武蔵野音大(大学院)の前期は、7月末までです。

 

8月は夏休みのため、ようやく一息つけます。

 

ただし、楽器と同様に声も

訓練(本番を含む)を怠るとすぐに逆戻り。

 

医師が声楽を続けるメリットは

自分の心身の不調を極めて早期のうちに

キャッチできること。

水氣道と同じ原理なのです。

 

これは医師ではない皆様にも通じることです。

 

 

<8月のお知らせ>

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<9月のお知らせ>

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令和5年 7月 進級(大・中・小)審査・技能検定合格者

 

<水氣道進級・昇段審査合格者>

 

大審査:

審査対象者(水氣道初段以上で、既定の業績が認められる者)

 

審査該当者なし

 

 

中審査合格者:

審査対象者(水氣道3級以上の修錬生、既定の業績が認められる者)

 

新3級(水氣道初級修錬生)

福丸慎哉

 

 

小審査:

審査対象者(水氣道6級以上の訓練生)

 

新准3級(特別修錬生)

足立博史

 

 

インストラクター級検定合格者
 

I-2(活水航法インストラクター)

細谷健太

 

I-1(水氣道インストラクター予備課程)

高橋千晴

田辺幸子

植田栄喜

 

 

ファシリテーター級検定合格者

 

F-5(旧課程:交差航法)

松田要

 

 

F-4(新課程:交差航法)

 

該当者なし

 

F-3(基本航法)  

水氣道4級(高等訓練生)

大野道子

 

F-2(水氣道準備体操)

 

西川みつ子

深瀬淳子

 

F-1(親水航法) 

該当者なし

 

 

以上となります

 

前回はこちら

 


声楽の理論と実践から学ぶNo.10

 

水氣道の稽古と声楽のレッスンの共通点(続・続・続・続・続々)

 

超一流の声楽家は、プレッシャーのない歌声を生み出すために、日夜稽古を続けているように見受けられます。プレッシャーのない歌声とは、エネルギーの流れを妨げられることがないということです。これは水氣道の稽古でも全く同様です。

 

しかし、これとは少し違った側面もあります。それは「声を飲み込む」感覚です。私は歌っている最中に、息を吸い続けているような感覚、遠くから声を出しているような感覚を経験します。

 

この「遠隔操作感覚」を実現すると、呼吸に伴う目立った雑音は発生しなくなります。

それは、舌や舌骨による偽りの支えから解放されて、空気が三次元的に自由に流れるようになるからです。

 

水氣道においても、抗重力筋を過度に緊張させて身体を支持しようとする長年の悪癖から解放される必要があります。これが、バランスのとれた緊張と緩和の基本です。深層筋にかかる緊張と弛緩をバランスよく行う必要があります。
 

水氣道では大きな動作を素早く行おうとする際に動員される大きな筋力の支えは、同じ程度の拮抗筋の弛緩がないと動作展開が円滑でなくなります。
 

身体レベルだけでなく、感情レベルでもバランスのとれた緊張と緩和が構築されればされるほど、歌の芸術性が高まるのですが、水氣道の動作においても、変化に富んだ様々な動きが可能になります。

 

このバランスを崩し、緊張してしまうと円滑な動きの流れが阻まれてしまいます。逆に、リラックスに傾き過ぎてしまうと、しまりのない、だらしない動きになってしまいます。
 

それでは、どのようにバランスを保ったらよいのか、ということになります。
それは、姿勢-呼吸-動作を統合することで達成できます。

 

今回は、以下の5つの「魔法のツボ」を意識して、インナーマッスル(深層筋)を伸ばす実習を試みてください。

 

(1) 大腿の内側の筋肉から順に、第12胸椎を経て頚椎まで、首の吸気ストレッチ。


(2) 尾骨部からはじめて、さらにその先まで、体幹の呼気ストレッチ。

 

(3) 第12胸椎の両側にある横隔膜の付着部から、腹横筋に沿って側方に上がる背中の吸気ストレッチ。

 

(4) 前鋸筋を胸骨に向かって幅寄せする(コルセット感覚)
胸の呼気ストレッチ。

 

(5) 肩甲骨の裏面も幅と長さを伸ばす肩の吸気ストレッチ。

 

 

