8月25日(火)
第114回医師国家試験問題(令和2年実施)A群(医学各論)から
❶ 50歳の男性。糖尿病治療の目的で来院した。
❷ 1か月前から両眼のかすみと視力低下を自覚して自宅近くの医療機関の眼科を受診したところ、両眼増殖糖尿病網膜症と診断され、内科を紹介され受診した。
❸ これまで健康診断は受けていなかった。
❹ 職業は自営業でデスクワークをしている。
❺ この1年間で体重は8㎏減少している。
❻ 身長170㎝、体重62㎏。脈拍72/分、整。血圧182/102㎜Hg。
❼ 両側アキレス腱反射は消失している。
❽ 両側足関節の振動覚は著明に低下。
❾ 尿所見(空腹時):蛋白3+、糖3+、ケトン体1+、潜血(-)。
➓ 血清生化学所見(空腹時):尿素窒素38㎎/dL、クレアチニン2.4㎎/dL、
⓫ 血糖348㎎/dL、HbA1c14.6%(基準4.6~6.2)、
⓬ トリグリセライド362㎎/dL、HDLコレステロール28㎎/dL、LDLコレステロール128㎎/dL、
⓭ Na136mEq/L、K5.2mEq/L、Cl98mEq/L。
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<解説>
❾ 尿所見(空腹時):蛋白3+、糖3+、ケトン体1+、潜血(-)。
蛋白3+ ⇒ 腎機能障害の存在が示唆されます。❽で述べた、糖尿病の三大合併症の一つである「糖尿病腎症」の存在が強く疑われます。
この症例では、糖尿病の三大合併症のすべてを併発している可能性が高いということになります。
なお尿中の蛋白が多いほど、腎不全になるリスクが高くなります。
蛋白尿(糖尿病の場合には特にアルブミン)濃度とGFR(糸球体濾過率)のデータとの組み合わせによって、より正確に予後を評価することができます。
糖3+ ⇒ 尿糖の検出の有無やその程度は、必ずしも血糖値に厳密に対応しませんが、空腹時であるにもかかわらず尿糖3+であれば、中等度以上の 糖尿病を反映するものと考えます。
ケトン体1+ ⇒ケトン体とは、アセト酢酸、β-ヒドロキシ酪酸、アセトンの総称で脂肪酸の分解産物です。肝臓で生成され、骨格筋、脳、腎などにおけるエネルギー源、脂肪合成などに利用され、正常では血中、尿中にほとんど検出されません。
糖尿病や、飢餓状態など、糖質(ブドウ糖)の利用障害が起きると、代償的に脂肪酸がエネルギー源として代謝亢進され組織での処理能力をこえて血中、尿中にケトン体が増加します。
潜血(-) ⇒糖尿病においては、尿蛋白定性反応の結果が同程度でも潜血反応が陽性群と陰性群とでは腎機能に関連する臨床検査成績に差を認め、陽性群では腎障害が進展している可能性が示唆されています。
➓ 血清生化学所見(空腹時):尿素窒素38㎎/dL、クレアチニン2.4㎎/dL
クレアチニン2.4㎎/dL⇒クレアチニンは筋肉に含まれているタンパク質の老廃物。本来は、尿素窒素と同様に腎臓の糸球体でろ過され尿中に排泄されますが、腎臓の機能が低下すると尿中に排泄される量が減少し、血液中にクレアチニンが溜まります。腎臓の機能の低下とともに、血清クレアチニンの値は高くなってきます。
血清クレアチニンの正常値は、男性1.2mg/dl以下、女性1.0mg/dl以下です。
したがって、この症例での腎機能障害の存在は明らかです。この血清クレアチニン検査は、血液検査によって実施され、その結果はeGFR(推定糸球体濾過率)と呼ばれ腎臓の働きをあらわす重要な数値を計算するためにも用いられます。
ちなみに、この症例は、男性、50歳、血清クレアチニン2.4㎎/dLという3つのデータをもとに計算するとeGFR=24.2(mL/分/1.73m²)という値が得られます。(ただし、これは、関数電卓を用いないと計算できないため、試験会場での筆算では算出できません。)
このデータからするとGFRの区分ではG4(29~25)に該当し、腎臓の糸球体の濾過機能は「高度低下」と判定されます。」このように、血清クレアチニン検査の値と年齢、性別から算出されるeGFRは、尿中微量アルブミン検査の結果と組み合わせて、糖尿病腎症の進行の程度の予測値を評価することができます。
