心療内科指導医<消化器心身症>を語る、慢性胃炎・機能性ディスペプシア

7月23日(木)

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皆さまが、もし食後のもたれ感、早期飽満感、心窩部痛、心窩部灼熱感、の4つの消化器臨床症状を“つらい”と感じている場合は機能性ディスペプシア(FD)かもしれません。

ただし、胃X線造影検査や上部消化管内視鏡検査などで、胃癌・胃潰瘍などの器質的疾患を認めない場合に限ります。

 

わが国の現代人は、胃酸分泌の増加した胃内環境へと変化しており、さらにはストレス社会などから、機能性ディスペプシア(FD)を含む機能性消化管障害(FGIDs)の患者さんが増加する傾向があります。

この背景としては、ピロリ除菌療法が定着し、若年世代のピロリ菌感染症の激減、脂肪および蛋白質摂取量の増加、塩分摂取量の減少といった食習慣の変化によるものと考えられています。

 

ディスペプシア患者のうち、ピロリ感染が症状に関与するのは10%程度とされており、H.ピロリ関連ディスペプシアと呼ばれています。現在、慢性胃炎はH.ピロリ感染胃炎とほぼ同義であり、FDはH.ピロリ感染を問いません。

 

こうした社会の疾病構造の変化に対応すべく、日本消化器病学会からわが国独自のガイドラインとして「機能性消化管疾患診療ガイドライン2014-機能性ディスペプシア(FD)」が作成されました。

これは国際基準であるRomeⅢ基準を作製されたものです。そして、FDの定義は「少なくとも6カ月前から症状があり、3カ月間は症状の持続を認めるものとする」という厳密な病悩期間を条件としています。

しかし、実臨床においては、胃痛・胃もたれ・腹部膨満感・早期飽満感が1カ月以上続く中で、腹部超音波・便潜血検査などで異常がなく、可能であれば上部消化管内視鏡検査でも慢性胃炎程度の所見しかない場合にはFDと診断できます。

 

Rome分類では、FDを2大別し、

1)食後愁訴症候群(PDS):食後の腹部膨満感および早期飽満感、

 

2)心窩部痛症候群(EPS):心窩部痛もしくは心窩部灼熱感
 としますが、実際には、症状が重複し、ガイドラインでもタイプ別の治療指針が示されてはいません。

 

 

FDの診断にあたり初診時には、一般的採血検査・腹部エックス線検査などを行います。これらの検査でも異常を認めない場合には、腹部超音波検査や便潜血検査などを行い、さらに上部消化管エックス線造影検査を行うこともあります。

こうした検査が必要になるのは、器質的疾患を除外することが必要だからです。

器質的疾患とは、胃癌、胃潰瘍、胆石症、慢性膵炎といった胆膵疾患です。そのために上部消化管内視鏡検査は必須の検査であるとされますが、必ずしも全例で検査を実施する必要はないと考えます。むしろ、早期慢性膵炎との鑑別が注目されるようになり、腹部超音波検査の有用性が増しています。

 

またFD患者においては、精神的な素因が背景にあることが多いことが指摘されています。

杉並国際クリニックでは第1段階で<CMI健康調査票、またはPOMS>、第2段階で<STAIまたはSDS検査>を行っています。

 

これらの心身医学的、心理的評価表において、特定の領域のスコアが高いケースが散見されます。

患者の症状発現に関して、精神的な側面が大きいと判断できる場合には、心身医学的・心療内科的アプローチをとります。

CMIは心身両面にわたる多項目の質問票であり、FDとは直接関係がない諸症状の有無についても確認することができます。これは、治療抵抗性FDのケアにおいて、しばしば有効な手がかりを与えてくれます。

 

FDの治療目標は、患者の症状およびQOLの向上です。

一次治療の最初のステップは、PPI(プロトンポンプ阻害薬)やヒスタミンH₂受容体拮抗薬(註)を用いて酸分泌を抑制することです。

次のステップは消化管運動改善薬であるアコチアミド(アコファイド®)の単剤もしくは併用療法です。アコチアミドは、通常であれば内服開始後2か月は経時的に臨床症状の改善が期待されます。

二次治療としては漢方薬(註1)や抗うつ薬・抗不安薬(註2)などです。

 

(註1)漢方薬:

半夏厚朴湯をはじめ、君子湯、茯苓飲、安中散、四逆散などが有効とされますが、杉並国際クリニックでは、新型コロナウイルス予防対策を兼ねて玉弊風散(ぎょくへいふうさん)をベースに食後愁訴症候群(PDS)タイプには香砂六君子湯(こうしゃりっくんしとう)、また心窩部痛症候群(EPS)タイプには柴芍六君子湯(さいしゃくりっくんしとう)の組み合わせを推奨しています。

(註2)抗うつ薬・抗不安薬:

三環系抗うつ薬や抗不安薬としてセロトニン1A部分作動薬のタンドスピロン(セディール®)がガイドラインではエビデンスレベルAで推奨されています。

 

 

それでもFD症状が改善しない場合は、治療抵抗性FDと考え心療内科医に紹介されてきます。杉並国際クリニックでは、鍼灸療法をはじめ自律訓練法や漸進性筋弛緩法などのリラクゼーション、認知行動療法、水氣道®、聖楽院でのボイストレーニングなどで良好な成績を挙げています。

 

治療抵抗性FDの病態としては、通常のFD患者よりもうつ傾向や不安症状がより強い傾向にあります。さらに、食習慣の乱れと身体活動の低下、QOLの低下、睡眠障害の程度も通常のFD患者よりも深刻であると報告されています。

 

FDの外来管理に関しては、臨床症状の改善の程度や、直接的なFD関連症状ではなくても、食欲改善や体重増加の有無の確認が必要です。最近、懸念されるのは感染後FDです。感染後FD患者においては、症状の増悪とともに体重減少がみられることがあるので特別な注意が必要になるからです。

 

FDは基本的には悪性の病気ではないのですが、症状がいったん改善しても、また増悪する可能性があることに留意する必要があります。したがって、投薬中止時期の目安などについてはガイドラインでも明記されてなく、経過や予後も不明です。