9月1日(火)
第1週:呼吸器・腎臓病
患者さんの訴える症状がありふれたものであるために診断が絞り込めないということは、日常的に経験されています。そこで大切なのは、主訴とは、発症期間と簡単な経過までの情報を内包したものであるという認識を持っておくことです。この考え方の習慣は、私が初期研修を受けた虎の門病院でしっかりと叩き込まれたものですが、それは今日に至るまで活かされている実践的概念です。今回も、令和2年の医師国家試験出題文より引用しました。
❶ 68歳の男性。
❷ 全身倦怠感と体重減少を主訴に来院した。
❸ 6カ月前から5㎏の体重減少と2カ月前からの全身倦怠感が著明になったため受診した。
❹ 身長164㎝、体重44㎏。
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<初診時の診療Step1>
A.問診項目
❶ 68歳の男性。⇒前期高齢者の男性にありがちな疾患を念頭に診察を進めていきます。
❷ 全身倦怠感と体重減少を主訴に来院した。
主訴は#1.全身倦怠感という主観的症状と、#2体重減少という客観的徴候の2つが挙げられています。いずれも非特異的な臨床症状であり、広範な疾患群がこれらの症状をひきおこします。しかし、主観的症状と客観的徴候は表裏一体であることが少なくありません。「主客一致」や「心身一如」は実践的なコンセプトですが、まずは、いずれが、より特異的な情報か、という視点が必要です。
#1.全身倦怠感という主観的症状と比較すると#2体重減少という客観的徴候の方がより特異的です。つまり、予測する病態を絞り込みやすい情報であるということです。そこで、#2体重減少という医学情報をまず検討していきます。
体重減少は非特異的な臨床症状であり、広範な疾患群が体重減少をひきおこしますが、病態生理学的には三つに分類できます。即ち、
1) エネルギーの摂取不足
2) エネルギーの過剰使用
3) エネルギーの尿や便への喪失
です。
このように広範な疾患で体重減少をきたしますが、臨床的には4つに分類されることもあります。
1)食べているのに体重減少がある
2)食欲はあるが食べられない(咀嚼・嚥下の障害)
3)食欲不振
4)社会経済的問題
などの場合があります。
体重減少をきたす疾患として実際に多いのは、悪性腫瘍、精神神経疾患、消化器疾患、内分泌疾患などです。その他、心肺疾患、飲酒や薬剤の影響、HIV 感染症なども原因となり得ます。とりわけ悪性腫瘍の中で多いのは、消化器癌のほかに、肺癌、泌尿生殖器癌、血液系悪性腫瘍などです。
本例のように❶高齢の男性で体重減少の程度が大きいものでは、そうでない場合に比べて悪性腫瘍の可能性が高くなります。内分泌疾患としては甲状腺機能亢進症、糖尿病、副腎皮質機能低下症などがあります。これらの内分泌疾患は容易に治療できる疾患であるため見落としたくないものです。また、精神神経疾患として、うつ状態、神経性食思不振症、認知症(痴呆)があります。
実際には原因を検索しても不明な場合が25%前後存在します。このような場合の説明として、小さな影響を及ぼす複数の要因の複合、隠れた心理的原因、隠れたボディイメージの変化などの仮説が考えられています。しかし、後に悪性腫瘍が発見されることも20%前後あったと報告されているため注意を要します。
❸ 6カ月前から5㎏の体重減少と2カ月前からの全身倦怠感が著明になったため受診した。
体重減少の原因を検索するためには、
A. 詳細な医療面接
B. 身体計測
C. 身体診察
D. バイタルサイン(生命徴候)
E. 尿
F. 便潜血、赤沈、血液検査、生化学スクリーニング検査
などが有用です。
これらの血液検査でどれか一つでも異常がある時を陽性とすると、悪性腫瘍の存在に関する感度は高いですが、必ずしも特異度は高くありません。
■外来で疑ったとき
A.医療面接のポイント
まず体重減少が本当にあるのか確認します。患者自身が体重を測定していない場合、実際に体重減少が生じているのかは不確実です。また、今までにこのような体重減少をきたしたことがあるのか確認します。同様の体重の変動が今まで経験されたのなら、体重減少の意味は小さいかもしれません。
原因を鑑別するために最初に重要な病歴は、食事が摂れているのか、嚥下や咀嚼に問題はないか、食欲はあるのか、ほかの消化器症状の有無、患者背景などです。
食欲があり食事もしているのに体重が減少するときは、甲状腺機能亢進症や糖尿病などの内分泌疾患に留意します。高齢者の甲状腺機能亢進症では、体重減少のほかに症状が目立たないことがあります。
食欲があるが食べられない場合は、歯や口腔内の状態、嚥下に障害がないか確認します。食道癌では流動物よりむしろ固形物が胸部でひっかかる感じを訴えますが、食道アカラジアでは固形物・流動物ともに嚥下しにくいという特徴があります。
食欲がない場合は様々な疾患があります。悪性腫瘍のほか、精神神経疾患、消化器疾患、内分泌疾患(副腎皮質機能低下症)、心肺疾患などです。うつ状態が疑われれば、ゆううつ気分や楽しみの喪失の有無を確認します。これらのいずれもない場合、うつ状態である可能性は大きくはありません。
消化器疾患では他の消化器症状(早期満腹感、嘔吐、腹痛など)を伴います。副腎皮質機能低下症は、嘔気・食欲不振という消化器症状を80~100%と高率に伴います。
その他、患者背景の確認は有益な情報をもたらします。飲酒や漢方薬や健康食品を含めた常用薬も確認します。内服薬は味覚の変化や様々な消化器症状をおこし、特に服用している薬剤の種類が増えると体重減少の原因となります。
社会経済的背景も重要であり、経済的困窮や社会的孤立は体重減少の原因となります。エイズ(HIV感染)の危険行為の確認が必要な場合もあります。
神経性食思不振症では、患者が自分の症状や感情を隠す傾向があり,正確な病歴が得られないことがあります。特に信頼関係が不十分な時期ではそれに悩まされます。こうした摂食障害のスクリーニング的な質問として、
SCOFF(摂取障害スクリーニング質問)が知られています。
<SCOFF >
1.おなかが張って不快になることがありますか?
