アルベール・カミュ作 『ペスト』を読むNo18

 

前回はこちら

 

Rentré chez lui, Rieux téléphonait à son confrère Richard, un des médecins les plus importants de la ville.
・・・Non, disait Richard, je n’ai rien vu d’extraordinaire.
・・・Pas de fièvre avec inflammations locales?
・・・Ah!si, pourtant, deux cas avec des ganglions très enflammés.
・・・Anormalement?
・・・Heu, dit Richard, le normal, vous savez…

Le soir, dans tous les cas, le concierge délirait et, à quarante degrés, se plaignait des rats. Rieux tenta un abcès de fixation. Sous la brûlure de la térébenthine, le concierge hurla: « Ah! Les cochons!»

Les ganglion avaient encore grossi, durs et ligneux au toucher. La femme du concierge s’affolait:

・・・Veillez, lui dit le docteur, et appelez-moi s’il y a lieu.

帰宅したリウは、同業のリシャールに電話をかけた。リシャールは、この街で最も有力な医師の一人である。

「いや、これといって特別異常なことは見ていないのですが」とリシャールが言った。
「局所の炎症を伴った熱病とかはなかったですか

「ああ、そう言えば、ひどいリンパ節炎を患っていた症例が2例ありましたかな」

「異様なものだったのでは?」

「まあ、通常のもの、と言って良いかはねえ」

とリシャールは言うのであった。

その夕方、管理人は、とにかく四十度の熱にうなされ(註1)ながら、ねずみの件を訴えていた。リウは膿瘍の固定(註2)を試みた。テレビン油(註3)による焼けつくような痛みで、管理人は「ああ!こん畜生!

と、わめき声をあげた。リンパ節はいっそう大きくなっていて、触れてみると材木のように硬くなっていた。
 

管理人の女房は取り乱していた。

医師は「目を離さずにいてください。何かあったら呼んでください。
と言った。

 

註1:せん妄:本文中では動詞délirerの半過去形déliraitであらわれますが、名詞形はdélireで、これは医学用語の譫妄(せんもう)に相当します。

délirer= avoir le délireで、錯乱状態に陥る;うわごとを言う、と訳されます。
発熱を伴う場合は、「熱でうなされる」と訳せばわかりやすいかもしれません。

 

註2:膿瘍の固定(膿瘍固定療法):セーゲン医学辞典によると、「膿瘍を人工的に作り、細菌を一箇所(治療可能な箇所)に引き寄せることを意図した、時代遅れの治療方法」とあり、現代西洋医学では治療法としては、ほとんど用いられていません。

 

註3:テレビン油:テレピン油/テルペン/松精油とも。東洋医学系のアロマテラピー用生薬のエッセンシャルオイル(精油)、その香りには自律神経を落ち着かせる精神安定効果があるといいます。さらに、血圧を下げる働きや、ガン予防(ガン細胞増殖抑制)にも効果を発揮するとされています。また、実験医学的には、動物の皮膚に塗布して実験的な炎症モデルを作成するのに用いられることもあるようです。

 

 

 

Le lendemain, 30 avril, une brise déjà tiède soufflait dans un ciel bleu et humide.

Elle apportait une odeur de fleurs qui venait des banlieues les plus lointaines. Les bruits du matin dans les rues semblaient plus vifs, plus Joyeux qu’à l’ordinaire. Dans toute notre petite ville, débarrassée de la sourd appréhension où elle avait vécu pendant la semaine, ce jour-là était celui du renouveau. Rieux lui-même, rassuré par une letter de sa femme, descendit chez le concierge avec légèreté. Et en effet, au matin, la fièvre était tombée à trente-huit degrés. Affaibli, le malade souriait dans son lit.
・・・Cela va mieux, n’est-ce pas, docteur? Dit sa femme.
・・・Attendons encore.

翌日の4月30日(註3)は、すでに生暖くなったそよ風が蒸し暑い青空に吹いていた。

そよ風は、それよりなお遠方の郊外から花の香りを運んできてくれた。巷での朝の音は、いつもより賑やかで楽しげに聞こえた。その日、私たちの小都市は、一週間の退屈で不安な暮らしから解放され、すべてが新しく生まれ変わったのであった。リウ自身は、妻から手紙が届いて安心し、足取りも軽やかに管理人の家に下りて行った。そして、実際、その日の朝には三十八度まで熱が下がっていた。衰弱していたベッドの患者には微笑が浮かんでいた・・・

「良くなってますよね、先生。」
と女房は言った。
「まだ様子を見ていきましょう。」