『水氣道』週報:水氣道稽古の12の原則(13)個別性の原則(その2)

 

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「水氣道における個別性の原則」について

 

個別性の原則とは「個人の特性や能力に合わせたトレーニングをしましょう」という経験則に基づく原則です。 たしかに、自分に合ったやり方がわかれば、効率的に体を鍛えることができ、継続意欲にも繋がりやすいことは経験的にもイメージし易いと思います。

 

水氣道は団体で行うプログラム運動です。水氣道が団体であるということは、一定の目的のために、人々が集まって一つのまとまりとなったものであり、二人以上の者が共同の目的を達成するために結合した集団であるということを意味します。

 

これに対して、集団とは、何らかの相互関係によって結ばれている人々の集まりを意味するに過ぎません。つまり、団体は集団より明確な共通目的があり、またそれによって相互関係の結び付きが強い人々の集まりということができるでしょう。

 

それでは、水氣道では個別性の原則は重視されないということになるのではないか、という疑問が生じても不思議ではありません。ところが、水氣道は、年齢、性別、体力、身体組成(筋肉量、体脂肪率、骨量など)、生活環境、習慣、性格など会員や入会予定者の条件を考慮してプログラムされているということは、水氣道を始めた方であれば誰もがご存じの通りです。

 

原則として、3カ月に1回(つまり、四季折々に)、会員のフィットネスチェック(体組成・体力検査)を行っています。水氣道の稽古の身体面での有効性は、このようにして個別に評価されています。また、その地道な科学的積み重ねが、他に類例を見ない水氣道ならでは稽古プログラムを確立してきたということができるでしょう。

 

それから、個別性の原則というのは、他の原理や原則と無関係に独立した原則ではありえません。水氣道の理論体系において、個別性の原則は、意識性の原則、弱点優先の原則、専門性の原則とともに<特異性の原理>を構成する一原則としています。そして、特異性の原理も<統合性の原理>や<集団性の原理>との均衡関係の中で成立するものと考えています。つまり、二者択一的で排他的な性質の原則ではないということです。

 

人は誰でも加齢に伴って生じる生理的老化から免れることはできません。しかし、それを遅らせたり、病理的老化に対して予防策を講じたりすることはできます。水氣道は理想の生涯エクササイズを追求していく中で見出すことができた健康活動ですが、残念ながら、将来、要支援状態や要介護状態に至る可能性をゼロにすることまでは望めません。そこで、むしろ、こうした現実を謙虚に受け止めることによって、まずは要支援状態に至っても継続できる身体鍛錬法であるべきことを想定して水氣道のプログラムは組み立てられてきました。

 

水氣道は、一種の集団リズム運動であると見ることも可能ですが、「要支援・軽度要介護高齢者に対する集団リズム運動が心身機能にもたらす効果」について発表された原著論文(杉浦令人ら、理学療法科学2010 年 25 巻 2 号 p. 257-264)があります。

この論文は、要支援・軽度要介護高齢者が行える『安全・楽しく・長く』を念頭に構成した集団リズム運動を、個別運動プログラムに加えた場合に、高齢者の心身機能にどのような効果をもたらすのかを検証しています。

 

その結果、個別運動プログラムだけでも下肢筋力が有意に改善しましたが、集団リズム運動を加えると、バランス能力、歩行能力、精神機能にも有意な改善がみられました。そこで集団リズム運動は高齢者の身体機能,精神機能の改善に有益な運動療法の一つになる可能性を示唆しています。

 

この論文は、個別運動プログラムという個別性の原則に基づく介入に留まることなく、集団リズム運動を加えた複合的なプログラムによる多面的な効果を示しています。

 

水氣道もこれと同様に個別運動と集団リズム運動との複合プログラムであることから、個別性の原理を包含する運動であると理解することができると思います。

『安全・楽しく・長く』を念頭に、という考え方は水氣道においても共通するスローガンです。

 

また、「自閉症児の水中運動における個別支援活動と課題達成の関連性」という興味深い実践研究論文(藤澤智子ら、水泳水中運動科学2007 年 10 巻 2 号 p. 31-37)があります。

 

この研究グループは、水の運動が自閉症スペクトラム障害(ASD)児の社会性だけでなく運動能力のエンパワーメントにつながるという仮説のもと,水治療法を推進していました。

その結果、ASDの子どもたちの達成度は、初級クラス、中級クラスともに健常者の達成度とほぼ一致するという結果をえています。これらの結果は、水治療法のように、個別支援と課題の順序付けの活動が実践的な方法であることを示唆しています。

 

水氣道における個別性の原則に基づく個別運動は、集団運動に対立する概念ではなく、むしろ両者が相互に補完関係にあるなかでの原則であると理解していただくのがよろしいです。