日々の臨床⑦:10月14日土曜日<漢方の名医:高山宏世先生>

東洋医学

 

<漢方の名医:高山宏世先生>

 

私の診察机の背にある書棚には、漢方処方に関する三考塾叢刊の三組セットの書籍があります。

 

この書物は、漢方専門医として診療に当たる上での珠玉というべき名著です。  

 

 

この書物は、鍼灸治療や水氣道®にも豊富な示唆を与えてくれました。

 

私自身は、著者の高山先生とは直接の面識はありませんが、患者さんを通して、先生の偉大さを改めて実感する経験に恵まれました。

 

 

高山先生は1934年鹿児島県生まれとのことで、私より四半世紀先輩の医師です。

 

先生が九州大学医学部を卒業された1962年は、私はまだ3歳ということになります。

 

1974年に福岡市中央区大名で高山クリニックを開業されて現在に至っているようです。

 

 

個人情報に対する制約のため、詳細に亘るご紹介は控えますが、高山クリニックを受診していた不眠症に悩む青年が、東京に転居となったために、高円寺南診療所を受診されました。

 

尤も、彼は高円寺南診療所宛の紹介状を持参していたのではなく、インターネット検索でアクセスしたとのことでした。

 

 

持参された情報は処方箋のコピーのみでしたが、それで高山クリニックに通院されていたことが判明した次第です。

 

漢方専門のクリニックらしく、パッケージに入った漢方エキス製剤の他に刻み生薬の処方内容が記されていました。

 

 

以下、ミニ解説を加えます。

 

生薬/crude drugは、動植物の薬用とする部分、細胞内容物、 分泌物、抽出物又は鉱物などを示します。

 

刻み生薬/crude drug pieces for decoctionは切断生薬という言葉を用いており、刻み生薬とは呼んでいません。

 

切断方法まで表現する場合は cut、 sliced、 powdered、 crushed などをつけるが、 cut と powdered に関しては切度がJP通則で規定されています。

 

 

切断生薬/cut crude drugは全形生薬を小片または小塊に切断または粉砕したもの、 あるいは粗切、中切または細切したものです。

 

 

 

青年が持参した処方内容は、エキス製剤2種

 

 

ツムラ四逆散エキス顆粒(医療用)2.5g 1日1回眠前

 

ツムラ参蘇飲エキス顆粒(医療用)7.5g 1日3回毎食後

 

刻み生薬:1日2回昼食後、眠前

 

ゲンジン(玄参)1.5g、オンジ(遠志)3g、キキョウ(桔梗)1.5g、

 

ゴミシ(五味子)1.0g、トウキ(当帰)1.5g、テンモンドウ(天門冬)3g、

 

バクモンドウ(麦門冬)3g、ジオウ(乾地黄)2.5g、サンソウニン(炒酸棗仁)3g、

 

ブクリョウ(茯苓)4g、柏子仁3g、党参3g、丹参4g

 

以上を湯液として50分煎じる

 

初診の青年は、この処方がとても合っているとのことでしたが、

問題点が2つありました。

 

その1は、刻み生薬に対応できる調剤薬局が近隣にないこと

 

その2は、大量の生薬類の処方は審査の厳しい東京では保険が利かないこと

 

 

そこで、この青年には、素晴らしい処方であり、また名医の処方でもあることから、

 

東京でも同様に刻み生薬の処方をしてもらえる漢方専門医の受診をお勧めしました。

 

 

そして、その間の繋ぎとして、エキス製剤のみを、保険が利く範囲で、以下のように処方させていただきました。

 

 

ツムラ参蘇飲エキス顆粒(医療用)2.5g 1日1回朝食前

 

ツムラ四逆散エキス顆粒(医療用)2.5g 1日1回昼食前

 

ツムラ酸棗仁湯エキス顆粒(医療用)2.5g 1日1回夕食前

 

 

漢方のエキス剤を最小量で効果を発揮させるために、空腹時投与が一般的ですが、

 

高円寺南診療所では、それぞれのエキス剤が時間薬理学的に最も有効であると想定される時間帯に割り当てる方式を創案し、実践しています。

 

 

しかし、名医の処方と同等の効果を期待することは難しいので、少しでも患者さんの役に立てば、という思いのみで処方しました。

 

そろそろ主治医が見つかったのではないかと想像していたときに、その青年は再び来院されました。

 

<薬が十分に効かなくて困っている>という報告を受けることになるだろうと予測していた私は、意外な反応に驚きました。

 

彼いわく<先生、酸棗仁湯が効きすぎて日中も眠いです>と。

 

 

私は、かつて不眠症の患者に酸棗仁湯が有効であった症例について日本東洋医学会で発表したことがあります。

 

酸棗仁湯を不眠症に用いることは珍しくないのですが、専門医の間でも、実際には余り効かない、という声が多かったためでした。

 

実際に酸棗仁湯を一日三回投与しても効きにくいことが多いです。

 

しかし、朝食前、昼食前に、酸棗仁湯以外の適切な漢方薬を投与することによって、酸棗仁湯は夕食前のみの投与であっても、劇的に力を発揮することがあるのです。

 

 

幸い彼もそのような効き方をする体質だったようです。

 

そこで、<それでは、酸棗仁湯を半量にして続けてみてはいかがですか>と提案すると、<先生、半量では全く効きません>とのこと、そこで<それならば、3分の2で試してください。

 

2パックで3日分になりますね。>とアドヴァイスして納得していただきました。

 

 

昔も今も、薬のさじ加減というのは、微妙なものです。

 

現代薬の場合、錠剤ですと微調整できないので、同じ成分の顆粒製剤や粉末製剤を用いて、さじ加減することがあります。

 

工夫次第では、少量のエキス製剤でも、名医の処方と同等の効果を出せることがあるという経験は、漢方処方に対する興味を掻き立ててくれました。

 

 

それまでは、湯液として50分煎じる手間が必要でしたが、エキス製剤のみであれば多忙な若者にとっても継続可能です。

 

ちなみに、この若い患者さんは、それまで福岡で診ていただいていた高山先生が名医であることは、ほとんどご存じなかった模様でした。