運動生理学的トレーニング理論の限界と水氣道の可能性No9

 

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水氣道稽古の12の原則(6)全面性の原則(2)

 

全面性の原則

 

全面性の原則とは、一般的にはトレーニングをする際は、同じ部位や種目に偏ったものではなく、バランスよく全面的に強化しなければならないという原則です。
 

例えば、胸の種目だけ行うのではなく、脚や背中など全身をまんべんなく鍛えることが大切です。偏りのあるトレーニングでは、怪我や技術の低下にも繋がってしまいます。
 

水氣道の稽古の流れは基本的に「全面性の原則」に従って体系化されているため、体験生や訓練生の間は、この原則を知らなくても「全面性の原則」に則った稽古ができるようになっています。

しかし、稽古というものは、時と場所と参加者などの変数によって、臨機応変にプログラムが修正されていきます。修錬生ともなれば支援員等の指示によって、一定の技法を訓練生や体験生の先頭に立って展開していくことがあります。その場合は、「全面性の考慮」が大切になってきます。

 

 

水氣道における「全面性の原則」
 

水氣道での「全面性の原則」の特徴は、簡単に言うと「偏らずにバランスよくトレーニングしましょう」ということに留まらず、「心身をバランスよく鍛えることが大事ですよ」ということが含まれているということです。

 

さらにはメンタルトレーニングや集団内での社会的能力の向上も必要です。「頭ばかりでも、体ばかりでもダメ」ということに他なりません。また、体力だけでなく気力も養うのですが、それだけでは一般のスポーツや従来の武道と変わることはありません。

 

水氣道で養うのは行動体力だけでなく防衛体力も視野に入れています。つまり、病気にならない体力、病気になっても回復できる体力である「防衛体力」を養うことも水氣道の目的の一つです。

 

このように、体力を複眼的に捉えて鍛錬することも「全面性の原則」に含まれていると理解しておいてください。

また、運動器と感覚器は切っても切れない相互補完的な関係があります。

 

水氣道は稽古を勧めていく過程で、身体の五官をすべて動員することになります。

感覚には表在感覚(温・冷覚、触・圧覚、痛覚)の他に深部感覚(位置覚、振動覚)などがあります。水氣道の稽古では、これらの感覚を訓練することで脳にとって有益な刺激を与えることができ、また、それによって磨かれた感覚によって緻密で正確な判断や行動が可能になっていくのです。

 

 

「全面性の原則」に基づいた稽古の基本

 

「全面性の原則」には多くの要素が含まれています。そうすると、いろいろな要素がある中で、いったい何から始めたらよいのか、という疑問が生じます。その答えは、すべてのスポーツや競技の基礎となる体力的基礎となる訓練をしっかりとやることであると考えてよいでしょう。


もっと簡単に言えば、人間は直立二足歩行をする動物であって、左右交互運動を行うことが基本であることから稽古を考えていくことになります。

 

人は直立しているだけで運動をしています。重力に逆らって姿勢を保持するために、下肢の筋肉や体幹の脊柱起立筋が絶えず活動状態にあります。また、それ以前に、呼吸するための呼吸筋(呼気筋と吸気筋)が休みなく働いています。

ですから、私たちが水氣道で水に入るだけで、水圧に抗して呼吸するため呼吸筋の負荷運動を行い、また、水中では浮力や水流・波などの流体力学的作用により、姿勢を保持するための筋緊張は亢進することになります。

呼吸筋、姿勢保持筋という基礎の上に立って、移動などの動作をするための筋肉が水の抵抗や粘性により負荷を得て自ずと鍛えられることになります。

 

多くのスポーツや武道と水氣道の決定的な違いは、基本的に一切の道具を使用しないことと、他者と直接接触しないことにあります。

そして、運動は常に左右交替制であり、対称的運動を行うということにあります。

 

水氣道における「全面性」とは左と右を等しく鍛えることも含んでいます。

 

