企業の衛生委員会における産業医の「衛生講話」⑳

 

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企業の衛生委員会における産業医の「衛生講話」


第19回:特論⑨カスタマーハラスメント対策(その3)

 


<令和6年7月18日(木)の杉並区役所安全衛生委員会産業医講話資料から>
テーマ「カスハラに対する有用な対応策や、職員がとるべき行動」

 

杉並区役所統括産業医 飯嶋正広

 

私はカスタマーハラスメントの専門家ではありませんが、さりとて、どのような専門家が存在するのか?と問われると、なかなか回答が難しいです。ただし、関連する研究者であっても調査・研究中であって、明確で確かなコンセンサスの得られた対策を提言できるまでには至っていないように思われます。

その理由は、実務をとおしての経験が十分ではないからではないでしょうか。

 

困難な問題から、「逃げず、避けず、ごまかさず」日々、誠実に努力を続け、工夫を重ね、経験を積んで実践を継続している真の専門家は限られていますが、これは、ある意味、致し方のない現実であるといえるかもしれません。より確かな方法は、課題の共有による積極的な学習や討論を継続的に積み重ねていくことではないかと考えています。


想定質問4:日本におけるカスタマーハラスメント問題について、医学の専門家ではなく、また顧客を選択できる立場の弁護士の視点からは、見えづらく論点に乗せにくい側面があるのではないかと感じました。


具体的には、民間企業と比較して東京都特別区などの地方公共団体などの行政機関に関して、精神疾患者やパーソナリティ障碍者、心身障碍者、外国人など区の職員とのコミュニケーションに困難を来しうる区民に対する理解という視点が欠如しているように思われます。そこで、これらの特性をもつ区民の事例を含めた現在の困難および将来に向けての課題についてまとめてください。


回答:わかりました。心療内科指導医・専門医である産業医の立場から可能な範囲でお答えいたします。


日本におけるカスタマーハラスメント問題に関して、特に精神疾患者やパーソナリティ障害者、心身障害者、外国人などの特性を持つ区民と地方公共団体の職員とのコミュニケーションに関する課題や困難は以下の通りではないかと認識しております。

 

 

<課題と困難>

 

1.精神疾患者とのコミュニケーション

 

1)特有の困難
① 症状の理解不足:

精神疾患の症状やその表れ方は多様であり、職員がそれを理解していないと適切な対応が難しくなります。


➁ 緊急対応の難しさ:

突発的な症状の悪化に対して、職員が即座に適切な対応を取るのが難しい場合があります。

 

2)具体的な事例

・精神疾患者が行政手続き中にパニック発作を起こし、対応に困難を来す。

 

・病気により感情のコントロールが難しく、職員に対する過度な要求や暴言が頻発。

 

 

3)対策の必要性:

① 専門的な訓練:

職員に対する精神疾患の基礎知識や対応方法に関する研修を実施する。

 

➁ 連携体制の強化:

精神保健福祉士やカウンセラーなど専門職との連携を強化し、緊急時の対応をスムーズにする。

 

 

2.パーソナリティ障害者とのコミュニケーション

1)特有の困難

① 対人関係の複雑さ:

パーソナリティ障害は対人関係に問題を抱えることが多く、特に職員とのコミュニケーションが困難になることがある。


➁ 行動の予測不可能性:

予測できない行動や極端な反応があり、職員が戸惑うことが多い。

 

 

2)具体的な事例

・自己愛性パーソナリティ障害の区民が、自分の要求が通らないときに職員に対して威圧的な態度を取る。

 

・境界性パーソナリティ障害の区民が、職員とのコミュニケーションで極端な感情の起伏を示す。

 

 

3)対策の必要性
① 専門知識の習得:

職員に対してパーソナリティ障害に関する理解と対応方法を教える研修。

 

➁ メンタルヘルス支援:

職員がストレスを感じた場合のメンタルヘルス支援体制の確立。

 

 

3.心身障害者とのコミュニケーション

1) 特有の困難

① 身体的障害:

聴覚や視覚の障害がある区民とのコミュニケーションが困難な場合がある。

 

➁ 理解と配慮の不足:

障害の特性に応じた対応がされず、不満やトラブルが発生することがある。

 

 

 

2) 具体的な事例

・聴覚障害者が手話通訳なしで窓口に来た際、意思疎通ができずに困難を感じる。

・車椅子利用者に対する施設のバリアフリー化が不十分で、不便を強いる。

 

 

3)対策の必要性
① バリアフリー環境の整備:

窓口対応の際に必要な支援技術や機器の導入

 

➁ 専門スタッフの配置:

手話通訳者や点字資料を準備するなど、障害に応じた対応ができる専門スタッフの配置

 

 

4.外国人区民とのコミュニケーション

1) 特有の困難

① 言語の壁:

言語の違いから生じる意思疎通の困難

 

➁ 文化的背景の違い:

文化や習慣の違いが誤解や摩擦を引き起こすことがある

 

 

2)具体的な事例
・日本語が不十分な外国人区民が、複雑な行政手続きを理解できずに混乱する
・文化の違いからくるコミュニケーションのミスが、トラブルや不満を引き起こす

3)対策の必要性
① 多言語対応:

英語やその他主要言語での対応を強化し、多言語の案内板や資料を充実させる

 

➁ 文化理解の促進:

職員に対する異文化理解研修を実施し、多様な背景を持つ区民への配慮を促進する

 

 

8月12日PDF