臨床産業医オフィス
<高円寺南労働衛生コンサルタント事務所>
産業医・労働衛生コンサルタント・第一種作業環境測定士・衛生工学衛生管理者
飯嶋正広
産業医講話シリーズNo9:労働生理(疲労・睡眠・生体恒常性)
第3回講話:労働生理(睡眠と自然治癒力)について
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はじめに
皆さん、こんにちは。今日は「睡眠」についてお話しします。これまで、産業疲労について2回にわたってお話ししましたが、今回はその疲労の回復や、体全体の健康維持にとって極めて重要な役割を果たす「睡眠」について掘り下げていきます。特に、睡眠が自然治癒力をどのように発揮させるのかを中心に解説します。リラックスしてお聞きください。
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1. 睡眠の重要性と自然治癒力の発揮
睡眠は、体と心の疲れを回復させるだけでなく、体内でさまざまな修復と治癒が行われる時間でもあります。睡眠中に発揮される自然治癒力には、以下のような具体的な効果があります。
• 炎症の鎮静: 睡眠中、特に深いノンレム睡眠の段階で、免疫系が活性化し、体内の炎症を抑える作用が強化されます。研究によると、睡眠不足が続くと、炎症性サイトカインのレベルが上昇し、慢性的な炎症状態を引き起こすことが示されています【Irwin, M. R. (2015).】。
• 悪性腫瘍の発生の抑制: メラトニンは、睡眠中に分泌されるホルモンであり、抗酸化作用を持ち、細胞の酸化ストレスを軽減する働きがあります。これにより、DNAの損傷が抑制され、悪性腫瘍の発生リスクが低下することが示唆されています【Blask, D. E. (2009).】。
• 動脈硬化促進の抑止: 良質な睡眠は、血圧の低下をもたらし、心血管系の健康を保つ上で重要です。逆に、睡眠不足が続くと交感神経系が過剰に働き、血圧が上昇し、動脈硬化のリスクが高まることが確認されています【Grandner, M. A. (2010).】。
• 老化促進の抑制: 睡眠中には成長ホルモンが分泌され、これが細胞の修復や再生を促します。このプロセスは、肌の健康を保ち、老化を遅らせる効果があります。特に、深い眠りの中で成長ホルモンの分泌がピークに達します【Van Cauter, E. (2000).】。
• 変性疾患の治癒: アルツハイマー病などの神経変性疾患において、睡眠は脳内の老廃物を除去するグリンパティックシステム(脳の排泄システム)の働きを助ける役割を果たします。これにより、病態の進行を遅らせることが期待されます【Xie, L. et al. (2013).】。
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2. 睡眠の段階とリズム
次に、睡眠の段階とリズムについてお話しします。睡眠は、ただ横になって休むだけではなく、いくつかの段階とリズムが存在します。
• レム睡眠とノンレム睡眠: 睡眠は大きく分けて、レム睡眠(Rapid Eye Movement)とノンレム睡眠の2つのタイプに分類されます。ノンレム睡眠はさらに、浅い眠りから深い眠りまでの3段階に分かれます。レム睡眠では、脳は活発に働いており、夢を見ることが多いです。一方、ノンレム睡眠は、特に深い眠りの段階で体の修復が行われ、免疫機能が強化されます。
• 概日リズム(サーカディアンリズム): 睡眠は概日リズム、いわゆる体内時計によって調整されています。このリズムは約24時間にわたって繰り返されますが、実際には約25時間の周期を持っていると言われています。このズレを修正するために、毎日同じ時間に起床することが非常に重要です。起床時間を固定することで、体内時計がリセットされ、規則的なリズムが保たれます。
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3. 最適な睡眠とは?
最適な睡眠を得るためには、以下の点を意識することが大切です。
• 起床時間の固定: 先ほどお話ししたように、体内時計のリズムを整えるために、毎日同じ時間に起きることが重要です。これにより、夜間のメラトニン分泌と朝のコルチゾール分泌が規則正しくなり、スムーズに睡眠と覚醒のサイクルを保つことができます。
• 寝室の環境: 寝室を暗く、静かに保つことは、メラトニンの分泌を促進し、より深い睡眠を誘導します。また、寝室の温度も適度に保つことが大切で、体温が下がりやすい環境を整えることが良質な睡眠につながります。
• 睡眠前のリラックス: 寝る前にリラックスする時間を持つことも重要です。特にスマホやPCの使用を控えることで、ブルーライトによるメラトニンの抑制を避け、自然な眠りに入りやすくなります。
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4. 睡眠と生体恒常性の維持
最後に、睡眠と生体恒常性についてお話しします。生体恒常性とは、体内環境を一定に保つ仕組みのことです。睡眠は、この恒常性を維持するために不可欠です。
• ホルモンバランス: 睡眠中に分泌されるホルモンは、体内のバランスを整え、翌日の活動に備える役割を果たします。特に、コルチゾールとメラトニンのバランスは、心身の健康を保つために重要です。
• 免疫機能: 深い睡眠は、免疫機能を強化し、感染症に対する抵抗力を高めます。また、成長ホルモンの分泌が促され、体の修復や成長が行われます。
• メンタルヘルス: 良質な睡眠は、ストレス耐性を高め、メンタルヘルスの維持にも大きな役割を果たします。睡眠不足が続くと、情緒不安定や不安感が増し、うつ症状を引き起こすリスクが高まります。
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まとめ
今日は、「睡眠と自然治癒力」についてお話ししました。睡眠の重要性とその生理学的なメカニズムについて深く理解していただあくことによって、日常生活における実践的な改善を行う助けとなることを目指して準備致しました。睡眠は、単に体を休めるだけでなく、心身の健康を保つために非常に重要なプロセスです。特に、最適な睡眠を得るためには、起床時間の固定や睡眠環境の整備、睡眠前のリラックスが鍵となります。ぜひ、今日お話しした内容を日常生活に取り入れて、より良い睡眠を確保してください。
何か質問があれば、どうぞ気軽に聞いてください。ありがとうございました。
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参考文献
1. 厚生労働省. (2019). 健康づくりのための睡眠指針2014
2. Irwin, M. R. (2015). Why sleep is important for health: A psychoneuroimmunology perspective. Annual Review of Psychology, 66, 143-172.
3. Blask, D. E. (2009). Melatonin, sleep disturbance and cancer risk. Sleep Medicine Reviews, 13(4), 257-264.
4. Grandner, M. A., & Drummond, S. P. (2010). Who are the long sleepers? Towards an understanding of the mortality relationship. Sleep Medicine Reviews, 14(4), 221-232.
5. Van Cauter, E., Leproult, R., & Plat, L. (2000). Age-related changes in slow wave sleep and REM sleep and relationship with growth hormone and cortisol levels in healthy men. Journal of the American Medical Association, 284(7), 861-868.
6. Xie, L., Kang, H., Xu, Q., et al. (2013). Sleep drives metabolite clearance from the adult brain. Science, 342(6156), 373-377.
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