運動生理学的トレーニング理論の限界と水氣道の可能性No12

 

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・ 水氣道稽古の12の原則(8)全面性の原則(その1)

 

運動生理学にもとづくトレーニング理論で、通常5つないし6つの原則とされるものの一つに「全面性の原則」があります。これは、一言で言えば、トレーニングはバランスよく行うという法則です。

 

筋肉トレーニングをする場合は、全身の筋肉のバランスを考えてトレーニングをすべきであるという意味で理解されているようです。これは身体の特定の筋肉のトレーニングに偏らないことが大切だということです。

 

一部分の筋肉だけを鍛え続けているとケガのリスクを高めてしまうので「全面性の原則」はスポーツ選手にとって重要な心得といえるでしょう。

 

たとえば、上半身だけ、下半身だけの筋肉トレーニングの場合は、偏ったトレーニングであり「全面性の原則」に反することになります。なぜならば、上半身と下半身のバランスが不良になるからです。

 

また、主動筋ばかりを強化すると、相対的に拮抗筋が弱まり、運動力学的にバランスを損ねてしまうため、拮抗筋の傷害につながることになります。もっとわかりやすく言えば、屈筋のみを強化すると、それに拮抗する伸筋が弱まり、それらの双方の骨格筋のバランスを支える土台である関節の軟骨を痛めてしまうことがあります。


このように、筋肉トレーニングをする場合には、特定の筋肉や特定の身体部分の筋肉に偏らずに、全身の筋肉のバランスを考えながらトレーニングする必要があります。

 

ただし、文字通り「全面性の原則」とはいっても、毎回のトレーニングにおいて、全身の筋肉をすべて均等に動かすことを意味するものではありません。筋力トレーニングについていえば、全身の筋をバランスよく鍛えることを前提としつつも、大筋群を優先してトレーニングを実施することは大切です。

 

それから、トレーニングのモードとして持久力(持久力)を高める有酸素運動や筋力強化(パワー)のための無酸素運動がありますが、いずれか一方ではなく、両方のモードでトレーニングを行うことも「全面性の原則」の本旨に適うことになります。

 

そして「全面性の原則」とは、体力トレーニングはバランスよく行うという法則です。

ここで体力と一言でいっても、それは単に筋力だけではありません。筋力の他に、有酸素能力・柔軟性などの体力要素をバランスよく高めることが必要です。

 

それらを、更に具体的に列記するならば、持久力、瞬発力、敏捷性、平行性、柔軟性といったようにいろんな体力要素です。これからの要素を偏りなくバランスよくトレーニングしていくことが、より本格的な意味での「全面性の原則」ということになります。

 

そのためには「全面性の原則」の考え方を織り込んだ<準備体操>や<整理体操>を丁寧に実施することが有用だと思います。

すべてのスポーツや競技の基礎となるすべての体力要素を高めるトレーニングは、この準備体操と整理体操に組み入れ、体力的基礎をしっかりと確保することは可能です。

また、それ自体が「全面性の原則」に則ったトレーニングであるといえるでしょう。

 

このように、体力というのは色々な要素で構成されているので、できる限り全ての体力要素を鍛えていかなければならないということも「全面性の原則」によって維持されやすくなります。

逆に言えば、「全面性の原則」は、ある体力要素を向上させたいのであれば、トレーニングの基礎として他の体力要素も向上させなければならないという原則であるともいえます。

 

さらに、いくらトレーニングであるからといって、むやみに動いてばかりではトレーニング効果が得られません。インターバルを入れて、小休止することも大切です。

活動と休息のバランスを工夫することも「全面性の原則」に含めて理解しておくことが望まれます。

たとえば、短距離走でベストスコアを得たい場合であっても、ダッシュだけでなく、ゆっくりと動くことが大切です。

つまり、同じ部位や種目に偏ったものではなく、バランスよく強化しなければならないということを「全面性の原則」が教えてくれます。

 

競技選手の場合には、トレーニングを実施する際には、その競技種目をよく分析し、目的に適う専門的なトレーニングを積み重ねていくことになりますが、その場合でも、基礎のトレーニングとしては、ある部位に偏ることなく全面的に強化する必要があります。

なぜならば、全面的に能力を開発することで、 将来より高度なテクニックを習得する際にもさまざまな能力の幅があるため比較的早く習得できるからです。

 

 

それから、トレーニングにおいては、トレーニング効果を阻んでいる好ましくない生活習慣や認知・思考や動作・行動などの『悪い癖』の発見と是正も大切です。

 

『悪い癖』は行動や運動の偏りをもたらすからです。ですから、本来の目的を見失わず、正しい方向性をもった行動をとる能力を育む努力と工夫なしには「全面性の原則」に適ったトレーニングの目標を達することはできません。

つまり、「全面性の原則」に適ったトレーニングとともに、トレーニングの方向性の全体を見通す能力育成に心掛けていかなければならないということになります。

 

以上、「全面性の原則」について縷々説明しましたが、水氣道における「全面性の原則」は、筋力トレーニングをはじめとする各種体力要素を対象とするにとどまらず、メンタル面、社会面など、より広範な次元に根ざした原則としてとらえています。

 

それでは、水氣道における「全面性の原則」とはどのような考え方に基づいて、どのような実践に役立て、何を目標にしているのか等については、次回のテーマにしたいと思います。