日本日時3月20日11:00pm
(現地Wien 日時:3月20日3:00pm)
ようやく欧州時間での生活リズムでの体調・気分が整ってきました。
感性も理性もようやく欧州モードに切り替えることができました。
ホテルの部屋での放送スクリーンではドイツ語放送を流しっぱなしにしながら、学会参加のための資料をまとめています。
今回は、本来の自分の発表に加えて、他の3人のドクターの最近の活動状況もドイツ側に報告するので、特に慎重を期しています。
この調整のためのプロセスを生産的かつ芸術的な方法で行う、それが確立できたように思います
Claudia Visca教授のレッスン
9:45am ウィーン国立音楽大学にて
(日本時間:5:45pm)
Visca先生は、朝早くからのレッスンなので大丈夫か、と心配してくださいますが、私の体のリズムは午後6時頃なので、かえって好都合です。
日本に戻って早々のコンサートで歌う予定のドナウディの歌曲のレッスンをお願いしました。
発音:子音nは口を閉じないで、舌先を上顎につけるようにする。
フレーズの作り方:StretchとSkating
ドナウディの歌曲から
#1.O del mio amato ben
Visca先生十八番の一曲とのこと。
O del mio …mioの発音、mi-oと発音しているつもりですがmiが十分に表現できていないperduto incanto! のin…、nの発音は顎を縦に開けてしっかり締める
その後のフレーズでもiが出現するたびに顎が絞まりがちになるので、開けた状態を保ちながら歌いきる
a tempo の所からSkatingするように前に前にと進み、休符のあとtempoを少し緩める
cerco invan, chiamo invan!ですっかり吐ききってから、息を取り込む
後半も顎が絞まらないように、フレーズをノビノビStretchingするように歌いすすめる
#2.Quando ti rivedro
Tante lagrime ho pianteは大切なフレーズでありlagrimeのla, pianteの響きを丁寧に
A tempo のあとのanimando un poco では、しっかりと前に進み、その後のtornadoでは逆に戻していく
最後のcosì?は疑問形なので、丁寧に響きを保ちながらデミュネンドしていく
#3.Spirate pur,spirate
出だしは、1小節を1拍と感じながら歌い始める
mio bene のnの発音の際は、口を閉じないで舌先でコントロールする
spira-teのaの長母音の発声はau・au・au …と歌うことで安定する
pの表示があるフレーズであても、大切な言葉のアクセントは明確に
f largamente では声を強めるのではなく、たっぷり息を流して響きを生み出す高音での母音aは開口位を保つ
#4.Vaghissima sembianza
第20~24小節(allarg. mf. tornando)のフレーズも声を張るのではなく、息をたくさん送り込む感じで、その後、息を吐ききってから、次のブレスでpに入っていく
第36小節(dolce p)を丁寧に歌い始めるが、重要な言葉のアクセント表現を忘れずに
第45小節 sì ardente v’ha già fatta のcresc.の表現も声ではなく息で支えていく
第62小節 楽譜には載っていないが、最後にもう一度che a lei che muta è ognor.を繰り返す
などなど、中身の詰まったレッスンだったでしょう?とVisca先生。
これは本当に一時間のレッスンなのです。
Visca先生のレッスン時間が、普段より早めなのは、理由があります。
私のレッスンの後、ウィーン国立音大の学生によるオペラ公演に向けての、現場指導があるためとのことです。
そこで、私は、見学ができるかどうか頼んでみたところ、レッスンの後直ちにVisca先生の後についていくことになりました。
音大と稽古場のあるシェーンブルグ宮殿は目と鼻の先です。
ウィーン国立音楽大学公演予定の歌劇『魔笛』の稽古見学
11:00amシェーンブルグ宮廷内歌劇場
(日本時間:7:00pm)
ウィーン国立音楽大学の校舎は市内にいくつか分散していて、私はすでに3か所でレッスンを受けています。
Visca教授のレッスン室のある校舎はシェーンブルグ宮殿の近くに位置しています。
旅行ガイドブックにも宮廷歌劇場が掲載されていますが、夏季以外は音大の学生の稽古に使われていることが紹介されていました。
一般の観光客は、この時期に、この華麗な格式の高い歌劇場でオペラを見ることはできません。
私は幸運なことに、これから活躍を期待されている選ばれた学生の通し稽古を見ることができました。
Visca先生はオケピットで指揮を振る先生も紹介してくださり、挨拶をさせていただきました。
王子タミーノ役のテノールはVisca先生が指導している学生で、夜の女王の娘のパミーナ役のソプラノは日本人でした。若者たちによるオペラは若々しい才能に満ちていました。
通し稽古ということですが、ほとんど本番のオペラと言ってもよい完成度でありました。
Pablo Cameselle 先生の第2回目レッスン
4:30pm パブロ先生の自宅にて
(テノール)のホームレッスン
(日本時間:0:30am)
この日は、発声練習から始めました。
Nye~Nya~Nye~Nya~という音を使いました。
昨日指摘していただいたポイントをさらに明確にしていく作業でもありました。
その1:
高音になると鼻に掛る音になる:
具体的には、鼻に掛らずに歌い始めた音も、音を延ばしている間に途中で鼻にかかってしまう。
それも母音や子音の種類によって、より顕著になることがわかりました。
たとえば、母音eの私の発音は高音でも完璧とのことですが、母音aになると、途端に鼻声になるとのことでした。
この現象は、母音iや、子音のm、nで顕著であるとのことでした。
Nye~Nya~Nye~Nya~発声法は、この癖を修正する上でとても有効なツールになりそうです。
その2:
口が縦に開かず横に広がってしまう
特に、母音のiで顕著:イタリア語の母音はまず口腔の奥で基本を形成してから、口元で調整します。
それをしないで、口元だけで調整しようとすると、どうしても潰れた浅い音になってしまい、響きの広がりのある深いイタリアの声にはなりません。
日本人にはなかなか難しい発声・発音の課題です。
その3:
歌い出しが突然で、不自然なアクセントがついてしまう:
ppやpで歌い出すことができていない。また曲の最後にデミュネンドしてppで伸ばして完結させることができない。歌で難しいのはfやffではなく、pやppです。
その4:音量や速度のコントロールができていない。
つまり、楽譜の交通標識を無視した交通違反の歌の運転をしていることになるのですが、楽譜の表情記号を意識していても、それを作曲家の意図に沿う音楽を再現することがいかに難しいことであるのかを実感します。
つぎに、パブロ先生からスペイン語の2曲を紹介していただきました。
Alberto Ginastera作曲 / Cancion al arbol olvido Carlos Guastavino作曲 / Ya me voy a retirar...