この症例での尿蛋白は3+であるため、蛋白尿区分はA3とされ、この症例は糖尿病性腎症病期分類では、少なくとも第4期(腎不全期)に至っており、第5期(透析治療期)に移行するリスクが高く<超高リスク>と評価されます。
参照:糖尿病性腎症病期分類(杉並国際クリニック令和2年度改訂版)
尿素窒素38㎎/dL⇒基準値:7~23㎎程度。尿素窒素(BUN)とは、血液中の尿素に含まれる窒素成分のことで、蛋白質が利用された後にできる残りかすです。
通常は腎臓でろ過されて尿中へ排出されますが、腎臓の働きが低下すると、ろ過しきれない分が血液のなかに残ります。つまり、尿素窒素の数値が高くなるほど、腎臓の機能が低下していることを表しています。腎臓の機能を見る場合には、この尿素窒素の値だけでなく、尿に蛋白が出ているかどうかの検査の結果も合わせて判断します。この症例のように、両方に異常が見られる場合は要注意です。
なお、血清クレアチニンと血清尿素窒素(BUN)の両方のデータが揃っている場合は、腎機能の指数としてBUN/クレアチニン比が用いられます。
正常では10/1であり、比が上昇している場合は腎外性因子を、低下している場合は腎性因子を考慮します。
この症例のBUN/クレアチニン比を計算すると=38/2.4=15.8>10、よって、比が上昇しているため腎外性因子が疑われます。
腎外性因子とは、腎機能低下を来している原因が、腎臓自体の疾患というよりは、むしろ腎臓以外の疾患因子によっていることを示唆します。これは糖尿病という因子の存在と矛盾せず、むしろ糖尿病腎症の特徴を示したものと判断することができます。
⓫ 血糖348㎎/dL、HbA1c14.6%(基準4.6~6.2)
血糖348㎎/dL⇒血糖値は食事の影響を大きく受けます。他の血液生化学検査と同時に採血されたもの(空腹時)としての基準を示します。
空腹時血糖値判定基準
基準値 70~110mg/dl
優 100mg/dl未満
良 100~119mg/dl
やや不良 120~139mg/dl
不良 140mg/dl以上
以上より、この症例の血糖値は不良レベルの基準を遥かに超えていることが明かです。
HbA1c14.6%(基準4.6~6.2)⇒HbA1cは過去1~2ヶ月前の血糖値を反映するので、当日の食事や運動など短期間の血糖値の影響を受けません。
HbA1cコントロール目標値
血糖正常化を目指す際の目標・・・<6.0%
合併症予防のための目標・・・・・<7.0%
治療強化が困難な際の目標・・・・<8.0%
以上より、この症例の血糖コントロールを図る上で、現在の14.6%というデータがいかに著しく不良であるかは明らかです。著しく血糖コントロール不良の糖尿病です。
糖尿病の診断基準:この症例では眼科医がすでに糖尿病である旨を診断しています。
そこで内科的に、糖尿病の診断基準を検討してみます。
この症例は空腹時血糖のデータはありますが、条件①早朝空腹時血糖であるかどうかは明らかではありません。しかし、空腹時でさえ血糖348㎎/dLですから、条件③随時血糖値≧200㎎/dLという基準はクリアしているので「糖尿病型」です。
また条件④HbA1c≧6.5%にも該当し、やはり「糖尿病型」です。この症例のような場合は、糖尿病と診断してよいとされています。また、この症例では条件③随時血糖値≧200㎎/dLという基準はクリアして「糖尿病型」なので、次のいずれかの条件がみたされた場合は、初回検査だけでも糖尿病と診断できます。
・糖尿病の典型的症状(口渇、多飲、多尿、体重減少)⇒❺体重減少が該当
・確実な糖尿病網膜症の存在⇒❷両眼増殖糖尿病網膜症が該当
⓬ トリグリセライド362㎎/dL、HDLコレステロール28㎎/dL、LDLコレステロール128㎎/dL
