1月10日 鎮咳薬を内服したが改善なく、咳が3週間止まらない30代女性(その2)

初診後5日ほど経って再診した際には、幸いに咳はだいぶ軽くなっていましたが、まだ空咳は続いていました。

 

本症例のように、長引く咳に関して、日本呼吸器学会の『咳嗽に関するガイドライン』では、咳の持続期間により、①急性咳嗽(発症から3週間以内)、②遷延性咳嗽(発症から3~8週)、③慢性咳嗽(発症から8週以上)に分類して、それぞれのアプローチ法を示しています。

 

本症例の咳嗽は、すでに発症3週間を過ぎているので、すでに①急性咳嗽ではなく、②遷延性咳嗽に該当します。

 

その場合には、まず感染性疾患なのか非感染性疾患なのかを鑑別することになっていますが、ガイドラインというものは、えてして2者択一的なのがよろしくありません。

 

なぜなら、原因が重なる場合がありえることを完全に無視してしまいがちだからです。

 

乾性咳嗽の原因が、2つ以上重なっていて、一方が感染性、もう一方が非感染性という可能性があるということを実際に経験することになりました。

 

患者さんのお薬手帳を確認すると、使用している降圧剤はACE阻害薬(ロンゲス®)でした。実は、この薬の副作用として有名なのが空咳(乾性咳嗽)なのです。

 

これは、非感染性疾患で、厳しく言えば医原病です。そこで、ついでに本人に挙児希望(赤ちゃんが欲しいという希望)があるかについても尋ねてみました。

すると、昨年結婚してすぐに妊娠したが流産してしまったこともあり高齢出産になる前に子供が欲しいとのことでした。

 

そこで、降圧剤の変更を提案しました。なぜならば、ACE阻害薬は胎児死亡が多く、妊娠の可能性がある女性では使用すべきではないからです。

ACE阻害薬を徐々に減量しながら中枢性交感神経抑制薬メチルドパ水和物(アルドメット®)を少量から加えて行く方法で、最終的にはACE阻害薬を中止することができました。

 

この間には、マイコプラズマ肺炎、クラミジア肺炎、それぞれの抗体検査は陰性で、百日咳抗体のみ陽性であり、百日咳感染症が疑われました。

 

診断の確実性を高めるためには、ペア血清といって、再検して抗体の増加を確認するのですが、その頃には、咳は完全に収まってしまい周囲に対する感染の危険性もなくなったため実施しませんでした。

 

感受性のある抗菌薬を使用した場合、百日咳の治療開始後5~7日で百日咳菌は陰性となるからです。

 

 

患者さんは、症状ごとに自分の判断で各専門医を受診するといった、ごく普通と思われている受診行動をとっています。

 

しかし、体は一つであること、病気の原因は一つとは限らないことをしっかりと学ばれたようです。

 

「これからは何でも報告しますので、主治医としてお願いいたします。」とおっしゃったまましばらく音信が途絶えましたが、ある日、高円寺のパル商店街を駅に向かうと、赤ちゃんをおんぶしている彼女とすれ違い、明るい声と感謝の言葉を掛けていただきました。

 

<完>