9月10日(木)
第2週:感染症・アレルギー・膠原病
❶ 70歳の女性。
❷ 発熱と頸部のしこりを主訴に来院した。
❸ 8年前に関節リウマチと診断され、
❹ プレドニゾロン、メトトレキサート及びNSAIDによる治療を継続している。
❺ 1年前から誘因なく発熱が持続するため受診した。
❻ 身長155㎝、体重43㎏。
❼ 体温38.4℃。脈拍104/分、整。血圧120/80㎜Hg。呼吸数20/分。
❽ 口蓋扁桃の腫大を認めない。
❾ 両頸部と両腋窩に径2㎝の圧痛を伴わないリンパ節を1個ずつ蝕知する。
❿ 心音と呼吸音とに異常を認めない。
⓫ 腹部は平坦、軟で、肝・脾を蝕知しない。
⓬ 関節に腫脹と圧痛とを認めない。
⓭ 血液所見:赤血球315万、Hb10.2g/dL,Ht32%,白血球2,800(桿状核好中球36%、分葉核好中球44%、好酸球2%、好塩基球1%、単球8%、リンパ球9%)、血小板12万。
⓮ 血液生化学所見:総蛋白6.6g/dL,アルブミン3.3g/dL, AST 35U/L, ALT23U/L, LD780U/L(基準120~245)。
⓯ 免疫血清学所見:CRP2.2㎎/dL, 抗核抗体陰性,
可溶性IL-2受容体952U/mL(基準157~474),
結核菌特異的全血インターフェロンγ遊離測定法〈IGRA〉陰性。
⓰ 造影CT:縦隔・腸間膜に多発性のリンパ腫大を認める。
・・・・・・・・・・・・・・・・
<再診Step1>
リンパ節腫脹を認めた場合には、血液検査、胸部 X 線写真をまず行い、その結果で非腫瘍性疾患が疑われたら、ウイルス抗体価、自己抗体、細菌学的検査などを行います。
今回は、血液検査の結果を検討してみます。
⓭ 血液所見:
赤血球315万、Hb10.2g/dL、Ht32%
⇒Hb Hb10.2g/dL<12 g/dLゆえ、貧血を考えます。
平均赤血球容積(MCV)
=Ht(%)/ RBC(×104/μL)×1000
=32/315×1000
=101.6>100fL
正~大球性
平均赤血球血色素濃度
(MHC)=Hb(g/dL)/ RBC(×104/μL)×1000
=10.2/315×1000
=32.4>32pg
正~高色素性
平均赤血球血色素量
(MCHC)=Hb(g/dL)/ Ht(%)×100
=10.2/32×100
=31.9(30~36%)
以上より、小球性低色素性貧血ではないため、典型的な貧血である鉄欠乏性貧血以外の貧血が存在します。
白血球2,800(桿状核好中球36%、分葉核好中球44%、好酸球2%、好塩基球1%、単球8%、リンパ球9%)
⇒ 白血球2,800<4,000/μL 白血球減少症
好中球=桿状核好中球+分葉核好中球
=2,800×(0.36+0.44)
=2,240>1,500/μL
好中球数は比較的保たれていて、好中球減少症には至っていません。
リンパ球=2,800×0.09
=252<1,000/μL リンパ球減少症
単球=2,800×0.08
=224<500/μL 単球減少症
この症例は白血球減少症を呈しています。通常は循環血中の好中球数の減少を特徴としますが、リンパ球、単球、好酸球、または好塩基球の数の減少も一因となる場合がります。この症例では、好中球の減少はみられず、リンパ球減少症・単球減少症となっていることが特徴です。このような状態では、一般に免疫機能が低下します。
血小板12万。
⇒血小板は1ミリ立方メートル中に、13万から37万個。基準値には大きな幅があり、個人差もあるので、上下一割前後は許容範囲と考えていいでしょう。
⓮ 血液生化学所見:総蛋白6.6g/dL,アルブミン3.3g/dL, AST 35U/L, ALT23U/L, LD780U/L(基準120~245)。
⇒LDとは?
