8月28日(金)
❶ 42歳の男性
❷ 健康診断で異常を指摘されたため受診した。
❸ 既往歴:特記すべきことなし
❹ 家族歴:特記すべきことなし
❺ 喫煙歴:20本/日を13年間
❻ 飲酒はビールを500mL/日
❼ 身長167㎝、体重78㎏、腹囲104㎝
❽ 脈拍68/分、整。血圧138/76㎜Hg
❾ 心音と呼吸音とに異常を認めない
❿ 血液生化学所見:
総蛋白7.5g/dL,アルブミン4.2g/dL,総ビリルビン0.6㎎/dL,
AST45U/L, ALT52U/L, γ-GT130U/L(基準8~50)、
尿素窒素28㎎/dL, クレアチニン1.0㎎/dL, 尿酸7.9㎎/dL,
空腹時血糖130㎎/dL,HbA1c6.8%(基準4.6~6.2)、
トリグリセリド250㎎/dL,HDLコレステロール33㎎/dL,
LDLコレステロール142㎎/dL
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
昨日検討した以下の最初の情報の中で、ベテランの内科医であれば、以下の2項目から、ただちに中年男性に多い健診異常の症例が直ちに想起されてくるはずです。
❶ 42歳の男性
❷ 健康診断で異常を指摘されたため受診した。
そして、最初に確認するのは、
肥満の有無とその程度(❼)、
メタボリックシンドロームに該当するか否か(❼、❽、❿)、
そして、脳心血管疾患のリスク評価(❼、❽、❿)およびその他の異常データです。
昨日検討した範囲では、❼ 肥満(肥満症Ⅰ度)、❽ 高血圧については、血圧138/76㎜Hgであるため、正常域血圧ではあるが、その中でも正常高値血圧(収縮期血圧130~139㎜Hg,または拡張期血圧85~89㎜Hg)に該当しました。
しかし、メタボリックシンドロームの血圧基準である、収縮期血圧≧130㎜Hgに該当することを述べました。
本日は、この症例がメタボリックシンドロームに該当するのか否かを、検査データ(❿)から、より詳細に検討し、以下の問題を回答してみることにします。
この症例提示では、以下の初歩的な問題提起より、さらに深い臨床的課題がありますが、医師国家試験では初歩的な医学的常識のみを問うています。
この問いは、医師国家試験に合格した後、初期臨床研修を経て、そして各科の専門医研修を受け、特定の専門医となる頃にはかえって軽視されがちとなることは否定できません。
特定の医学領域の専門医として活躍するようになっても、総合診療医としての基盤を大切に研鑽していこうという姿勢を貫くことは、並大抵の努力ではまっとうできない、というのが私の認識です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
問題
まず行うべきなのはどれか。
a 降圧薬投与
b ニコチン補充療法
c 75g経口ブドウ糖負荷試験
d 生活習慣に関する詳細な聴取
e 週3回以上のジョギングの推奨
昨日検討した医学・医療情報データの範囲では、上記の選択肢のうちで、確実に必要であると考えられるのは、さらなる情報の収集です。それは病因論といって、そもそも病気の原因が内因(遺伝的、先天的な要因)によるものなのか、外因(環境、生活習慣、後天的な要因)によるものなのか、あるいはその両方なのか、という視点は基本的に重要な視点です。
❸ 既往歴:特記すべきことなし
❹ 家族歴:特記すべきことなし
以上からすれば、内因の関与は明らかではありません。
これに対して、
❺ 喫煙歴:20本/日を13年間
❻ 飲酒はビールを500mL/日
これらの情報は、生活習慣という外因の関与を示唆する情報です。
こうした情報をもとに、このケースでは、患者の生活リズムをはじめ食事・運動・睡眠・就業(通勤状況・勤務時間帯や内容など)などの、より具体的で詳細な生活習慣の情報が不足していることが判明します。
したがって、上記の選択肢の中では、d 生活習慣に関する詳細な聴取、が候補に挙がってきます。
しかし、この選択肢が正解であるかどうかは、このケースが緊急性を帯びているかどうか、という側面からの検討が必要です。その場合には、診察時のバイタルサイン(意識水準、呼吸、脈拍数、体温、血圧)などの基本情報が不可欠です。
❽ 脈拍68/分、整。血圧138/76㎜Hg
❾ 心音と呼吸音とに異常を認めない
これらの情報からすれば、バイタルサインのうち、心肺機能に関しては緊急性がないことがわかります。
降圧治療を直ちに行う必要はないと考えられるため、選択肢a降圧薬投与、は否定的です。
また、b ニコチン補充療法の選択肢も除外できます。
