9月16日(水)
第3週:消化器・肝臓病・腫瘍医学
本日は血液所見に絞って検討してみたいと思います。一口に血液検査といっても複数の内容があります。末梢静脈(通常は腕から)採血した血液(静脈血)は、おおよそ基本的には、血液検査用と、血清生化学検査用、その他、に別けられ、採血時に、それぞれ専用のスピッツ(試験管)に分注されます。血液検査とは、血液(静脈血中)の血球成分であり、各種血球数等の算定を行うものです。これに対して、血清生化学検査とは、非血球性の液体成分を対象とした検査です。
その中でより基本的なのは血液検査で、3血球系(赤血球、白血球、血小板)の数を算定するものです。
❶ 35歳の女性
❷ 摂食早期の満腹感と心窩部痛を主訴に来院した。
❸ 6カ月前から摂食早期の満腹感を自覚し、
❹ 特に脂っぽいものを食べると心窩部痛が出現するために受診した。
❺ 便通異常はない。
❻ 既往歴に特記すべきことはない。
❼ 身長158㎝、体重46㎏(6か月間で3㎏の体重減少)。
❽ 腹部は平坦、軟で、肝・脾を蝕知しない。
❾ 血液所見:赤血球408万、Hb12.8g/dL、Ht39%、白血球5,300、血小板20万。
❿ 血液生化学所見:アルブミン4.1g/dL、総ビリルビン0.8㎎/dL、AST21U/L、ALT19U/L、LD194U/L(基準120~245)、ALP145U/L(基準115~359)、
γ-GT14U/L(基準8~50)、アミラーゼ89U/L(基準37~160)、
尿素窒素15㎎/dL、クレアチニン0.7㎎/dL、尿酸3.9㎎/dL、
血糖88㎎/dL、HbA1c5.6%(基準4.6~6.2)、
総コレステロール176㎎/dL、トリグリセリド91㎎/dL、
Na140mEq/L、K4.3 mEq/L、Cl101 mEq/L。
⓫ 上部消化管内視鏡検査および腹部超音波検査に異常を認めない。
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<再診Step1>
血液検査は、基本的検査ですので、一般の方にも親しみのある検査項目だと思います。本症例のように、栄養障害の傾向が疑われるケースにおいては、貧血およびその重症度、もしくはその傾向が生じていないかどうか、などを把握しておくことが健康管理にも役に立ちます。その際には、赤血球(RBC)および、それに関連する血色素(Hb)量、ヘマトクリット値などが大切な指標になります。なお、極端な栄養障害がある場合には、白血球数(WBC)、とくにリンパ球数も減少してきます。
ここで、もう一度病歴を簡単に振り返ってみます。
❷ ❸ 摂食早期の満腹感(6カ月前から)と心窩部痛を主訴に来院した。
⇒「摂食早期」(食物の小量摂取)で胃の膨張を感じる病態は、「早期腹満感」と呼ばれます。これは、予想したより少量の摂取で胃が満杯になる感じを指します。そのため、それ以上食べられなくなれば体重減少を来し得ます。慢性的な早期飽満感(食後愁訴症候群)のみであれば、機能性ディスペプシアの他に、呑気症、摂食障害なども疑います。しかし、心窩部痛(心窩部痛症候群)も訴えているところから、機能性ディスペプシア(RomeⅢ基準)に当てはまります。
❹ 特に脂っぽいものを食べると心窩部痛が出現するために受診
⇒ 胃内容物排出機能低下(胃内停滞時間延長)、下部食道括約筋弛緩・胃食道逆流症(逆流性食道炎)、胆石症、胆嚢ディスキネジア、コレシストキニン分泌異常、機能 性ディスペプシアなどを疑います。
❺ 便通異常はない。
⇒便秘症・下痢症、過敏性腸症候群、炎症性腸疾患等は否定的です。
❼ 身長158㎝、体重46㎏(6か月間で3㎏の体重減少)
⇒体重減少は、食事摂取量不足の他に、消化管における消化・吸収機能の低下、感染症、膠原病、悪性疾患の他、精神心理的な評価も必要です。
❽ 腹部は平坦、軟で、肝・脾を蝕知しない。
⇒腹部腫瘤、肝・脾腫やその他の腹部腫瘤、腹水、腹膜炎などは否定的です。
❾ 血液所見:
赤血球408万<410万・・・赤血球数は血液1㎟あたり、男性は500±60万、
女性が460±50万ですので、若干少ない方です。
Hb12.8g/dL>12.0 g/dL・・・貧血は認めません。
Ht39%>35%・・・ヘマトクリット値(ヘマトクリットち、hematocrit)は、血液(ヘマト)中に占める赤血球の体積の割合を示す数値。貧血検査などに利用されます。全ての血液100ml中の赤血球容積の割合を%で表わし、成人男性で40-50%(平均45%)、成人女性で35-45%(平均40%)程度が正常値であるとされます。貧血は認めません。また悪性疾患などの慢性消耗性疾患も否定的です。