水氣道で呼吸の流れが洗練されることで、深層部の筋肉が活性化されます。

そのためにもエクササイズをゆっくりと何度も繰り返す価値があるのです。

 

それが達成できたときに得られる感覚が「融通無碍の人類愛」の悟りであり、無我の境地の瞑想状態であるとイメージしておいてください。

 

前回はこちら

 


声楽の理論と実践から学ぶNo.9

 

水氣道の稽古と声楽のレッスンの共通点(続・続・続・続々)

 

私たちは、筋肉の構造を単純に理解するためには、タマネギの皮を重ねたような筋肉のイメージを使うことができます。
 

水氣道の稽古では、三次元的な透過性のある息の流れを構築するために、筋肉の最内殻層を活性化させようとします。そして、水氣道の稽古のねらいは、心で筋肉の活動をコントロールすることを通して、どんどん成功体験を増やしていくことにあります。それが感情の解放や体の浮遊感にもつながるのです。

 

そこで水氣道の上達のための「秘訣のツボ」を紹介します。この「秘訣のツボ」を呼び覚ますことで、水氣道の上達が飛躍的に促進されます。

 

この「秘訣のツボ」を呼び覚ます方法は通常二つあります。

 

1) 一連の筋肉を作動させること、

 

2) 関係する筋肉部位の自然な連鎖反応を起こさせること、

 

筋肉を解剖学的に正しい名称で特定することで、体内での連鎖反応のプロセスを把握することができます。

それでは、水氣道の稽古によって、無意識のうちに活性化されるで特別な5つの「秘訣のツボ」を列挙します。

 

(1)  内股(大腰筋が大腿骨に付着する点が中心)

姿勢と歩行と呼吸とを結びつける最重要ポイント

 

(2)  尾骨(骨盤を持ち上げる筋肉や靭帯が多く付着している点が中心)

水氣道の基本姿勢を決定するポイント
能楽の仕舞のときの姿勢によく似ています。

 

(3)  第12胸椎(横隔膜、大腰筋、横筋が交わる部分)

姿勢と呼吸と発声とを連結し、姿勢と動作を支える重要ポイント
中腰の姿勢や、お辞儀などの前屈動作、重いものを持つなどの重力負荷は、第12胸椎を中心とする胸腰移行部(胸椎と腰椎の移行部)に圧力が集中します。


そのため高齢になると最も圧迫骨折が生じやすい部位です。圧迫骨折のほとんどが骨粗鬆症に起因して尻もちなどの軽微な外力により生じます。

 

(4)  内肋間筋から腋窩(わきのした)にかけての筋肉(前鋸筋)

水氣道では、腹式呼吸法を過度に偏重せず、肋骨の動きを主体とする呼吸法である胸式呼吸法も適切に鍛錬します。それは呼吸運動に伴い肋骨が引き上げられたり、引き下げられたりすることは大切だからです。

 

呼気に働く筋肉は内肋間筋です。 呼気時には内肋間筋が収縮して肋骨を引き下げることによって胸郭を縮めて、呼気を助けます。また前鋸筋は、肩甲骨を前外方に引き、肩甲骨が固定されていると肋骨を引き上げる作用があります。

 

(5)  肩甲骨の裏面(菱形筋、肩甲挙筋、小胸筋の挿入部、肩甲舌骨筋との接続部)

猫背になると胸郭が広がりにくくなりますが、これは肩甲骨が正しい位置にないからです。菱形筋自体は呼吸筋というよりも、肩甲骨を内側に引きつける筋肉です。肩甲骨が適切な位置にくることで、前鋸筋という肩甲骨と肋骨をつないでいる筋肉が適切に作用して胸郭が広がりやすくなるので、菱形筋は間接的な役割を果たします。

 

菱形筋の活動が低下すると肩甲骨が外側に開き、猫背になりやすくなります。こうした状態では胸郭の動きが制限され、つまり、呼吸が制限されてしまうのです。

 

現代人のライフスタイルは頭部が前のめりになり猫背になる「フォワードヘッド&ラウンドショルダー」と呼ばれる姿勢をもたらします。この姿勢には、次の特徴があります。

 

• 息を吸う時に肋骨を引き上げて呼吸を助ける小胸筋が硬くなり、胸の前側から肩甲骨が引っ張られるような感じになりやすい。

 