⇒これらは血清脂質のデータです。脂質異常症診断基準値に基づいて動脈硬化症や心血管系のリスク評価をする際には、これらの他にnonHDLコレステロールを測定することが一般化しています。
トリグリセライド362㎎/dL⇒トリグリセライドは中性脂肪とも呼ばれTGと記載されることがあります。150㎎/dL以下が基準となるため、高トリグリセライド血症に該当します。
HDLコレステロール28㎎/dL⇒俗に「善玉コレステロール」として知られるようになってきました。40㎎/dL以上か基準となるため、低HDLコレステロール血症に該当します。
LDLコレステロール128㎎/dL⇒俗に「悪玉コレステロール」として知られています。
140㎎/dL以上で高LDLコレステロール血症、120~139㎎/dLでは境界域高LDLコレステロール血症としています。この症例は、したがって、境界域高LDLコレステロール血症に該当します。
脂質異常症診断基準値による脂質異常症のスクリーニング
⇒LDLコレステロール≧120㎎/dLが評価対象になります。
この症例のLDLコレステロールは128㎎/dLであるため、評価対象になります。
手続きとしては、冠動脈疾患の既往の有無から検討しますが、これは不明です。
そこで、仮に冠動脈疾患の既往が無いものとして、以下の基礎疾患の有無を検討します。
・糖尿病(耐糖能異常は含まない)⇒該当
・慢性腎臓病(CKD)⇒糖尿病腎症がありCKDに該当
・非心原性脳梗塞⇒不明
・末梢動脈疾患⇒糖尿病神経症・糖尿病網膜症を合併しているため可能性が高い
上記の、いずれか一項目に該当する場合、その症例の心血管疾患発生については高リスクと評価されます。高リスクの場合、LDLコレステロールの管理目標は120㎎/dL未満とされます。
参照:動脈硬化症予防・治療管理基準(杉並国際クリニック版)
⓭ Na136mEq/L、K5.2mEq/L、Cl98mEq/L。
これらは血清電解質濃度のデータです。
Na136mEq/L⇒Na<136 mEq/Lは低ナトリウム血症と評価されるため、境界域ではありますが、低ナトリウム血症に準じて評価します。
K5.2mEq/L⇒基準値(3.5~5.5 mEq/L)の範囲にあります。
Cl98mEq/L⇒基準値(98~110 mEq/L)であるため、境界域ではありますが、低クロライド血症に準じて評価します。
血清電解質のうちで、血漿浸透圧に影響を与えるのがNaです。血漿の浸透圧を測定することにより、体液の濃縮・希釈の状態を知ることができます。体液恒常性維持機構が正常に働いているか、また異常の原因は何かの的確な判断には血清・尿の浸透圧を同時に測定します。血漿の浸透圧を規定する主なものは、Naなどの電解質とブドウ糖、尿素です。
血漿浸透圧(Posm)は,
Posm(mOsm/kgH2O)
=2×Na(mEq/l)+ブドウ糖(mg/dl)/18+尿素窒素38(mg/dl)/2.8
と表されます。
この症例の血漿浸透圧(Posm)を計算してみると、
=2×136(mEq/l)+348(mg/dl)/18+38(mg/dl)/2.8
=304.9(mOsm/kgH2O)
後2者が値としては小さいためPosm≒2×Naと簡略化され、血漿浸透圧は通常Naの2倍になるとされますが、この症例では後2者が値が小さくないため
Posm=2×Na=272(mOsm/kgH2O)となり、近似値としても不適切となります。
浸透圧の基準値は〈血漿〉280~290mOsm/l、〈血清〉270~295mOsm/l
であるため、305は若干高い浸透圧であることがわかります。
糖尿病では血清(血漿)浸透圧が高値になります。
このような診断手続きを踏むことによって、患者さんの病名ばかりでなく、合併症その他を含めて総合的な評価が可能となります。治療計画は、こうした地道な手続きを踏まなければ確かな方針を立てることはできません。明日は、いよいよ治療方針に入っていくことになります。
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