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アルベール・カミュ作 『ペスト』を読むNo37 


今回の訳出部分は、比較的短い部分です。しかし、ペスト第一部第4章の最後の部分であり、第5章に入るまでの重要な場面です。うっかり、読み飛ばしてしまうには勿体ない内容になっています。

 

Rieux réfléchissait. Par la fenêtre de son bureau, il regardait l’épaule de la falaise pierreuse qui se refermait au loin sur la baie. Le ciel, quoique bleu, avait un éclat terne qui s’adoucissait à mesure que l’après-midi s’avançait.

リゥはじっと考えていた。診察室(註1)の窓から、入江を遠くで狭める岩だらけの断崖が肩のように突き出たあたり(註2)を眺めていた。空は青く、しかし、濁ったギラつき(註3)を放っていたが、午後の時間が経過するにつれて次第に柔いでいった。

 

(註1)

診察室

son bureau(彼の書斎・執務室)の訳ですが、彼がどのような人物なのかによってbureau(書斎・執務室)の訳を工夫するのが良いと思われます。
 

「書斎」(宮崎訳)、

「執務室」(三野訳)、

「診察室」(中条訳)

 

SonとはRieuxであり、彼は開業医です。そして、開業医であっても、地味でこじんまりした診療所のようです。そうだとすれば、そうした開業医の執務室とは、とりもなおさず診察室です。

 

診察室の他に書斎を構えているような個人開業医のようではなさそうです。ですから私は中条訳を評価したいと思います。

 

 

(註2)

入江を遠くで狭める岩だらけの断崖が肩のように突き出たあたり
l’épaule de la falaise pierreuse qui se refermait au loin sur la baie
 

「遠く湾口を閉ざしている断崖の岩だらけの肩のあたり」(宮崎訳)

 

「遠くの湾を閉じている石の断崖」(三野訳)

 

「遠くで入江を鎖す岩だらけの出っぱり」(中条訳)

 

<se fermer sur qn>…は、慣用表現で、…を捕まえる、閉じ込める、の意。

la baieは確かに「湾」(三野訳)ですが、「湾口」(宮崎訳)の方が、説明的ですが、より丁寧に訳されていると思います。

しかし、「入江」(中条訳)というのはさらに工夫された訳であり、実際の地形をイメージし易いと思います。l’épauleは肩に他ならないのですが、擬人的表現です。わが国の海岸線でも、その特徴に従って「尻」とか「鼻」という名称を見出すことができます。宮崎訳では、素直に「肩」としていますが、これに対して、中条訳は「出っぱり」で、これは風情において劣ります。また、三野訳では、これを全く省いて簡素化していますが、カミュの風景描写は、作品の舞台設定の背景として象徴的な意味をもっているように感じられるので、その作風を活かすような訳出の工夫をしたいものです。

 

(註3)

濁ったギラつき

un éclat terne 

この表現は、既出ですが、すっきり訳出することが難しいです。
   

これは内部に矛盾や葛藤、あるいは対立を抱え込んでいるかのような表現です。作者カミュは、舞台となるオランという都市の印象を表現するにあたって、この表現を反復させていることには深いプロットがあるのではないでしょうか。
  

Petit Robert仏仏辞典によるとterneという形容詞は、Qui manque de brilliant,
qui reflète peu mal la lumière; sans éclat.とあります。

(飯嶋訳:輝きに欠ける。光の反射が悪く、輝き<éclat>に欠けること。)
un éclat terne =éclat sans éclat (飯嶋訳:輝きに欠けた輝き)

 

「どんよりした輝き」(宮崎訳)、

「鈍い光沢」(三野訳)、

「どんよりとした輝き」(中条訳)

 

宮崎訳、中条訳はほぼ同様であり、三野訳も独自の工夫がなされていますが、いずれも、その青空のもつエネルギー自体は強烈であることが意識されていないようです。昼には強烈なエネルギーがあるからこそ、午後の時間が経過するにつれて次第にその強烈さが柔いでいくのを感じ取ることができるのではないでしょうか。

 

また、éclatには「物議、一騒動;反響、うわさ」の意味で用いられることがあり、たとえば、éviter les eclatsという表現は、いらざる騒ぎを避ける、という意味になります。

 

 


  
― Oui, Castel, dit-il, c’est à peine croyable. Mais il semble bien que ce soit la peste.
  Castel se leve et se dirige avers la porte.
― Vous savez ce qu’on nous répondra, dit le vieux docteur. « Elle a disparu des pays tempérés depuis des années.»
― Qu’est-ce que ça veut dire,disparaître? répondit Rieux en haussant les épaules.
― Oui. Et n’oubliez pas : à Paris encore, il y a presque vingt ans.
― Bon. Espérons que ce ne sera pas plus grave aujourd’hui qu’alors. Mais c’est vraiment incroyable.