その理由は、ニコチン補充療法は、禁煙外来でニコチン代替療法の禁煙補助薬を使用する方法ですが、予めニコチン依存症スクリーニングテスト(TDS)を行うことが求められているため、<ただちに>行うべきものではないからです。
また、選択肢c 75g経口ブドウ糖負荷試験は、糖尿病の診断に用いられるため、すでに糖尿病の基準をみたしているかどうか、本日検討するデータ(❿)を検討しなければ判断できません。
しかし、ブドウ糖負荷試験は、臨床の現場において緊急に実施しなければならない検査項目ではありません。
最後に、e 週3回以上のジョギングの推奨、についてですが、運動の強度と頻度を処方するためには、標準的心電図異常の有無に加えて負荷心電図での確認、呼吸機能、血糖のコントロール状態など、より詳細なデータが必要になるため、直ちに実施すべきものではありません。
以上より、この国家試験問題は、血液生化学所見(❿)の詳細を検討する以前に、概ね結論が得られてしまいます。つまり、初診時のデータでおおよその判断が付いてしまう、ということを示唆します。このことは、初診時の医療内容は、臨床上きわめて重要な意味をもっているということを改めて示唆するものだということになるでしょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
❿ 血液生化学所見:
肝機能 AST45U/L, ALT52U/L,
⇒軽度の肝機能障害
胆道系 γ-GT130U/L(基準8~50)
腎機能 尿素窒素28㎎/dL, クレアチニン1.0㎎/dL, 尿酸7.9㎎/dL,
⇒推定糸球体濾過率(eGFR)
男性、42歳、Cr1.0㎎/dL=66.4(mL/分/1.73m²)
⇒GFR区分G2
尿素窒素(BUN)クレアチニン比=BUN/Cr=28>10ゆえに腎外性因子
尿酸7.9㎎/dL≧7.0㎎/dL⇒高尿酸血症
糖代謝 空腹時血糖130㎎/dL,HbA1c6.8%(基準4.6~6.2)
空腹時血糖130㎎/dL≧110㎎/dL⇒メタボリックシンドローム選択項目に該当
空腹時血糖値判定基準
基準値 70~110mg/dl
優 100mg/dl未満
良 100~119mg/dl
やや不良 120~139mg/dl
不良 140mg/dl以上
⇒空腹時血糖値による血糖コントロール状態の評価は「やや不良」に該当
HbA1cコントロール目標値
血糖正常化を目指す際の目標・・・<6.0%
合併症予防のための目標・・・・・<7.0%
治療強化が困難な際の目標・・・・<8.0%
⇒血糖の正常化を目指すためにはHbA1c6.8%を6.0%未満になるよう徐々にコントロールする
脂質代謝
トリグリセリド250㎎/dL,
HDLコレステロール33㎎/dL,
LDLコレステロール142㎎/dL
⇒トリグリセリド250㎎/dL≧150㎎/dLゆえに高トリグリセライド血症、
なおメタボリックシンドローム選択項目に該当
⇒HDLコレステロール33㎎/dL<40㎎/dLゆえに低HDLコレステロール血症
なおメタボリックシンドローム選択項目に該当
⇒LDLコレステロール142㎎/dL≧140㎎/dLゆえに高LDLコレステロール血症
総合評価
1) 肥満、高血圧、高トリグリセライド血症、低HDL血症のすべての項目に該当
⇒メタボリックシンドロームの診断
2) メタボリックシンドロームの診断項目ではないが、生活習慣病に密接な疾患
⇒① 高LDLコレステロール血症(動脈硬化に関する主要な危険因子)
② 肝機能障害(脂肪肝の疑い)
③ 高尿酸血症
<肝機能障害についての補説>
国立研究開発法人 国立国際医療センター 肝炎情報センターのサイトから引用
肝臓は沈黙の臓器と言われている通り、他の肝臓病と同様に非アルコール性脂肪肝や非アルコール性脂肪肝炎もほとんど自覚症状はありません。
また現在のところ通常の血液検査では非アルコール性脂肪肝や非アルコール性脂肪肝炎を確実に診断する検査項目はありません。
肝機能検査で代表的なALT(GPT)値が低くても非アルコール性脂肪肝炎の場合もあり、逆に数値が高くても病状が進行していない人もいます。
健康診断で肝機能の数字が高くないからといって、非アルコール性脂肪肝炎ではないとは限りません。
肝臓に脂肪がたまっている状態である脂肪肝を判別する最も簡便な方法は、腹部超音波検査(腹部エコー検査)です。
腹部エコーでは正常の肝臓と比べて肝臓に脂肪が溜まると肝臓は白く輝いて見えます。また画像の奥が見えにくくなり、となりの臓器である腎臓と比べて肝臓はより白く見えます。
