代表的な内分泌・代謝疾患 No1. 2型糖尿病(その1)

8月24日(月)



第114回医師国家試験問題(令和2年実施)A群(医学各論)から

 

皆さんは医師国家試験というものが、どのようなものであるかを想像したことがあるでしょうか。現在実施されている形式では問題がAからFまでの6群に分かれていて、医学各論、必修の基礎的事項、医学総論/長文問題(英文問題を含む)など、計400問で構成されていて、かなりの集中力と持久力が試されます。たった1問を綿密に分析して回答しようとしたら十中八九時間切れとなることでしょう。私が受検した30数年前と比べて、手技問題や長文問題・英文問題が登場し、アメリカの国家試験に近づいているという見方もできそうです。

 

日進月歩の医学会においては、概ね5年に一度しか改訂されない権威的な教科書よりも、毎年実施される国家試験の出題問題を検討した方が、アップ・ツー・デートな基礎知識の確認に役立っているように思われます。ですから、私は自分の専門領域以外の知識は、この400問に及ぶ国家試験問題を上手に活用することを続けていこうと思っています。

 

以下は、実際に出題された医師国家試験の症例提示です。❶~⓭の冒頭番号は解説の都合上、私が付したものです。

 

初日は、初診時に直ちに確認できる項目❶~❽までを検討することにします。

 

❶ 50歳の男性。糖尿病治療の目的で来院した。

 

❷ 1か月前から両眼のかすみと視力低下を自覚して自宅近くの医療機関の眼科を受診したところ、両眼増殖糖尿病網膜症と診断され、内科を紹介され受診した。

 

❸ これまで健康診断は受けていなかった。


❹ 職業は自営業でデスクワークをしている。

 

❺ この1年間で体重は8㎏減少している。

 

❻ 身長170㎝、体重62㎏。脈拍72/分、整。血圧182/102㎜Hg。

 

❼ 両側アキレス腱反射は消失している。

 

❽ 両側足関節の振動覚は著明に低下。

 

❾ 尿所見(空腹時):蛋白3+、糖3+、ケトン体1+、潜血(-)。

 

➓ 血清生化学所見(空腹時):尿素窒素38㎎/dL、クレアチニン2.4㎎/dL、

 

⓫ 血糖348㎎/dL、HbA1c14.6%(基準4.6~6.2)、

 

⓬ トリグリセライド362㎎/dL、HDLコレステロール28㎎/dL、LDLコレステロール128㎎/dL、


⓭ Na 136mEq/L、K 5.2mEq/L、Cl 98mEq/L。

 

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<解説>

❶ 50歳の男性⇒中年男性であり、まずは、生活習慣病を見落とさないようにします。
糖尿病治療の目的⇒すでに糖尿病の診断がなされている?誰が診断したか?

 

❷ 1か月前から両眼のかすみと視力低下を自覚⇒片眼でなく両眼の症状でることは、基礎疾患として全身性の病態を考慮する必要があります。
  

眼科を受診したところ、両眼増殖糖尿病網膜症と診断⇒眼科医は眼所見を通して高血圧、糖尿病、動脈硬化症、白血病などの全身疾患を発見することができます。特に、眼底検査は重要!

 

糖尿病網膜症⇒糖尿病によって網膜の血管が障害される病気。視力低下など の自覚症状がないまま進行して、15年前後で網膜症が発症する場合が多いのですが、血糖コントロールが不十分だと5~10年で網膜症が発症します。糖尿病網膜症は大きく分けて三段階で進行します。
増殖糖尿病網膜症⇒精密眼底検査をすると糖尿病網膜症はその進みぐあいにより大きく三段階に分けられます。

 

1) 単純糖尿病網膜症
針の先で突いたような小さな点状出血、それよりやや大きめの斑状出血、毛細血管が膨らんでできる毛細血管瘤、脂肪やたんぱく質が沈着してできたシミ(硬性白斑)、血管がつまってできたシミ(軟性白斑)などが眼底所見として見えます。視力には全く影響がなく、血糖コントロールをよくしていると自然に消えてゆきます。

 

2) 増殖前網膜症
軟性白斑というシミが多数出てきたり、血管がつまって酸素欠乏になった部分があちこちに出てくると、新生血管が出てくる前段階になります。静脈が異常に腫れ上がったり、毛細血管の形が不規則になります。正確な状況をつかむために蛍光眼底造影(血管造影)をすることがあります。この段階でも視力に影響がありませんが、危険な状態に一歩踏み込んでいます。この時期にレーザー光凝固をすると最も良い効果が得られます。

 