- 「そうなのです。カステル先生。ほとんど信じられないことです。しかし、それはどうやらペストのようですね。」
と、彼は言った。

カステル医師は立ち上がって、ドアの方へ向かった。
- 「だが世間がこうした我々に対してどんな受け答えをすることになるかはご承知ですな。(註4)」と老医師は言った。「温帯の諸国(註5)からは、とうの昔に(註6)消滅してしまったはずではないか、と。

- 「消滅したというのは、どういう意味なのでしょうか。」リゥは肩をすくめながら答えた。
- 「そうだ。忘れてはいけないことがあるよ。パリで再流行したことだ(註7)。つい20年ほど前のことだ(註8)。

- 「ええ、今度も、あの時以上にひどいことにならないことを願いたいも
のです(註9)。でも、本当に信じがたいことです。


 

(註4)

世間がこうした我々に対してどんな受け答えをすることになるかはご承知ですな。
Vous savez ce qu’on nous répondra

 

「それに対してどういわれるか」(宮崎訳)

 

「人々がわれわれにどう反応するか」(三野訳)

 

「みんなの返答は分かっている」(中条訳)
  

カミュのこの短文には、かなり重いメッセージが示されているのを私は感じます。
  

それは、カステル医師の懸念が、現在の私の思いに深くかかわっているからなのかもしれません。それは、私が何のために、カミュのペストを細々と翻訳しているか、という根本の動機や願いに直結するものであることは確かです。
 

 

(註5)

温帯の諸国 

des pays tempérés

 

医師という専門家同士がどのような言葉遣いをしているのか、想像できるでしょうか?1940年代のアルジェリア沿岸のフランスの県庁所在地の都市オランが舞台であることを考えてみると、宮崎訳、中条訳は少し非専門家的、これに対して、三野訳は、より望ましく感じられますが、少し公式的で硬い表現になっています。

 

「温和な国々」(宮崎訳)、

「温帯諸国」(三野訳)、

「温暖な国々」(中条訳)

 

(註6)

とうの昔に 

depuis des années

 

「何年も昔に」(宮崎訳)、

「何年も前に」(三野訳)、

「何年も昔から」(中条訳)

 

三氏とも、文字通り「年」の複数形である、des annéesを律儀に訳されていますが、宮崎訳、中条訳は「昔」という訳語を与えて、「かなり以前から」というニュアンスを活かそうとされています。原文では、実際には、どれくらい以前からなのかまでは具体的に示してはいません。これは、人々の意識の問題であって、「すっかり忘れ去られるに十分な年月」を意味しているのではないでしょうか。「去る者は日々に疎し」という警句を想起することができます。

 

(註7)

パリで再流行したことだ 

à Paris encore

 

「パリでもまだ、」(宮崎訳)、

「パリでも、」(三野訳)、

「パリだって、」(中条訳)

 

encoreの訳し方には、各氏の理解の違いが表れています。「まだ、20年しか経っていない(比較的最近のこと)」というニュアンスと、彼らにとっての首都である「パリですら」というニュアンスとを混合して訳出しているようです。私は、ペストの流行は終息し、かつ消滅したものと一般には信じられているにもかかわらず、「再び」発生し流行して、悲惨な結果がもたらされた、という文脈の中でのニュアンスを明確にした訳文にしました。

 

(註8)

つい20年ほど前のことだ 

il y a presque vingt ans

 

「やっと20年前にだ」(宮崎訳)

 

「わずか二十年ほど前のことだ」(三野訳)

 

「まだ二〇年くらいしか経っていないんだ」(中条訳)

 

三氏とも原文に対応しない「やっと」(宮崎訳)、「わずか」(三野訳)、「まだ」(中条訳)という語を添えていますが、少し強すぎるような印象を受けました。私自身は幾分でも控えめに表現したいと考え「つい」という語を加えました。