• 肩甲骨が外側に開き、肩が前のほうへ巻き込みやすくなる(巻き肩:ラウンドショルダー)。

 

• 肩甲骨が引き上げられ、頭が前のほうに突き出た状態(フォワードヘッド)になる。頭を支えるために首の後ろの筋肉が引っ張られるように常に緊張した状態になるため、肩こりの原因になりやすい。

 

さらにこうした姿勢は、胸郭の動きが制限されるので、必然的に呼吸が浅くなります。

このような状況であっても身体に必要な空気を取り込むためには、呼吸の回数を増やして対応しなければなりません。不安やストレスが多いと呼吸が浅くなりやすいですが、その一方で姿勢の悪さなどから胸郭の動きが制限されて呼吸が浅くなってしまいます。

 

呼吸数を増やさざるを得ない状況となると、浅くて速い呼吸が続くことになります。それによって不安やストレスが助長されるといった悪循環に陥り易くなります。これは常に不安にさらされていることを意味し、身体的にもメンタル的にもさまざまな悪影響が及ぶと考えられます。

 

前回はこちら

 



声楽の理論と実践から学ぶNo.8

 

水氣道の稽古と声楽のレッスンの共通点(続・続・続・続々)

 

水氣道は、浮力によって支えられることによって、立位であっても抗重力筋の緊張が緩和されます。それによって、身体の内側の深層筋を活性化させることができます。

また、深層筋の活性化によって、外側の筋をリラックスさせることができます。 

 

このように、水氣道の稽古では直立姿勢を内側から安定させることができます。そのため、水氣道の稽古を続けることによって筋肉を3次元的に活性化させることができるようになります。

 

歌を歌うときにはフレーズの前で息を吸いますが、舌の後方の筋肉(舌骨筋など)と舌の付け根でギクシャクした動きが発生し易くなります。私も例外ではありませんでした。その原因は、口呼吸と鼻呼吸の正しい呼吸バランスがとれていなかったためです。そのような場合には、どうしてもフレーズの始まりに圧力がかかり易くなるために、このとき、筋肉を三次元的に活性化させて、この緊張を補正する必要があります。

 

プロの声楽家でさえも、ほとんど反射的に間違ってしまいかねないのが「舌の支え」方です。これを避けるためには、喉頭の筋肉を意識的に弛緩させることが必要です。これはなかなか習得するのが難しいですが、私はこの難題を克服するために、水氣道で養われる注意力と忍耐力を用いています。

 

私は、「舌根が固くなっている」とよく注意を受けてきました。その状態のままでは、呼吸がアンバランスとなり、歌唱を継続させるために必要な水準のリラックスが得られなくなってしまいまうのです。そのような場合は舌の裏側が「ケーキの生地」のように大きく丸まり、なおかつリラックスした状態を保つことで、呼吸のバランスとリラックスを得るようにしています。こうすることで、喉仏を圧迫することもなくなりました。

 

このような方法で喉頭蓋の活性化により、軟口蓋が持ち上がり、口呼吸と鼻呼吸のバランスが取れるようになります。スローモーションであくびを始め、リラックスしてあくびをする前に少し間をおきます。 

 

今、あなたはこの活性化を感じ、心地よいリラックスした感覚を持ち、鼻と口で同時に息を吸ったり吐いたりすることができます。このエクササイズを完璧にこなすと、息を吸うときと吐くときの音が同じになるのがわかると思います。つまり、息を吸うときも吐くときも、呼吸圧が変わらないということです。

 

水氣道では、脱力状態と緊張状態のバランスの上にリラックスがあると教えています。声楽もこれと同じであり、感情レベルだけでなく、身体にもバランスのとれた緊張と緩和が構築されればされるほど、歌の芸術性が高まると考えられています。このバランスを崩し、リラックスよりも緊張して歌うと、声に負担がかかってしまいます。逆に、リラックスより緊張の方が強いと、色気のない声になってしまい、芸術性のない歌い方になってしまいまうのです。

 

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声楽の理論と実践から学ぶNo.7


水氣道の稽古と声楽のレッスンの共通点(続・続・続々)

 

歌をうたうという芸術の神髄と水氣道(その3)

 

声楽というと、腹式呼吸が代名詞代わりですが、胸式呼吸の要素を排除するものではありません。むしろ腹式呼吸と胸式呼吸が統一的に連動しないとオペラのような大曲を歌いきることはとうてい叶いません。
 

