常陸國住人
飯嶋正広
常陸国の万葉集歌を味わう(その1)
高橋 虫麻呂(たかはし の むしまろ)は、奈良時代の歌人。姓は連。、生没年不詳の人物です。高橋連は物部氏の一族である神別氏族とされます。
私が虫麻呂と出会ったのは、たしか、高等学校の古文の教科書であったように記憶しています。その後、数十年の年月を隔てて、私が千葉県市川市の昭和学院短期大学の非常勤講師(後に、客員教授)として毎週金曜日の午前中に出向するようになって、帰路、手児奈(てこな)神社を訪れたことがありました。
下総国真間(現在の千葉県市川市)の手児奈(てこな)の歌はことに有名ですが、虫麻呂は、他にも摂津国葦屋(現在の兵庫県芦屋市)の菟原処女(うないおとめ)の歌など、地方の伝説や人事を詠んだ歌が多いことを後日知りました。
虫麻呂が歌に詠んだ地域は、常陸国から駿河国にかけての東国と、摂津国・河内国・平城京などです。なかでもとりわけ虫麻呂と常陸國との関係は深く、『万葉集』巻9に、虫麻呂作の「検税使大伴卿登筑波山時歌」(長歌1首・短歌1首)があります。
この「大伴卿」を大伴旅人に比定する説によれば、養老3年(719年)頃に虫麻呂が常陸国にいたことになります。当時の常陸守・は藤原宇合だったので、虫麻呂はその下僚であった可能性が論じられてきました。
藤原 宇合(ふじわら の うまかい)は、奈良時代の公卿。初名は馬養。右大臣・藤原不比等の三男。藤原式家の祖。官位は正三位・参議。勲等は勲二等。
『続日本紀』によると宇合の官歴は、霊亀2年(716年) 8月20日:遣唐副使として唐に渡っており、養老3年(719年) 正月13日:正五位上。日付不詳:常陸国守。7月13日:安房上総下総按察使、とあります。
その他、藤原宇合と高橋虫麻呂との関係は、養老年間(717~724)に完成したとされている「常陸国風土記」が注目されてきました。
編者は当時、常陸国の国司として赴任していた藤原宇合があげられ、協力者としては、高橋虫麻呂の存在を考える説が有力です。
宇合は、奈良時代の漢詩集である「懐風藻」にも詩がのるなど、当時を代表する文人であることから、「常陸国風土記」の前文にみられるような華麗な文章表現も宇合説の一つとなっています。
さらに、井上辰雄氏は、藤原鎌足(中臣鎌足)の先祖が常陸国の中臣氏から出たのではないかと考え、そのため宇合は「常陸国風土記」の編纂に情熱を燃やしたとされています。
しかし、検税使の史料初出である『撰定交替式』が天平6年(734年)であることから、養老3年まで遡れないとする考え方や、加えて『万葉集』の当該作品の前に天平3年(731年)の歌が配列されていることからも、虫麻呂の作品を天平6-7年のものとして、「大伴卿」を大伴道足や大伴牛養に比定する説もあります。
『万葉集』に34首の作品が入集し、そのうち長歌が14首・旋頭歌が1首です。巻6の2首目からは「虫麻呂の歌(=高橋連虫麻呂歌集)の中に出ず」として載せています。
私が最近になって、新たな関心をもったのは虫麻呂の次の歌です。
「手綱の濱」とありますが、「手綱」という地名は、現在も茨城県高萩市に上手綱(かみてつな)および下手綱(しもてづな)という地名が残されているからです。
現在の高萩市全体の人口はおよそ2万6千人程度です。万葉歌人に取り上げられた地名だからといって、今日、必ずしも注目されていないことが残念に思われます。
高萩市観光協会の公式サイトによると、「手綱の濱」は、現在の赤浜海岸付近だそうです。
「ここからは南に切り立った海食崖が、北には弓なりに遠くまで伸びる海岸の景観に出会うことができます。また、大河ドラマや映画のロケ地として利用されています。(「江~姫たちの戦国~」「龍馬伝」等)」と紹介されています。
万葉集 第9巻 1746番歌
作者:高橋虫麻呂、題詞:手綱濱歌一首
左註:(右件歌者高橋連蟲麻呂歌集中出)
原文:遠妻四 高尓有世婆 不知十方 手綱乃濱能 尋来名益
訓読:
遠妻し多賀にありせば知らずとも手綱の浜の尋ね来なまし
かな:
とほづまし たかにありせば しらずとも
たづなのはまの たづねきなまし
現代訳:
遠く都にいる妻が大和ではなくここ那珂郡にいるとすれば、
今私がいる手綱の浜ではないが、私を訪ねて来てくれるだろうに。
英訳(飯嶋訳):
If my wife,
who is far away in the capital,
were here in Taga county,
she would go tatas to see me where I am now
at the seashore of Tazuna.
註:go tatas ⦅英小児語⦆お散歩に行く
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