第1曲目のアルベルト・ヒナステーラの曲は、Pablo先生がこの作曲家(イタリア系アルゼンチン人)から直接レッスンを受けた曲ということなので、私がそのPabloからこの曲を紹介され、レッスンを受けることができるというのはとても光栄なことです。
この2曲は今後の私のコンサートでのお勧めの曲とのことで、さっそく音取りからポイントをつかもうということになりました。
この曲はアルゼンチンの曲なので、スペイン本国の発音とは若干異なるとのことです。Pablo先生の父親はアルゼンチン人なので、彼自身がスペイン語のネーティブであり、かつタンゴが大好きです。Pablo曰く、<世界の三大テノールのうち、二人がイタリア語ではなくスペイン語を母国語としているが、これは偶然ではない>確かにプラシド・ドミンゴ(スペイン、マドリード出身)、ホセ・カレーラス(スペイン、バルセローナ出身)です。
バルセローナはカタルーニャ語が話されていますが、カアルーニャ語の母音の数は8つあり、スペイン語(カスティーリャ語)よりも多いのですが、鼻母音はありません。
レッスンの後、短時間の仮眠を取らないと、折角のオペラ観劇で寝てしまいかねません。
7:00pm開演だと勘違いして歌劇場に急いだのですが、扉が全く開けられなくて困っていると、他にも困っている華僑風の老夫婦がいて、その老人から、シブい声でいきなりDoes it open?と尋ねられました。
I try now, but it won’t open.と答えたのですがそのとき、8:00pm開場だと気づいていたら劇場は7:00pmにならないと入館できないことを教えてあげることができたのに、申し訳ないことをしてしまいました。
歌劇『蝶々夫人』観劇
8:00pmウィーン国立歌劇場にてプッチーニのオペラ『蝶々夫人』観劇
(日本時間:4:00am)
座席はBALKON HALBMITTE RECHTS(バルコニー席、中央より右側より)
やはり、オペラは正面から観劇するのが良いようです。
『蝶々夫人』は有名なオペラなのでDVDを持っていて、自宅で何度か見たのですが、歌唱の芸術性はともかく、蝶々さんの着物の着こなし方や、帯が残念ながら頓珍漢なのは残念でした。
そこで、今回ばかりは、舞台のセットや衣装のデザインなどがどれくらい工夫されているかにも興味がありました。
すると、座席の手元にあるプログラムガイドではset & costume design:Tsugouharu Foujitaとの表示つづり方ですが、つぐはる・フジタと読めます。藤田嗣治?
この人は日本生まれの画家・彫刻家で、第一次世界大戦前よりフランスのパリで活動した人物で、私は上野の森の美術館で彼の展覧会を見に行ったことがあります。
たしか1968年没だったはずです。というのは、私の生まれが1959年なので、この人は自分が9歳の頃までは生きていたのだなと思いめぐらしたのを不思議に覚えているからです。
美術館のポスターもFujitaではなくフランス語風にFoujitaだったことも印象的でした。
オペラが始まる直前に、これほど興奮したことはありませんでした。
さて期待と不安の第一幕。セットも衣装も見事で違和感がありません。
蝶々さん役のソプラノのElena Gusevaはロシア人ですが、遠目に見ると若い日本女性に見えるくらいです。
それに声がとても良い、心地良く眠ってしまうぐらいに優しく切ない東洋の響きを帯びているのです。
出身地はクルガンという南ロシアの都市でカザフスタンに近いところのようです。
これからもこの素晴らしいソプラノの活躍が楽しみです。
11:30pm(日本時間:7:30am) ホテルの自室に帰還
現地の朝までの時間は、医学の自己研修と仮眠に充てています。
医師は芸術家以上に、毎日研鑽を積まないと、臨床的な勘やとっさの判断が鈍ります。
私は、毎日の自己研鑽が不可能になった時点が、医師の辞め時だと考えています。
水氣道や聖楽院での活動は、私の医師としての寿命を延ばしてくれていることを確信しています。
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