水氣道も、これと全く同じです。腹式呼吸とか胸式呼吸とかを厳密に区別する健康上の実益が乏しいからです。そして、水氣道では、ごく自然な呼吸に委ねながら稽古を始めていくことになります。なぜならば、呼吸というものは意識しすぎると、リズムが崩れ、非効率的な動きになりかねないからです。
 

水位にもよりますが、水面が臍のあたりに達すると、腹腔に大きな水圧がかかってくるため、意識せずして腹式呼吸のパターンになります。また水位が乳首あたりの深さになると、腹腔ばかりでなく胸腔にもかなり大きな水圧の負荷がかかるため、おのずと腹式呼吸だけでなく胸式呼吸が働きだし、両者は一体となって、水中運動の継続を可能としてくれます。水圧という、自然で安全な加圧メカニズムによる有酸素運動が展開していくことになります。

 

胸式呼吸は肋骨の動きを主体とする呼吸法で、吸気時に働く筋肉は外肋間筋と吸気補助筋、呼気に働く筋肉は内肋間筋であります。 吸気時には外肋間筋と複数の吸気補助筋が強く収縮して、肋骨を大きく前上方に引き上げ、吸気を助けます。 呼気時には内肋間筋が収縮して胸郭を縮めて、呼気を助けます。

 

このとき、水圧も胸郭を縮める作用が働くため、呼気筋の働きを助け、陸上での呼吸よりも多くの呼気量を確保することができることになります。呼気時の呼吸補助筋としては内肋間筋と腹筋があります。胸腔よりも腹腔はさらに大きな水圧を受けているため、主たる補助呼気筋である腹筋が大いに鍛えられることになることは理解し易いのではないかと思います。

 

主な呼吸筋は、横隔膜と肋間筋です。横隔膜は胸腔の下端にあるドーム状の骨格筋で脊髄神経である頚神経叢か出る横隔神経に支配されています。横隔膜が収縮すると胸郭が広がり、胸腔内圧が低下するため吸気が行えます。肋間筋は肋間にある3層の薄い筋で内肋間筋・外肋間筋・最内肋間筋からなっています。外肋間筋は吸気時、内肋間筋および最内肋間筋は呼気時に、それぞれ肋間神経の働きで収縮します。

 

 

呼吸筋の働き
 

横隔膜も肋間筋も骨格筋で運動神経の支配を受けて随意的に収縮させられる随意筋です。そのため呼吸を一時的に止めたり、大きくしたりすることができます。
 

内肋間筋が収縮して肋骨が引き下げられると、胸郭が狭まり容積が減るため胸腔内圧は上がり、それに伴い呼気が発生します。これに対して、外肋間筋が収縮して肋骨が引き上げられると、胸郭が広がり容積が増えるため胸腔内圧が下がり、それに伴い吸気が発生します。ただし、安静呼吸では内肋間筋が収縮しないまま、外肋間筋や横隔膜が弛緩するだけで呼気が発生します。

 

外肋間筋の働きを補助する呼吸補助筋には、斜角筋、胸鎖乳突筋、肋骨挙筋、大胸筋、小胸筋、などがあり、これが吸気時に収縮して肋骨をもちあげる働きを補助します。

 

また、脊柱起立筋群により脊柱を後方に反らせると、肋骨の挙上を助けます。水中で前進するためには、バランスの取れた正しい姿勢でないと動けない仕組みになっているため、特段の意識や注意を払い続けなくても正しく美しい姿勢を維持し易くなります。 正しく美しい姿勢とは、呼吸するうえで妨げにならない呼吸であり、さらにいえば、効率の良い呼吸を助け支え継続し易くしてくれる姿勢のことを意味するのです。


こうして、正しい姿勢と正しい呼吸とが稽古を通して自然に一体化していくのが水氣道の素晴らしさの一つであることを、是非、心に留めておいてください。

 

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声楽の理論と実践から学ぶNo.6

 

水氣道の稽古と声楽のレッスンの共通点(続・続々)

 

歌をうたうという芸術の神髄と水氣道(その2)

 