3) 増殖網膜症
新生血管(正常ではないはずの新しい血管が硝子体にのびてくる)、新生血管が破れて起こる硝子体出血、増殖膜、網膜剥離という重症な段階です。新生血管が出てもまだ自覚症状はありません。この段階でレーザー光凝固をすればまだ間に合うことも多いのですが、硝子体出血や網膜剥離を起こすと、なかなか自然に治ることは少なくなります。この段階になって目の中に煙の煤(すす)がたくさん出たり、赤いカーテンがかかるなどの自覚症状が出てきたりしますが、相当に進んでしまって手遅れに近いのです。


これらの三段階がどのくらいのスピードで進むかは、人によって違います。血糖コントロールがきちんと行われている人は進むのが遅く、また最終末期の網膜剥離にまで至らずに、途中で進行が止まり安定することも多くあります。概して比較的若い人(40~50歳以下)は進行が速いので注意を要します。

 

 

❸ これまで健康診断は受けていなかった⇒「自覚症状が無ければ健康である」と誤解しているようなタイプの方に多い。」このような場合では、糖尿病がいつから発症していたかについての詳細は不明です。それでは糖尿病のおおよその発症時期は推定可能か?

 

 

❹ 職業は自営業でデスクワークをしている。⇒これは、ライフスタイルに関する情報で、いわゆる坐業であり、運動量が少ないことが推定されます。また自営業者は、組織従業員等とは異なり、自らが積極的に健康管理を意識していない限り、自らの健康状態を把握できていないことが多いです。つまり、病気がかなり進行して、日常生活のQOLがかなり低下してからの受診というパターンになりがちです。

 

 

❺ この1年間で体重は8㎏減少している。⇒体重減少を手放しに喜ぶことは賢明ではありません。ライフスタイルを変えていないにもかかわらず、顕著な体重減少がみられる場合には、がんや糖尿病などの病気が進行している可能性があるからです。

 

 

❻ 身長170㎝、体重62㎏。⇒身長と体重のデータが得られているときには、必ず体格係数(BMI)を計算することになっています。
  

BMI=(体重㎏)/(身長m)²=62/1.7²=21.45、至適(理想)体重とされるBMI=22に近似しているために、過去の体重データを参考にしない限り問題点が見落とされてしまいます。❺によれば、1年前は62+8=70㎏であったことがわかります。
  

そこで1年前のBMIを計算すると70/1.7²=24.2、BMI≧25で肥満と定義されているので、1年前でも体重は正常上限であったことがわかります。腹囲のデータが示されていませんが、おそらく非肥満型(かくれ肥満の可能性あり!)の糖尿病であったものと推定されます。長期にわたって自覚症状に乏しいことに加えて、明らかな肥満も意識されない場合には、受診が遅れがちになります。

 

参照:肥満度とメタボリックシンドロームの診断および管理基準
(杉並国際クリニック改訂2版)

脈拍72/分、整。血圧182/102㎜Hg。⇒脈拍は60~90/分の正常範囲内ですが、
血圧に関しては収縮期血圧182mmHg、拡張期血圧102㎜Hgともに高値であり、明らかな高血圧です。この高血圧にも重症度分類があります。収縮期血圧が≧180㎜Hgであれば、それだけでⅢ度高血圧に分類され、最重症の高血圧とされます。
糖尿病と高血圧とは、ともに脳心血管病のリスク因子です。それでは、どの程度のリスクなのでしょうか?

 参照:高血圧治療管理基準

 

❼ 両側アキレス腱反射は消失⇒アキレス腱反射は深部反射の一つで、この反射が両側共に消失している場合は、糖尿病神経障害を疑います。

 

❽ 両側足関節の振動覚は著明に低下⇒振動覚も深部感覚の一つです。この所見は、❼とともに糖尿病神経障害を疑う有力な根拠になります。糖尿病の合併症は、毛細血管を中心に生じる細小血管障害と、比較的太い血管に起こる大血管障害に大別することができます。三大合併症として知られるのは❷の「糖尿病網膜症」
❼、❽の「糖尿病神経障害」
の他に、「糖尿病腎症」
があります。これらの合併症は、いずれも細小血管障害に基づく障害であり、糖尿病発症後10年前後の経過を経て、出現すると考えられています。
したがって、この症例も、糖尿病に気が付かないまま10年程度を経過していた可能性があります。


 一方、心筋梗塞や脳梗塞などの原因となる動脈硬化は大血管障害にあたり、境界型糖尿病と呼ばれる糖尿病予備軍の段階から発症・進展することがわかっています。

 

このように、実際の診療においても、初診時において膨大な情報の山の中から、重要な情報を選び出して収集することが求められます。明日は、以上の基礎の上に、検査データが集まった際に、どのようにそれらを解析していくかについて説明します。