である二次性副甲状腺機能亢進症に対してシナカルセト塩酸塩(レグパラ®)が使用されることがあります。私のクリニックでは、いまだ需要がないため使用経験はありません。

 

 

6)腎性貧血治療薬

赤血球産生を刺激する薬剤です。HIF-PH阻害薬という新しい薬剤であり、ロキサデュスタット(エベレンゾ®)などが使われています。日本腎臓学会は2020年にこの薬剤の適正使用法についての推奨を発表していていますが、私のクリニックでは処方していません。しかし、当方が紹介した連携医療機関の血液科から処方されている方はいらっしゃいます。

 

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声楽の理論と実践から学ぶNo.3


横隔膜と大腰筋の繋がりと、仙骨運動との関連性について

 

大腰筋は上部腰椎の側面から横隔膜の後を通って、腸骨筋とともに大腿骨の小転子につながっています。股関節を伸ばすと、大腿骨は大腰筋を介して上部腰椎を前に引っ張り、脊柱の動きを制限します。また、上部腰椎と第12肋骨は弓状靭帯でつながり、その弓状靭帯に横隔膜がつながっています。

 

大腰筋は、平地の歩行ではあまり鍛えられません。階段を上ったり、ハイキング登山を楽しむなどして適切に鍛えることができます。しかし、平坦であっても水中歩行であれば、大腰筋は大いに鍛えられます。

 

水氣道の基本航法の中でも第三航法(前蹴り歩き航法)などで、仙骨のうなずき運動が生じると第5腰椎が伸展します。腰椎が伸展運動を起こすと横隔膜の腰椎部である右脚と左脚が下方へ伸張され,横隔膜全体は下方へ牽引されます。それによって,横隔膜が下降し、横隔膜ドームの平坦化によって,胸郭の垂直径が増えます。また,横隔膜の下降によって,腹腔内容の圧縮,腹横筋のような伸張された腹筋群の他動的張力による腹腔内圧の上昇による抵抗を受けます。

 

腹腔内圧の上昇は,下部肋骨を側方へ拡大させます。腹腔内圧の上昇によって一旦固定されると引き続いて生じる横隔膜の肋骨線維の収縮により下位と中位の肋骨が挙上されます。また,仙骨の起き上がり運動により寛骨は外旋‐内転します。それに伴って,大腰筋は緩んだ状態となり,大腰筋と筋連結をもっている横隔膜も弛緩します。

 

これによって,仙骨のうなずき運動により横隔膜全体は下方へ牽引され,仙骨の起き上がり運動により弛緩が促されることになります。

 

水氣道の航法に組み込まれている、このような仙骨のうなずき‐起き上がり運動の反復訓練によって横隔膜の収縮‐弛緩がスムーズに行われるようになります。

 

その結果、呼吸機能が向上し、心肺機能ならびに全身の筋肉活動を高めることに繋がって行くことが期待できます。
呼吸効率の改善と有酸素運動能力の向上は脳の諸機能を活性化し、気分を安定化させ、認知能力を高めるのに役立ちます。
このようにして、水氣道は心身の両面に及ぶ全人的な鍛錬法として発展を続けています。

 

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認定内科医、認定痛風医

アレルギー専門医、リウマチ専門医、漢方専門医

 

飯嶋正広

 

 

なぜ病気が長引くのか…発作性の症状対策

 

<痛風発作編その4>

 

高尿酸血症・痛風は生活習慣病である!

 

高尿酸血症は生活習慣病です。

そこで、飲酒を含めた生活習慣の改善と治療薬の服用を確実にするための行動変容が求められます。

 

ただし、痛風発作の発現・再発や高尿酸血症の合併症を防ぐためには、自覚症状のない(無症候性)高尿酸血症対策も必要であるため、適切な行動変容の前提として、患者教育を通して認知の歪み(素人的な思い込み)を是正することを含めて、少なくとも簡易な認知行動療法を外来診療で実施することは有意義だと考えます。

 

血清尿酸血の急激な変動は、発作を増悪あるいは遷延化するので、発作中は尿酸降下薬を開始したり、中止したりすべきではありません。つまり、痛風発作の際、再発を防ぐためには、尿酸降下薬の使用は炎症が十分落ち着いてから開始しなくてはなりません。