今週も、先週に引き続き、声楽教師としてのソプラノ歌手リリー・レーマンの声楽理論書『Meine Gesangskunst』(1902)(邦訳『私の歌唱法—テクニックの秘密—』川口豊訳 2010年 シンフォニア)18頁から「抜粋」して、レーマンの考え方を紹介するとともに、改めて水氣道に光を当ててみたいと思います。

 

抜粋2「歌をうたう芸術の神髄は、腹筋と横隔膜筋の働きを知り、その働きを意識して組み立てるところにある。それらの筋肉の働きによって呼気の空気圧が作り出される。次に、胸郭にある反発する筋肉 ― 息は胸の筋肉に向かって広げられるように押しつけられる ー についてよく理解し、それを意識的に働かせるところにある。息が胸の筋肉を押し広げることによって、声楽家は息をコントロールすることができるようになる。そして、息は声帯を通り抜け、長い通路を通り、たくさんの共鳴腔や頭腔へと振動を伝える。」
 

呼吸とは、本来、意識して人為的に組み立てられるシステムではなく、そのほとんどが無意識に、つまり、自然に繰り返されている生命活動です。そして、私たちは腹筋や横隔膜(横隔膜は、それ自体が筋肉で、主たる吸気筋)の働きを知らなくても呼吸し続けています。

歌をうたう行為も、呼吸という生命現象が基本にあります。ただし、声楽教師のリリー・レーマンは、歌をうたう芸術の神髄が「腹筋と横隔膜筋の働きを知り、その働きを意識して組み立てる

 

ことにあることを教示しています。つまり、声楽の基礎は呼吸筋の働きを意識することからはじめるべき、ということになります。

 

声楽のレッスンと水氣道の稽古の導入法の違いは、まずこの点にあります。水氣道は、呼吸のメカニズムを知らなくても稽古を始めることができます。水中での立位の運動を行うときに、特別の意識を払わなくても、身体に直接影響を及ぼす水が呼吸筋を直接鍛えてくれるからです。
 

吸気時に収縮する筋肉は横隔膜の他に、外肋間筋、吸気補助筋などですが、これに対して、呼気時に働くのは腹筋の働きが大であり、他に内肋間筋などがあります。

水氣道の稽古でも、横隔膜は吸息の主動作筋であり、腹筋群は呼息の強力な補助筋として働きます。これらの両筋群は互いに拮抗作用を持ちますが、共同的にも作用します。そこが、他の四肢の骨格筋群とは異なる呼吸筋の特徴であると言えるでしょう。

 

レーマンが、呼吸筋の働きを意識して組み立てることに歌をうたうように指導するのは、呼吸が発声や歌唱の基礎になるからばかりでなく、こうした呼吸筋群(呼気群と吸気群)の特性を認識することによって、より高度でより精緻な呼吸コントロールを早期に達成できるようになるからであると推測することができるでしょう。

 

一般に、互いに相反する運動を行う2つの筋肉または筋肉群のことを拮抗筋といいます。たとえば,上腕二頭筋 (屈筋) と上腕三頭筋 (伸筋) は互いに拮抗筋です。拮抗作用は,筋肉が円滑な運動をするうえに重要な役割を果しています。

 

くり返しますが、呼吸を司る筋肉である腹筋群(呼気群)と横隔膜(吸気筋)は互いに拮抗作用を持つだけでなく、共同的(協働的)にも作用します。拮抗作用については特別な注意を払わなくても無意識のうちに自動的に繰り返されていますが、腹筋群と横隔膜を協働的に作用させるためには意識的にトレーニングする必要があります。

そのためには、呼吸に関する解剖学・生理学・心理学等の科学的・医学的な知識が必要になってくるのです。

 

水氣道の稽古の課程においては、入門期(体験生)から初期(訓練生)までの時期においては、無意識の自然体の呼吸に委ねて稽古をくり返すことになります。

 

水氣道の体験生や訓練生が被る帽子の色は「白」と定めていますが、これは「肺」という臓器の色を表しています。「肺」は呼吸を司りますが、「肺」自体は筋肉ではないので自主的に収縮や拡張をくり返すことはできません。これらは呼吸筋によって委ねられているからです。つまり、「肺」は受け身の臓器であり、それ自身が意思の力によって直接コントロールされる臓器ではないことを理解しておいてください。

 

