認定内科医、心療内科指導医・専門医、アレルギー専門医、リウマチ専門医、認定痛風医
飯嶋正広
賢い選択?<赤旗サイン>(続々)
2011年、米国内科専門医機構財団(ABIM)は、「賢明な選択:持続可能なシステムを構築するための医師、患者、医療界の責務」をテーマとしたフォーラムを開催しました。これを発端に、エビデンスに基づいた適切な医療資源の活用を目指した“Choosing Wisely(賢く選択すること)キャンペーン”が世界的に広がり今日に至っています。
そこで、科学的根拠に準拠した判断材料とされる<賢明な選択>キャンペーンが強調している10の推奨項目ですが、東京都杉並区の臨床の現場からすると、世界標準として推奨されている項目の中には、いささか現実離れしているものが含まれているといわざるをえません。について、引き続き検討を加えます。
5 ハイリスクマーカーが存在しない限り、心臓由来の症状がない患者の初期評価において、負荷心臓画像検査や非侵襲的画像検査を施行しないこと
9 低リスクの外科的処置の前に定例の術前検査を行わないこと
10無症候性の患者の定期的なフォローアップとして毎年の負荷心臓画像検査
を行わないこと
上記の項目5および9で問題になるのは、リスクをどのように考えるか、と言うことであろうと思います。
また、それをもとにリスクの大きさをどのように評価すべきかも大きな課題です。
ハイリスクというのは、一般にはある疾病が発症する頻度が高いことを意味するものであって、必ずしも疾患の重症度を意味していません。
5の場合は、「心臓由来の症状」という表現が用いられているため、心不全のリスクを念頭に置くと理解しやすいかもしれません。そして、リスク評価のためには一定の検査が必要です。
ですから、ハイリスクマーカーとは何かということを明確にしておかない限り、この項目は内部矛盾を呈することになります。
この項目を言い換えれば、心臓由来の症状がない患者は、負荷心臓画像検査や非侵襲的画像検査を行わなくともハイリスクでないことになります。
これは、にわかには同意しかねます。そこで、ハイリスクかどうかは別義として、その指標となると考えられる心疾患マーカーについて説明します。
心疾患マーカーを単純に表現すれば、心不全の指標といえるでしょう。心不全とは、生活習慣病や環境要因が誘発した種々の異常によって心臓のポンプ機能が低下し、末梢主要臓器の酸素需要量に見合うだけの血液量を拍出できない結果、生活機能に障害をきたした状態の総称です。心不全は無症候期間の間も病状は進行し、自覚症状が表れてからは数年で死に至る場合もあります。
したがって、心臓由来の症状がないということを検査の適応決定において重要な指標にすることは明らかに誤りであると言わざるを得ません。むしろ、より早期に心機能障害を発見し、治療を開始、また治療効果の確認を行うことは生命予後、QOLの向上に欠かせません。
心不全の原因疾患の一つに心筋機能障害があげられます。心臓には冠動脈を通じて血液が流れ、栄養分や酸素が供給されています。この冠動脈が動脈硬化やプラークなどによって狭められ、十分な血液が流れなくなった状態を狭心症、さらに冠動脈が閉塞し、その先に血液が流れなくなり、心筋が壊死した状態を心筋梗塞と呼びます。
ともに胸痛を伴い、迅速・的確な処理が施されないと死に至る場合があります。
診断を行う上で、かつては発症者の病状や心電図変化が頼りでした。
しかし、加齢や糖尿病などを原因とする中枢神経系の障害は胸痛を自覚しづらいものになります。
その場合でも明確な心電図異常として現れにくい心筋梗塞症例も珍しくありません。
このような背景からすれば、心臓由来の症状がないということを検査の適応決定において重要な指標にすることは明らかに誤りであると言わざるを得ません。このような場合、心筋細胞の壊死により血中に流出してくる心筋特異的な蛋白を捉えることで、より早期、確実な診断につながってきています。
その際に利用される心不全マーカーとしては、BNPもしくはANP、心筋マーカーとしては、心筋トロポニンI、CK-MB、ミオグロビンなどです。
しかし、非侵襲的画像診断の中でも心臓超音波検査は心臓由来の自覚症状がなくとも、高血圧や動脈硬化を伴う患者さんの心疾患のスクリーニングに有用であるし、頸動脈超音波検査と共に定期的にチェックすることは一般的になっています。
9の低リスクの外科的処置の前に定例の術前検査を行わないこと
という項目も同様です。
定例の術前検査の範囲が明確ではないことも問題です。その場合であっても、低リスクかどうかを判断するための検査を否定するべきものではないことは当然であると理解すべきでしょう。
以上、<エビデンスに基づいた適切な医療資源の活用>という社会の大義名分が、最終的に個々の患者さんにとって真に<賢い選択>になるかどうかは定かではないということになるのではないでしょうか。医療費の制度的節約が、個々の患者にとっての命や健康の節約に繋がらないことを祈るばかりです。
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