『水氣道』週報

 

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懸垂理論から学ぶNo1


懸垂のパラドックス<総論>フォームを重視する

 


簡単な運動ですが、正しく行うには時間と努力が必要です。
文責:クリスティ・アシュワンデン

The Pull-up paradox
It’sa simple exercise,but getting it right takes time and efforts
By Christie Aschwanden

 

 

はじめに

 

今回から、4回のシリーズで採りあげる話題は、ニューヨークタイムズ国際版3月25日の第12面WELLに掲載された記事です。これは、日本の新聞で言えば健康欄に相当するものといえるでしょう。ここで記者のクリスティ・アシュワンデン女史について検索したので簡単にご紹介いたします。新聞の読み方ですが、著者についての背景を知ることで、どのような読み方をすれば良いのかの手掛かりが得られることがあります。

 

クリスティ・アシュワンデンはアメリカのジャーナリストであり、FiveThirtyEightの元リードサイエンスライターです。彼女の2019年の著書『GOOD TO GO: WHAT THE ATHLETE IN ALL OF US CAN LEARN FROM THE STRANGE Science of Recovery』は、ニューヨークタイムズのベストセラーとなりました。彼女は2016年にアメリカ科学振興協会カブリ科学ジャーナリズム賞を受賞し、科学執筆の進歩のための評議会の理事を務めています。

 

なお、新聞という性質上、原文では<序論><本論><各論><結論>などの表記や、Step1、Step2などの記載はありませんが、分割してご紹介し、コメントを加える都合上、私が付け加えていることをお断りいたしておきます。なお水氣道創始者としての私のコメントは各所に『コメント』として挿入しました。そして、検証に供するために、最後に記事原文を添付しました。

 

 

<序論>

私は昔から懸垂が好きです。そして負けず嫌いというのも幾分かはあります。フィットネスの世界では、女性は懸垂ができないとよく言われます。しかし、私は何かができないと言われるのが好きではありません。特に、その理由が私の性別である場合はなおさらです。10代の頃、芝刈り機を押したり、石を運んだりしましたが、それは、女の子だからといって弱いわけではないことを示すためでした。

 

『コメント』

水氣道の女性会員のタイプも様々ですが、懸垂などは苦手である方は多いです。負けず嫌いの方も幾分いらっしゃいますが、どちらかと言えば、そうではないタイプの方の方が多いように観察されます。少なくとも男性に負けたくないという程の女性は多くはないような印象を持っています。そもそも水氣道は、他者と競ったり、能力を証明したりするためのフィットネスではありません。水氣道のようなフィットネスは欧米ではマイノリティなのかもしれませんが、だからこそ、日本発祥のフィットネスを世界に発信していくことが必要なのではないかと考えています。

 


懸垂をすると、パワフルで強い気持ちになります。自分を持ち上げるのは、何物にも代えがたい感覚です。懸垂は、そのシンプルさも魅力です。バー以外に何も必要とせず、大胸筋から臀部まで、少なくとも12個の筋肉を使うのです。専門家によると、上半身の筋力、肩の可動性、体幹の安定性を向上させ、協調性を磨くのにも役立つそうです。

 

 

『コメント』
フィットネスではシンプルさが魅力であることは私も同意見です。水環境以外に何も必要とせず、上半身の筋力、肩の可動性、体幹の安定性を向上させ、協調性を磨くのにも役立つ
という有用性については、他の専門家の指摘を待つまでもなく、水氣道では実証されています。しかも、使用する筋肉は大胸筋から臀部までに限られず、臀部から足にかけての下半身にも及んでいます。

 

懸垂をするのは「素晴らしい感覚」だと、パワーリフト選手でニューヨークのLiftedMBKのコーチであるチラサ・キングは言います。この運動は自信をつけ、ジムで注目されるようになると彼女は言います。「シンプルな運動なのに、本当に難しいんです」。

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写真:Chilasa King, a New York powerlifter and coach, said doing pull-ups improves confidence and is “an amazing feeling,” adding,“It’s a simple exercise that’s really hard to do.”