しかし、水氣道の稽古が進んでいくと、呼吸を意識的にコントロールする技術が必要になってきます。訓練生から修錬生になるということは、呼吸に関して、レーマンが教えている通り「腹筋と横隔膜筋の働きを知り、その働きを意識して組み立てることが必要になってくるのです。

 

修錬生の帽子の色が「朱」であるのは、筋肉の色を象徴しています。ただし、ここで筋肉というのは四肢の骨格筋ばかりでなく、呼吸筋が含んでいるし、心筋(心臓は筋肉性の臓器)も含んでいるものと理解しておいてください。

 

なお、「胸郭にある反発する筋肉 ― 息は胸の筋肉に向かって広げられるように押しつけられる "ー" についてよく理解し、それを意識的に働かせるところにある。

と訳されていますが、「胸郭にある反発する筋肉」とは胸郭にある呼吸筋群を意味するものであり、また「反発する筋肉」とは、互いに拮抗する筋群、すなわち、呼気筋群(胸郭内では主に内肋間筋)と吸気筋群(主に横隔膜、他に外肋間筋など)を意味するものと考えると理解しやすくなるでしょう。

 

「息は胸の筋肉に向かって広げられるように押しつけられる

という場合の息は、すなわち呼吸ですが、呼吸は呼気と吸気によって成り立っています。この場合の息とは吸気の息であり、息を吸うことによって肺が拡張し、その結果、胸郭全体が外側に向かって、つまり胸郭の壁を形成している内および外肋間筋が伸展することになります。
 

そして、進展させられた筋肉は、収縮するためのエネルギーが蓄積していきます。声楽家になるためには、呼吸筋の進展と収縮のメカニズムを知ることによって、呼吸を十分にコントロールできるような訓練が必要だ、といのがレーマンの教えであるといえるでしょう。

 

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声楽の理論と実践から学ぶNo.5


水氣道の稽古と声楽のレッスンの共通点(続)

 

歌をうたうという芸術の神髄と水氣道(その1)

 

私は今年、武蔵野音大に通っていますが、現在すでに62歳です。そして、今年63歳を迎えます。クラシックの声楽家歌としての今後の活躍についてとなると、多くの皆様から期待していただける可能性は乏しいかもしれません。   

 

しかし、師匠の岸本力先生は、先日、デビュー50周年記念リサイタルを立派に成功させているし、私と同年の時に、立派な業績を残したソプラノ歌手の事例によって、勇気を与えられています。そのソプラノ歌手とは、リリー・レーマン (Lilli Lehmann, Elisabeth Maria Lehmann 1848年11月24日-1929年5月17日) です。彼女はドイツのヴュルツブルク出身のオペラ歌手で声楽教師でした。
 

生涯にわたって現役の声楽家であることは至難の業ですが、可能な限り、高齢に至っても進歩を遂げようとする声楽家の姿こそ、生涯エクササイズを名乗る水氣道が目指している方向性なのです。
 

彼女は著書でこう述べます。「科学の目が歌をうたうことにほとんど向けられていない、科学的にものをとらえることのできる声楽家がほとんどいない」と。

 

これは現在に至っても変わらない事実です。私は、科学的な教育を受けてきた医師として声楽に入門したのですが、科学的なメソッドでレッスンを受けたことはほとんどありません。しかし、医師であるからこそ、指導者のアドバイスを医学的な知識や理解を助けとして、再構成して身につける機会に恵まれていたことには大いに感謝しています。
 

 

そこで、リリー・レーマンについて、まず簡単に紹介します。

 

リリー・レーマンは、63歳の時にODEON RECORDに多数の優れた歌唱を録音している。

まだ旧式の機械式録音の時に行ったのであるが、その歌声は非常に張りが在り、綺麗な美声であって、アーティストの名前を知らずに聴くと、既に63歳になっている人が歌唱をしていると、 誰もが気付かないし、いつ録音したか、何歳での録音かを知ら無い人が聴いたら、その歳とは気付くことは不可能である。

 

若い歌手と同様な高音部も難無く熟しており、他の優れていた著名な歌手が衰えて、高音部の歌唱の時に、苦労しているのが観られたり、音程を下げての歌唱に代えたりしているが、リリー・レーマンにはそのような事は無縁であった。
      

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

 

