5月29日(金)特集:シリーズ『新型コロナウイルス罹患者の体験から学ぼう』症例6:故郷に戻れず逝った父 ⑤

症例6(その5)

 

第5節:生死をめぐる葛藤 ~息子の話~

 

息子は週に一度のペースで東京の病院を往復した。訪れるたびに容体は悪化。腎機能が低下して人工透析(註1)を始めた。

 

(註1)人工透析

人工透析を導入するのは腎機能障害のうちでも末期腎不全です。
肺と腎臓の障害が最高度になり呼吸不全に腎不全が併発した段階で多臓器不全(MOF)の状態と考えてよいでしょう。

 

転院から20日後には、ECMOを取り外さざるを得なくなった
3月16日に病院からお電話いただいて、「ちょっとお話があります。すぐに来れませんか」っていうことで翌17日に、東京の病院に行きまして、主治医の先生から細かい説明があったんです。

1つは、脳梗塞(註2)が見つかったと。これはECMOの治療をするなかで懸念事項として最初に言われていたことで、CTのスクリーニング検査で見つかってしまった。

 

(註2)脳梗塞:国立循環器病研究センターのHPより、一般に呼吸器疾患に罹った初期の3日間に脳卒中発症リスクが3.2~7.8倍増えるとの報告が紹介されています。とくに高齢のCOVID-19感染患者が重症化しやすい点も考え併せると、COVID-19感染患者の脳卒中併発を十分に注意する必要があります。

また、新型コロナウイルスに感染した30~40代の患者であっても、脳梗塞を併発する症例がアメリカで相次いでいます。

ウイルスが「血栓」の形成を促進したことが原因となった可能性が指摘されています。アメリカでは今、新型コロナウイルスと「血栓」の関連性が注目を集めていますが、発症早期に抗血栓作用により、脳梗塞を防止できることが証明されている『地竜(じりゅう)』の服用開始が有用だと考えます。

 

それから、大腸からの出血と口の粘膜からの出血(註3)というのが続いていて、これもECMOで血液を固まらなくさせるために投与している薬の副作用(註4)であると。


(註3)

このような状態を出血傾向といいます。この症例では、既に脳梗塞を発症していて、血栓が形成されていたことが疑われます。

初期止血栓安定時間が短縮し一定時間後、創傷部位に再度出血することを後出血といいます。

少し専門的な話になりますが、これを二次線溶といいます。二次線溶が亢進するといったんは止血するが、亢進の程度が高まると止血目的に出血部位をガーゼなどで圧迫しても、次から次へと漏れ出るような漏出性出血が見られます。このような状態は、播種性血管内凝固症候群(DIC)といって急激な血圧低下を伴うショックに至りやすくなります。

 

(註4)抗凝固剤による副作用

血液を固まらせる凝固系と溶かすための線溶系は私たちの体の中で常に働いています。つまり、体内では常に凝固系と線溶系とシーソーにように連続的に継続して揺れているのです。ですから、血栓の治療のために抗凝固剤を投与すると、それが行き過ぎて出血を来してしまうことがあります。刻一刻と変化する、こうした微妙な兼ね合いの中で薬によりバランスを調整することは、血液の専門医であっても難しい綱渡りであるといってよいでしょう。

また動脈系の血栓予防なのか、静脈系の血栓予防なのかによって適応薬剤が異なります。予防することがより安全かつ有効なのですが、治療段階での薬物治療は、一定の副作用を覚悟しなければなりません。

 

現段階においては、もうこれ以上、ECMOを装着し続けるメリットがないと。回復はしてなかったんですけども、そこでECMOの離脱という形になりました。

離脱の手術がですね、3月17日に行われたんですが、「ECMOを外したらそのまま亡くなってしまうかもしれません。院内にとどまってください」と言われまして。

 