 

 


ニューヨークのパワーリフト選手タでコーチのチラサ・キングさんは、懸垂をすることで自信がつき、「すごい気持ちいい」と言い、「シンプルな運動なのに、すごく難しいんです」と付け加えました。

 

『コメント』

運動の目的や利益に関して、自信をつけ、ジムで注目されるようになることがモチベーションになることがあるのは容易に想像できます。この点に関して、水氣道を続けることによって、自分自身に自信がついていきますが、ジムで注目されることは考えにくいです。水氣道は、他人の注目を集めたい、という個人の欲望を満足させるためのプログラムではないからです。他者に抜きんでることではなく、仲間と共に成長することを眼目においているからです。

 

しかし、「シンプルな運動なのに、本当に難しいんです」というキング女史のメッセージは説得力があります。なぜならば、「シンプルな運動であるからこそ、難しい」と言えるからです。しかし、水氣道に関して言えば、決して複雑な運動ではないのですが、<航法>という形があり、シンプルな単純運動ではないという違いがあります。複雑ではないものの、シンプルな運動ではないからこそ、飽きることが少ない、という強みがあります。

 

そこには、懸垂のパラドックスがあります。

懸垂は単純だが難しいです。しかし、懸垂は自分にはできないと思っている人の多くは努力と時間をかければ本当にできるようになります。

 

 

『コメント』
タイトルの「懸垂のパラドックス」について述べられています。繰り返しになりますが、これは決してパラドックスではないと私は考えます。なぜなら、「単純だから難しい」からです。懸垂はできないと思っている人は、単純な運動の最終形(完成フォーム)だけをイメージして難しく考えてしまうので、「できるか、できないか」の2者択一の発想になりがちだからです。
これに対して、水氣道では、最終形(完成フォーム)を習得するに至るまでの細やかな工程がプログラムされています。少しずつステップ・アップしていく方式なので「スモール・ステップ・アップ(small step up)」と呼んでいます。ですから、無理のない小ステップの完成のたびに達成感が得られるようにシステムが工夫されています。水氣道が階級制を採っていることや、各種技法認定を行っているの背景には、この「スモール・ステップ・アップ
のコンセプトがあるのです。
それから、努力と時間をかけることは懸垂に限らず多くのフィットネスの成功に必要な条件ではありますが、努力(effort)を強調することはしていません。むしろ、「気づき」と「工夫」を促しています。水氣道はインテリジェント・エクササイズである、というのは、こうしたことを根拠にしています。

 

カナダのバンクーバーを拠点に活動する強化コーチで、「究極の懸垂プログラム」を開発したメーガン・キャロウェイは、「トレーニングすれば誰でも懸垂を達成できる可能性がある」と述べています。懸垂をマスターできない人のほとんどは、身体的に無理なのではなく、正しい方法でトレーニングをしていないからだと彼女は言います。

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写真:Meghan Callaway, a strength coach based in Vancouver, demonstrates a version of inverted rows, left, and scapula pull-ups, right.


バンクーバー在住の強化コーチ、メーガン・キャロウェイが、インバーテッドロー(斜め懸垂:左)とスカプラ・プルアップ(肩甲骨引き上げ:右)を実演する。

 


『コメント』
「懸垂をマスターできない人のほとんどは、身体的に無理なのではなく、正しい方法でトレーニングをしていないからだ」というキャロウェイ女史は、実に当り前のことを言っているに過ぎません。しかし、もっとも難しいのは、そもそも、懸垂のトレーニングを開始しようとするまでのモチベーションではないでしょうか。そして、ひとたびトレーニングをはじめても継続できないケースも少なくないはずです。問題はフィットネスを継続していても懸垂をマスターできない人についてなのだと思います。これに対して、水氣道で最も難しいのは、水氣道を始める気持ちになるまでの段階です。一度水氣道をはじめても継続できないかたもありますが、やはり身体的に無理なのではなく、稽古参加を習慣化できないことが最大の理由です。ただし、永らく中断した後であっても、ふたたび参加される方が少なくないことも水氣道の特徴と言えるかもしれません。