からだの健康(心身医学)

 

内科認定医、心療内科指導医・専門医 

飯嶋正広

 

 

Dastroenterology(消化器病学)

 

日本の講学的な医学教育のシステムと米国の実践的な問題意識には明確な違いがあります。

 

日常診療においてしばしば遭遇する代表的な消化器症状である下痢について、両者のアプローチの違いを比較してみたいと思います。

 

 

Diarrhea<下痢>

 

<日本流医学テキスト>

 

下痢とは、一般的に何らかの原因によって糞便中の水分量が増え、軟便や水様便になった状態を意味する日常用語です。臨床医学的には、便の液状化の他に、便通回数(頻度)の明らかな増加、1日の排便量が平均250gを超える場合をいいます。(1日の排便量の平均は100~200gぐらいで、重さの2/3が水分、1/3は腸内細菌、セルロースや不消化物、胃や腸の分泌物や剥離した細胞からなります。 脂肪の排出量は約2g程です。)

 

 

下痢を分類すると急性下痢と慢性下痢に2大別されます。

 

・急性下痢は約1~2週間持続し、腹痛を伴うことがあります。
代表的なのがロタウイルス、ノロウイルスなどによるウイルス性の感染性腸炎です。

 

診断のためには、

1) 問診が大切です。食事歴、海外渡航歴、抗菌薬服用歴、骨髄移植後かどうか

 

2) 症状確認:腹痛や発熱の有無

治療としては、多くの場合は適切な水分補給で自然治癒します。ただし、脱水状態により代謝性アシドーシスとなるため、乳酸加リンゲルの輸液を行うことがあります。

 

なお止痢薬(下痢止め)を自己判断で使用する方が多く注意を喚起しています。
とくに細菌性の下痢の場合に下痢止めを使用すると原因菌の排泄を遅らせるため病状を長引かせてしまいがちです。

 

 

・慢性下痢の原因には、下痢型の過敏性腸症候群、炎症性腸疾患(クローン病、潰瘍性大腸炎)の他に慢性膵炎、甲状腺機能亢進症などもあります。
 

診断のためには、問診で発症年齢、排便後の症状緩和の有無、飲酒歴、手術歴などを確認します。
 

治療としては原因疾患に応じて対処します。
 

 

 

<米国流実践的Q&A>

 

Q1.

Name the four major pathophysiologic mechanisms for chronic diarrhea.

慢性下痢の4つの主要な病態生理学的メカニズムを挙げてください。

 

 

A1.

1)Increased secretion:分泌物の増加(⇒分泌性下痢)小腸由来が多い
  

2)Altered intestinal motility:腸管運動の乱れ
  

3)Osmotic load:浸透圧負荷(⇒浸透圧性下痢)小腸由来が多い
  

4)Inflammation:炎症(⇒滲出性下痢)大腸由来が多い

 

コメント:

日本の臨床医学では、分類法に基づく鑑別疾患を挙げさせることが多いのに対して、米国医学では病態生理学的メカニズムに基づいて考えさせることが多いです。

 

日常診療で遭遇する機会が最も多いのは2)の腸管運動の乱れなのですが、わが国の臨床での注目度はまだ低いためか、消化器内科専門医から当クリニックに紹介されてくる例も、このタイプの慢性下痢が多いです。

 

Q2.

What two laboratory tests can be used to distinguish between osmotic and secretory diarrhea?

浸透圧性下痢と分泌性下痢を区別するための2つの検査法とは?

 

A2.

