第3週:消化器・肝臓病・腫瘍医学、原発性胆汁性胆管炎(PBC)

 

「症状なければ病気なし」は完全に否定されるべき誤った信念ですが、ましてや、「症状の消失が真の治癒ではない」という戒めと「軽微な症状を無視することは危険極まりない」という注意のお話をします。

 

杉並国際クリニックの前身である高円寺南診療所では「皮膚科」を標榜していた時期がありました。その名残から、いまでも蕁麻疹やアトピー性皮膚炎さらには尋常性乾癬の治療のために通院されている方がいらっしゃいます。

 

内科医がなぜ「皮膚科」を標榜していたのかというと、平成8年までは、「アレルギー科」をはじめ「リウマチ科」、「心療内科」、「リハビリテーション科」の標榜が公的に認可されていなかったからです。

それらが認可された平成8年当時すでに内科をはじめアレルギー学会、リウマチ学会、心療内科の認定医であった私は、ただちに「アレルギー科」、「リウマチ科」、「心療内科」を標榜し、そのかわり、「皮膚科」の標榜を外すことにしました。

その理由は、アレルギー関連疾患は、内科にとどまらず、皮膚科、眼科、耳鼻咽喉科の各領域に広汎に及ぶためです。

つまり、アレルギー専門医は、アレルギー疾患を領域横断的に診療する専門医だということです。

 

しかし、一般の方はあまりそのことを認識されていないらしく、皮膚科領域の相談で来院される方はだいぶ減ってきています。ただし、今でも、気管支喘息アレルギー性結膜炎、アレルギー性鼻炎/副鼻腔炎、蕁麻疹、薬疹などの相談を受けることは増えてきました。

 

さて、病初期にはほとんどの症例が無症状であり、健康診断などたまたま行われた血液検査の肝機能検査項目の異常で指摘されたことが診断のきっかけになることがあります。

 

これは昨日のテーマであった自己免疫性肝炎(AIH)だけではなく、原発性胆汁性肝硬変(PBC)においても当てはまります。また、AIHとPBCの併存例も知られています。

しかし、このような場合でも、疲労感や皮膚掻痒感を自覚している症例が少なくありません。

診断時にすでに進行した症例、あるいは治療効果に乏しく肝線維化の進行が避けられなかった症例では黄疸が出現し、続いて下肢浮腫や腹水、肝性脳症などの他の非代償性肝硬変症状がみられます。

また、組織学的に肝硬変に進展していない段階であっても食道・胃静脈瘤が出現することがあります。

 

杉並国際クリニックでは、原則として3カ月ごとに血液検査を行っていますが、それには反省に基づく重要な理由があります。

平成の30年間に、日本の経済面での国際的地位は徐々に低下し、国民一人当たりのGDPも26位に転落しました。当然の如く、収入が減少する方も増えました。

そのために、血液検査の実施を拒む方が現れ始めました。そうした方の一人に不幸が起こりました。

その方は独身の男性で、陽気で快活な方でしたが、年齢のため職を失い、抑うつ状態になっていました。

疲れやすいという訴えは抑うつに伴うことが多いので経過観察をしていましたが、そのうちに全身性の蕁麻疹が出現し、通常の抗ヒスタミン剤や抗アレルギー剤を処方しましたが、全く効き目がありませんでした。

お酒が好きな方なので念のために肝機能検査をお勧めしましたが、経済的理由?で断られました。

 

やむなく、経口ステロイド剤を処方することによって、どうにか痒みだけは収まりました。

「症状の消失が真の治癒ではない」ということだけは注意させていただきました。しかし、その後に彼を襲ったのが、ようやくうっすらと現れ始めた黄疸だったのでした。

本人はアレルギー性結膜炎と翼状片、結膜乾燥のため定期的に眼科を受診していましたが、眼科医も結膜の黄染にまったく気が付かないままだたようです。

その第一発見者は、医師ではなく、昔から彼とは昵懇であった整体師の方だったのでした。

 

この方は原発性胆汁性肝硬変(PBC)であることが判明しました。

 

これと類似するもう一つのケースも経験しました。その方は、胆道癌でした。

とても残念です。患者さんに「お金がない、生活ができなくなる」という言葉ほど、医師に無力感や敗北感を与える言葉はありません。

何のための健康保険制度なのか、と疑問を感じずにはおれないことを、これまでもしばしば経験してきました。

 

 

PBCの病因は未だ明らかになっていませんが、遺伝的素因をもった個体に環境因子が作用して発症すると推定されています。

 

これは臓器特異的自己免疫疾患であり、シェーグレン症候群(SS)、慢性甲状腺炎(橋本病)、関節リウマチ(RA)などの他臓器特異的、または全身性の自己免疫疾患をしばしば合併します。

とくにSSの合併率は高く、口腔・眼の乾燥症状を訴える症例はPBC患者全体の半数以上に上ります。

 

胆汁うっ滞の結果として、しばしば高コレステロール血症を合併します。また、胆汁うっ滞によって脂溶性ビタミンであるビタミンDの吸収が阻害され、ビタミンD欠乏症となるため続発性骨粗鬆症がみられることが多く、そのため定期的な骨密度測定が必要です。

 

近年ではPBCの生命予後が改善していますが、そのために長期生存例では肝細胞癌の発症が稀ではなくなっています。

 

 

それでは、このような訳の分からない厄介そうなPBCの治療は、さぞや複雑で治しにくいと想像されるかもしれませんが、そうでもありません。

PBCに対する第一選択薬はUDCA(ウルソ®)という薬で、外殻石灰化を認めない胆石の溶解剤などとして普通に用いられている安価な薬です。

治療効果が不十分な症例に対して用いられるのはベザフィブラート(ベザトール®)で、これは中性脂肪が高い方に処方する脂質異常改善薬であり、この薬はウルソ®以上に広く処方されています。

 

血液検査で抗ミトコンドリア抗体測定を行えば早期診断が可能であり、UDCA(ウルソ®)やベザフィブラート(ベザトール®)治療の導入より、PBCの長期予後は大きく改善しました。

 

2000年以降に診断された症例での5年生存率は93~94%なので、これは同年齢の一般人口と同等です。

ですから、「症状なければ病気なし」は完全に否定されるべき誤った信念ですが、ましてや、「症状の消失が真の治癒ではない」という戒めと「軽微な症状を無視することは危険極まりない」という注意のお話をいたしましたが、必要な定期的検査を無駄であるとか、もったいないとお考えの方は、この辺りで御再考いただければ、と存じます。