 

無症候性高尿酸血症でも、腎障害を有する場合は、腎機能低下を抑制することを目的に、条件付きではありますが、尿酸降下薬を用いることが推奨されるようになりました。

 

 

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臨床産業医オフィス

<高円寺南労働衛生コンサルタント事務所>

産業医・労働衛生コンサルタント・第一種作業環境測定士・衛生工学衛生管理者

飯嶋正広


 

企業の禁煙推進戦略 No.4

 

職場の喫煙は「コスト」と「リスク」の根源

 

Q4. 企業が抱える「喫煙のリスク」とはどのようなものでしょうか?

 

企業にとってリスクになるのは、企業全体の健康レベルが下がることだけで
はありません。喫煙者の「労災リスク」や、非喫煙者からの「訴訟リスク」が不当にも、かなり低く見積もられていることがしばしばあります。

 

喫煙者は、体内のニコチン濃度が下がることによって、集中力が低下します。その際に、労災、つまりケガや事故の危険性が高まるという研究結果があります。

 

また、職場の受動喫煙によって他の従業員に健康被害が出た場合だけでなく「タバコのニオイで気分不良」でも、従業員から会社が訴えられることすら実際に発生しています。タバコ臭い上司からの執拗な叱責がハラスメントとして認定されないとも限りません。

 

たとえ喫煙室を設置して分煙化していたとしても、喫煙室のすぐ外側で、タバコ臭いのであれば、それだけで問題あり、明らかに不合格です。

 

こうしたリスク回避のためにも、やはり、職場の禁煙対策が重要となるのです。
その他にも、リスクとは異なりますが、喫煙スペースを維持することにも多くのコスト(費用)が掛かります。

 

まず、床面積(地面)に対する家賃。そして、喫煙室から換気扇で冷暖房された空気を排気することで大量の電力を消費します。

 

1つの喫煙室で年間10〜20万円の電気代が浪費されるという試算もあります。さらに、清掃業者に支払うコストもかかります。経理的な観点からも企業・オフィスの喫煙スペースは無くしたほうが良いのは明らかです。

 

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常陸國住人 

飯嶋正広

 

常陸国飯嶋氏のルーツ探訪(その8)

 

応永年間の常陸国

 

「水戸」という特定の地名は,応永年間(1394~1424)のものと推定され、吉田薬王院文書に現れたものがその初期の例とされています。

 

「熊野山願文」に記録されているのは、初回が飯島七郎光忠・子息宗忠(1391年)、二回目が悉知左衛門尉宗忠・同七郎通忠(1403年)です。

 

そこで、明徳2年(1391)から応永10年(1403)までのおよそ12年間の常陸国はどのような状況にあったのかに目を向ける必要があります。

 

南北朝争乱において常総南朝の決定的壊滅をもたらした常陸難台山の合戦は、元中四年(1387)南朝方の小山義政の三男若犬丸が、小田孝朝の子・五郎藤綱と共に難台山で挙兵して始まりました。

しかし、北朝方の上杉朝宗は常陸国の佐竹義宣、小野崎通郷、江戸通高らの応援を受け、元中五年(1388)に小田五郎は戦死したと伝えられています。

江戸氏(旧、那珂氏)初代通高はこの難台城攻めで戦死し、その子・通景は父の戦功により、戦で活躍できなかった大掾氏旧領の河和田(水戸市)周辺を関東管領足利氏満より新領として与えられて本拠地を江戸郷から河和田(河和田城)に移しました。

 

飯島七郎光忠・子息宗忠の「熊野山願文」(1391)は、こうした常陸国での南北朝の騒乱が一応の決着した時期の文書です。

まさに、この年、元中8年/明徳2年(1391)12月に、中央では山名氏清・満幸らが室町幕府に対して反乱を起こしています。

内野合戦とも呼ばれる明徳の乱です。ただし、東国において重要なのは、陸奥国、出羽国の2カ国が鎌倉府の管轄となったことではないかと考えます。そして翌年(1392)には南北両朝が合一しています。