1)Fasting(persistent diarrhea if secretory):

絶食(分泌性下痢の場合は持続性下痢となる)

 

2)Stool osmotic gap(gap>50⇒osmotic diarrhea):

糞便浸透圧ギャップ(ギャップ>50⇒浸透圧下痢)

 

 

コメント:

1)絶食検査は外来診療でも可能ですが、安全のためには入院管理下で実施することが望ましいと考えます。

 

2)便の浸透圧ギャップは、290 (血漿浸透圧の基準値)− 2 ×(便中ナトリウム + 便中カリウム)という数式で計算され、下痢が分泌性か浸透圧性かの鑑別に有用です。浸透圧ギャップが50mEq/L未満の場合は分泌性下痢、それよりも大きなギャップは浸透圧性下痢であることが示唆されます。しかし、わが国の保険診療制度には馴染みにくく、積極的に実施する機会は多くはないと思われます。

 

 

Q3.

What additional labs are useful in the w/u of osmotic diarrhea?

浸透圧性下痢症のW/Uに有用な追加検査は?

 

A3.

d-Xylose test, Schilling test(terminal ileum),lactose challenge, and pancreatic enzymes

d-キシローステスト、シリングテスト(回腸末端部)、乳糖チャレンジ、膵(臓)酵素

 

・ d-キシローステストとは、小腸の吸収能(水分や栄養分を体内に取り込む能力)を知るための検査です。早朝の空腹時に行う検査で、排尿後に施行します。d-キシロースが小腸で100%吸収され、そのうちの40%が分解代謝されることなく、そのままの形で尿中に排泄されることを利用しています。一定量のd-キシロースを飲んだ後、5時間尿を蓄え、尿中に排泄されたdキシロースの量を測定することで吸収能を計算します。排泄量30%以上が基準値です。

 

・ シリングテスト(回腸末端部)とは、放射性コバルトで標識したビタミンB12(57Co-V12)を投与し、尿中への放射性ビタミンB12の排泄を時間経過で測定する検査です。排泄が低下していれば、吸収障害といえますが、ビタミンB12吸収不全の診断目的に行う検査として知られています。

 

・ 乳糖チャレンジとは、乳糖を投与して、小腸がそれを吸収できるかどうかを調べる検査です。乳糖不耐症では乳糖を吸収することができず下痢を来します

 

・ 膵液中には蛋白分解酵素、脂肪分解酵素(リパ ーゼ)、糖質分解酵素(アミラーゼ)、核酸分解酵(DNA分解酵素、RNA分解酵素)の他に、コリパーゼのような活性化因子や、トリプシンインヒビターのような酵素阻害物質も分泌されています。膵液中の酵素量の70%は蛋白分解酵素が占めています。膵外分泌障害は消化吸収不良の中でも消化障害 の主な原因の一つです。

 

Q4.

What is the main cause of surreptitious diarrhea?

密かに引き起こされている下痢の主な原因は何ですか?

 

A4.

Mg²⁺ laxative overuse:

2価マグネシウムイオン含有下剤(便秘薬)の濫用

 

 

コメント:

英語の医学書にはFactitious diarrhoea due to surreptitious laxative abuse (SLA)
(密かな下剤濫用(SLA)による人為的な下痢)という表現があります。

 

surreptitious diarrhea(こっそりと引き起こされている下痢)には、体重を減らす目的で下剤を使用しているケースも含まれています。

 

 

Q5.

Which syndrome is characterized by irregular pain, and comorbid psychiatric disorders (in 50% of cases)?

不規則な痛みを特徴とし、(50%の症例で)精神疾患を併発する症候群は?

 

Irritable bowel syndrome(IBS):過敏性腸症候群  

 

 

コメント:

過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome; IBS)の有病率は10%程度、実際に病院を受診する方は約3割程度。頻度のきわめて高い疾患で、消化器科外来の40~70%を占めるといわれます。そして、その50%の症例で精神疾患が併発しているとしたら、IBSの診療に限らず消化器科医はすべからく消化器心身症の診断と治療を熟知すべき立場にある心療内科医が得意とする領域であるといってもよい位だと考えます。

 

このIBSの病態研究においては、脳腸相関(中枢神経機能と消化管機能の関連)が注目されています。 日本の医学書でもIBSに精神疾患が併発することの記述はあっても、具体的な合併率の記載がないものが多いです。