『聖楽院』便り (再掲)

 

前回はこちら

 

<準備原稿を掲載したため、差し替えました>


聖楽院主宰 テノール 

飯嶋正広

 

チャイコフスキーの歌曲 

отчего?...(何故?)について
 

最高音はAなので、高声用(ソプラノ・テノール)向けの曲ですが、無理のない曲であるようです。ただし、テノールであっても深みのあるバリトンの音色を活かしたいところです。

 

歌詞の反復が多いためビギナーにとっても馴染み易いように感じられます。しかし、実際には、テンポや音量のダイナミックな展開があるため、単純にはいきそうもありません。詩や曲想については歌い手の解釈力が要求されていて、尽きることのない探求の余地が残されています。つまり、その分だけ表現には工夫が求められることになるでしょう。

 

ハイネの詩集「抒情小曲集」の中にある詩を、ロシアの詩人レフ・メイが訳したものに若きチャイコフスキーが大変魅力的なメロディーを付けています。この詩集は、多くの一流の作曲家に愛されている模様であり、シューマンの代表作である歌曲集「詩人の恋」の歌詞となっている詩も収められています。

 

この歌曲は「Отчего?(何故に?)」という問いを8回も繰り返していきます。

 

起・承・転・結の4連構成をとっています。

 

<起>淡々とした歌い出しではじまるのですが、<承>徐々に感情が昂ぶっていき、歌も伴奏もともにアッチェランドし、音量も激しさを増していき、<転>すると、いつしか去ってしまった恋人への呼びかけの絶叫となります。

 

しかし、<結>メロディは完結することなく、徐々に消え入るかのように終わります。

そのあとに最初の淡々としたメロディが後奏に戻ってくるあたりまで、とても芸術的な構成であり、チャイコフスキーらしいロシア情緒あふれるメロディーとしての余韻が感じられます。
 

なぜ、岸本先生が私のために、この曲を課題曲として選んでくださったのか?それを考えることを含めて「Отчего?(何故に?)」

 

なのかも知れません。

 

ガリーナ・ヴィシネフスカヤとアンナ・ネトレプカが歌うのを聴き比べてみることにします。

 

ガリーナ・ヴィシネフスカヤ

 

チャイコフスキー「なぜ?」ヴィシネフスカヤ - YouTube

 

 

アンナ・ネトレプカ

 

Анна Нетребко - Чайковский. Отчего. - YouTube

 

 

歌詞訳

 

 

<起>

どうして春なのに蒼ざめてるの
華やかな姿のバラの花は?
どうして緑の草の下で
青いスミレは黙っているの?

 

<承>

どうしてそんなに悲しげな声で
歌う鳥は、大空へと飛立つの?
どうして野原は覆われるの
死装束のような涙の露に

 

<転>

どうして空の太陽は朝から
冬のように冷たく、暗いの
どうして大地は湿って
墓場のように陰鬱なの

 

<結>

どうしてぼくはどんどん悲しくなって
毎日元気をなくしていくの
どうして、おお、教えて
去ってしまったとたんにぼくを忘れたの