産業医講話シリーズNo10:労働ストレスと重要臓器 、第2回講話:心臓から全身に向けての労働生理学

 

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臨床産業医オフィス

<高円寺南労働衛生コンサルタント事務所>

産業医・労働衛生コンサルタント・第一種作業環境測定士・衛生工学衛生管理者

飯嶋正広

 

 

この講話では、心臓の仕組み、体循環と肺循環のメカニズム、血液の役割について説明しました。次回の講話でも、血液や他の重要臓器について順を追って解説し、理解を深めていただければと思います。


心拍の間に心臓から拍出される血液の環流量(すなわち、心臓が送り出した血液)は、肺を100%通過します。これは、全身の静脈血が右心房に戻り、右心室から肺動脈を通じて肺に送り出され、酸素を補給された血液が再び心臓(左心房)に戻ってくるという肺循環があるためです。では、全身における血液の分配率について、心臓、脳、肝臓、腎臓、骨格筋への血流量の分配を詳しく説明します。

 

血液の分配率(安静時)
心拍あたりの血液の循環量(心拍出量)は、安静時には約5リットル/分です。この血液は、体内の主要臓器や組織に適切に分配されます。それぞれの臓器や組織は、全身血流量のうち、一定の割合の血液を受け取っています。以下に代表的な臓器・組織への血流分配率を示します。


臓器・組織 血流分配率(%)
肺 100
肝臓 25
腎臓・骨格筋 20
脳 15
心臓・消化管 各5
皮膚 1
臓器・組織への血流分配率



心拍ごとに送り出される血液の総量(心拍出量)は、全身の臓器に分配されています。肺は100%の血流を受け取り、他の臓器もそれぞれの機能に応じた割合で血液を供給されています。心臓は5%、脳は15%、肝臓は25%、腎臓は20%、骨格筋は15~20%といった分配率です。この分配率は、安静時のものですが、活動状況や体調に応じて変動します。特に運動時には、骨格筋への血流が大幅に増加します。

 

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1. 肺:100%


• 役割:

肺は、酸素を補給し、二酸化炭素を排出する重要な場所です。肺には、右心室から送り出された全ての血液が流入し、酸素化されて左心房へ戻ります。したがって、肺には100%の血液が1回の心拍ごとに流れ込みます。

 

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2. 心臓:全心拍出量の 約5%


• 血流量: 250 ml/分


• 役割:

心臓自体も酸素や栄養を必要とします。心臓に血液を供給するのは冠動脈です。冠動脈は全心拍出量の約5%、つまり毎分約250mlの血液を受け取ります。これにより、心筋が酸素と栄養を得て、継続的に収縮することが可能になります。

 

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3. 脳:全心拍出量の 約15%

 

• 血流量: 750 ml/分

 

• 役割:

脳は酸素とエネルギーを大量に消費するため、安静時でも全心拍出量の約15%が脳に供給されます。これは毎分約750mlの血液に相当します。脳への血液供給は、酸素欠乏に対して非常に敏感であり、短時間でも血流が不足すると意識障害などが発生します。

 

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4. 肝臓:全心拍出量の 約25%

 

• 血流量: 1,250 ml/分

 

• 役割:

肝臓は、消化管や脾臓からの血液を受け取る門脈と、大動脈から直接供給される肝動脈の2つの経路から血液が供給されます。肝臓は、栄養素の代謝や毒素の分解などの重要な役割を担うため、大量の血液供給が必要です。全心拍出量の約25%が肝臓に送られます。

 

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5. 腎臓:全心拍出量の 約20%

 

• 血流量: 1,000 ml/分

 

• 役割:

腎臓は、体内の老廃物を濾過し、尿として排出する役割を担っています。このため、安静時でも全心拍出量の約20%、つまり毎分約1リットルの血液が腎臓に供給されます。腎臓は血液を濾過するため、非常に豊富な血流が必要です。

 

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6. 骨格筋:全心拍出量の 約15~20%

 

• 血流量: 750~1,000 ml/分

 

• 役割:

骨格筋は、運動時に活発に活動しますが、安静時にも約15~20%の血液が供給されます。この血流は、筋肉組織に酸素や栄養を供給し、代謝産物を除去するために必要です。運動時には、この割合が大きく増加し、骨格筋への血流量が大幅に増加します。

 

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その他の臓器

 

• 皮膚: 全心拍出量の約 4~5%。皮膚への血流は、体温調節のために利用されます。

 

• 消化管: 全心拍出量の約 20~25%。食事後に増加し、消化・吸収を助けます。

 

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ストレスは体内の血液分布に大きな影響を与えます。ストレスを感じると、身体は「闘争か逃走か」反応を活性化し、交感神経系を刺激する。この反応は、アドレナリンや ノルアドレナリン(カテコールアミン)などのストレスホルモンによって媒介され、さまざまな臓器への血液の分布にいくつかの変化を引き起こします:

 

血液分布に対するストレスの主な影響:

1. 筋肉への血流量の増加:

 カテコールアミン(アドレナリンとノルアドレナリン)は骨格筋の血管を拡張させます。これにより筋肉への血流が増加し、急激な身体活動に備えます。

 この血流増加により、筋肉はより多くの酸素と栄養素を受け取ることができ、ストレス状況に対する潜在的な反応(例えば、闘争か逃走か)に必要なエネルギーが供給されます。

 

2. 消化器官への血流低下:
 ストレスがかかると、消化器系など必要のない部位の血管が収縮します。ストレス中は消化が優先されないため、胃、腸、肝臓への血流が減少します。
 ストレスの多い状況で消化不良や吐き気、食欲不振が起こるのはこのためです。

 

3. 心拍数と心拍出量の増加:
 ストレスは心拍数と心拍出量(心臓が1分間に送り出す血液の量)を増加させます。つまり、より多くの血液が全身に送り出され、脳、心臓、筋肉などの重要な臓器への酸素供給量が増加します。

 

4. 血圧の上昇:
 血圧は、身体の特定の部位における血管収縮(血管の狭窄)により上昇します。これにより、脳や筋肉など、生存に最も必要な部位に血液が送られるようになります。
慢性的なストレスが長く続くと、この絶え間ない血管収縮のために高血圧(高血圧症)になる可能性がある。

 

5. 皮膚の血流低下:
 短期的には生存に重要な部位ではないため、ストレス中は皮膚への血流が減少します。このため、特に急性ストレス時には、四肢が冷たく感じたり、青白く感じたりすることがあります。


6. 脳への血液供給の促進:
 ストレス時には脳への血流が増加し、注意力、集中力、意思決定能力が高まります。このため、ストレスの多い状況に素早く対応できるようになります。

 しかし、慢性的なストレスは、海馬など記憶や感情の調節に関わる脳部位に悪影響を及ぼす可能性があります。

 

ストレスが血液分布に及ぼす長期的影響:

 慢性的なストレスは、心臓や血管に常に負担をかけるため、高血圧、心臓発作のリスク増加、脳卒中など、長期的な心血管障害を引き起こす可能性があります。

 消化器官から血流が持続的に逸脱することで、過敏性腸症候群(IBS)などの胃腸障害を引き起こす可能性があります。
 ストレスに関連したホルモンバランスの乱れは、血流調節を損ない、長期的に代謝障害を引き起こす可能性があります。

 

まとめ:

ストレスがかかると、血液は主に筋肉、脳、心臓に再分配され、即座の行動に備えます。その結果、消化器系や 皮膚への血流が犠牲になります。この反応は短期的な状況では有益ですが、慢性的なストレスは血液循環に有害な影響を及ぼし、心血管疾患などの長期的な健康問題を引き起こす可能性があります。