第2週:感染症・アレルギー・膠原病

今月のテーマ:厄介な感染症

 

12月9日(月)

厄介な感染症No1.

 

特発性細菌性腹膜炎

 

60台女性。感冒を治してほしいということで受診されました。

 

本人が感冒を疑った理由を尋ねると、数日前から嘔気および食欲不振を自覚し、徐々に腹部膨満感や全身倦怠感が強くなったので、一発で効く風邪薬が欲しいとのことでした。

 

患者自らが自己診断のもとに治療のみを求めてくるケースが多いのは困りものです。

 

杉並国際クリニックに組織改編してからは、初診は予約制にして慎重に対応できる体制とした背景には、いろいろないきさつがあります。

 

初診時は意識清明、体温37.2℃、脈拍104/分・整、血圧110/58㎜Hg、呼吸数24/分でした。

 

たしかに、感冒の初期症状に似てはいます。しかし、眼瞼結膜にほんの軽度の黄染を認め、腹部の膨隆と右側腹部の圧痛、腸管の蠕動音の低下を認めたので、単なる感冒ではないと考えましたが、他には特徴的な所見は得られませんでした。

 

すなわち、頸部リンパ節は蝕知せず、心音、呼吸音に異常なく、腹部の筋性防禦や反跳痛をはじめ神経学的所見にも明らかな異常を認めませんでした。

 

念のため胸部エックス線写真をとったところ、両側に少量の胸水を認めたため、腹部超音波検査を追加しましたが、腹水を認め、肝硬変を疑いました。

 

そこで、改めて問診してみると、10年前に原発性胆汁性肝硬変(PBC)と診断され、脳死肝移植待機中であるとの重要情報を得ました。

 

初診時と比べて翌月の再診時の診察で肝硬変患者で腹水が増加し、バイタルサインが変動し、白血球増加していましたが、感染症の一次臓器らしきものがみつかりませんでした。

 

細菌性腹膜炎の可能性があるため、血液培養検査と腹水の検査が必要であることを本人に伝えたところ、それまで定期的に受診していた病院で直ちに検査を受けたとのことでした。

 

後日、腹水の検査結果を持参されました。

 

外観は淡黄色で肉眼的混濁あり。

 

検査所見:

WBC(白血球数)3,500/μL、

TP(総蛋白)1.0g/dL、

Alb(アルブミン)0.5g/dL、

Glucose(ブドウ糖)175mg/dL

腹水グラム染色(-)

 

そこには腹水に菌体を検出できず、腹水中の総蛋白やアルブミン濃度が低いため、腹水は漏出性とされ、腹膜炎は否定的で、悪性腫瘍の腹膜播種の可能性があるとの所見がありました。

 

しかし、腹水中の白血球数が1,000/μLをはるかに超えていることから感染性腹水を否定することができないこと、腹水が漏出性所見を呈した背景として肝硬変による低アルブミン血症や門脈圧亢進があることで、見かけ上、滲出性ではなく漏出性所見を呈したのではないかという意見を病院側に示しました。

 

患者は入院となり、利尿剤の増量、アルブミンを含む点滴に加えて抗菌薬(広域ペニシリン約)治療が開始されたとのことでした。血液培養検査の結果、大腸菌が検出されたこと、悪性腫瘍の腹膜播種は認められなかった、との報告を受けました。

 

肝硬変患者の細菌性腹膜炎は予後不良な経過をたどる場合が少なくないとされるので、その後の経過を心配しておりましたが、その後、連絡が途絶え、残念ながら転帰不明となりました。

 

専門医志向が強い患者さんの中には、最初から開業医の判断を無視したり軽視したりして、必要な情報すらも提供してくださらない方が、残念ながら散見されます。

 

専門家として尊重してくださらない患者さんを診療することは、以上のケースのように大きなリスクになります。

 

この患者さんには「胸部エックス線検査も腹部超音波検査も不要であり、異常が見つからなければ、診療費を支払うつもりはない」とまで宣言されたのですが、必要性を説いて検査を実施しておいて良かったと思います。