 

飯島の地は河和田城を中心とする河和田の西部に隣接しているため、後顧の憂いなく常陸の飯島を出発し熊野詣を実現できたのかもしれません。

 

なお、難台山の合戦で、南朝方の小山若犬丸は、辛うじて難を逃れ、応永四年(1397)奥州で旗揚げしたが、陸奥国にも捜査権が及ぶようになった関東管領足利氏満の命により、玉造の城主烟田重幹の追討を受け、敗れて自害し、名族小山氏は滅亡したのでした。

 

河和田城と新領を得た、江戸氏2代通景は、その後も在地支配勢力を着実に広げていきました。これに対して、支城の河和田城を奪われた大掾氏は、応永7年(1400)に本城である居城の水戸城の修築を行ないました。

 

飯島七郎光忠の子息の悉知左衛門尉宗忠の2回目の熊野詣が記録される応永10年(1403年)から十年余りの応永23年(1416)には上杉禅秀の乱が勃発しますが、この時期の水戸地方は比較的平穏であった可能性があります。

 

この乱で上杉禅秀は敗れ自害し、鎌倉公方足利持氏は禅秀派であった大掾満幹は本拠地である水戸城周辺の所領を没収し、持氏派の江戸通房に与えました。

そして水戸城の明け渡しを拒否し占拠し続けていた満幹は、応永26年(1419)に府中(茨城県石岡市)へ出かけた留守中に、水戸城は江戸氏3代通房によって攻め落とされました。

 

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この作品を私が翻訳で読んだとするならば、多くのことに気が付かないまま読了してしまったのではないかと感じています。また、原文で読むには、相当な時間を要しても、全体の流れがつかめなくなってしまっていたかもしれません。少しずつではありますが、このようなスタイルでじっくりと翻訳を試みながら読むことなしには、カミュのこの作品を深く味わうことができなかったのではないかと、ますます感じております。


とにかく、今回も、この作品は、読者に実に多くの注意力を要求しています。うっかりとは読み進めることができないミステリアスな推理小説のようでもあります。そして、それには、科学的な、さらには臨床医学的な論理的推理作業の動員までもが喚起されつつあります。

 

 

― Je n’ai eu que deux conversations avec lui. Il y a quelques jours, j’ai renversé sur le palier une boîte de craies que je ramenais chez moi. Il y avait des craies rouges et des craies bleues. À ce moment, Cottard est sorti sur le palier et m’a aidé à les ramasser. Il m’a demandé à quoi servaient ces craies de différentes couleurs.

 

Grand lui avait alors expliqué qu‘il essayait de refaire un peu de latin. Depuis le lycées, ses connaissance s’étaient estompées.

「あの方と言葉を交わしたのはまだ二度だけです。何日か前、チョークの箱を自宅に持ち帰ろうとして階段の踊り場でひっくり返してしまったんです。赤と青のチョークを入れていました。その時、コタールさんが踊り場に出てきて拾うの手伝ってくれました。彼には色違いのチョークを何に使うのかと聞かれました。

 

グランは、そこでラテン語の勉強をし直そうと思っているのだと話して聞かせた。リセを卒業して以来、その知識がすっかり薄らいできたからだ。

 

 

― Oui, dit-il au docteur, on m’a assuré que c’etait utile pour moeux connaître le sens des mots français.

Il écrivait donc des mots latins sur son tableau. Il recopiait à la craie bleue la partie des mots qui changeait suivant les déclinaisons et les conjugaisons, et, à la craie rouge, celle qui ne changeait jamais.

「そうなんです」とグランはリウ医師に言った。「フランス語の単語の意味をもっとよく知るのには、それが役立つと聞いたものですから」

そこで彼は、ラテン語の単語をいくつか黒板に書くことにしていた。単語の語尾変化や活用によって変化する部分を青チョークで、変化しない部分を赤チョークで書き取っていた。

 

 

― Je ne sais pas si Cottard a bien compris, mais il a paru intéressé et m’a demandé une craie rouge. J’ai été un peu surprise mais après tout... Je ne pouvais pas deviner, bien sûr, que cela servirait son projet.