LDは、かつてはLDH(Lactate dehydrogenase) と表記されていました。これは酵素の一種で、解糖系で生成するピルビン酸に作用して乳酸を生成する反応、肝臓で乳酸に作用して乳酸をピルビン酸に変換してグルコースに糖新生する反応を触媒する働きをもちます。LDHの増加がみられたとき、LDH/AST比をとってみると肝疾患の場合、この比が一般に6を越えず、しかも肝の炎症が強いほどこの比が低下します。これに対し、他の疾患ではLDH/AST比が10を越えることが多いです。たとえば心筋梗塞では10前後、悪性腫瘍では10以上、そして白血病や溶血性貧血では20~30以上の比を示します。
この症例のLDH/AST比は、780/35=22.3>10であるため、炎症性肝疾患や心筋梗塞などの可能性は低いです。それに対して悪性腫瘍、白血病や溶血性貧血などを疑いますが、他に以下のような疾患でも高LD血症を来します。
■多発性筋炎 ■筋ジストロフィー症■ 肺梗塞 ■肝癌、胆道癌 ■白血病 ■悪性貧血
■急性腎不全 ■アルコール性肝障害 ■悪性リンパ腫 ■再生不良性貧血
■甲状腺機能低下症
高LDH血症の鑑別には、LDHアイソザイムの測定が有用です。
提示の症例は、関節リウマチ(RA)自体の疾患活動性は高くないにもかかわらず、発熱という炎症所見と頸部のしこりがみられる症例です。そしてRAの治療薬としてメトトレキサートが使われています。
(まとめ)
4〜6 週間以上持続しているリンパ節腫脹は生検の適応と考えられます。特に短期間で急速に増大し、発熱、盗汗などの全身症状を伴い、LDH の増加を認めたため、本来であれば、早急に生検が必要です。この他に、通常の問診より詳しい専門的な問診が必要です。ただし、関節リウマチではメトトレキサートなどの免疫抑制薬の使用しているため、血液所見が重要です。貧血と白血球減少症(リンパ球・単球減少症が主体)があるため悪性リンパ腫など細胞性免疫が抑制されている病態と考えます。
<参考>
日本リウマチ学会はRA患者の治療経過中に発生するリンパ増殖性疾患(LPD)の概念、診断、治療に関してリウマチ医、血液内科医、病理医が共通の認識をもって臨床の現場で対応できるためのコンセンサス作りを目的に、2017年1月9日に日本リウマチ学会、日本血液学会、日本病理学会の3学会の代表で合同意見交換会を持ちました。
3学会合意事項
1. 関節リウマチ(RA)治療中に発生するリンパ腫/リンパ増殖性疾患(RA-リンパ腫/LPD)の発症にはimmunnosuppression / immunodysfuction が背景にあり、その原因には、加齢あるいは免疫老化(immunosenscence)、RAの免疫異常や慢性炎症、遺伝的な要素に加えてMTXをはじめとする薬剤による免疫抑制がある。MTXを中止後に退縮する症例ではMTXの関与が疑われる。
杉並国際クリニックのコメント:
immunnosuppression / immunodysfuctionとは免疫抑制/免疫機能不全を意味します。リウマトレックス®(MTX)を中止してリンパ腫が退縮する場合は、MTXが関連するリンパ増殖であるといえますが、発症のきっかけが、関節リウマチそのものによるものか、MTXにより誘発されたものであるのかは不明です。
2. 現時点では、RA患者においてMTXを含む免疫抑制薬治療中にリンパ腫/リンパ増殖性疾患が発生した場合、医原性免疫不全関連リンパ増殖性疾患(iatrogenic immunodeficiency-associated LPD) あるいは免疫抑制薬関連リンパ増殖性疾患(immunosuppressive drug-associated LPD)と呼ぶことを推奨する。MTXや他の免疫抑制薬を中止しても退縮しない症例では、他の要因も関連している可能性がある。
3. RA-リンパ腫/LPDの危険因子や前兆、退縮する症例としない症例の違い[e.g. 年齢、RA疾患活動性、病理組織(DLBCL/Hodgkin)、病期や部位(節外臓器or 全身)、リンパ球数や骨髄由来免疫抑制細胞(MDSC)]は明らかでないが、リウマチ学会で行っている前向きコホート研究の結果に加え、基礎的な研究の推進、LPDを発症した症例の背景や予後の調査を継続的に3学会が協力して進めていく必要がある。
4. 今後の計画として、RA-リンパ腫/LPDの診断、治療に関して、全国のリウマチ医、血液内科医、病理医が共通の認識で対応できる3学会合同のステートメント/指針あるいはガイドラインを作成する。3学会意見交換会で合意した共通認識については、2017年日本リウマチ学会特別企画シンポジウムで発表する。中期的には、3学会の推薦メンバーで構成するワーキンググループを立ち上げ、1年をめどにガイドライン・指針・手引きを作成する。
2017年1月9日
一般社団法人日本リウマチ学会
一般社団法人日本血液学会
一般社団法人日本病理
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