リウマチ専門医が遭遇する関節リウマチの注意点 ⑤

9月11日(金)
第2週:感染症・アレルギー・膠原病  

 

前回はこちら


医師国家試験の課題症例と実務臨床との最も大きな相違点は、まず、試験問題の多くが診断・治療に必要なデータが最初から準備されているということです。その課題症例をみて、それが外来診療のみによるものなのだったのか、入院を要するものだったか、については凡その検討はつきます。そして、外来診療であれば、そのデータが集積するまでに要した受診回数がどの位であったかも予想することはベテランの臨床医であれば、見積ることもあるていどまでは可能だと思います。

 

次に大切なことは、医師免許を取得して、臨床研修を経て、保険医登録されたのちに、改めて直面する現実があります。それは複雑な保険診療のシステムと実施可能な診療の厳格な枠組みに拘束されるということです。

 

❶ 70歳の女性。

 

❷ 発熱と頸部のしこりを主訴に来院した。

 

❸ 8年前に関節リウマチと診断され、

 

❹ プレドニゾロン、メトトレキサート及びNSAIDによる治療を継続している。

 

❺ 1年前から誘因なく発熱が持続するため受診した。

 

❻ 身長155㎝、体重43㎏。

 

❼ 体温38.4℃。脈拍104/分、整。血圧120/80㎜Hg。呼吸数20/分。

 

❽ 口蓋扁桃の腫大を認めない。

 

❾ 両頸部と両腋窩に径2㎝の圧痛を伴わないリンパ節を1個ずつ蝕知する。

 

❿ 心音と呼吸音とに異常を認めない。

 

⓫ 腹部は平坦、軟で、肝・脾を蝕知しない。

 

⓬ 関節に腫脹と圧痛とを認めない。

 

⓭ 血液所見:赤血球315万、Hb10.2g/dL,Ht32%,白血球2,800(桿状核好中球36%、
分葉核好中球44%、好酸球2%、好塩基球1%、単球8%、リンパ球9%)、
血小板12万。

 

⓮ 血液生化学所見:総蛋白6.6g/dL,アルブミン3.3g/dL, AST 35U/L, ALT23U/L, LD780U/L(基準120~245)。

 

⓯ 免疫血清学所見:CRP2.2㎎/dL, 抗核抗体陰性,
可溶性IL-2受容体952U/mL(基準157~474),
結核菌特異的全血インターフェロンγ遊離測定法〈IGRA〉陰性。

 

⓰ 造影CT:縦隔・腸間膜に多発性のリンパ腫大を認める。

 

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<再診Step2> 

本日検討する検査は、⓯ 免疫血清学検査(特に、可溶性IL-2受容体、結核菌特異的全血インターフェロンγ遊離測定法〈IGRA〉)、⓰ 造影CT検査等は、概して、保険診療実務上は、初診時に実施できるものではありません。これらの検査を実施するための根拠となるための一定の医学的情報が集約されていなければなりません。

 

実際の臨床においては、保険診療という制限医療の中で、実施すべき必要不可欠な検査を段階的に実施していかざるを得ないのです。なぜならば、人間ドックのような網羅的な検査を実施することは、保険診療では認められていないからなのです。もっとも、標準的な健診や人間ドックの検査項目のメニューでは、「帯に短し襷に長し」ということもしばしばです。

 

⓯ 免疫血清学所見:CRP2.2㎎/dL, 抗核抗体陰性,
可溶性IL-2受容体952U/mL(基準157~474),
結核菌特異的全血インターフェロンγ遊離測定法〈IGRA〉陰性。

 

  ⇒ CRP2.2㎎/dLは、明らかな炎症所見があることを示します。❷ 発熱 ❼ 体温38.4℃などの症状に関連します。

 

  ⇒ 抗核抗体は、あくまで膠原病の指標の1つと考えてよいでしょう。また膠原病以外にも、慢性肝炎や悪性腫瘍の患者さんで抗核抗体が陽性になる場合があります。抗核抗体が陰性である場合は、膠原病である可能性が低いことを示唆します。

 

  ⇒ 可溶性インターロイキン 2 受容体(sIL-2R)が上昇する疾患は種々の疾患で認められます。特にsIL-2R が 2,000 IU/L 以上の場合は、悪性リンパ腫を念頭に置いて精査をする必要があります。この症例ではsIL-2R が 1,000 IU/L 以下ですが、リンパ性疾患が背景にあることは否定できません。白血病が疑われたら骨髄検査を施行し、リンパ腫が疑われたらリンパ節生検を行います。

 

⇒ 結核菌特異的全血インターフェロンγ遊離測定法〈IGRA〉陰性。   

陰性の結果は、結核の既往が無いことを示唆します。インターフェロンγ遊離試験(interferon-gamma release assay: IGRA)はツベルクリン反応と違い、BCGおよびM. kansasii,M. szulgai,M. marinumを除くほとんどの非結核性抗酸菌の影響を受けない優れた特長をもち、接触者健康診断(以下,接触者健診)をはじめとして結核の感染診断に広く使われています。免疫抑制剤を使用している患者では免疫力低下のために結核に罹患したり、再活性化したりすることがあるため、当該症例では必要な検査の一つです。

 

⓰ 造影CT:縦隔・腸間膜に多発性のリンパ腫大を認める。
  ⇒ リンパ球の増殖亢進と活性化を示唆します。癌などの転移が疑われた場合は、消化管内視鏡、CT、超音波、腫瘍マーカーなどで原発巣を検討します。この症例では、造影CTによって、縦隔・腸間膜にも多発性のリンパ腫大を認めたことから、悪性リンパ腫等を念頭においた精査が必要です。