・声楽教師としてのリリー・レーマンは1902年に『Meine Gesangskunst』という声楽理論書を出版しています。(邦訳『私の歌唱法—テクニックの秘密—』川口豊訳 2010年 シンフォニア)。

 

そこで、水氣道に対して重要な示唆を与えるレーマンの考え方を、この翻訳書の18頁から「抜粋」して、紹介するとともに、そこから、改めて水氣道に光を当ててみたいと思います。

 

抜粋1「歌をうたう芸術の神髄は、特に呼吸について正確に知るということにある。また、鼻、舌、上あご等によって作られるフォームーすなわち歌うためにのどのフォームを組み立てるーを知るところにある。息はそのフォームの中を通り抜けて行く。」
 

水氣道の目指すものは、健やかに生きる姿勢について、仲間と共に生涯を通して探求し続けることにあります。水氣道にもフォーム(形)があり、各種の航法があります。この形(かた)や航法の稽古を通して、健康的な姿勢や呼吸、動作を組み立てていくのが水氣道です。稽古を通して身に着けた形(かた、フォーム)は、水中に限って有効に作動するのではなく、ふだんの陸上での日常生活全般を通してイキイキとして活気に満ち、生産的で創造的な活動を可能とします。
 

水氣道では、まず姿勢、つぎに呼吸、さらに動作という一連のステップが水中では陸上よりも自然に、自動的に整うことに着目して体系が組まれています。

 

ですから、水氣道の稽古を続けていくうちに、歌う人にとっては、特に呼吸について正確に知らなくても、鼻、舌、上あご等によって作られるフォームーすなわち歌うためにのどのフォームが組み立てられていきます。

 

水氣道は声楽家に特化して発展してきた訳ではありませんが、結果的に、水氣道によって整えられた姿勢、呼吸、動作によって構築されたフォームの中を、芸術的な歌唱をするにふさわしい息が通り抜けて行くようになります。

 

私がしばしば、「水氣道は人体を楽器にしてくれる」と発言している根拠はここにあるのです。

 

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声楽の理論と実践から学ぶNo.4

 

水氣道の稽古と声楽のレッスンの共通点

 

私が声楽レッスンのためにウィーン国立音楽大学でクラウディア・ヴィスカ先生のマスタークラスで集中レッスンをうけていたとき、医師である私の研究分野を尋ねられたことがあります。

その際に、心身医学(Psychosomatische Medizin)とお答えしたところ、ヴィスカ先生は、ただちに、声楽も心身医学の芸術的表現です。」とお答えになったことを印象深く記憶しています。


わたしは水氣道を心身医学の実践体系として構築してきたためか、水氣道と声楽との繋がりを、ますます密接に感じながら今日に至っております。

 

現代のストレス社会においては、行政による理不尽な行動抑制や社会的同調圧力なども加味して、なかなか自分を解放することが難しくなってきています。  

 

そのような生活環境の中で抑圧された自分の現実を直視することから逃避していては問題を先送りにして解決を困難にするばかりです。そのためには、自分の感情をみずからが否定したり、押し殺したりすることを止めようとする勇気と決断が必要です。

 

つまり、自分を解放するためには、まず抑圧された、あるいは抑圧されて凍り付いていた自分の感情を、温め、解凍し、動き出すことが求められるのです。

動きが無ければ音楽が成り立たないように、水氣道にも動きがありますが、そのためには、まず自由な体の動きを可能とする、とらわれのない心の動きへ働きかけることから始めなければならないのではないでしょうか。

 

ちょっとした不愉快なできごとや心配事、その他ネガティブな体験をした瞬間に、私たちは無意識のうちに自己防衛システムが作動して、自動的に呼吸と筋肉が収縮します。

一瞬ではあっても、呼吸も動作も止まってしまいます。そのような状況下にあると、再び動き始めたとしても、息は浅いまま、動きもぎこちないままとなってしまいがちです。

 

私は水氣道や声楽によって自然に復帰した姿勢・動作・呼吸・発声を通じて、閉ざされていたエネルギーの通路が開いたことをしばしば体験し、その体験をくり返すことによって、そうしたメカニズムが、より確かに作動するようになるという経験を重ねてきました。

 

水氣道の体験生や修錬生たちも私と同じプロセスを経て成長を続けています。

これらの一つ一つはとても感動的な体験であり、また何度でも再現可能な解放的で美しい経験になっていきます。

 

