こころの健康(身心医学)

 

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認定内科医、心療内科指導医・専門医、アレルギー専門医、リウマチ専門医、認定痛風医

 

飯嶋正広

 

 

賢い選択?<赤旗サイン>

 

直近の医療費は、2016年度の41.3兆円、17年度の42.2兆円、18年度の42.6兆円と年々増加していました。この背景には2025年度にピークを迎える高齢化に伴う医療需要の増加が大きく影響したためと分析されています。


ただ、厚労省保険局調査課は令和3年8月31日、「2020年度概算医療費」の年度集計を発表によると、医療費は前年度より1.4兆円減の42.2兆円(前年度比3.2%減)となり過去最大の減少を記録しました。新型コロナウイルス感染症に伴う受療行動の変化などで、受診延日数は前年度比8.5%減、逆に1日当たり医療費は5.8%増となりました。このように医療費の伸びに一定程度のブレーキがかかったのは、コロナ以外の患者の受診控えも発生するなど、例年とは異なる受療行動もあったことによるものと分析されています。

ただし、概算医療費とは、医療機関からの診療報酬の請求(レセプト)に基づいて、医療保険・公費負担医療分の医療費を集計したものであることに注意してください。

 

従来であれば国民医療費の約98%に相当するものでした。このデータには労災や全額自費等の費用の他、PCR検査や新型コロナワクチンなど国家から無償提供される医療費は含まれていません。これに対して、令和3年度および令和4年度の新型コロナ対策予備費は5兆円を計上しているので、実際の国民医療費の総額は新型コロナ蔓延以前に比べて10%程度増加していることになります。


超高齢社会、生産年齢人口の減少を踏まえ、過剰ないしは不適切な医療資源の使用について、患者と医療者とが共に熟慮し、診療プロセスにおいて「賢明な選択」ができることがますます求められてくる背景もこの辺りにありそうです。


2011年、米国内科専門医機構財団(ABIM)は、「賢明な選択:持続可能なシステムを構築するための医師、患者、医療界の責務」をテーマとしたフォーラムを開催しました。

これを発端に、エビデンスに基づいた適切な医療資源の活用を目指した“Choosing Wisely(賢く選択すること)キャンペーン”が世界的に広がり、当時のわが国においても、小泉純一郎首相、徳田虎雄徳洲会理事長らを中心に同様の啓発運動が展開されて今日に至っています。

 

それでは、世界の主要先進国、OECD、コクラン共同計画などの参加を通じて議論された賢明な選択インターナショナル(Choosing Wisely International)の推奨事項とはどのような内容でしょうか。これは10項目あります。

 

 

なお、<賢明な選択>キャンペーンが強調しているのは、科学的根拠に準拠した判断材料となる情報を患者と医師とが共有し、対話を通じた共同の意思決定を目指すことにあります。

 

1. レッドフラッグサインがない限り、発症後6週間以内の背部痛に対して画像検査をしないこと

 

2. 症状が7日以上続く、もしくは発症後の症状の増悪がない限り、軽度~中等度の急性副鼻腔炎に対してルーチンで抗菌薬を処方しないこと

 

3. 高齢者の不眠、興奮、せん妄の第一選択薬としてベンゾジアゼピンもしくは他の鎮静・睡眠薬を使用しないこと

 

4. 胃腸症状に対してプロトンポンプ阻害薬(PPI)を少なくとも年に1回の中止もしくは減量の試みなしに長期投与しないこと

 

5. ハイリスクマーカーが存在しない限り、心臓由来の症状がない患者の初期評価において、負荷心臓画像検査や非侵襲的画像検査を施行しないこと

 

6. 認知症の精神・行動症状の治療の第一選択として抗精神病薬を使用しないこと

 

7. 低リスクの外科的処置の前に定例の術前検査を行わないこと

 

8. 特有の尿路症状がない限り、高齢者の細菌尿に抗菌薬を使用しないこと

 

9. 重症ではない患者のモニタリング、利便性、失禁管理を目的に尿道カテーテルを挿入、留置をしないこと

 

10. 無症候性の患者の定期的なフォローアップとして毎年の負荷心臓画像検査を行わないこと

 

 

以上の項目について、次回以降に私の立場から検討していきたいと思います。

 

 

 

今回の締めくくりとして、第1番目のレッドフラッグサイン<赤旗サイン>について概説します。

 

ここでいう<赤旗サイン>とは、腫瘍や感染を示唆する安静時痛、体重減少および発熱、明らかな外傷、馬尾症候群、広範な神経学的異常、副腎皮質ステロイドの使用、50歳以上です。こうした諸条件のいずれにも該当しない場合には<赤旗サイン>なし、という判断基準の根拠となって、発症後6週間以内の背部痛に対して画像検査を行うべきではない、という主張になるということです。

 

なお、超高齢社会である日本では、年齢による基準を含めない場合もあります。本来であれば、年齢50歳以上の患者は<赤旗サイン>あり、ということで、発症後6週間以内の背部痛に対して画像検査を行うことが支持されることになります。


しかし、超高齢社会であることをもって、年齢を基準から除外しようとする立場は、財政的理由のみによって高齢者の健康権を制限しようとする政策的な意図を読み取ることができると、私は考えています。