多くの球技のように左右の機能の分化をはかるのではなく、脱分化・均等化をはかるのです。もちろん、完全に等しく鍛えることはできませんが、前進運動があれば、後退運動も行うことによってバランスのとれた稽古を心がけます。これも水氣道の「全面性の原則」に含まれています。

 

稽古計画を立てて、なるべく計画的に参加できるように工夫して調整することも稽古の一環です。そして、稽古に通う往来での時間配分や、食事のタイミングやその内容を吟味することも「全面性の原則」に含めて考えてください。それから、毎日の生活も水氣道の延長であり、それが一体となったならば「全面性の原則」は最大限に生かされることになるでしょう。

 

一回の稽古の中で、地味ではあるが効果的な基本エクササイズを全身バランスよく実施して、柔軟性や筋力・筋肉量の向上を図り、体力向上に繋げていけるように水氣道の体系は構成されています。

その中で個々人にとって特に弱い・硬い・動かしづらい部分に関しても各人が少しずつ気づいていくことになります。

多くの場合、適切な時期と機会に、個別に、あるいは仲間や上級者と共にしっかりとアドヴァイスを受け、より望ましいアプローチが可能になっていきます。

 

このように、水氣道では、強いところや優れたところをさらに強化していくことよりも、極端に弱い部分や苦手な部分があればまずそこを改善して、全体のパフォーマンスを低下させてしまうような目立った弱点をなくすことを大切にします。そうした弱点を全体の中から探していく姿勢も「全面性の原則」に則った水氣道の稽古の方向性です。

 

「全面性の原則」は日常生活においても応用範囲が広いです。

語学習得の場合も単語を憶えるだけでなく、文法も、リーディングも、リスニングも、スピーキングも,ライティングもすべてバランスよく勉強することで、高い語学スキルが鍛え上げられるものなのです。

 

いろいろな側面を訓練することは時間も労力も要するために敬遠する人も少なくないようですが、それも当面の間だけのことです。全面性の原則に従って学習していけば、学習効率が加速度的に高まっていきます。

 

全体を見通す事を忘れずに:目標を達成するためには全体を見通す力が必要
部活動でレギュラーを取れる人や就職活動で引く手数多な人、仕事で結果を残せる人など人生を成功させている人たちは決まって正しい方向性をもった行動をとる能力が優れているのです。

 

「木を見て森を見ず」ということわざがありますが、物事の細部に気をとられてしまい本来の目的を見失っている人が多いように感じます。 

 

私にも苦い経験がありますが、例えばあなたも次のような人を見かけたことがあるのではないでしょうか?

 

• 健康になることを目的として禁煙をしているのに家族が見ていないところでタバコをもらう人


• 理想のボディを手に入れたいと思ってダイエットを始めたのに体重を落とすことだけにとらわれて、骨や筋量を減らし、脂肪を増やし、プロポーションを崩してしまう女性

 

• 舞台の上での見栄えを良くしたいがために、腹筋を鍛えすぎて身体を固めてしまった結果、柔軟なベルカント唱法を困難にしてしまった声楽家

 

• 打球の飛距離を伸ばすために体重を増やそうと食事の摂取量を増やしたがお腹周りに肉がつきすぎてスイングが遅くなってしまう野球部員

 

• 走力向上のために筋力トレーニングを始めたにも関わらず、いつのまにかスクワットの重量を上げることが主たる目的となってしまい(膝上の筋肉がつきすぎて)結果的に総力を落としてしまったランナー

 

• 将来の実生活に役立つ知識・知恵を身につけるために勉強をしているはずなのに定期テストの問題をカンニングする学生

 

• 子供中心に物事を考えるあまり子供以外の人のことが目に入らなくなって、かえって子供に恥ずかしい思いをさせてしまう親

 

以上の例は本末転倒です。

もし、結果が伴っていなかったり心当たりがあったりするのなら一旦今の悪習慣を中断して、その時間を有効に利用し目標を再確認しましょう。

 

目標を達成できる人は全体を見通す能力が高い人たちなのです。