私たちの無意識のうちに「凍りついて流動性を失った」感覚は、水氣道の実践によって、徐々に「解凍」され、溶けていき、流れるような、自由なスイングと感覚を持った本来の自分の心身の状態へ回帰していきます。

その瞬間から、鼓動や呼吸のリズムが再生し、心身の音楽が流れ始めるのです。

 

そこから、水氣道のメソッドに従ってさらに体系的に稽古をしていくこと、水氣道では、それを「修錬」と呼んでいます。この段階に至るためには、水氣道独自の感動的な「体験」を経て、自分の心身のあるがままの姿に対する気づきが促されなければなりません。

つまり、単回の偶然の事象や一過性の受動的な「体験」ではなく、反復して再現させることができる能動的な「経験」を「技」と体得していく必要があります。

そして、こうした「体験」や「経験」は単に主観的で個人的な感覚のレベルにとどまっている限りにおいては、「技」として定着するには至りません。他者との共有が必要だからです。互いに共鳴し、調和することができなくては水氣道は成立しないのです。

 

水氣道の「技」は教えられ、自ら実践して完成するものではなく、自らが教えられた通りに、自らの実践してきた通りに、未体験・未経験の参加者に伝達することができるまでのレベルに達していなければなりません。水氣道における「修錬」は、そこから始まるのです。

 

訓練(クンレン)の「レン」は練習の「練」で糸偏です。これに対して、修錬(シュウレン)の「レン」は鍛錬の「錬」で金偏です。

読みは同じ「レン」であっても、水氣道においては、「訓練」と「修錬」とにおいて存在する格段の質の違いをわかりやすく表示したものなのです。

 

水氣道は、無理なく、皆に楽しく味わっていただける稽古体系です。

多くの皆様を、より楽しくより充実した喜びに誘うためにも、稽古の体験・訓練・修錬という段階を、これからもいっそう丁寧に踏襲していきたいと思います。

 

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水氣道の3カ月周期システムについて

 

生涯エクササイズである水氣道は、稽古習慣を確立し、維持し、発展させるための仕組みをもっています。それが3カ月周期システムです。

 

3カ月周期システムが端的に表れているのが、<小審査制度>です。小審査制度とは、体験生と訓練生を対象として、稽古への参加状況や目標達成度等を評価して、昇級を吟味する制度です。3月、6月、9月、12月の下旬までに審査を実施し、翌月、4月、7月、10月、年明け1月には合格者の昇格を発表しています。

 

また小審査と期を一にして、訓練生5級(中等訓練生)および4級(高等訓練生)を対象とする<ファシリテーター認定>を実施しています。現在5つの技法のファシリテーター資格を認定しています。

 

 

訓練生になると、まずファシリテーター資格を2つ取得することを目標とします。そして、ファシリテーター資格を2つ取得した訓練生5級(中等訓練生)が、4級(高等訓練生)認定候補者となります。また、残りの3つのファシリテーター資格を取得した訓練生4級(高等訓練生)が、帽子の色を白から朱に替えて准3級(特別訓練生)を目指すための準備段階に入ります。
 

昨年は、このファシリテーター制度が確立し、今年も順調に発展しています。

 

そして、今年の課題は、半年ごとに実施される<中審査制度>に併せて実施している<インストラクター認定>です。
 

中審査の対象者は、准3級(特別訓練生)、3級(初級修錬生)、正・准2級(中等訓練生)、准1級(高等訓練生)です。インストラクター資格は現在のところ7つを予定していますが、詳細は、必要な段階になったら、改めて紹介いたします。

 

このように、水氣道では、3カ月周期で、昇級審査や技法資格授与(ファシリテーターおよびインストラクター)を行っています。

 

そのため、3カ月単位で、月ごとに甲の月(全体で同じプログラムを稽古する月)、乙の月(稽古の前半は全体稽古、後半は階級別稽古をする月)、丙の月(昇級対象者や技法資格取得予定者のための強化プログラムを軸とした稽古をする月)というローテ―トを実施していくことになります。

 

水氣道の3カ月周期システムは3カ月ローテートシステムと一体的に運用していくことによって、無理がかからず、マンネリズムに陥ることもない螺旋的な発展を目指すことが可能になることでしょう。