統合医療(東洋医学・心身医学),新型ウイルス感染症の漢方戦略(起の巻)



新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因ウイルスである新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の特徴として、1)感染当初から肺胞親和性が高いために、炎症の主体が咽や気管でなく、始めから肺胞が冒されること、そのために咳の出ない肺炎(間質性肺炎など)になるのではないか理解されています。

 

ここで肺胞が容易に侵され易い状態ということは、個体全体としての免疫力が低下していることに他なりません。これは主として2)消化管を中心として育まれる防禦機能が低下しているということを示唆します。

 

さらに、新型コロナウイルス感染では、3)血管に炎症を起こし血栓症を発症することもあります。特に重症者では血栓症(深部静脈血栓症、肺血栓塞栓症、脳梗塞、心筋梗塞等の動静脈血栓症)を発症する頻度が高く、全身症状を悪化させる因子となっています。しかも、未曽有のパンデミックに対して抜本的な治療法が解明されていないことに対しする4)心理社会的ストレスによる心身の影響は計り知れません。

 

そこで、新型コロナウイルス感染症対策としては、これら1)2)3)および4)のすべてに対応できる戦略を立てておくことが必要となります。これらのすべての準備を可能とするのが漢方治療なのです。

 

東洋医学では「肺」は五臓(蔵)の最表層の機能として位置づけられ、「衛気」(体表を守る働きをもつエネルギー)を司る臓器とされています。そこでウイルス感染の予防のためには、「肺」の働きを充実させる「補肺」作用をもつ生薬を主薬として考えます。

その代表が「黄耆(おうぎ)」というウコギ科の生薬です。

「肺」の「衛気」は絶えず消耗するので、これを常に充実させておくためには、深部に蓄えられている「気」(エネルギー)を表層に向けて十分に引き出せるような健康資源が必要です。

そのために身体内部では持続的に「気」の補充を図るべく、「気」の産生をさせます。それが「脾」の機能です。この「脾」の働きを盛んにさせて「気」を増やすことを助けることを「健脾補気」作用といいます。人参、白朮(びゃくじゅつ)、大棗、甘草などがこの機能を強化します。

 

 

Step1発症前の予防
 

予防の基本薬
 

旧くて新しい常識① 漢方の妙味は予防段階から 

COVID-19 流⾏状況下では、⾃⾝の健康状態に関する過度な不安や懸念にまつわる問題も⽣じやすくなります。

例えば、わずかな体調変化に対する過敏さや、感染したのではないかと⾃⾝の健康状態について過剰に不安を感じる状態(健康不安)などが起こり得ます。感染が流⾏している状況を踏まえると、このような不安や懸念を抱くことは当然のことですが、⽇常⽣活や社会⽣活への悪影響が懸念される場合には⼼のケアや身体の鍛錬の継続が必要となる場合もあります。

 

感染症拡⼤防⽌のための外出⾃粛・営業⾃粛を受けて、就労・就学や⽣活のあり⽅が⼤きく変化し、平常⾏っている⼦ども、⽼⼈、障害者等への世話のあり⽅、雇⽤状況、事業による収益に甚大な影響が出てきていることは、経済・⽣活⾯で市⺠に⼤きい不安・ 恐怖を抱かせました。

 

COVID-19 の感染拡⼤の勢いや感染拡⼤防⽌の政策、これらをめぐる社会・経済情勢は先の⾒通しを⽴てることが困難であるため、⾃然、将来に対する不安を抱かせます。これらの不安・恐怖は、その⼈を過度に強迫的あるいは回避的な対処⾏動に駆り⽴てる可能性があり、それにより不安・恐怖がエスカレートして悪循環が発生することがあります。そうすると呼吸が浅く不安定になり肺の働き(肺気)が損なわれ、また消化管の働き(脾気)も損なわれやすくなります。

 

こうした心身の状態が個⼈の健康や家族の⽣活に悪影響を及ぼし、感染のリスクや発症・重症化のリスクを増加させる可能性があります。また、不安・恐怖に対する過度に強迫的あるいは回避的な対処⾏動がもたらす悪循環は個⼈レベルだけではなく社会的集団においても⽣ずることがあります。

 

初期感染の免疫力を高めて、自然治癒力を高める、補剤と呼ばれる漢方処方群があります。その代表に『補中益気湯(ほちゅうえっきとう)』があり、「感冒/虚弱体質/胸部疾患の体力増強/疲労倦怠」などで保険適用なのですが、予防投与目的では保険処方ができません。

また、本剤を元気な方が服用すると「不眠傾向、便秘傾向、火照り傾向」などの不快感を生じることがあるため、予防を望む人に無条件でお勧めすることはできません。

予防薬は、家庭常備薬として家族ぐるみで内服していただくことによって、家庭内クラスター発生の予防、家族相互の予防意識の向上や相互ケア、さらには家族ぐるみの健康行動への変容に伴う精神衛生の向上にも寄与するものが望ましいです。そのためには、個々の体質や処方の適応を深く考える必要のない汎用性に優れた薬が望ましいです。

 


推奨基本薬1:

『玉屏風散(ぎょくへいふうさん)』

 

黄耆(おうぎ)、防風(ぼうふう)、白朮(びゃくじゅつ)の3味のみでシンプルでバランスの良い生薬構成です。

 

白朮は気(エネルギー)の産生と補肺(「肺」の働きを高め、障害を修復する作用)を兼ね備え、黄耆と防風は衛気(体表を邪気から守る作用)を強化します。

 

シンプルな構成である強みは、これをベースとして、病期と病状に応じて必要となる他の処方との組み合わせが容易で、相乗効果をもたらすことができることです。

 

予防目的なので、常用量1日3回に対して、1日1~2回(各1包)程度の服用で十分です。ただし、通常から感冒に罹り易い傾向があれば、また疲労感や倦怠感を伴う場合には、就眠前を含めて1日3~4回(各1~2包)まで増量することができます。

 

推奨基本薬2:

『板藍根(ばんらんこん)』

10月から3月頃までは、予防投与の季節追加オプションとして、また、日頃から疲れやすかったり、食後の眠気が強かったりする人を対象として『玉屏風散』に併せて用います。健康食品として流通しているほど安全性が高く、清熱解毒作用により抗菌、抗ウイルス作用を発揮し、免疫力を向上させる働きがあります。
 

 

 

 

旧くて新しい常識② 初期治療には漢方を!

 

感冒様症状で発症する2日前から感染力があるのと、発症した初日では普通感冒と区別できないことから、国は、発症早期の受診を控えて自宅療養するようにとの指示を出してきました。

 

急性熱性疾患の治療を述べた「傷寒論」には、逆に様子を見ずに、できるだけ早期に、未病(発病前)のうちに、治療を開始することが大切だと書かれています。

 

 

 

旧くて新しい常識③ 

漢方なら為す術もなく自宅待機する必要はありません
 

この自宅待機の常識は漢方的には極めて非常識です。特に、COVID-19 罹患者や、疑わしき症状があるために⾃主隔離を⾏っている者の場合、病室やホテルの⼀室、⾃室等で⼀⼈で過ごさざるを得ず、外の様⼦をうかがい知ることもほとんどできません。外気に触れ、太陽の光に当たることがままならない状況下では、このような環境下では、寝つきが悪い、夜中に何度も⽬が覚めてしまう、熟眠感が得られないといった不眠の症状や過眠の症状が起こりやすいといえます。