待合室のところに仮眠ベッドを置いていただいて、そこで一晩過ごすという形でした。つらかったですね。

その晩はほとんど一睡もできずに、1人で、どうしようかって。だんだん日ごとに、父が、人じゃなくてモノに見えてくるんですよね。いろんなものがつながってますし、当然本人の意識もないし。自分の本当の意思で生きてるのか、機械で生かされているのか、こんなことを続けていいのかと。

人の命を、父の生きる寿命ですね、自分が変えてしまってもいいのかと、そういう葛藤もありましたね。

 

ECMOを外した後は人工呼吸器の酸素量を最大にして様子を見ていたが、3月19日、主治医からさらに決断を迫られた

「これ以上いろんな治療を行うことは、延命になります」と、

「救命ではありません。どうされますか」(註5)と、本当にいちばんつらい決断を迫られまして。


(註5)延命と救命

延命と救命とを併置されてしまえば、延命させることはネガティブで無意味であると受け止めるように強いられるようなものです。

ご家族の御心中は如何ばかりでしょうか。一方、こう言ってしまえば身も蓋もないのですが、寿命といって命には限りがある以上、すべての医療行為は一種の延命行為です。

ですから、延命と救命の間には、本来、明確な垣根などないのです。このような意思決定を家族に強いなければならない主治医も辛い立場なのです。

 

そのときに母と電話で話をしたんですけども、延命になるならもうやめようと、自然の中で亡くならせてあげようという決意をしまして。人工透析も次の交換のタイミングでやめるということに決めました。

それから昇圧剤(註6)ですね、血圧を上げるための薬も投与してたんですが、それもやめましょうということで

(註6)昇圧剤

すでにDICによる血圧低下、すなわちDICショックの状態に陥っていることがうかがわれます。そこで、昇圧剤を加えて血圧の維持を図っていたのでしょう。呼吸不全、腎不全に加えて心不全を来していて、まさに前述した典型的な多臓器不全(MOF)の状態です。

 

ただ、本人に苦しみがあってはいけないので、モルヒネのようなものを投与して、とにかく本人には苦痛がないようにしますからというご提案(註7)があって、そうさせてもらうことにしました。


(註7)

このような医療サービスを緩和ケアといいます。緩和ケアとは、重い病を抱える患者やその家族一人一人の身体や心などの様々なつらさをやわらげ、より豊かな人生を送ることができるように支えていくケア(特定非営利活動法人日本緩和医療学会による『市民に向けた緩和ケアの説明文』)とされています。

一言でいうと「病気に伴う心と体の痛みを和らげること」(厚生労働省緩和ケア推進検討会)となります。

心身医学・心療内科の専門医・指導医の立場から付け加えますと、患者家族を含めた家族全体のケアの視点の重要性を強調しておきたいと思います。これは宗教家とも連携の上で検討していかなければならない領域だと思われます。

 

ちょうどそれが3月19日の午前中にあったんですけれども、お昼ぐらいですかね、僕が控え室で食事をとっていたら看護師の方がみえて、「実は看護師どうしが話すトランシーバーというのがあります。それを介して、息子さんがお父さまに何か声をかけてみませんか」と提案(註8)をしてくれて。

 

註8

看護師の役割は全人的です。看護師がさりげなく実践している緩和ケアの貴重な一例だと思います。重い命の世話をしながら家族の魂への配慮も忘れずに実践されているナースの活躍に深い敬意を表したいと思います。

 

僕はずっと、父に声をかけたいけれども、かけることもできないし、携帯電話も当然使えないものですからね、そんな提案をしていただけるんだったらぜひお願いしますということで、ICUの窓越しに、看護師の方が持ってるトランシーバーを父の耳元に持って行っていただいて、僕の思いをですね、父に伝えることができました。

 

声を出すのがやっとだったんですけど、「本当にありがとう」と、「本当に今までありがとう、十分頑張ったから、もういいよ」と。

「ゆっくり休んでくれれば」ということを、父に伝わったかどうかわかりませんけど、最後の思いをこめて、伝えることができました。

 

<明日へ続く>