Rieux demanda quel était le sujet de la deuxième conversation. Mais, accompagné de son secrétaire, le commissaire arrivait qui voulait d’abord entendre les declarations de Grand. Le docteur remarqua que Grand, parlant de Cottard, l’appelait toujours « le désespéré ». Il employa même à un moment l’expression « résolution fatale ». Ils discutèrent sur le motif de suicide et Grand se montra tatillon sur le choix des termes. On s’arreta enfin sur les mots « chagrins intimes ». Le commissaire demanda si rien dans l’attitude de Cottard ne laissait prévoir ce qu’il appelait « sa détermination ».

「コタールさんが理解できたかどうかはわかりませんが、彼の興味を引いたようで、私に赤いチョークを一本くれと言うのでした。ちょっと驚きましたが、結局は...。もちろん、それが彼の企てに使われるなどとは思いもつかなかったものですから。(註1)

リウ医師は、二回目の会話がどんな話題だったのかを尋ねた。しかし、ちょうど警部(註2)が事務官を伴って到着し、グランの供述を先に聞きたいと望んだ。リウ医師は、グランがコタールのことを話すときには決まって「絶望した人」(註3)と言うことに気がついた。

グランはある時には「決死の解決法」(註4)という表現まで使っていた。グランと警部は自殺の動機について議論したが、グランは言葉の選び方について細かなこだわりを示した。最終的には、「内的苦悶」(註5)という表現にたどり着いた。警部は、コタールの態度の中に、グランがいうところの「彼の最期決断」(註6)をうかがわせるものが何もなかったか、と尋ねた。

 

(註1)まさか、それが彼の企てに使われることになろうなどとは思いもつかなかったものですから。

Je ne pouvais pas deviner, bien sûr, que cela servirait son projet.

bien sûr(もちろん)が否定の文脈で用いられていますが、この場合「まさか」と訳すことですっきりします。また、グラントはコタールに「色違いのチョークを何に使うのかと聞かれてその目的を説明しましたが、逆にコタールは赤いチョークを所望した際にグラントに使用目的を質問しませんでした。グラントは赤いチョークを、フランス語の単語の語尾変化や活用によって「変化しない部分(語幹)を書くために用いていると説明しています。私はこの「変化しない部分」ということに秘められた象徴的な何かが隠されているような予感がします。


またグラントは、コタールの自殺未遂事件とのかかわりで、供述しています。つまり、コタールの自殺の企てに関する供述です。コタールがグラントに赤いチョークを所望した段階で、コタールにはすでに自殺企図を抱いていたのかどうかまでは読み取れませんが、おそらくグラントにとっても謎だったのではないでしょうか。すでに自殺企図があったのであれば、その企図を「見抜けなかった」ことになり宮崎訳が妥当します。

すなわち、

「私はもちろん、それがあの人の計画に役立つなんてことまでは見抜けなかったわけで」(宮崎訳)

しかし、その時点で自殺企図がなければ「予想もしていない」ことになり三野訳に傾きます。

 

「もちろん、それがあの人のやろうとしていたことに役立つとは予想もしていませんでした」(三野訳)

 

これに対して、所詮、コタールがその時点で自殺企図があったかどうかは「分からない」あるいは「分かりようもない」というのであれば、

 

「まさかそのときは、チョークを何に使うつもりかなんて分かりませ んでしたから」(中条訳)

 

という訳が良く対応しますが、そもそも、自殺企図の形成時期がどの段階であるにせよ、赤いチョークを自殺行動に意図的に結び付けていたのか、思いがけなく偶然に、あるいは無意識に用いていたのかについては、この段階では謎であるといえるのではないでしょうか。

 

(註2)警部 

le commissaire 

この訳出は各人各様ですが、前出の訳語を踏襲するか、訳し分けるかに注目すると、「警官」(宮崎訳)、「警察署長」(三野訳)は踏襲し、中条訳では、前回が「警察の責任者」今回は「警視」としています。私は、統一的に「警部」と訳しました。

 

(註3)「絶望した人」

« le désespéré »