 

 

(註9)

願いたいものです 

Espérons que

 

この部分の翻訳表現は文化的・宗教的背景を考慮したいと考えます。たとえば、
Rieux医師が敬虔なカトリック信者かどうかは、この段階では明らかではありませんが、少なくとも「祈りたいですね」(宮崎訳)とまでは言っていないのではないでしょうか。むしろ「願いましょう」(三野訳)、「期待しましょう」(中条訳)の方が妥当のように思われます。もっとも原文の動詞は二人称ではありますが、Rieux医師が相手のCastel医師に同意を求める意図はないか、あっても控えめで無意識的な発言ではないかと考えました。この場面では、むしろ年配のCastel医師を前にして、Rieux医師が自分の個人的な心情を吐露している場面のように感じられます。

 

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聖楽院主宰 テノール 

飯嶋正広

 

第9回レッスン(6月7日)から第11回レッスン(6月21日)まで

 

#1.ロシア・ロマンス

<нет,толькотот,ктознал...>

(憧れを知る者のみが...)

 

昨年末に、すなわち別科受験の前に、岸本先生からいただいた最初の課題曲。国立音大AIセンターや二期会の稽古場でもレッスンを受けた思い出深い作品です。私は、この曲によって、チャイコフスキーの歌曲(ロマンス)に入門しました。

 

別科に進学してからも稽古は続きましたが、早くも第2回レッスン(4月19日)に、私はピアノ伴奏の王さんと共に入門級合格をいただき、いったんお蔵入 りさせて、自然発酵をさせておく、ということになっていました。

 

しかし、第9回レッスンの際に、岸本先生から、門下のコンサート(練馬区大泉学園ゆめりあホール:8月22日<月>)出演のお許しをいただくことになったため、第10回レッスンから稽古復活となりました。

 

 

#2.ロシア・ロマンス

<Oтчего?...>

(何故?)
  

慣れないロシア語の発音に伴う活舌の悪さが次第に修正され、表現をのせてレガートに歌えるようになってきました。一応の基礎ができたため、毎週の稽古は第5回(5月10日)のレッスンでいったん終結。お蔵入りさせて、自然発酵を待ちましょうとのご指導でした。そして、今後は、演奏の機会などの必要に応じて、その際におさらいすることにしましょうということになりました。

 

これは、#1(憧れを知る者のみが...)に続く第2曲目の準備完了ですが、門下生コンサートでの演奏候補曲であるため、同様に第10回からレッスン復活となり、継続レッスン中です。

 

 

#3.<Cредь шумного бала.>

  (騒がしい舞踏会の中で...)

 

ロシア語のアクセントと拍節感がそのまま楽曲になっているように感じられてきました。まだわずかですが、馴染みになってきたロシア語がちらほら見出され、その語感と意味、イメージが音楽と結びついていくようになることを目指していました。しかしながら、私の解釈は底が浅く、不適切な表現でした。岸本先生からは、もっとドルチェに歌うようにアドバイスを受け、そのように歌うことによって、このロマンスの素晴らしさを、より実感することができるようになったような気がします。
この曲も、門下生コンサートでの演奏候補曲です。

 

 

#4.<Cеренада дон-жуана>

  (ドン・ファンのセレナード)

 

この曲は、私にとってはオペラ・アリアに匹敵する大曲です。しかしながら、芸術歌曲であるため、丁寧にレガートに歌わなければならない作品です。焦らずコツコツ、じっくりと鍛錬していくしかないと観念して稽古を続けていきましたが、ドン・ファンのキャラクターが浮き彫りになるような表現が必要であるとの岸本先生からのご指導を受けました。
   

この曲の習い始めの段階では、私の発声法はオペラ・アリアを歌うような表現になっているので、端正に歌曲を歌うようにとのご指導を受けていたために慎重に歌い過ぎて、かえってドン・ファンのキャラクターを殺してしまっていたようです。
   

声楽のレッスンは、このようにらせん階段状に習得していくのがよいのかもしれません。歌詞が自然に心身に馴染んでくるまでは、丁寧に、慎重に基本骨格を組み立てていき、その上に、表現を載せていくという構築の仕方が効果的であるということを実体験できたように思います。