日々の臨床 7月14日金曜日<心不全の予防と治療(その2)>

心臓・脈管 / 腎・泌尿器の病気

 

テーマ:心不全の予防と治療(その2)

 

<心臓カテーテル検査を行わずに心不全の評価をする>

 

 

本日ご紹介する症例は、M.Yさん77歳の独居の男性です。

 

彼の主病は、慢性心不全ですが、高血圧、慢性心房細動、リウマチ、痛風の合併例です。

 

 

身長174㎝、体重80㎏、BMI26.4(肥満度Ⅰ)

 

2017年7月1日現在での肥満度はⅠで、BMI25を減量目標とすると76㎏弱なので、

 

さらに4㎏の減量努力中です。

 

2010年5月31日の体重94.4㎏⇒31.3(肥満度Ⅱ)でしたので、

 

すでに14kg以上の減量に成功しています。

 

そのため、血圧や血中尿酸値は正常化し、リウマチもコントロールされています。

 

ただし、慢性心房細動は持続しています。

 

 

 

日常生活では、急いで階段昇降をすると、動悸、息切れを感じる他は、

 

日常生活に支障は来していない、とのことです。

 

4段階で評価するNYHA(ニューヨーク心臓協会)心機能重症度分類ではⅡ度に相当します。

 

NYHA(ニューヨーク心臓協会)心機能重症度分類

 

I 度:

心疾患があるが、身体活動には特に制約がなく、

日常労作により、特に不相応な呼吸困難、狭心痛、疲労、動悸などの愁訴が生じないもの。

 

II 度:

心疾患があり、身体活動が軽度に制約されるもの; 安静時または軽労作時には障害がないが、

日常労作のうち、比較的強い労作(例えば、階段上昇、坂道歩行など)によって、上記の愁訴が発現するもの。

 

Ⅲ度:

心疾患があり、身体活動が著しく制約されるもの;

安静時には愁訴はないが、

比較的軽い日常労作でも、上記の主訴が出現するもの。

 

IV 度:

心疾患があり、いかなる程度の身体労作の際にも上記愁訴が出現し、

また、心不全症状、または、狭心症症候群が安静時においてもみられ、

労作によりそれらが増強するもの。

 

 

このNYHA分類は、問診により簡便かつ短時間に、

 

心機能障害の程度を、大まかに知ることができます。

 

しかし、その重症度判定が主に自覚症状によって行われるため、

 

心機能の定量的・客観的評価には適していません。

 

 

とくに、M.Yさんのように高齢の慢性心不全では、

 

より定量的・客観的な評価が必要になります。

 

そこでフォレスター(Forrester)分類

心不全1

 

フォレスター分類とは、心係数と肺動脈楔入圧の

 

2つの定量的・客観的データに基づいて心不全の程度を分類するものです。

 

このうち心係数は心臓超音波検査で容易に計測できますが、

 

肺動脈楔入圧はスワン‐ガンツという心臓カテーテルを用います。

 

超音波検査は、患者さんに苦痛を与えず、繰り返して検査できるので、

 

実際の現場の臨床では、心係数の確認が重要です。

 

カテーテル検査が実施できない日常の外来診療においても、

 

この係数だけで、末梢循環不全の有無を鑑別できることができます。

 

 

心係数2.2以であれば末梢循環不全のないⅠ群【死亡率3%】もしくはⅡ群【死亡率9%】、

 

心係数2.2未満であれば末梢循環不全でⅢ群【死亡率23%】もしくはⅣ群【死亡率51%】です。

 

 

M.Yさんの心臓超音波検査で得られた心係数は2.76でした。

 

2.76>2.2ですから、M.Yさんは末梢循環不全を伴わないⅠ群もしくはⅡ群です。

 

ただし、Ⅰ群は心機能正常群ですから、明らかな心不全であるM.YさんはⅡ群、

 

すなわち、末梢循環不全を伴わない肺うっ血タイプの心不全(うっ血性心不全)であることが推定されます。

 

 

 

左心不全

 

<身体所見>

 

心濁音界の拡大、心拍拍動の左方変異、心尖部でⅢ音とⅣ音聴取(ギャロップ・リズム)など、

 

M.Yさんには明らかな左心不全の所見がありました。

 

ただし、同じく差心不全の所見である肺野での連続性ラ音(水泡音)は聴取しませんでした。

 

<胸部エックス線>

レントゲンまえ2

正面像:心拡大 心・胸郭比増大

 

レントゲンよこ2

側面像:心拡大 左心房の拡大も顕著です。

 

肺水腫の所見の検索

 

心陰影の拡大(心・胸郭比↑)CTR=75.8%(基準:50%未満)

②上肺野の血管陰影の増強

③肺門部を中心としたうっ血(バタフライ陰影)

 

 以上を認めましたが、胸水貯留をはじめKerley’s B line,vanishing tumorなどの所見は認めませんでした。

 

 

<心臓超音波>

エコー5

心臓超音波Bモードによる左心室機能評価

 

 

エコー票

左心室機能計測値

 

    左室径短縮率(%FS)0.38 (基準:0.26~0.55)

 駆出率(EF)0.67(基準:0.64~0.75)

 

 左心不全では上記のデータはいずれも低下しますが、M.Yさんのデータはいずれも基準範囲でした。

 

 

<血液検査>

 血漿BNP 73.8pg/mL (基準値18.4以下)

 

 この検査データは、左心室の拡張末期圧をよく反映するので左心不全の診断意義が大きいとされます。

 

M.Yさんの血漿BNPは、前回が46.1でしたので、

左心室の拡張末期圧が上昇し、

左心不全が悪化していることを疑わなければなりません。

 

 

 

<M.Yさんの心不全の評価>

 

自覚症状による心不全の重症度はNYHAⅡ度で、比較的安定していました。

 

客観的な評価尺度である超音波検査による心係数計測により、

 

フォレスター分類に当てはめると末梢循環不全を伴わない

 

Ⅰ群もしくはⅡ群に相当しました。

 

また、心臓カテーテル検査を行うまでもなく、

 

うっ血性心不全に対するコントロールは万全でないことが、

 

胸部X線、血液検査等により判明し、

 

フォレスター分類Ⅱ群の末梢循環不全を伴わない肺うっ血タイプの左心不全と評価することができました。

 

 

<M.Yさんの心不全の治療方針>

 

フォレスター分類は心不全の治療方針の決定に有用です。

 

Ⅱ群の心不全の場合、治療の基本戦略は前負荷の軽減です。

 

具体的な治療戦術としては利尿薬や血管拡張薬です。

 

 

<M.Yさんの現在の治療薬>

 

木防已湯

(漢方薬:体に溜まった不要な水分をさばく「利水剤」の一つで、

 

体力が中程度よりあって、みぞおちがつかえて顔色がさえない人の、

 

むくみや動悸、息切れなど、心不全症状があるときに用います。)

 

ジゴキシン(心不全治療薬:ジギタリス製剤)

 

ミニプレス(降圧薬:α遮断薬)

 

ブロプレス(降圧薬:ARB)

 

バイアスピリン(抗血栓薬:抗血小板薬)

 

アザルフィジン(抗リウマチ薬:低分子抗リウマチ免疫調整薬)

 

ザイロリック(痛風治療薬:尿酸生成抑制薬)

 

 

以上のうちで、慢性心不全の治療において予後改善の証拠が得られているのは、

 

ARBのみです。

 

現在、治療強化のために利尿薬の導入を検討していますが、

 

スピロノラクトン(アルダクトンA®)も慢性心不全の治療において

 

予後改善の証拠が得られているので、有力な候補であると考えております。