第5週:血液病・循環器 ③

 

前回はこちら


 
現在21歳の女性が受診して、他院で9歳時に診断された病名がある場合、その医療情報をどのように扱えば良いでしょうか。それにはいろいろなケースがあると思います。


まず、疾患の診断がついたのが9歳時であるということは、当然のことながら発病および発症時期は9歳以前ということになります。そして、それは生まれた時から、あるいは生まれる前(胎児期)からの先天性の疾患であることも否定できません。

 

そして、その方が21歳になって新患として受診したとすれば、罹病期間は短くても12年に及ぶということになります。慢性疾患の場合は、その間の症状経過が重要ですが、とくに問題なく成人を迎えられたということは、安定的な疾患であることが想定されます。

 

ただし、女性には大きな環境の変化があります。それは妊娠と出産です。戦前までとは違い、現代社会では、女性が妊娠して無事に臨月を迎えれば、母子ともに命に別状なく<めでたし、めでたし>となるのが当たり前だと考えがちです。

しかし、そこに大きな落とし穴があるわけで、出産は女性にとって命がけの一大事業であるという認識を忘れてはならないと思います。つまり、それまでは無事に過ごすことができても、ところ変われば品変わる、ではありませんが、とても大きなリスクとなる可能性があるのです。

 

そのために、他院での過去の古い診断は、改めて再確認(検査と診断)する必要があります。

 

・・・・・・・・・・・

 

❶ 21歳の女性。

 

❷ 他院で9歳時に特発性血小板減少性紫斑病の診断を受け、

 

❸ γ-グロブリン大量療法、プレドニゾロン療法を受けたが、治療抵抗性であったため、

 

❹ 現在は治療を中止し無治療で血小板2万程度を推移している。

 

❺ 経過中出血傾向はほとんどなかった。

 

❻ 現在妊娠28週で血小板2.3万/μL、

 

❼ 出産を希望している。

 

❽ なお、母と弟も血小板減少を指摘されている。

 

//////////////////////////

 

 特発性血小板減少性紫斑病(ITP)の診断のための検査は以下の3つがあります。

1) 採血(末梢血検査)、

2)骨髄検査、

3)ヘリコバクター・ピロリ検査

これらの検査は、診断に先立つ鑑別診断のために有用です。

 

まず、1)採血による血液検査では血小板数が10万/μL以下に低下していることを確認します。提示された症例は、❹ 現在は治療を中止し無治療で血小板2万程度を推移している、ことから血小板の減少は明らかです。

 

それに加えて、末梢血の塗抹標本による血液像で、血液がんと偽性血小板減少症を鑑別して、それらでないことを否定できるかを確認します。また、赤血球と同程度のサイズに達する巨大血小板を認めれば遺伝性血小板減少症を疑います。さらに破砕赤血球があれば、血栓性微小血管症(TMA)、播種性血管内凝固症候群(DIC)の鑑別診断を行います。

 

2) 骨髄検査は、白血病、骨髄異形成症候群(MDS)など血液がん(あるいは前癌状態)の除外診断が必要な高齢者(60歳以上)に行います。

そして、小児と若年者のITPの診断には不要であるとされます。ただし、副腎皮質ステロイドによる治療が無効な症例で、侵襲的な脾臓摘出術を検討する場合、骨髄検査を検討しても良いことになっています。

 

提示の症例は、❸ γ-グロブリン大量療法、プレドニゾロン療法を受けたが、治療抵抗性であった、とのことですから、「副腎皮質ステロイドによる治療が無効な症例」という条件に該当します。ただし、「侵襲的な脾臓摘出術を検討する場合」という条件については、その実質的な意味を慎重に考えるべきでしょう。

 

「脾臓摘出術」というのは例示列挙であって、限定的な条件ではなく、むしろ重要なのは「侵襲的な」手術等を受ける場合を想定しているといって良いでしょう。❼ 出産を希望している。という情報がポイントになります。つまり、ITP患者は健常者と同じように妊娠でき、原則として自然分娩が可能ですが、難産により緊急帝王切開が必要になることを想定しておく必要があることは、前回説明した通りです。

 

この緊急帝王切開が、まさに「侵襲的な脾臓摘出術を検討する場合」以上のリスクになる可能性があると考えるべきでしょう。したがって、提示の症例は、若年成人ではありますが、骨髄検査の適応となることでしょう。

 

3) ヘリコバクター・ピロリ検査は、主に高齢者ではヘリコバクター・ピロリ感染による二次性ITPが多いため、尿素呼気試験で感染の有無を確認します。提示の症例は経過こそ長いですが、若年成人であるため、この検査は必須ではないと考えられます。

 

 

 特発性血小板減少性紫斑病(ITP)の診断について

原因不明で、血小板が10万/μL以下に減少していれば、まずITPを疑うことからはじめます。

ですから、提示の症例はITPを疑うことから始めてよいことになります。

 

原因不明であるということを確認するために鑑別すべき疾患を改めて列挙しまてみます:

偽性血小板減少症、薬剤、がん(血液がん、固形癌の骨転移)、ウイルス感染症(肝炎、サイトメガロウイルスCMV、ヒト免疫不全ウイルスHIV)、DIC、膠原病、遺伝性血小板減少症があります。これらをすべて除外できれば原因不明であるということが証明でき、そこではじめてITPと診断することができます。
 

なお、海外では基礎疾患のないものを原発性ITP,基礎疾患があるものを二次性ITPと呼びます。二次性の場合は、たとえば、膠原病関連ITP,HIV関連ITPと表記します。
   

それでは、この症例においてなすべきことは何でしょうか?

それは次回(明日)検討することにします。