最新の薬物療法

 

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認定内科医、心療内科指導医・専門医、アレルギー専門医、リウマチ専門医、認定痛風医

 

飯嶋正広

 

新型コロナ禍を経験して、日常の臨床の現場で懸念しているのは、30数年以上の臨床経験を通してみても、定期受診者の皆様の顕著な骨量低下と腎機能低下傾向です。腎機能低下と骨量低下は、腎臓でのビタミンDの活性化との関係で注目すべきなのですが、また、貧血傾向にある方も散見されます。

 

これらの傾向が見られるのは、当クリニック特有の現象であるとは考えにくいため、全国的なデータの解析結果にアクセスできれば、と考えております。

 

 

腎性貧血について

腎性貧血とは、簡単に言えば、腎臓病が進行することによってもたらされる貧血のことです。そもそも貧血とは、血液中の赤血球の中にある、酸素を運ぶ役割のヘモグロビンの濃度が低くなった状態を指します。 立ちくらみ、息切れ、めまい、ふらつき、頭痛、胸の痛みなどの症状が起こります。

 

それでは、なぜ腎臓病が貧血を招くのか、という疑問が一般の方には生じるのではないかと思います。

 

その疑問にお答えするためには、一般の方にはあまり知られていない腎臓の働きについて説明しておく必要があります。それは、腎臓がホルモン産生臓器でもあるからです。腎臓がどのようなホルモンを産生しているかというと、赤血球産生を刺激するホルモンなのです。このホルモンがエリスロポエチン(EPO)なのです。 これは一種の蛋白質であり胎児期には肝臓で産生されますが、成人の場合はほぼ腎臓でのみ産生されるようになります。そのため、人工透析が必要な腎不全患者ではEPOの産生が低下し、貧血となります。これが腎性貧血なのです。


貧血は、各種臓器への、つまり全身の諸臓器・組織・細胞への酸素供給を低下させることに直結するため、患者の生活の質(QOL)は顕著に低下することになります。
しかも、腎性貧血は、末期腎不全に至ってはじめて発症するのではなく、慢性腎臓病(CKD)では比較的早期から腎でのEPO産生が低下するため、すでに腎性貧血の発症がみられ徐々に進行していきます。そのため、定期検査による早期発見が必要なのです(日本腎臓学会:グレードAレベル4)。

 

 

エリスロポエチン製剤の開発

 

腎性貧血の治療のためには、エリスロポエチンを補充することができればよいということになります。生体内にあるものと全く同じものではないのですが、似た構造のタンパク質を人工的に作ることができるようになっており、実臨床でも腎性貧血の薬として使われています。

 

1977年に、熊本大学の宮家が再生不良性貧血の患者の尿からEPOを純化し、それを基に蛋白質であるEPOを構成しているアミノ酸配列が明かになり、EPOのクローニングにより、ヒト組み換え型EPO(hrEPO)が開発されました。その後に開発された一連の製剤は赤血球造血刺激因子製剤(ESA)と総称されています。
 

当初の予想では、ESAによって、不足しているEPOを補うことによって、腎性貧血患者の貧血を正常化できれば理想的であると期待されていましたが、貧血の改善が合併症を引き起こし、予後を不良にすることが大規模臨床研究の結果で明らかにされました。そこで、全く新しい機序の腎性貧血治療薬が求められるようになりました。

 

 

HIF-PH阻害薬の誕生

 

生体は低酸素に対する防御機構として低酸素誘導因子(HIF)を備えています。1990年代にこれを発見したのが、米ジョンズ・ホプキンズ大学のグレッグ・セメンザ氏です。これは低酸素状態のときにエリスロポエチン遺伝子を活性化するタンパク質(Hypoxia-inducible factor:HIF)で、低酸素応答誘導因子と訳されています。ついでHIFが酸素濃度に応じて低酸素応答遺伝子のスイッチをオンオフする分子メカニズムを明らかにしたのが、英オックスフォード大学のピーター・ラトクリフ氏と米ハーバード大学のウィリアム・ケーリン氏の二人です。以上の3名が、2019年のノーベル医学・生理学賞を受賞しました。

 

このHIFを活性化させることによって、内因性のEPOなどのターゲット分子の発現を誘導する目的で開発された薬剤が、HIF-プロリン水酸化酵素(HIF-PH)阻害薬です。
 HIF-PH阻害薬は、鉄利用効率の改善により、より効率的な造血が誘導される反面、鉄欠乏状態下で使用すると血中の鉄が低下し、血栓塞栓症を引き起こす可能性があるため、事前に十分な鉄補充が必要になります。

 

また、HIF-PH阻害薬は、理論上は臓器の低酸素に対する抵抗性を高めることが期待される反面、血管新生も同時に誘導する可能性があるため、癌や網膜症など血管新生が望ましくない病態では使用しにくいという側面があります。

 

 

杉並国際クリニックでの経験例と今後の対策

 

エリスロポエチン(EPO)の赤血球産生は、組織の低酸素に応答して産生されるHIFの作用によって促進されます。そうして産生されたEPOは、骨髄などの造血細胞に働いて赤血球産生を刺激します。このメカニズムを利用してスポーツ選手の「高地トレーニング」が行われています。高地でトレーニングをしている運動選手の血液では赤血球数、および、酸素運搬に関わるヘモグロビン量が増加しますが、これも低酸素環境におけるEPO産生の亢進によるものです。

 

当クリニックでの試みは「水氣道」において、低酸素トレーニングを導入することです。それは、現段階では私自身が「水氣道」の稽古中にトライアル訓練を続けている段階です。

 

なお、当クリニックにおいて、EPO製剤やHIF-PH阻害薬を直接処方した経験はまだありませんが、連携医療機関の一つである東京警察病院血液科と共同で診療している骨髄異形成症候群の患者さんには、これらの造血薬が処方されています。再生不良性貧血に近い病態であるようです。

 

いずれにしても、近年症例数が増えている慢性腎臓病(CRD)などの腎臓病が進行するにつれて、初期段階から、このEPOの産生も低下します。そのために、定期検査による早期発見が必要であることは日本腎臓学会のガイドラインでも推奨されています。当科での経験例も、診断確定の3カ月前の検査での異常は軽微でした。腎性貧血の ESA(赤血球造血刺激因子製剤)による治療は、 CKD に伴うさまざまな合併症予防・治療に有効であり、皮下注射にて早期に開始すべきことも推奨されています。

 

当クリニックでは、腎機能評価において、血清クレアチニン値の測定時には、必ず推定糸球体濾過率(eGFR)を参考にしています。そして、eGFR<60未満で慢性腎臓病が疑われる例では、尿生化学検査や腎臓超音波検査等と同様に初期の貧血傾向のチェックを慎重に行えるように体制を強化しているところです。