竹田貴雄の「からだとこころと人間関係に効く漢方講座」
杉並国際クリニックで行っている漢方診療に共通する考え方を簡単に説明している記事を発見したので紹介いたします。
2019/5/10
竹田 貴雄(北九州総合病院麻酔科部長)
時代は令和(PCでなかなか変換できませんね)を迎え、史上初の10連休となったゴールデンウイークが明けました。私の勤務先は4月30日と5月2日が営業日(結構な数の予定手術に加えて、緊急手術も立て込んだとてもタフな2日間……トホホ)でしたので、生活リズムをさほど狂わせることはありませんでしたが、皆様は連休明けいかがお過ごしでしょうか。
今回のテーマは、五月病の漢方治療です。「五月病」は「夏バテ」と同様に正式な病名ではありません。五月病は、異文化交流でのカルチャーショックによる不調と考えられています。ちなみにWikipediaでは、「新入社員や新入生などに見られる、新しい環境に適応できないことに起因する精神的な症状の総称」とあります。
新しい環境への適応=リスガードのU字曲線
今まで経験したものとは異なるものや理解できないことに出会うと、私たちの内面には様々な変化が起こります。一般的には、異文化適応における典型的な内面の変化は「リスガードのU字曲線」で説明され、4つのステージからなるとされています。ここでは、初めて病院に着任した研修医や若手医師を例に、各ステージで生じる感情の変化を見てみましょう。
図1 新しい環境への適応(リスガードのU字曲線)1)
【ステージ1:ハネムーン期】
見るもの聞くもの全てが新鮮で、何をやっても刺激的で楽しい時期。病院の設備などの「見える文化」への関心が中心で、職員の価値観や場の空気などの「見えない文化」にまでは気づいていない。本来の力以上に活動的になりがち。
【ステージ2:カルチャーショック期】
徐々に環境に慣れてくると同時に、「見える文化」から「見えない文化」に直面する時期。院内の「見えない文化」は、言語化もされずに無意識かつ当たり前のようにまかり通っているため、理解困難。今まで抱いてきた期待が失望へ、興奮が落胆へと変わる。それまでに蓄積した疲れやストレスが表出して不適応を起こす。
【ステージ3:適応期】
カルチャーショックを抜け出し、異文化への適応が始まる。「習う」段階から「慣れる」段階。今まで分からなかった「見えない文化」が見えるようになり、その文化での暮らし方や振る舞い方に慣れてくる。
【ステージ4:成熟期】
異文化への適応がほぼ完了し、不安やストレスが消失する時期。新しい文化での様々な経験から、視野の広い見方や考え方ができるようになる。
経験0(無=学生)から1(有=医者)へのジャンプアップは本当に大変
4月は入学・入社シーズンです。新人の若者は1日でも早く学校や職場に慣れようと、先生や先輩から場の「習慣」や「慣習」を一生懸命習います。この季節、「こんにちは」とあいさつすると、緊張の抜けないぎこちない笑顔で「こ、こんにちは」と返してくれる人をよく見かけますが、そうした人たちの名札にはたいてい「見習い中」と書いてあります。
1年目の研修医も、4月の3週目あたりまでは「お客様扱い」で、ハイハイとスタッフの話を聞くだけでよかったわけです。ところが、厚生労働省から医師免許証が届く4週目ともなると、看護師さんから「○○先生、内服薬の指示をください」と当然のように言われ、「オレ(私)そんなこと言われても分からないし……」と困ってしまいます。学生時代の親しい友人もそれぞれの就職先で忙しくしているでしょうから、悩み事を相談したり愚痴を吐いたりする相手も見つけられず、知らず知らずのうちにストレスを溜めてしまうことになります。
ゴールデンウイークの時期は、朝晩と日中の気温の変化が大きいこともあり、疲労が蓄積したり、ホルモン・免疫・自律神経系に影響が出やすい季節です。4月は勢いでどうにか働いていた新人が、社会人になって初のゴールデンウイークで休めと言われても、気持ちが高ぶったままで、気分転換がうまくいかないことが多いと思います。
カルチャーショック期に五月病が忍び寄る