「絶望に駆られたあの人」(宮崎訳)、「絶望した人」(三野訳)、「絶望したあの人」(中条訳)と多少の違いがありますが、私はシンプルな三野訳と同じです。

 

(註4)「必死の決意」

« résolution fatale »

「宿命的な決意」(宮崎訳、三野訳)、「運命的な決意」(中条訳)

「宿命」とか「運命」とかよりも、コタールは自殺未遂をはかったのですから、もっと直接的に「死」に結ぶ訳語が相応しく感じます。

 

(註5)「秘められた心痛」
« chagrins intimes »

「内的な悲嘆」(宮崎訳)、「内心の苦悩」(三野訳)、「内面的な悲しみ」(中条訳)。三者三様ですが、悲嘆にせよ苦悩にせよ内的なものである ことから、intime(s)の意味を、より分かりやすく訳出するならば、外部から、あるいは第三者による外見からの観察では気づかれない性質のものであることが示唆されます。そこで、私はまず<秘められた(内なる)心痛>と受け取って、あえて(内なる)を除きました。心痛としたのは、痛みは主観的な個人の内なる感覚であって、他者には感じることができないものだからです。(註1)で考察した「謎」との関係でも、<秘められた自殺動機>というテーマが浮上してくるように感じられます。

 

(註6)「彼の最期決断」
« sa détermination »

「この男の最期的決意」(宮崎訳)、「重大な決意」(三野訳)、「彼の最終的決断」(中条訳)に対して、「最終」よりも、命が終わる死に際を意味する「最期」という訳語がよりふさわしく思われます。黒板に赤いチョークで書き残された、いわば、遺書とでもいうべきallees fleurís 「花咲く小道」という文字から、私たちは何を連想するでしょうか。

 

私は、まず血で書かれた文字を連想しました。そして生と死の分岐点を想起します。
ただし、それよりも、花咲く小道の花は何の花なのでしょうか。その花の色が赤であるとすれば、赤い花の花言葉を確認したくなりますが、花の種類によって様々であることが分かります。

 

ポジティブなものが多いですが、ネガティブなものの例としては、赤いアスター(変化を好む)、赤いシクラメンやヒヤシンス(嫉妬)、赤いヒガンバナ(悲しい思い出、再会、あきらめ、転生)などがあります。グラントは赤いチョークはフランス語の語幹とおもわれる変化しない部分を書くために用いていたことと結びつけて読み解くことの可否については、今後の物語の展開に待ちたいと思います。

 

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聖楽院主宰 テノール 

飯嶋正広

 

今回は、音大での第4回目(5月3日)の報告です。

 

第4回レッスン

 

祝日(憲法記念日)であるにもかかわらず、武蔵野音大のキャンパスは平日と少しも変わることがありませんでした。学食のインテルメッツォも、学内の書店も通常営業であり、学生の様子も普段通りでした。

 

さて、指定のレッスン室に向かうと、定時になっても来訪者の気配がありました。大柄な若者が帰り支度をしていました。

 

レッスンはすでに4回目を迎え、王さんが休みのため、久しぶりに岸本先生と一対一の個人レッスンになりました。先程の若者は身長190㎝を越す中国出身の偉丈夫で、博士課程の学生、しかも、ロシア声楽の勉強のため、新たに岸本先生のレッスンを受けることになったとのことでした。

 

本日のレッスンは、通例通り、発声練習から始まりましたが、岸本先生の発生訓練は、その後に続く楽曲の歌唱レッスンのためにとても有効に作用していることが次第に感じられてきました。

 

以下がレッスンの流れです。

 

#1.歌曲「Cредь шумного бала.(騒がしい舞踏会の中で...)」の歌唱

前回、活舌が悪かったところを修正して歌唱しました。

 

#2.歌曲「Cеренада дон-жуана(ドン・ファンのセレナード)」の歌詞

レッスンでは初めての歌唱でした。テンポの速い曲で、歌曲として大曲でもあり、難しい曲であると認識していました。幸い金曜日夜のめいた音楽院でピアニストの森嶋さんに音取りをしていただいたお蔭で、予め、曲の流れの概要はつかんでおくことができたのは良かったです。
   

