最新の臨床医学6月8日(土)漢方

第2回からだとこころのリラックス薬

 

「芍薬甘草湯」

杉並国際クリニックで行っている漢方診療に共通する考え方を簡単に説明している記事を発見したので、引き続き紹介いたします。

 

竹田 貴雄(北九州総合病院麻酔科部長)

 

今回は、からだとこころの緊張をほぐす芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)のお話です。芍薬甘草湯は芍薬(しゃくやく)と甘草(かんぞう)の2種類の生薬※1から構成される非常にシンプルな漢方薬です。

 

芍薬甘草湯は昔からこむら返りの薬として有名です。他にも胃痛、胆石や尿路結石の疝痛、月経困難症の月経痛、ぎっくり腰など筋肉の急激な痙攣を伴う痛みに用います。

 

※1 植物や動物、鉱物などの自然界にある原料を、乾燥させる、破砕するなどの簡単な加工により薬剤に用いるもの。

 

 

芍薬は生薬の女王

例えばツムラの漢方薬(エキス剤)128種類※2を構成する生薬は全部で約130種類ありますが、薬と名の付く生薬は、山薬(さんやく)と芍薬(しゃくやく)の2つだけです。山薬と芍薬はその優れた薬効のため、生薬の王様として「薬」という名前が与えられています。

※2ツムラの漢方エキス剤は、「死」や「苦」にまつわる数字は縁起が悪いということから、4番、13番、42番、44番、49番、94番の6つが欠番となっています。1~128番から欠番を引いた122種類と、133~138番の6種類で合計128種類となります。

 

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山薬とは山にできる薬という意味で、ヤマイモのことです。古くから「山のうなぎ」といわれるほど精力が付くことで知られています。腎虚(じんきょ:加齢現象)に対する長生きの薬である補腎剤(六味丸[ろくみがん]、八味地黄丸[はちみじおうがん]、牛車腎氣丸[ごしゃじんきがん])を構成する生薬です。

 

芍薬は、女性の美しさを表す「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」という言葉とともに、美人の代名詞とされてきました。花屋さんの店先で、すらっと背が高くゴージャスな大輪の花が咲いていたら、それが芍薬です。漢方では芍薬の根を生薬として用います。芍薬はからだとこころの弛緩作用とともに、止血作用も併せ持ちます。芍薬は血虚(けっきょ:貧血や栄養失調状態)に対する栄養剤である補血剤 (四物湯[しもつとう]、十全大補湯[じゅうぜんだいほとう]、人参養栄湯[にんじんようえいとう])を構成する生薬でもあります。

 

 

芍薬でからだとこころをリラックス 

芍薬にはからだとこころをリラックスさせる3つの作用があり、これらの作用を西洋薬に例えると

  1. 横紋筋をリラックス=エペリゾン(ミオナール他)
  2. 平滑筋をリラックス=スコポラミン(ブスコパン他)
  3. こころをリラックス=エチゾラム(デパス他)

となります。芍薬はエペリゾン+スコポラミン+エチゾラムの合剤のように働き、からだとこころをリラックスさせます。

 

芍薬に甘草を合わせると、横紋筋をリラックスさせる作用が強くなります。芍薬甘草湯がこむら返りに処方されることが多いゆえんです。

 

甘草=スイーツ+抗炎症作用+保水作用

 

甘草の主成分であるグリチルリチンは、砂糖の50倍とも100倍ともいわれる甘さを有します。甘草の多くは食用となり、しょうゆやあめの原料に用いられます。イタリアでは甘草はリクイリツィア(liquirizia:甘い根、英語ではリコリス[licorice])と呼ばれ、甘さの中に苦味が残るリクイリツィア味のキャラメルやジェラートが食されています。

 

グリチルリチン製剤の強力ネオミノファーゲンシーは、蕁麻疹などに対する抗アレルギー薬や慢性肝炎の治療薬として用いられます。グリチルリチンは腸内細菌によりグリチルレチン酸に変換され、副腎皮質ホルモンの1つであるコルチゾールを不活化する酵素の働きを抑制します。これによりコルチゾールによる抗炎症作用が効果的に発揮されます。

 

また、コルチゾールには、水分や電解質の代謝に関係するミネラルコルチコイド受容体と強力に結合して保水作用を示すという性質もあります。

 

 

甘草は1日6gまで 

ただし、甘草の取り過ぎには要注意です。甘草を漫然と長期投与すると、グリチルレチン酸によってコルチゾールの働きが長続きする分、水分貯留のために浮腫、血圧上昇、低カリウム血症、尿量減少といった症状を示す偽性アルドステロン症が起こる場合があるからです。

 

甘草はツムラの漢方薬(エキス剤)128種類の73%に当たる93種類に含まれています。甘草はからだとこころを温め過ぎず冷やし過ぎず(寒熱中間)、全身に効き(表も裏も※3)、漢方薬を構成する生薬のバランスを整えるため、多くの漢方薬に用いられています。そのため、漢方薬による最も頻度の高い副作用がこの偽性アルドステロン症です。

 

偽性アルドステロン症を予防するため、甘草の投与量は1日6gまでとするのがよいでしょう。

 

※3 皮膚や筋肉などの体表部を「表」、消化器をはじめとする臓器など身体の深部を「裏」と呼びます。

 

 

芍薬甘草湯は1日3回ではなく、頓服で

芍薬甘草湯を1日3回処方すると、それだけで甘草が6gに達してしまいます。芍薬甘草湯は漫然と1日3回処方するのではなく、痛むときに頓服で用いるようにします。

 

漢方の勉強が進んでくると、2剤、3剤と漢方薬の処方が増えて甘草の投与量が多くなりがちですが、

1.「芍薬甘草湯は頓服で」

2.「甘草は1日6gまで」

 この2点だけは忘れないでください。

 

 

からだとこころをリラックスさせる芍薬甘草湯の子どもたち

ツムラの漢方薬(エキス剤)128種類の中で、芍薬を含む処方は44種類(34%)あります。芍薬と甘草の両方を含む処方は30種類(23%)です。芍薬甘草湯から生まれた30種類の中で、からだとこころをリラックスさせる効果の高いオススメの漢方薬を最後にご紹介します。

 

桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)

芍薬甘草湯の効果をそのまま発揮できる、コピペしたような処方です。周囲に氣を遣い過ぎて緊張が取れず、寝ているときに足がつって目が覚めてしまうような人(緊張型氣虚と言います)に用います。1日3回処方しても含まれる甘草は2gですので、安心して処方できます。

 

 

四逆散(しぎゃくさん)

とても礼儀正しく、パッと見「いい人」なのですが、実は悩みを抱えていてイライラを表に出さない人(イライラ型氣うつと言います)に用います。手汗をビッショリかいていたり、胸脇苦満(きょうきょうくまん:肋骨弓部の重苦しさ)があったりすれば適応になります。1日3回処方しても含まれる甘草は1.5gですので、こちらも安心して処方できます。

 

慢性疼痛の患者さんの場合、甘草の過量投与を避けるため、桂枝加芍薬湯や四逆散をベースに処方し、抑えきれない痛みが襲ってきたら芍薬甘草湯を頓服で使うのがよいでしょう。