ゴールデンウイークが明けると、「本番モード」突入です。研修医は手術室や救急外来でバリバリ働くようになりますので、ミスが起こりやすくなります。処置を行うときにも、患者の命を守るためにはどこまでが安全で、どこからが危険なのか、まだ研修医には十分に分かりません。指導医も、自分に余裕があるときは研修医にやさしく接するのですが、ゴールデンウイーク明けの超多忙な時期には、「こんなことも分からないのか!」とついつい声を荒げてしまう場面も時にはあるでしょう。
何か新しいことを始めた際には、自分がどのステージにいるのか考えることがとても大切です。五月病は、まさにステージ2の「カルチャーショック」に相当します。もし、不安やイライラ、焦燥感などを感じていれば、その人はカルチャーショック期にいると言えます。カルチャーショックは誰もが経験する異文化適応のプロセスなので、普段にもまして食事、睡眠、休養を意識するようにして、深刻に考え過ぎないようにすることが重要です。
認知=思考のクセ
認知行動療法では、私たちは「認知」というフィルターを通してものごとを解釈していると捉えます。指導医にミスを注意されたという出来事も、それを受け取る研修医によって解釈が異なります。自分の犯したミスをどう解釈するか、心には4つの「認知」のフィルターがあるとされており、そうした認知=思考のクセに対する対処法はそれぞれ異なります。2)
(1)現実的な対処
例:「同じミスを起こさないように対策を考えよう」
最も現実に適した認知法です。
(2)合理化
例:「こんなに忙しいんだからこの程度のミスは仕方がない」「自分だけに原因があるのではない」
「新型うつ病」とも「ディスチミア:Dysthymia=気分変調性障害(気分変調症)」とも呼ばれ、集団に適応するのが難しい人かもしれません。特効薬はなく、産業医や職場の上司による「育て直し」が必要とされています。
(3)怒り
例:「何であの指導医は自分ばっかり責めるんだ」
怒りの感情のコントロールが必要な人です。
(4)憂うつ・無力感
例:「自分はいつも失敗ばかり。この仕事は自分に向かない」
憂うつや無力感といった感情のコントロールが必要な人です。
五月病の漢方治療
今回は、4つの「認知」のフィルターの中でも
(3)怒りの感情のコントロールが必要な人
(4)憂うつや無力感といった感情のコントロールが必要な人
に対する漢方治療を紹介します。五月病を漢方医学的に捉えると
・怒りの感情のコントロールが必要な人=氣うつ
・憂うつや無力感といった感情のコントロールが必要な人=氣うつ・氣虚
ということになります。氣うつの人も氣虚の人も受け答えの際の声が小さく、ぱっと見元氣がないようですが、氣うつと氣虚は食欲があるかどうかで鑑別します。具体的には、
・食欲なし→氣虚
・食欲あり→氣うつ
となります。
氣虚の診断基準(寺澤のスコア) 氣を体内に取り込めなかったり、使い過ぎたりすることで、氣が足りなくなった状態です。診断基準(寺澤のスコア)で診断される氣虚は、大きく2つのパターンに分けられます。
(1)緊張型氣虚
氣を使い過ぎて緊張が取れずに、氣が足りなくなってしまった状態です。手掌発汗、四肢がつっぱる、腹直筋攣急(ふくちょくきんれんきゅう:腹直筋の緊張)といった症状が見られます。
緊張型氣虚への漢方薬=建中湯類(けんちゅうとうるい)
肩・お腹・こころの力をぬく=芍薬(しゃくやく)+甘草(かんぞう)
桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)
第2回のコラムでご紹介した漢方薬です。からだとこころのリラックス薬である芍薬甘草湯の効果をそのまま発揮できる、コピペしたような処方です。周囲に氣を遣い過ぎて緊張が取れず、寝ているときに足がつって目が覚めてしまうような人に用います。
小建中湯(しょうけんちゅうとう)
桂枝加芍薬湯に膠飴(こうい:水あめのこと)を加えると小建中湯になります。桂枝加芍薬湯より甘く非常に飲みやすい、「漢方スイーツ」とも言えるような薬です。
(2)弛緩型氣虚
物が食べられずに氣を体内に取り込めず、氣が足りなくなった状態です。身体がだるい、日中の眠気、胃内停水(いないていすい:消化機能低下)、心下痞鞕(しんかひこう:胃もたれ)といった症状が見られます。
弛緩型氣虚への漢方薬=人参湯類(にんじんとうるい)
ダラーっと緩んだこころとからだに氣合い注入=人参(にんじん)+乾姜(かんきょう)