 

 

 このあたりで、国家試験問題の問いに戻ってみたいと思います。

 

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 まず行うべき対応はどれか。

 

 a NSAIDの中止 b JAK阻害薬の追加 c 抗TNF-α抗体の追加 

 

d プレドニゾロンの中止 e メトトレキサートの中止


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「まず」「行うべき対応」を問うています。 

ここで、「まず行うべき治療」という通常の問いではないことがポイントになります。


治療が問われる場合には、その前提として、一定程度の診断の見通し(「見立て」)がついていることが前提となります。ただし、実際の臨床の現場では、必ずしも確定診断に至らない段階で、何らかの「手当て」をすることが必要になるケースが少なくありません。医学的な「対応」とは「手当て」や「治療」ばかりでなく「検査」等、すべての医療行動を含むものと解することができます。

 

この症例に関しても、凡その「見立て」はついていますが、リンパ節生検などの確定診断には至っていない段階です。それから、(確定)診断⇒治療というのが理想的な医療の手続きの流れですが、実際にはなかなかその通りに実行することが困難なケースが多いです。その場合は、(おおよその)「見立て」⇒(とりあえずの)「手当て」が行われます。このような場合に際して、最初に行う「手当て」は治療でありながら、診断的な意味を持つことがあります。これを「治療的診断」と呼ぶことがあります。

 

問題文中で、「まず」考慮すべき「対応」が問われるときには、この「治療的診断」として役に立つ、なるべく安全で有害な結果を及ぼしにくい方法が選択されます。それを侵襲性の小さい治療と呼ぶことがあります。また、場合によっては、消極的な治療といって、治療強度を減免したり、中止したりすることもあり、こうした介入方法も「考慮すべき治療」の選択肢になり得ます。

 

逆に、身体に強い作用をもたらし、一定程度以上の有害作用をも覚悟しなければならない方法を侵襲性の強い治療と呼びます。そして、よほどの緊急性が伴わない限り、侵襲性の強い治療方法を最初に選択することはありません。また、治療には積極的な治癒を目的とする治療(「キュア」)と、緩和ケアのように、完治は望めないが可能な限りQOLを維持するための対応(「ケア」)とに分けて考えることが必要になる場合もあります。

 

上記の5つの治療方法のうち、積極的な治癒を目指す治療法は、 b JAK阻害薬の追加 およびc 抗TNF-α抗体の追加 です。これらの治療は、診断を確定して、本格的かつ積極的な治療を開始すべきかどうか、その際には治療適応があるかどうかを見極めてから選択されるべき「対応」です。

 

 b JAK阻害薬の追加 ⇒ 免疫抑制薬であり、既存治療で効果不十分な関節リウ マチ、中等症から重症の潰瘍性大腸炎の寛解導入及び維持療法で使用されます。メトトレキサートを中心とするDMARDsでは十分な治療コントロールが得られない関節リウマチの治療の選択肢となります。リンパ球数500/㎜³未満では禁忌であるため、当該症例は顕著なリンパ球減少症(⓭ リンパ球数252/㎜³)であるため使用することはできません。

 

 c 抗TNF-α抗体の追加 ⇒生物学的製剤の一つであるTNFα阻害薬です。既存の治療で効果不十分な関節リウマチ等が適応ですが、当該症例の関節リウマチの自体の治療効果は認められると見られます。したがって、JAK阻害薬と同様に「まず」「行うべき対応」ではありません。むしろMTXと同様に薬剤誘発性リンパ増殖性疾患(LDP)を来すことがあり、厳重な注意を要します。

 

これらに対して、 a NSAIDの中止、d プレドニゾロンの中止 e メトトレキサートの中止 これらは、いずれも関節リウマチ治療薬の中止を試みるという消極的な治療であり、また一種の「手当て」ということができる「対応」です。確定診断が得られていない段階では、「まず」行ってみる対応の候補になり得ます。

 

 

 a NSAIDの中止 ⇒ 非ステロイド抗炎症薬です。関節炎症状が安定していて、疼痛がコントロールできている状況であれば中止することは可能です。しかし、本剤の中止することによるリンパ球の増殖抑制は期待できないこと、発熱に伴う疼痛を緩和している可能性もあることを考慮すると、「まず」行ってみる対応ではありません。

 

 d プレドニゾロンの中止 ⇒ 副腎皮質ステロイドです。この薬剤は、免疫抑制作用を有する治療薬であるため、関節リウマチの治療初期にメトトレキサート等の抗リウマチ薬に加えて 「短期間のみ少量を追加してもよい」とされています。本問の症例は70歳の女性であり、閉経後の骨粗鬆症に加えてステロイド骨粗鬆症を来している可能性が高いため、可能であれば中止すべきではあります。しかし、NSAIDと同様にプレドニゾロンを中止しても、リンパ球の増殖を抑制することは期待できません。

 

 e メトトレキサートの中止 ⇒ メトトレキサート(MTX)によるリンパ増殖性疾患(LDP)が疑われる場合、最初に行うべき対応は、MTXの中止です。これによって、半数近くでリンパ節腫大が短期間に退縮することが知られています。
なお、MTX中止によってリンパ節腫脹が改善すればMTX関連LDPとすることができます。

 

(まとめ)

LDPの組織型は、通常の悪性リンパ腫に準じ、びまん性大細胞型細胞リンパ腫に類似するものが多いです。その多くに活性化したEBウイルスが検出され、EBウイルス感染との関連が指摘されています。また、LDPはMTXのみならず、生物学的製剤、カルシニューリン阻害薬、JAK阻害薬でもLDPを起こすことがあります。