白血球5,300・・・基準となるのは、男女ともに、1ミリ立方メートルのなかに4000~9000個。また上下一割程度は許容範囲と考えていいでしょう。ただ基準値内でも、同じような状態で検査をして、以前の検査値と大きく変動した場合は注意が必要です。この症例は正常範囲にあります。したがって、炎症性疾患(胆管・胆嚢炎、胸膜・腹膜炎、膀胱炎など)は否定的です。
血小板20万・・・血小板は1ミリ立方メートル中に、13万から37万個。基準値には大きな幅がありますし、個人差もありますので、上下一割前後は許容範囲と考えてよいでしょう。この症例は正常範囲にあります。
この症例での血液所見には明らかな貧血は認められませんでした。
平均赤血球容積(MCV)
=Ht(%)×10/RBC(×10⁶/μL)(fL)
=39×10/4.08
=95.6(fL)
MCV(80~100fL)⇒正球性であるため、栄養障害に伴う一般的な貧血である
鉄欠乏性貧血(小球性)傾向を認めず、潜在性鉄欠乏性貧血の可能性も高くありません。
このように見ていくと、問診および診察所見から疑われていた栄養障害(軽度~中等度までの)は、貧血を来すには至っていないことが明らかになりました。
これまでの段階で、臨床評価の5項目である1)所見の評価、および、2)状態の評価、のおおよそは把握できたことになります。その結果、3)緊急性の評価(緊急性に乏しい)、4)重症度の評価(重症度は低い)、という暫定的な結論が得られます。
しかしながら、患者さんの訴える苦痛の程度は、必ずしも、緊急性や重症度とは相関しません。むしろ、「緊急性や重症度においては特段の問題はない」ということを医師から告げられると、いっそう苦痛と苦悩が増し加わるといったこともたびたび経験します。その場合に大切にしたいのが、5)診療計画の評価です。
これは、複合的・重層的な視点から、患者さんの訴えを理解し、問題解決に繋げていくことに役立ちます。
これまでの身体所見をまとめてみますと、体重減少が見られ、経時的に、徐々に栄養障害の傾向がみられたが明らかな貧血には至っていない、ということになります。そこで再検討しておきたいのは、これだけで、患者さんの栄養評価をして良いのか、という問題意識です。
器質性疾患と比べて、機能性疾患の診断は一般に困難です。それは、病気を見逃しやすいからでもあります。そのために除外診断を丁寧に行ないます。より具体的に言えば、十分な鑑別診断と必要な検査の選択が重要になってきます。
本症例では病的体重減少があるため、上・下部消化管を始め、循環・呼吸器系、内分泌系、女性器系の検索も必要になります。
そこで、まず貧血以外の栄養指標を確認していきたいと思います。
❿ 検査のオーダー(血液生化学):
A)栄養評価指標
・蛋白質栄養⇒血清アルブミン、尿素窒素など
・脂質栄養⇒総コレステロール、トリグリセリドなど
・電解質(ミネラル)栄養⇒Na、K、Clなど
B) 代謝指標
・糖質(炭水化物)代謝⇒血糖、HbA1c
・核酸(プリン体など)代謝⇒尿酸
C) 栄養・代謝関連臓器機能指標
・肝機能⇒AST、ALT
・胆道系機能⇒総ビリルビン、γ-GT
・膵(外分泌)機能⇒アミラーゼ
・腎機能⇒クレアチニン、尿紙窒素
・その他⇒LD、ALP
この症例は ❶ 35歳の女性、という若さを考慮すれば、基本的には以上の検査項目で十分であると判断されがちです。しかし、私は大切な項目が見逃されていると考えます。
当院のケースです。
血液検査、超音波検査、レントゲン検査、CT検査など、ありとあらゆる検査結果を持参されましたが、決め手となる異常所見を認めないために担当医の先生も苦慮されていたようです。ただし、紹介状には「齲歯なし、齲歯治療痕多数あり」とあり、わかりやすく言えば、虫歯の治療の形跡が多数観察される、ということです。歯科領域の情報も大切なのですが、伝統的に医科と歯科は分立してきたため、思わぬピットフォールになることがあります。私は、ここで、骨代謝障害⇒骨栄養(Ca、P、ALPおよび活性化ビタミンD)や骨量(骨密度)の精査が必要であると考えて検査項目に加えましたが、それは、正解でした。
これらについても、明日解説いたします。
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