アルベール・カミュ作 『ペスト』を読むNo7

 

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四月十六日という同じ日の朝夕に二匹のネズミの死に遭遇したリュー医師は、ネズミの「死」に直面して何を感じたのでしょうか。


Ce n’était pas au rat qu’il pensait. Ce sang rejeté le ramenait à sa préoccupation. Sa femme, malade depuis un an, devait le lendemain pour une station de montagne. Il la trouva couchée dans leur chambre, comme il lui avait demandé de le faire. Ainsi se préparait-elle à la fatigue du déplacement. Elle souriait.


彼が考えていたのはネズミのことではなかった。その噴出した血を見て、彼は自分の心配事に立ち返ったのである。1年前から体調を崩していた彼の妻は、山間部の保養地に明日出かけることになっていた。彼は、妻に言って聞かせていた通り、妻は居間で横になっていた。そうやって彼女は、転地による疲労に備えていたのであった。彼女は微笑んでいた。


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リュー医師は、ネズミの死そのもののことを考えていたのではないが、ネズミが吐血して死んでいく様をまざまざと目撃したことによって大切な妻の心配事に立ち戻ります。すでに死んでいるネズミではなく、直前まで苦しんでいたネズミの生々しい最期に立ち会うことによるインパクトは決して小さいものではなかったことが読み取れます。

 

このあとから、リュー医師と妻の対話が始まります。

 

 

__ Je me sens très bien, disait-elle.
Le docteur regardait le visage tourné vers lui dans la lumière de la lampe de chevet. Pour Rieux, à trente ans et malgré les marques de la maladie, ce visage était toujours celui de la jeunesse, à cause peut-être de ce sourrire qui emportait tout le reste.

 

__とても気分がいいわ、と彼女は言った。
医師は、枕もとのランプの明かりの中で、自分に向けられた顔を見た。リューにとっては、その顔は30歳になっても、病でのやつれがあっても、若さを保っていた。それは、その他のあらゆることを吹き飛ばしてしまうあの笑顔があったからだろう。

 

 

__ Dors si tu peux, dit-il. La garde viendra à onze heures et je vous mènerai au train de midi.

 

__できれば寝ていなさい、と彼は言う。11時に看護婦が来たら、正午の汽車で連れて行ってあげるよ。

 

 

Il embrassa un front légèrement moite. Le sourire l’accompagna jusqu’à la porte.

 

彼はほんのり汗ばんだ額にキスをする。その微笑は戸口に至るまで続く。

 

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リュー医師とその妻の対話は直接話法で描かれています。動詞の時制は現在形であるため、生き生きとした描写になっています。これに対してリューにとっての最初の対話相手は、老管理人であるミシェル氏でした。彼との対話は間接話法で、動詞は過去時制で表現されていました。この対比は興味深く感じられました。