人参湯(にんじんとう)
胃のあたり、上腹部が冷えている人に処方します。こころとからだの燃料である人参(にんじん:朝鮮人参のこと)に、火薬として乾姜(かんきょう:乾かした生姜のこと)を加えることで、体力が落ちて冷え切ったこころとからだを補い温めます。
大建中湯(だいけんちゅうとう)
臍のあたり、下腹部が冷えている人に処方します。燃料としての人参と膠飴に、火薬として乾姜と山椒(さんしょう)を加えた漢方薬で、人参湯と同様にこころとからだを補い温めます。
氣うつに効く漢方薬
氣うつの診断基準(寺澤のスコア)
ストレスにより氣の流れが詰まってしまった状態です。初期には頭や喉が詰まり、さらに進行すると胃や腸が詰まるようになります。
氣うつへの漢方薬=理氣剤・柴胡剤
香蘇散(こうそさん)
頭が詰まったときの理氣剤です。香附子(こうぶし)+蘇葉(そよう:シソの葉)で、頭にたまったストレスを発散します。軽いかぜによる頭痛にも有効です。
半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)
喉が詰まったときの理氣剤です。厚朴(こうぼく)で喉の詰まりを開きながら鍛え、半夏で吐き気を止めます。誤嚥を予防したい寝たきりの患者や、妊娠悪阻が続いているマタニティブルーの妊婦さんにも有効です。
四逆散(しぎゃくさん)
第2回に紹介した柴胡剤です。胃が詰まって、腹直筋が緊張しているときの薬です。とても礼儀正しく、パッと見「いい人」なのですが、実は悩みを抱えていてイライラを表に出さない人(イライラ型氣うつ)に用います。手汗をビッショリかいていたり、胸脇苦満(きょうきょうくまん:肋骨弓部の重苦しさ)があったりすれば適応になります。
補中益氣湯(ほちゅうえっきとう)
第3回に紹介した柴胡剤です。かぜをひかないからだ作り、ストレスに負けないこころ作りに効く「漢方エナジードリンク」です。こころとからだの燃料である人参に加えて、黄耆(おうぎ)で体にできた穴を塞ぐことで補充された燃料を漏らさないようにしながら、柴胡(さいこ)と升麻(しょうま)で免疫力やストレス耐性を引っぱり上げます。
新しいことにチャレンジするとき、漢方薬をお供にどうぞ
何か新しいことを始めた際には、リスガードのU字曲線のどのステージにいるのか考えてみましょう。もし不安やイライラ、焦燥感などがあれば、その人はカルチャーショック期にいると言えます。カルチャーショックは誰もが経験する異文化適応のプロセスなので、食事、睡眠、休養を普段以上に意識するようにして、それでも不安やイライラ、焦燥感などが続くようであれば、今回紹介した漢方薬を試してみてください。
【参考文献】
1)Lysgaard, S. Adjustment in foreign society: Norwegian Fullbright grantees visiting the United States. International Social Science Bulletin, 1955;7:45-51.
2)日経メディカル Online コラム 「研修医のための人生ライフ向上塾!」
研修医の五月病問題、専門家が緊急提言(2016年5月12日)
3)福井至・貝谷久宣監修「今日から使える 認知行動療法」(ナツメ社、2018年)
4)寺澤捷年著「絵でみる和漢診療学」(JJNブックス、1997年)
杉並国際クリニックからのコメント
竹田貴雄先生。お見事です。竹田先生が「新しいことにチャレンジするとき」と書かれていますが、休職中の患者さんが職場復帰する場合も、これにあてはめて漢方薬でサポートすることはとても有効です。杉並国際クリニックでは、休職中に「食事、睡眠、休養を普段以上に意識する」ようにするだけでなく、生活習慣として、とりたてて意識しなくても済む状態にすることで、「不安やイライラ、焦燥感など」を逓減させるプログラムを組んでいます。生活習慣記録法、カウンセリングなどの心理療法、鍼灸治療、水氣道®、聖楽療法などに積極的参加されるようになると、漢方薬の効き目が高まり、社会復帰と安定的な継続勤務を容易にしています。
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