肝臓は白くなり(輝度上昇)、奥に行くにつれて見えにくくなっています(深部減衰)。
肝臓は腎臓の外側の部分(腎皮質)よりも白く見えます(肝腎コントラスト陽性)。
腹部超音波検査(腹部エコー)による脂肪肝の所見
腹部エコーができない場合は、自分のおへそあたりの腹囲(ウエスト周囲長)を測ってみましょう。
男性ではウエストが85センチ以上、女性は95センチ以上の場合、脂肪肝を持っている人が半数以上となります。
ウエストを測ってみて該当する方は、お近くの医療機関で腹部エコー検査を行って、一度は肝臓を診てもらうことをおすすめします。また20歳の時の体重から10kg以上増えているという方も要注意です。糖尿病や脂質異常、高血圧症の方も非アルコール性脂肪肝炎の可能性は高くなります。
最終的に非アルコール性脂肪肝か非アルコール性脂肪肝炎かを見分けるには、肝生検による組織診断が必要になります。
肝生検は臓器を専用の針で刺して、組織を一部採取する検査ですので、基本的に1~2泊の入院が必要です。検査に伴う偶発症もゼロではありませんので、最近では肝生検を受ける前に、肝臓の硬さを測定する「肝硬度計(エラストグラフィ) 」( 肝硬度測定(フィブロスキャン) )(代表的な機器はフィブロスキャン®︎という専用の機器や腹部エコーに付属した機器もあります)を用いたり、血液検査として以前より測定されているヒアルロン酸やIV型コラーゲン7Sなど、また最近ではMac-2 結合蛋白糖鎖修飾異性体(M2BPGi)やオートタキシンなど、いわゆる「肝線維化マーカー」を測定したり、年齢と肝機能のASTとALT、血小板で計算される数値(FIB-4インデックス)等を用いたりして、推定します。
脂肪肝は放置してはいけませんので、脂肪肝であることがわかった場合は、普段診て下さっている担当医に相談しましょう。
ここで、提示症例の肝臓について、その硬化度を算出してみます。
変数は、年齢42[歳]、AST45[U/L]、ALT52[U/L]、
ただし、血小板(データなし)[10⁹/L=0.1万/μL]のため算出不能です。
ここで、参考値として、血小板数の基準値(13~37)万個/㎜³の下限値である
13万個/㎜³=130を代入して計算してみます。
FIB-4インデックス=42×45/130×√52=2.02
⇒肝臓が硬い可能性も、硬くない可能性も高くない
<高尿酸血症についての補説>
高尿酸血症・痛風の治療ガイドライン第3版(2018)で、改めて提示された推奨項目のポイントをご紹介します。
まず、痛風関節炎(痛風発作)や痛風結節を有している場合には、生活習慣の修正と薬物療法を行なうことが基本です。
その際に、痛風関節炎治療の第一選択薬の決定とコルヒチン予防投与、痛風結節縮小のための血清尿酸値に関する推奨が明記されました。
本日提示している医師国家試験問題の症例は、明らかな痛風の症状を欠くものであるため、無症候性高尿酸血症と考えてよいものと思われます。その場合には、合併症や臓器障害を有する場合には、血清尿酸値8㎎/dl以上から生活習慣修正と薬物治療開始が考慮されることになります。
提示された症例の血清尿酸値は7.9㎎/dLであり、ギリギリですが、この基準を免れています。しかし、血清尿酸値には日内変動その他の変動があるため、今後も定期的に尿酸値の確認は必要になります。
いずれにしても、ガイドラインでは、腎障害・高血圧・心不全合併高尿酸血症の治療に関する指針が設定されています。
提示の症例は、
腎機能 尿素窒素28㎎/dL, クレアチニン1.0㎎/dL, 尿酸7.9㎎/dL,
⇒推定糸球体濾過率(eGFR)
男性、42歳、Cr1.0㎎/dL=66.4(mL/分/1.73m²)
⇒GFR区分G2
であり、年齢の割には腎機能が低下しているため、今後も定期的な観察が必要です。
同様に、心不全には至っていないものの継続的な血圧のモニタリングも不可欠となります。
このように、痛風・高尿酸血症は、メタボリックシンドロームの診断基準には含まれていませんが、相互に密接な関連があります。生活習慣病であり、かつ脳血管心臓リスク因子として高尿酸血症を捉えていくという視点は、今後ますます重要になってくるものと思われます。
最後に、生活習慣修正としての食事指導に関するガイドラインの推奨文をご紹介いたします。ご参考になさってください。
〇 ビタミンC、DASH食、地中海食ならびに果物(ただし、果糖の含量の少ないもの)・大豆食が血清尿酸値を低下させるとされる。
〇 乳製品、コーヒーが痛風を減らした。
× アルコール、肉類、魚介類ならびに果糖は血清尿酸値を増加させた。