最新の臨床医学 6月4日(火)内科Ⅱ(循環器・腎臓・老年医学)

糖尿病患者の腎症進行の原因物質を同定,新たな治療法に

 

阿部高明:東北大学病態液性制御学分野教授のコメント

 

糖尿病性腎臓病(Diabetic Kidney Disease)の原因物質はフェニル硫酸

Nature Communications電子版(4月23日号)に報告。

 

フェニル硫酸はDKD増悪の予測因子であり、さらにDKDの治療ターゲットになり得る。

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──慢性腎不全モデルマウスに便秘薬を投与すると腸内細菌叢が改善し、さらに慢性腎臓病(CKD)の進行抑制ができる可能性があることを報告しています。

 

──腸内環境がCKDの進行に関わる

慢性腎不全モデルマウスに便秘薬であるルビプロストン(商品名アミティーザ)を投与すると腸内細菌叢が改善し、いわゆる善玉菌と言われるLactobacillusやPrevotellaなどの減少が改善していました。さらに、尿毒素の血中濃度の低下と腎機能の改善を確認しています。腸内細菌が関与する代謝物が体内を巡り、腎障害を引き起こしている可能性があることが分かりました。

 

どんな物質がどんな経路をたどって腎障害を引き起こすのか。そしてその物質の産生を抑えれば腎障害を治療できるのか。

 

以前に同定していたヒト特異的有機アニオントランスポーター遺伝子(SLCO4C1)に着目しました。この有機アニオントランスポーターはヒトでは腎臓にだけ存在し、老廃物を体外に排出する役割を担っています。この遺伝子を導入し、尿毒素を含む代謝物を排出しやすくしたラットを作成し、DKDを人為的に起こしたときに普通のラットと比べてどの尿毒素に違いが出るのかを検討しました。

 

 

──その結果、糖尿病を誘発すると、普通のラットではフェニル硫酸の血中濃度が高まり、病期が進行するほど血中濃度がより高まっていきます。一方、モデルラットではフェニル硫酸の血中濃度が低下して腎症が緩和されることが分かりました。尿毒素を排出しやすくしたモデルラットで血中濃度が低下する物質としてフェニル硫酸を見出し、普通のラットで血中濃度が高まっていて、それは腎障害の進行と比例していたということです。

 

またフェニル硫酸は腎機能低下が始まる前から血中濃度が高まっており、ミトコンドリア障害を介して腎臓のポドサイトや基底膜を傷害する作用があることも分かりました。糖尿病モデル動物にフェニル硫酸を経口投与するとポドサイトや基底膜が傷害され、アルブミン尿が悪化したのです。

 

 

──糖尿病患者を対象とした検討は、岡山大学腎・免疫・内分泌内科学教授の和田淳先生と共同で、362人の糖尿病患者を対象に、血中フェニル硫酸量と臨床データとの関係を検討しました。糖尿病患者で血中フェニル硫酸量は高まっており、アルブミン尿の値に比例していました。さらに微量アルブミン尿期の患者ではフェニル硫酸が2年後のアルブミン尿増悪を予測する独立した因子であることが分かりました。年齢や性、BMI、収縮期血圧、HbA1c、eGFR値は有意な予測因子ではありませんでした。

 

 

結果のまとめ:

フェニル硫酸はDKDの原因物質であり、しかも微量アルブミン尿期にその後の腎障害の増悪を予測する因子になり得ます。

 

──微量アルブミン尿期はDKDの早期段階です。この段階で血中フェニル硫酸量が高ければ、その患者は腎障害が進行する可能性が高いと言えます。腎障害が進行する前に増悪リスクが高いことが分かれば、糖尿病などの治療を一生懸命取り組まなければいけないといった指導することができます。

 

フェニル硫酸が体内で産生される機序ですが、まず食事中に含まれるチロシンが腸内細菌の作用によってフェノールに変換され、体内に吸収されます。フェノールは非常に毒性の高い物質ですから、すぐさま肝臓で解毒代謝酵素によって硫酸抱合され、フェノールよりは毒性の低いフェニル硫酸に変換されることが分かっています。

 

腸内細菌がチロシンをフェノールに変換するのはチロシン・フェノールリアーゼという酵素です。これは腸内細菌のみが持ち、ヒトには存在しない酵素です。

 

そこでこのチロシン・フェノールリアーゼの阻害薬を糖尿病モデルマウスに経口投与したところ、血中フェニル硫酸量が低下し、アルブミン尿が減少することを確認しました。さらに腎不全モデルマウスにこの阻害薬を投与すると、血中フェニル硫酸量が低下するとともに、血清クレアチニン値も低下しました。これは血中フェニル硫酸量を低下させると腎障害が改善する可能性を示唆する結果です。

 

ですから、腎臓病を起こしやすい糖尿病患者において、フェニル硫酸を測定してリスクの程度を予測し、原因となるチロシンをあまり含まない食事にするといった食事指導をしたり、チロシン・フェノールリアーゼ阻害薬を投与してフェニル硫酸の産生量を減らすといった治療戦略が考えられます。

 

これまでCKDやDKDを進行させないためには糖尿病や高血圧の治療、RA系阻害薬の投与をするしかありませんでした。今回明らかにしたフェニル硫酸を減らすことは、新しい治療コンセプトになると考えています。

 

 

杉並国際クリニックからのコメント

慢性腎臓病(CKD)や糖尿病性腎臓病(DKD)の方は、原因となるチロシンをあまり含まない食事にするとよいということはわかりました。しかし、それだけでは実際的なアドバイスにはなりません。実臨床においては、「原因となるチロシンをあまり含まない食事にする」という指導はしません。そのかわりに「チロシンを多量に含む食物を控えてください」という指導をしたうえで、具体的な食材を挙げていくのが親切であると思います。

 

チロシンを多く含む食品(含有量/100gあたり)は、

◆高野豆腐 3,000mg、◆チーズ 2,600mg、◆鰹節 2,600mg、

◆大豆・きな粉 2,000mg、◆落花生 1,100mg、◆アーモンド 580mg

 

鰹節を大量に摂取することは少ないとおもわれますが、体に良いとされる健康食である大豆製品(高野豆腐、大豆・黄な粉)などがチロシンを多く含むんでいることは注目に値します。

 

そもそも、チロシンは、アミノ酸の一種で芳香族アミノ酸の一つです。フェニルケトン尿症、睡眠不足、うつ症状(うつ病)、注意欠陥多動性障害(ADHD)などに効果があるとされていますが、糖尿病や腎臓病の患者さんでは控えるべき食品ということになってしまうので注意を要するところだと思います。