2.どのくらい食べたらよいか分からなくなり,食べるのを止められなくなりそうで,心配になることがありますか?
3.最近3ヶ月間で6.35kg(14ポンド)以上の体重の減少がありましたか?
4.人からやせているといわれても、太りすぎているような気がしますか?
5.食事や食べ物よって生活全般が支配されているように感じますか?
これらの質問が2つ以上該当するときに摂食障害を示唆する感度100%、特異度87.5%と報告されています。
❷❸の記述は試験問題としても、カルテ記述としても冗長な記載です。
通常は、全身倦怠感(2カ月前から、増強)、体重減少(6カ月前から、5㎏減)などと記載します。全身倦怠感と体重減少は相互に関係が深いことがあります。時間経過からすると、体重減少が起こってから全身倦怠感が生じていますが、このような経過をたどる病気は慢性的で進行性の消耗性疾患を想起させます。慢性的で進行性の消耗性疾患としては、悪性腫瘍、炎症性疾患(感染症、自己免疫疾患)、血液疾患の他に種々の臓器不全を挙げることができます。❶高齢者では体重減少による全身状態の悪化は顕著であり、そのため全身倦怠感を来しやすくなります。
B.身体計測
❹ 身長164㎝、体重44㎏。⇒体格指数(BMI)は必ず計算します。
BMI=44/1.64²=16.3<18.5⇒顕著な低体重、
③の情報により、6カ月前の体重は44+5=49㎏、
6カ月前のBMI=49/1.64²=18.2<18.5⇒軽度の低体重
6カ月の体重減少率=5/49×100=10.2%
体重減少とは 6~12ヵ月間に5%以上の体重減少があった場合、などと定義されます。このような体重減少は死亡率の増加と関連があることが知られています。例えば高齢者で 5%以上の体重減少があるとその後の死亡率の相対危険が 2.2 と増加したことが報告されています。このため、そのような体重減少ではその原因の検索が必要です。
この症例では、6カ月の体重減少率=10.2%≧5%であるため、体重減少を認めます。
身長164㎝の人の理想(至適)体重は、BMI=22となるような体重です。
至適体重=22×1.64²=61.9㎏
正常下限はBMI=18.5⇒正常下限体重=18.5×1.64²=49.8㎏
健常時体重比(%健常時体重)=現在の体重/健常時体重×100
=44/49×100 =89.8(%)
栄養障害評価基準(軽度:85~95% 中等度:75~85% 高度:75%以下)
⇒ 軽度栄養障害
もともと低体重だった人の体重がさらに減少すると、栄養障害が問題になります。
高齢者の場合は負担が大きくなります。
体重減少率(%)=(健常時体重-現在の体重)/ 健常時体重×100
=5/49×10 =10.2%
栄養障害評価基準(軽度:5% 中等度:10% 高度:10%以上)
⇒ 高度栄養障害
<まとめ>
本例の症例は、発症前から軽度の低体重でした。また本例の主訴である体重減少は、臨床的定義によっても確認されました。
この体重減少は栄養障害を示唆するものであり、栄養障害の程度は健常児体重比(%健常時体重)では軽度であるのに対し、体重減少率(%)では高度と評価される。
これらの栄養障害の評価の食い違いの原因は、当該症例の健常時体重が、すでに軽度の低体重であったことに起因すると考えられます。
したがって、当該症例の臨床的な栄養障害の程度は「高度」であるとみられます。また、高度の栄養障害がある場合には、全身倦怠感を伴うことは了解可能です。
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