この曲は、岸本先生がチャイコフスキーコンクールの本選で歌った記念すべき曲であることを教えていただき、とても感銘を受けました。
   

この曲についての指導を受けた後、今後のレッスン曲について相談をさせていただいたところ、チャイコフスキーからラフマニノフへ移行することのご提案をいただきました。これは自然な流れに沿うものだそうです。
   

先週、すでに岸本先生が編集されたラフマニノフの楽譜は入手していたため、その歌曲集の中から候補曲を選んでいただくことになりました。

 

#3.歌劇「エフゲニー・オネーギン」第2幕から、「レンスキーのアリア(青春は遠く過ぎ去り)」

前回のご指導で、この曲は歌曲のようにレガートに歌うように心がけました。いつもより、余裕をもって歌うことができたように思います。レガートに歌うためには、歌詞を滑らかに朗誦できるようになることが前提です。

 

ロシア語の発音とキリル文字による言語認識に馴染みの少ない多くの日本人声楽家にとって、欧州の他の言語以上に、この最初の段階の仕込みに力を注ぐ必要があるように思います。ですから、先を見越した早目の準備が必要になります。そこで、夏休みの期間中の勉強の仕方について岸本先生に伺ったところ、意外なご提案をいただきました。

 

8月22日(月)に予定されている岸本力門下生による定例コンサートへの参加許可です。武蔵野音大の別科を終了しても、二期会会員の皆様方たちと同じステージを踏むことは叶わないであろうと予測していたところ、想定外に早い段階でその機会に恵まれることになったのです。
   

そこで、レッスン時間は満了であったのですが、王さんが欠席のため、彼のレッスン時間の分を私のために提供してくださいました。

 

#4.歌曲「отчего?...(何故?)」の歌唱

この曲は、最初に教えていただいたロシア歌曲であり、武蔵野音大入学前からレッスンを受けていたお蔭で、少しずつ私の心身に浸透しつつあるのを感じます。
 

レッスンの後、学内の書店に立ち寄り、新たにラフマニノフ歌曲集の第一巻目が出ていたのを発見したため、チャイコフスキー歌曲集とともに購入しました。

 

チャイコフスキー歌曲集は岸本先生の師匠であるソプラノ小野光子(おのてるこ)先生の編集によるものです。

 

 

参考:小野光子(1927-2017)

鎌倉で生まれ。1949年東京芸術大学卒業。ソプラノ歌手。 父は築地小劇場の左翼演劇運動に携わった小野宮吉、母は東京音楽学校を卒業し当時国際的活躍も期待されたソプラノ関鑑子、戦後「うたごえ運動」の指導者として著名。
東西の冷戦時代に、母がレーニン平和賞を受賞したことも与って、モスクワ音楽院に留学、以来ロシヤ歌曲との長いつきあいが始まった。留学時代を終え、数年後さらにソ連国内を隈無くといっていいほど広範囲に180回の演奏旅行でまわっている。こうした行動を支えたのは、持ち前の強靭かつ柔軟な意志と行動力である。

 


この記事を書き終えた直後に、岸本先生からのメッセージが届きました。
ラフマニノフの曲ですが、私の「ラフマニノフ歌曲選集2」のp21の「リラの花」、p62「私は悲しい恋をした」、p76「夢」、を勉強して下さると楽しいです。岸本力

 

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認定内科医、認定痛風医

アレルギー専門医、リウマチ専門医、漢方専門医、

 

飯嶋正広

 

 

腎疾患の治療について(No3)

 

腎疾患とりわけ高齢者の慢性腎臓病(CKD)に注意すべき薬剤

 

当クリニック受診者の皆様の中には、年代を問わず腎機能が、従来に比べて、最近1年間で顕著に低下している方を散見します。その原因について今後も慎重に検討する必要があると考えております。

 

まず、高齢者の方に関しての注意点が3つあります。

 

❶ 高齢者では一般に筋肉量が減少する傾向があります。筋肉量が少ない場合には、腎機能評価の指標となるeGFR(推定糸球体濾過率)が過大評価されることがあります。つまり、実際には腎機能が低下していても、数値データでは異常を見落としがちです。

