こころの健康(身心医学)

 

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認定内科医、心療内科指導医・専門医、アレルギー専門医、リウマチ専門医、認定痛風医

 

飯嶋正広

 

賢い選択?<赤旗サイン>(続)

 

2011年、米国内科専門医機構財団(ABIM)は、「賢明な選択:持続可能なシステムを構築するための医師、患者、医療界の責務」をテーマとしたフォーラムを開催しました。

これを発端に、エビデンスに基づいた適切な医療資源の活用を目指した“Choosing Wisely(賢く選択すること)キャンペーン”が世界的に広がり今日に至っています。

 

それでは、世界の主要先進国、OECD、コクラン共同計画などの参加を通じて議論された賢明な選択インターナショナル(Choosing Wisely International)の推奨事項について、前回列挙しましたが、今回は、続編として、全10項目の推奨事項うち、特に高齢者医療にかかわりが深い3項目を抽出して、私見を述べさせていただくことにしました。

 

 


3. 高齢者の不眠、興奮、せん妄の第一選択薬としてベンゾジアゼピン    
もしくは他の鎮静・睡眠薬を使用しないこと

 

 

6. 認知症の精神・行動症状の治療の第一選択として抗精神病薬を      
使用しないこと

 

 

7. 重症ではない患者のモニタリング、利便性、失禁管理を目的に      
尿道カテーテルを挿入、留置をしないこと

 

⇒ 現実の医療の現場:

これらは、いずれも患者本人のみならず家族や介護者・看護人等から強い要望を受けることで遵守できないことがあります。
   

これは、精力的に在宅医療を実践している医療機関の多忙な医師にとっては避けることのできない社会問題です。

 

Choosing Wisely(賢く選択すること)キャンペーンを趣旨に則って展開していくためには、患者や家族を含め社会全体に対して効果的に啓発していくことが大前提であり、すでに認識している担当医にほとんどの責任を負わせることは不適切であると考えます。

 

患者や、その家族の要望が、いかに不合理であっても、その潜在的なニーズに合わせない限り、開業医の生命は今後も脅かされ続ける(大阪曽根崎の心療内科クリニック放火事件、埼玉ふじみ野市在宅医療医銃殺事件など)ことになるでしょう。

 

残念ながら、これらの事件の背景にある医療社会制度や国民の医療観についての丁寧な分析を踏まえた抜本的な対策を講じない限り、今後も犠牲者は増えていくのではないかと危惧しています。

 

 

 

7. 重症ではない患者のモニタリング、利便性、失禁管理を目的に      
尿道カテーテルを挿入、留置をしないこと(再掲)?

 

 

8. 特有の尿路症状がない限り、高齢者の細菌尿に抗菌薬を        
使用しないこと?

 

高齢者では無症候性細菌尿の割合(女性:20%、男性:6%)が健康成人より高いというデータがあります。

これらの割合は、日常の活動性(ADL)の低下に伴って増加することも指摘されています。

しかし、これらが原因となり症候性の尿路感染症を発生する割合は決して高くはないようです。とくに尿路のカテーテル操作などがなければ臨床的に問題となることは少ないとされます。

 

こうした情報を前提にすれば、上記の推奨事項7および8は、妥当な指針であるのではないかとする方向へ向かいます。

 

ところで、高齢者の尿路感染症で分離される細菌分布は成人の場合と差がなく、また高齢者の尿路感染症は基本的には成人の場合と同じです。

そうした意味においては、高齢者か非高齢成人かのみによって抗菌薬の投与基準を明確に区別する根拠は乏しいと言えます。

しかも、高齢者では尿路感染症の発生頻度は高いなかにあって、その内訳としての単純性尿路感染症の相対的な割合は低下します。このことは、高齢者では、ただでさえ細菌尿の頻度が高いうえに、尿路に何らかの基礎疾患がある複雑性尿路感染症の割合は高くなることが示唆されます。

 

これはしっかり検討すべき臨床的な問題点です。積極的な治療を要する複雑性尿路感染症が増加する背景としては、糖尿病、脳血管障害などによる膀胱機能障害、男性における下部尿路通過障害(前立腺肥大症など)あるいは女性における閉経後の膣細菌叢の変化、一般的な免疫能の低下、尿路操作を受ける機会の増加、などの医学的な要因の他に、病院への通院・入院など細菌感染の機会が増加する、などの要因も関係しているようです。

 

しかも、抗菌薬の投与を必要とする複雑性尿路感染症であっても、必ずしも特有の尿路症状が見られるとは限らず、高齢者の慢性疾患全般にいえることですが、むしろ、症状は目立たなくなり、気づかれにくくなる傾向があります。

 

そのため、このような場合には抗菌薬による治療と基礎疾患の治療(カテーテルの抜去、尿路の機能的あるいは器質的異常に対する治療)を同時に行わなければならないことも少なくありません。

 

この種の代表的な疾患は残尿のある前立腺肥大症で、尿路感染症を伴っている場合です。慢性複雑性尿路感染症(カテーテル非留置)に分類される病態では、一時的に抗菌薬に反応するが尿路感染症の治療には同時に残尿の軽減をもたらす治療(具体的には前立腺肥大症に対する治療)が不可欠です。

 

以上より、私は、科学的根拠に準拠した判断材料とされる<賢明な選択>キャンペーンが強調している10の推奨項目のうち、少なくとも7.8に関しては、推奨するための科学的根拠が不十分もしくは、問題あり、であると判断します。