診察室から:解離性(かいりせい)遁走(とんそう)①

意外に多い病気の話:

解離性(かいりせい)遁走(とんそう)①

 

 

職場に遅刻したり、帰宅が遅くなったりしたことは、おそらく多くの人が経験していることなので、繰り返さなければ取り立てて問題とならないことがほとんどだと思います。

 

しかし、多くの場合、そこから病気が始まっていることがあります。

 

これが発展して、職場や家庭に連絡を入れないまま、姿をくらまし、連絡が取れない状態になると、これを遁走(とんそう)といいます。

 

とん走が数日以上続く場合は、大問題に発展します。

 

 

診療所でも、しばしば連絡が取れなくて困るケースがあります。

 

とくに一人暮らしで重大な持病を抱えている患者さんが、予約した時間に現れず、その後も連絡が取れないとなると一大事です。

 

 

遁走はかつて心因性遁走と呼ばれていましたが、現在では解離性遁走というのがふつうになってきました。解離性とん走は解離性健忘の一種です。

 

 

解離性の解離とは何かというと、解決困難な心的葛藤により、統合されていた意識(心的機構)から分離した心的活動が独立して機能する状態をといいます。

 

解離は葛藤にまつわる観念や感情を意識から切り離す一種の無意識的防衛機制と考えられ、それまで統合されていた意識が一過性に失われます。

 

解離性とん走の持続時間は、数時間の場合もあれば、数カ月間、ときにはさらに長期間にわたる場合もあります。

 

 

とん走の多くは、隠された願望の充足や、強いストレスや困惑から逃れることのできる唯一の方法と考えられます。

 

そのため、しばしば詐病(さびょう)と間違えられることがありますが、それはどちらの場合にも、この病気の患者さんは自分の責任から逃れたい(耐えがたい結婚生活など)、自己の行動に対する責任を回避したい、あるいは戦闘などの既知の危険にさらされたくないといった理由が存在するからです。

 

しかし、詐病とは異なり、解離性とん走は無意識のうちに起こるものであり、演技ではありません。

 

詐病者の場合は、典型的には自分の症状を誇張して大げさに話し、記憶障害を演技するための明らかな経済的、法的、または個人的理由(仕事を避けるなど)があることからです。

 

しかし、医師であっても両者を見分けられるのが難しいのが通常です。

 

 

解離性とん走の症状

とん走の期間中は、本人の外見や行動は正常であったり、軽く混乱しているように見えたりする程度で、周囲の注意を引くことはありません。

 

しかし、とん走が終わると、本人は突然知らない状況に置かれていて、そこにどうやってたどり着いたのか、自分が何をしていたのかを思い出すことができません

 

この時点で患者の多くは、何が起こったのか思い出せないことで恥ずかしく思ったり、狼狽したりします。

 

恐怖を感じる人もいます。

 

混乱した状態が表に現れない限り、他人の目にとまりにくいです。

 

 

とん走が終われば、多くの患者はとん走が始まるまでの過去の自己同一性と人生を思い出します。

 

しかし、記憶の回復に時間がかかり、徐々に記憶を取り戻す人もいます。

 

過去の一部をまったく思い出せない人もいます。ごく少数ですが、以降の生涯にわたって、自分の過去について何も思い出せない人や、ほとんど思い出せない人もいます。

 

<次回は診断と治療です。>