 

❷ 高齢者では、腎機能低下による健康上の悪影響を受けやすいです。

 

❸ 高齢者では、検査や治療で用いられる薬剤によって副作用が出やすいです。

 

そこで、高齢者の医療に対して、特別な注意が必要となります。

 

杉並国際クリニックの方針としては、治療薬を始める際には、原則として年齢を問わず、なるべく少量から開始することにしています。必要があって薬剤を増量する場合にも、可能な限り時間をかけて緩徐に行ないます。

高齢者ではなくとも妊娠可能年齢の女性に対するリスク回避も必要であり、また、アレルギー科、リウマチ科を標榜している専門医としては、個々人の体質の違いを慎重に吟味し、観察を続ける必要があるからでもあります。そして標準使用量に達しなくとも十分な臨床成績が得られる場合には、少量投与のまま有害事象の有無を慎重に評価するように心がけています。

 

一般的に、75歳以上の高齢者では、非高齢者よりも治療目標値を緩和することが多いですが、それは、個人差や前提条件の違いによって個別に検討しています。

 

なお、慢性腎臓病(CKD)では、高血圧を伴うことが少なくありませんが、急激な血圧低下によって腎機能が低下することがあります。そのため計画的かつ段階的な血圧コントロールが必要です。

 

高血圧は諸臓器の障害を来しますが、臓器障害の発症や進展は外来血圧よりも家庭血圧に相関します。そのため、当クリニックでは、皆様に血圧手帳をお配りして、家庭での血圧測定と記録をお勧めしています。

 

家庭血圧を朝食前と就寝前に測定して記録しておいて、受診のたびごとに、その記録を拝見させていただいております。なお、内服自己管理が確立するまでの間は、1日3回以上計測して記録しておかれることをお勧めいたします。

そこで、たとえば、高血圧の治療において、高齢者でも最終的には120/70㎜Hg未満を目標にできる方も少なくありませんが、緩徐な降圧が必要であると考えています。

 

実際にはステップ1として140/90㎜Hg未満、また可能であればステップ2として130/80㎜Hgを目指すことが多いです。その場合でも、継続的に収縮期血圧110㎜Hg未満が持続するならば、過度な降圧であるため、そこまでの降圧は行わないようにしています。

 

また、高齢者には骨粗鬆症が多数見られます。その場合、すでに他院にてビスホスホネート製剤(ダイドロネル®、フォッサマック®、その他多数)を処方されていることをよく見かけます。この製剤は高齢者の慢性腎臓病患者の骨折頻度を減少させる効果がありますが、他方、顎骨壊死などの合併症には十分に注意が必要です。そのため、歯科医から、これらの薬剤を使用しているかどうか確認を求められることがあります。

 

なお、「腎障害患者におけるヨード造影剤使用に関するガイドライン2018」(日本腎臓学会、日本医学放射線学会、日本循環器学会)では、造影剤使用前の腎機能評価法の標準化や造影剤使用の適正化に向けて、様々な推奨をしています。

 

腎障害性の薬剤は、腎機能が低下するほど副作用が発現し易いので注意します。

 

抗菌薬、NSAIDs、造影剤など腎排泄型の薬剤は、すべて減量投与または中止が必要になります。
また、腎障害ではマグネシウムが体内に蓄積し易いため、マグネシウム製剤の投与は慎重に行ないます。

 

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声楽の理論と実践から学ぶNo.2

 

声楽の場合、体が楽器ですから、コントロールする上で、必要な知識が求められます。実は、水氣道にとっても、必要な知識があります。

 

声楽では、声のコントロールにおいて、脱力と緊張のバランスがどちらかに偏ってしまうと、声の揺れや上ずり、音程の低すぎや高すぎ、レガートやスタッカートができない、等の問題が起きます。

これは水氣道も同様なのですが、水氣道でいうリラックス状態というのは脱力状態とは異なることに気を付けてください。水氣道でいうリラックス状態とは、中庸の状態であり、それには一定の幅があります。脱力状態と緊張状態の間にある、その時点においてもっとも機能的かつ効率的な緊張バランスが水氣道でいうリラックス状態です。

