12月24日 厄介な頭痛No2

抗NMDA受容体脳炎

 

20代女性。3週間前に感冒にかかってから頭痛が続きふらつきを感じるようになり、不眠にも悩まされ、心配になった母親に伴われて受診となりました。

 

近所の精神科医にはストレスによる自律神経失調症で、うつ病の初期症状であるとの診断を受けました。しかし、その後、流涎(止めどないよだれ)が出現し、食事も摂取しなくなったとのことでした。

 

不安になっている母親がすべてを説明しようとして譲らないため、やむを得ず、母親からの情報を得ることにしました。

 

杉並国際クリニックとなってから、初診の受付は、原則として患者さん本人の自主的なネット予約によるシステムとなりましたが、前身の高円寺南診療所の時代は、目の前の二人の患者(しかも、二人とも自分自身についての病識がなく、互いに相手を心配している!)を相手にすることは珍しくはありませんでした。

 

母親によると患者は1週間前から話し方が変化し、急に笑ったり騒いだりするようになったとのことで、これは有益な情報でした。

 

本人との対話を確保する必要性を伝え、会話を試みると、会話中に語尾が上がるなど茨城訛の特徴あるイントネーションが出現しました。

 

茨城訛で話す母親に尋ねると、患者は東京育ちで標準語を話し、元来のイントネーションではないことが確認されました。

 

ご本人は、少しぼんやりとした表情で、会話中の様子を観察すると、口舌ジスキネジアを認めました。これは、口腔周囲の顔面表情筋ならびに、あごの運動に関与する筋の異常収縮により円滑な開口・閉口に支障をきたす病状を呈するものをいいます。

 

薬物が原因となることがあり、薬物誘発性ジスキネジアとして、抗精神病薬や抗パーキンソン病薬などの長期服用による遅発性ジスキネジアが広く知られています。

 

ご本人は精神科から睡眠薬と抗うつ剤のみを処方されていましたが、短期間の少量のみの処方であったため、薬剤以外の病気を鑑別する必要性を感じました。

 

 

項部硬直など髄膜炎を疑う所見がなかったため、血液検査のみを実施しました。

 

白血球17,650/μL(総好中球81.8%)、ヘモグロビン12.7g/dL、血小板17.3万/μL、

 

その他、肝・腎機能および電解質に異常なし、甲状腺ホルモンや膠原病の自己抗体なども陰性でした。血液中の好中球数が異常高値であるために何らかの炎症の存在を歌がいました。

 

 

再診時に、意識がぼんやりするとの報告、婦人科で卵巣腫瘍を指摘されているという母親からの情報、前回より項部が硬くなっている印象を受けました。

 

そこで、髄膜炎や脳炎を疑い、脳髄液検査や脳MRI検査のため、婦人科の手術も可能な病院を紹介しました。

 

紹介先の病院から受けた報告によると、この症例は抗NMDA受容体脳炎という診断に至るまでに1カ月を要した模様でした。

 

この病気は傍腫瘍性神経症候群として発症する脳炎です。傍腫瘍性神経症候群とは、担癌者(癌を患っている患者)に自己免疫学的機序により生じる多様な神経症候群です。

 

通常は神経症状出現が腫瘍の発見に先行し、発症初期から病型に特徴的な自己抗体が検出されます。腫瘍原発巣、神経症候、抗体の種類の間に比較的一定の関連があり、抗体検出が本症の診断および腫瘍早期発見に有用とされます。

 

この患者さんは、入院中に痙攣重積発作を起こしたことも、確定診断に繋がったようです。

 

卵巣奇形腫を切除後、副腎皮質ホルモン、血液浄化療法などを経て、経過良好とのことでした。