総合医療・プライマリケア
< 診断の基礎は日本語のオノマトペ >
日常診療において、問診はとても大切です。
しかし、医師としての臨床現場での経験は重ねてきたにもかかわらず、最近、患者さんの表現を正確に理解することが、少しずつ難しくなってきていると感じることがあります。
その背景をふり返って思いを巡らせてみますと、まず患者さんの言葉の使い方が大きく変化しつつあるということです。
それは、おそらくインターネットやスマホの普及とともに患者さんの一過性の断片的な情報や知識が増えつつあるようです。
その一方で、体系的な知恵の集積が乏しく、その場その場での思い込みや、根拠に乏しい自分勝手な印象や願望で判断して行動に移す傾向がみられます。
実際に、そうした素人判断や思い込みに基づく薬の処方を求めてこられるケースも少なくありません。
まさに診療所のコンビ二化現象です。そうした方々にとって、診療所とは健康保険が使えるドラッグストアに過ぎないのかもしれません。
患者さんが医師に伝えてほしい言葉は、医師が用いる客観性が高い書き言葉である専門学術用語(漢字言葉)ではなく、患者さん自身しか直接体験できない情報を伝える日常的な話し言葉です。
それには、主観的に体験している内容を情感豊かに表現できる日本古来のヤマト言葉(仮名言葉)が優れています。
とくに敬語や謙譲語や丁寧語が発達している日本語によって、日本語を使う日本人は相手の側に立って言葉を選択する習慣が形成されていくように思われます。
しかし、近年その美風が少しつ廃れている反面、日本人本来のサービス精神は依然旺盛であるためか、医師に対しても、知らず知らずのうちに、相談相手である医師を忖度(そんたく)してしまうためなのか、不慣れで不適切な医学用語を使いたがる傾向がみられます。
たとえば、頭が痛いときに、いきなり<へん頭痛の薬ください>とおっしゃる方がいらっしゃいます。
これを医師の立場で素直に受け止めると、
他院ですでに<片頭痛>の診断済
⇒ 現在内服中の治療<薬>が無くなったので継続あるいは繋ぎの処方希望か?
と暫定的に判断して、念のために患者さんに確認のための質問をいたします。
Q 『<片頭痛>の診断はどちらのドクターによるものですか?』
すると、A1『頭の片側だけ痛いので片頭痛で間違いないです。』 と、頭の両側が痛む片頭痛もあること、頭の片側だけ痛むのは、片頭痛とは限らないことをご存じない素人診断や、
A2『えっ?いつもとは違う変な頭痛なので変頭痛だと思います。』
など、全くの勘違いの思い込み、などもあります。
診療中の会話の中で、本来、書き言葉である漢語の医学用語を用いる場合には、医師はその言葉の医学的根拠を再検討する責任が生じます。
話し言葉を書き言葉に変換することを要します。上記の例でいえば、患者さんの発する<へんずつう>は、必ずしも『片頭痛』とは限らず、『変頭痛』という造語であるかもしれないからです。
医師は、そうした患者さんが発する医学用語もどきの根拠不明の漢語を慎重にヤマト言葉の音に翻訳するという作業を行わなければなりません。
ヤマト言葉の音(オノマトペ)は、患者さんの様子や感じが直接伝わりやすく共感あるいは共鳴しやすくなるため、正しい患者理解につながり、ひいては適切な診断と治療に結びつくからです。
それでは、なぜ音そのもので様子や感じが伝わるのでしょうか。
擬音語の場合は聴こえる音を聞こえるままに仮名で書き起こしていることで説明がつきます。
しかし、擬態語の場合はどうでしょうか?なぜ私たちは同じ痛みでも、「きりきり」は刺すような鋭い痛み、「ずーん、ずーん」は重苦しい鈍い痛みだと感じるのでしょうか?
この主観的な感覚表現の違いは、痛みを中枢神経系である脳に伝える末梢神経の種類の違いに対応しています。
感覚は末梢神経の太さによって、いくつかに分類され、それぞれ伝える刺激が違います。
痛みの刺激を受け持つのは、少し太めのAδ線維と細いC線維です。Aδ線維は痛みを一瞬で感じ取り、素早く中枢神経に伝え、C線維はやや遅れて痛みの刺激を送ります。
ケガをした時、「イタッ!」と反射的に痛みが走り「きりきり」と刺すように痛むのはAδ線維、しばらくして湧いてくるジーンジーンと焼けるような、あるいは「ずーん、ずーん」とする重苦しい鈍い痛みあるいは痛みはC線維が脳に伝えるからです。
私は、古来よりの日常用語であるヤマト言葉(はなしことば)は、現代の医療において、ますますその有用性を発揮できる言葉であるという認識を深めつつあります。
患者の皆様は、日頃から、ご自分の主観的な体験を漢語(書き言葉)ではなくヤマト言葉(はなしことば)で“いきいき”と表現することで“のびのび”と毎日を健やかに過ごしていただけたらと思います。
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