 

 

また大変重要視しなくてはならないのは、舌の訓練です。

 

舌は普段の生活では、本来の長さよりも萎縮しています。そうなると、萎縮した舌と横隔膜が原因で安定した声が出ません。

 

それはなぜでしょうか。声楽のレッスンでは『支え』という言葉を使って指導をうけることがあります。日本語の『支え』とは、素晴らしい言葉ですが、より具体化しなければ体得できない心身の状態です。

 

それから、呼吸は筋運動に伴う生命現象です。しかも、主たる吸気筋である横隔膜でさえも単独では動きません。浅い呼吸によって、声が平坦に聴こえるのは、横隔膜と大腰筋の繋がり(註)である、ある部分を活発に使えていないからです。

 

呼気と吸気のバランスは、人それぞれ違い個人差がありますが、歌唱の際はフレーズとフレーズの間で息を吸う際に、特に注意しなければなりません。

 

(註)横隔膜と大腰筋の繋がり

腸腰筋は腰椎を介して横隔膜と連携しています。その腸腰筋は、大腰筋・小腰筋・腸骨筋からなっています。腸腰筋のうち大腰筋は第12胸椎あたりで横隔膜と筋連鎖することで横隔膜下制が起こり、ドームが平坦化します。吸気時すなわち横隔膜収縮時には腸腰筋は腰椎・骨盤を安定させています。そのため腹腔内圧上昇、下部胸郭拡張が起こります。

もし腸腰筋に過緊張や機能低下があった場合、連結している横隔膜など他の筋にも影響を及ぼします。その結果、呼吸運動が制限されてしまいます。

 

このように一見呼吸とは関係が薄そうな下肢筋でも、呼吸筋との連結を介して呼吸に関連する筋は多数存在します。そのため、筋の作用と繋がりを理解しておくことが大切であり、水氣道の技の体系は、このような理解の上に構築されています。

 

声楽では上半身が脱力すればするほど、下半身のエネルギーをより深く使うことができると教えられます。そうはいっても、下半身のエネルギーをより深く使うことができるようになるのは容易ではありません。その点に関して、水氣道では、水中歩行は下半身のエネルギーを要する運動であるため、必然的に上半身をリラックスに導くことができるのです。

 

以上のように、水氣道と声楽の発声法の共通点は、本来の自然な声に導き、体のバランスを整え、自ら気づくことを目覚めさせることに見出すことができます。

 

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認定内科医、認定痛風医

アレルギー専門医、リウマチ専門医、漢方専門医

 

飯嶋正広

 

なぜ病気が長引くのか…発作性の症状対策

 

<痛風発作編その3>


・・・痛風発作時の対応は、応急措置に過ぎない!・・・


痛風発作(急性痛風関節炎)のときだけでなく、その原因である高尿酸血症(註1)は、腎障害、尿路結石などの危険因子として認識すべきです。近年では、動脈硬化性疾患の危険因子でもあることが明らかになってきました。

 

高尿酸血症(註1):

血清尿酸値が7.0㎎/dL超の状態をいいます。

 

 

痛風発作の初診でしばしば問題になるのが腎機能障害の存在です。腎機能障害の原因が慢性の高尿酸血症によるものか、それとは独立した腎臓病によるものかを問わず、主たる治療薬である非ステロイド系消炎鎮痛剤(NSAIDs)自体の副作用として腎障害性があるためです。

 

その他の痛風発作治療薬としては、コルヒチン、経口ステロイドが使われていますが、コルヒチン(註2)は痛風発作の特効薬とはいえ、発作予防や発作前兆時もしくは発作初期には有効であっても、本格的な発作を来している場合には、ほとんど無効です。また経口ステロイドは、鎮痛剤(NSAIDs)が使用不可・無効の場合や多発性の関節炎で投与することがありますが、即効性はありません。
 

コルヒチン(註2):

大量投与による副作用で最も多いのは、腹痛と下痢、次いで嘔吐、筋痙攣などです。新型コロナ禍にあっては、このような副作用をもたらさないよう特別な配慮が必要であると考えています。