運動生理学的トレーニング理論の限界と水氣道の可能性No2

 

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水氣道稽古の12の原則(1)心身統合の原則

 

心身統合とは何か?ということについて、まず、自分が健常者あるいは健康だと信じている人たちといえども、日々、心と身体のアンバランスに悩ませられている方が多いということから考えていきましょう。

つまり、それだけ、自力では心身の不統合は気づかれにくい、気づきにくい課題だということであり、意識化されていないために、有効なケアや予防的な訓練が行われないまま放置されている課題だということになります。


心身統合は、単なる精神統一をはかるためのメンタルトレーニンではありません。

そこで、逆説的ではありますが、心身統合とは何かを理解するためには、心身統合の対極にある最も重い(心身分離、解離の)精神障害である PTSD やトラウマ関連の研究から学んで健常者の日常的実践に繋げていくことが有意義であると考えます。

「光(意識)」と「影(無意識)」の統合によってこそ、本当の意味での『光明』の域(トランスパーソナル領域)に入ることが可能となります。心身統合のプロセスに関わる実践上の問題点は、PTSD とトラウマの知見を深めることでより鮮明になります。
 

そもそも、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状は、アメリカで 1970 年代以降、特にベトナム戦争によってトラウマを受けた兵士の調査や、主に女性に対する性的暴行などの調査を通じてよく知られるようになり、1980 年に正式な診断名として DSM-III(米国精神医学会 APA の診断基準)に登場したものです。

日本では特に、1995 年の “ 阪神・淡路大震災 ”や同時期に起きた “ 東京地下鉄サリン事件 ” などを契機として一般にも浸透しました。
 

「水氣道は防災訓練に通じる」という私の言葉を度々聞いている方は、その理由がお分かりいただけるものと思います。トラウマは、心だけではなく身体にも深い傷つきと影響を与えます。

記憶や神経系など最新の科学的研究をもとに、身体接触をせずに身体に働きかける方法として心身統合的アプローチが心理療法の領域に紹介されています。
 

水氣道®で実践している心身統合アプローチとは、心理アプローチの理論と行動実践を統合することです。これは、水氣道の心・技・体の原則と共に水氣道実践の五原則の一つである、「統合性の原理」を構成します。

 

1)脳科学・神経生理学等の科学の世界と臨床心理学・心理療法の世界との橋渡しする心身医学的アプローチです。

 

2)言葉が中心の旧来の心理療法の世界と言葉と非言語の双方を統合して利用する身体心理療法(ボディ・サイコセラピー、またはソマティック心理学)とを橋渡しするアプローチです。
 

 

とは言え、水氣道の会員にとって馴染みにくいのは、水氣道の稽古体系に自然に取り入れられているメンタルトレーニングとしての要素ではないかと思われます。

 

メンタルトレーニングは、自分で自分のこころを制御する能力を高めるために行います。自分のこころを制御するためには、自分の現状を把握し、課題を解決するための稽古を行うことが大切です。競技だけでなく、生活全般の自身の感情や行動、身体やこころの状態や課題、こころと身体のつながりを知ることがこころを制御するための第一歩になります。

 

日本では、「ちゃんちゃらおかしい。笑止である。」という意味で「片腹痛し」という古語があります。これは傍ら(カタハラ)を片腹の意に誤ったことから起こった語だとさています。これは、日本人が相手の言動によって心理面だけでなく身体面にまで影響を受けることがあることを象徴しているかのような言葉です。古来から「頭が痛い」、「胸が熱い」、「断腸の思い」、「足が重い」など身体の状態を示すことによって、こころの状態を比喩することがあります。これは両者が切り離して考えられないということを示しています。

 

自分の現状を理解し、課題に対する自分なりの対処方法を身につけることで発揮できる実力(パフォーマンス)の向上につながっていきます。こころも、技術や体力トレーニングと同じように継続的に稽古することが必要です。

 

凡そ意味のある人間活動には、多少なりとも緊張や興奮を伴います。むしろ、適度な緊張や興奮は活動の資源になります。

ただし、緊張や興奮のレベルは、高すぎても低すぎても、パフォーマンスは低下します。緊張や興奮が高過ぎれば力みや焦り、注意散漫などにつながります。反対に、それらが弱過ぎるとぼんやりとしてしまったり、集中できなくなったりしてしまいます。

一般的に、緊張・興奮が強い場合にはリラクセーションによって気分を落ち着かせます。緊張・興奮が弱い場合にはサイキングアップによって気分を高揚させます。

 

いずれ、リラックスする方法として呼吸法と自律訓練法や筋弛緩法(漸進的筋弛緩法)、気持ちを盛り上げる方法としてサイキングアップを御紹介することになるでしょう。